アーネストの初恋の人
「姉に突き落とされて記憶喪失になった私が幸せになるまで」のシリーズ作品になります。
「メアリ、今日はやけに嬉しそうだな」
「あらアーニー、あなたと出られる夜会はいつだって嬉しいわよ?」
ある日の夜会、アーネストにエスコートされて入場しながらメアリは軽やかに微笑んだ。
「友達がたくさん出来たからかな?」
「まあ、知ってたの? そうなの、皆さんと仲良くなれたわ。今日の夜会でもお話ししましょうねって約束しているの」
「良かったな、メアリ。今夜は楽しむといい」
「アーニー、あなたも一緒によ? 一緒に楽しみましょうね」
無邪気に笑うメアリにアーネストもつられて笑った。
(ああ、破壊力バツグンの笑顔! 素敵過ぎます! ……ハッ! お兄様は?!)
振り向くと、壁際に立ってこちらを見ていたイーサンがアーネストの笑顔に胸を撃ち抜かれている様子が見えた。
(やっぱり。お兄様、気を確かに持って下さいね……)
イーサンから視線を戻すと、アーネストが遠くを見つめていることに気がついた。
「アーニー? どなたかいらっしゃるの?」
するとアーネストはハッとしたようにメアリの方を見て、
「何でもない。昔の知り合いがいたように見えて」
と言った。アーネストが見ていた方向に目をやると、そこには初めて見る女性がいた。
年齢はアーネストより少し上だろうか。綺麗に纏められた豊かな金髪、露出の少ない上品なラベンダー色のドレス。そして、彼女もまたアーネストをじっと見つめていた。
(あの方はどなたなのかしら。アーニーと何か関係のある方……?)
大人っぽく美しいその女性にメアリは胸がざわめくのを感じていた。
「ああ、あの方はエレノア様よ。ゴドウィン公爵家の長女で、確かラウル王国の第二王子様に嫁がれたんじゃなかったかしら」
歓談の時間に集まっていた令嬢達に彼女のことを聞いてみたメアリに、情報通のルビーが答えた。お茶会を重ねて、もうすっかり、くだけた口調になっている。
「そうだったわね。でも結構前の話よ? その時私は十歳くらいだったと思うわ。お伽話みたいだってお姉様達が騒いでいたからよく覚えているの」
コレットも彼女を知っているようだ。
「あの時十八歳だったのだから、今は二十六歳かしらね。お里帰りなさってるのかしら」
「あの方、アーネスト殿下をよく知ってる方なの?」
恐る恐る聞いてみると、全員首を捻った。
「さあ……ゴドウィン公爵が王宮に上がる時に連れて行ってたら殿下と顔を合わせることもあったでしょうけどね。私達にはわからないわ」
「そう……ありがとう」
メアリは一人広間を抜け出すと、バルコニーに出た。少し頭を冷やさなければと思ったのだ。
(見つめ合っていたように勘違いしただけかもしれないわ。それなのにこんなにあれこれ考えてしまって。ダメダメ、ちゃんと言葉に出してアーニーに聞いてみよう)
よし! と気合を入れて振り向くと、後ろにアーネストが立っていて胸にぶつかってしまった。
「きゃっ、ごめんなさい…… アーニー! どうしたの? 」
「メアリがバルコニーに出るのが見えたから、私も夜風に当たろうと思ってな。もう、中に戻るのか?」
「いえ、私……アーニーに会いに行こうとしていたのよ」
メアリはアーネストの目を真っ直ぐに見た。
「あなたに、聞いておきたいことがあって。あのね……」
するとアーネストは『しっ』と言うようにメアリの唇にそっと人差し指を当てた。
(何かしら? アーニー……)
「メアリ、先に私に言わせてくれるか?」
アーネストは人差し指だけでなく右手全体で唇から頬へ、優しく撫でた。とても愛しいものを触っているような、そんな撫で方だった。その心地良さにメアリはうっとりと身を任せていた。
「さっき、少し平静さを失ってしまっていたようだ。咄嗟に、何でもないと言ってしまったが、これではメアリに嘘をついたことになってしまう。だから、話しておこうと思ったのだ」
「あの時、見ていた方のこと……ですか?」
アーネストは頷いた。
「あの女性は、私の初恋の人だ」
「初恋の……」
「彼女はゴドウィン公爵家のエレノアだ。今はラウル王国の第二王子の妃になっている。歳は私の四つ上だ」
「成人の挨拶の為に公爵と共に王宮を訪れたエレノアに、十四歳の私は一目で恋をした」
ズキン、とメアリの胸は痛んだが、すぐにその感情は打ち消した。
「それからは何かと理由をつけては彼女に会いに行っていたのだが、ある日父上に注意をされた。エレノアはラウルの第二王子から望まれているからもう会ってはいけないと」
「私は最後にもう一度だけ会わせてくれと願い、私が成人したら結婚して欲しいと彼女にプロポーズした。だが彼女の答えは『NO』だった」
「エレノア様はなぜ断ったの?」
「あと四年も待てないと。今望んでくれているリアム王子の元へ行くと言われたよ。リアム王子は当時二十四歳。私よりも十も上の、大人の男だった。まだまだ幼い私との結婚など、エレノアには考えられなかったのだろう」
メアリはペンブルック家の弟を思い浮かべた。確かに、その年頃はまだあどけない少年であり、夫として見ることは出来ないだろう。
「その半年後、彼女は嫁いで行った。私はしばらくは彼女のことを引きずっていたが、成人し王太子として忙しい日々を送るうちに忘れていった。そして次に恋をしたのが、」
アーネストはメアリの腰を抱き寄せ、顔を覗き込んだ。
「メアリ、君なんだ」
それを聞いたメアリは瞳を潤ませアーネストを見つめた。
「アーニー……話してくれてありがとう。こんなに愛してくれているのに、不安に思ってごめんなさい。私、いつの間にか独占欲が出てしまっていたのね。あなたの過去にまで嫉妬してしまうほどに」
「嫉妬してくれるのは嬉しいが、不安にさせてしまってすまない。これからは、何でも話すことを誓うよ」
二人は抱き合い、そっと唇を重ねた。
バルコニーへ通じるドアの向こうから、エレノアが二人を見つめていることには気付いていなかった。