2/3
●森屋穂花
アンディ・ライデン美術館。
世界中の偉大な芸術家が作り上げた作品が多数展示されている日本が誇る美術館。
庭にも芸術品があるのだが現代アートって言うものはよく分からないからスゴさが伝わらない。
ビンを固定して虹に見立てた物。金庫が胸辺りに埋め込まれている銅像。あれはなんだ……カエルの顔をしたタキシード紳士の口から出てきている人間が天に向かって手を伸ばしている。
現代アートは分からない。
「つ、着いた」
肩で息をする。
ホムズ女学園から4キロ、全速力で走ったせいだ。
粘着質な追跡者から逃げるためなのだが、
「余裕だったす。これで相棒認定もらっても良いっすか?」
しつこいにも程があろう。
しかもこんなに走ったのにけろっとしている美玖ちゃん。
にぃに以外を相棒にするのは嫌だ。
だけれどここまで(頼んでないけど)来た相手に『帰れっ!』と言うのも流石に可哀想だとも思うわけで。
「今回だけだよっ!」
「えー、探偵には相棒が必須なんすよ?」
「笑止。次からはずーっとにぃにだから君の出番はないさ」
美術館の入り口まで進む。
美玖ちゃんはスキップして付いてくる。
─────────
定休日
─────────
と書かれた板が置かれていた。
不安になって下駄箱に入っていた手紙を確認しても【美術館】で合っている。
「あ、良かった。探偵さん達来ていただいたんですね!」
突然後ろの方から声がして振り返る。
丸いおじさん、とでも言おうか。
お肉の付いた身体、鼻の下には整えられたヒゲ。
髪は七三分け。あわあわと落ち着きがない。
ホノはビシィッと指を指す。
「おじさんが灰荘の弟子かっ!」
「わっち達を『探偵』と呼んだんすから。そうっすよ」
やれやれと肩をすくめられた。
しかしこれを聞かなきゃ始まらないじゃないか。
丸いおじさんは首を傾げているのが不思議だが。
「あ、とりあえず入ってください。探偵さんたち」
ズボンのポケットからジャラジャラと鍵を取り出し、美術館の入り口を開けてくれた。
ホノたちは入館する。
入り口にはこの美術館の目玉、ゴッホの『ひまわり』。
ひまわりだからってそんな演出をしているのかもしれないが日光が当たる場所に置かれている。
進むとやはり名画達がお迎えしてくれた。
「今日は定休日だったんすか?」
「あ、いえ。営業していていたのですが。電話でお話ししたように殺人事件が起きてしまったので探偵さんの指示通り急いで閉館にしました」
「……電話?」
電話した覚えはないし、そんな指示ももちろん出していない。
暗号が書かれた手紙をもらっただけだ。
「やっぱりおじさんも灰荘の非公認の弟子なのかな?」
ホノが質問するとやはり首を傾げる。
なにか変な事を聞いただろうか。
「あ、私はここの館長・辺立葛蓮と言います」
申し訳ないけど、変な名前。
いやペンネームかな。
「変な名前っすね」
こら、思っても口に出しちゃダメだろう。
本当にデリカシーがないよね。
「あ、よく言われるんですよね。でも、本名なんですよこれが。ここの従業員は面白がって『ヘンリクス』なんて呼ぶんですから」
あははと笑いながら額から流れた汗を拭いた。
「あ、こちらです」
館長室の隣のとある展示部屋に入る。
ホノたちは息を飲んだ。
一瞬その推理小説が本物の事件現場に見えてしまったから。
●浅倉美玖
あわあわとずっと汗を流している美術館の館長に連れられて来た部屋。
なんだこの異質な空間は。
フェルメールの絵画が展示されているスペースにはまるで写真かと思うくらいに額に入ったリアルな絵がそれぞれ役割を果たしている。
1枚は被害者の男性。
4枚は容疑者。
被害者の絵は床に倒れているように置かれていて。
容疑者はばらばらに待機していた。
穂花ちゃんはこの空間に入った途端に雰囲気が変わる。
集中するというか、それこそ本物の探偵かの様なオーラ。
まずは被害者に近づく。
被害者の隣には一枚の原稿用紙が落ちていた。
───────────────────
───────────────────
……白紙。
何も書いていない。
「館長。彼は一体何者かな?」
「あ、それが分からないんです。お客さんなのは確かなのでしょうが」
作者が『分からない』とは。
被害者の情報を与えないなんてあっていいのか。
さては穂花ちゃんに勝たせるつもりがないな。
被害者の手の先には絵の具。【CHROME YELLOW】と書かれていた。他にはズボンのポケットが膨らんでいる。
穂花ちゃんは被害者役の絵の裏側を確認し、頷き容疑者の絵の方へ向かった。
「あ、彼らは犯行時刻にアリバイが無い方々です。そしてこの展示部屋の近くにいました」
「どうしてアリバイが無いって分かったんすか?お客さんなんて山ほど居たはずっすよ」
「あ、初めには全員に留まってもらってその時間に監視カメラに映っていたお客さんには帰っていただきました」
それで残ったのがこの4人ってことか。
まず、1人目の容疑者。
とても人相の悪い男だ、カタギには見えない。
───────────────────
【ヤクザのお客さん】
最近亡くなった父親がフェルメールのファンだったため美術館へ訪れた。
「殺された奴とは会ったこともねぇよ」とのこと。
───────────────────
おそらくこの男は白だ。
父親を惜しむ風には思えないが……あまりにも存在自体が怪しすぎる。
ミステリーの定番からしてないだろう。
次に、2人目の容疑者。
真面目なサラリーマンの男性。
───────────────────
【サラリーマンのお客さん】
会社で失敗続き、社長や上司に怒られる毎日、平穏を求めて週三程度の割合で美術館に訪れている。
「何度か彼が美術館にいるところを見ました、そこにいるツナギの男性とよく話していました」とのこと。
───────────────────
作業着の男性。
それは3人目のおじさんの容疑者の事か。
───────────────────
【絵画修理士】
展示品の修理をしているツナギの男性。
「はい、彼とは何度か話した事があります。展示品に興味を持ってましたね」とのこと。
───────────────────
怪しい。言動や見た目ではなく役職からして怪しいな。
しかし穂花ちゃんは次の容疑者の方へ。
若作りに必死なおばさん。
大きなお胸を強調できる真っ赤な服を着ている。
───────────────────
【被害者と共に来館したお客さん】
被害者は彼女が営業しているバーの常連で今日は被害者に誘われて美術館に訪れた。
「私は何も知らないわよっ!この男とは仕事でしか会った事なかったし、今日はなんだか金を持ってるって言うから仕方なくデートしてやったのよ‼なのに殺人事件って……私の人生本当にツイてないわ」とのこと。
───────────────────
なんだこのプライドの高そうな台詞を言うおばさんは。
容疑者たちをしばらく眺めて穂花ちゃんはまた被害者の絵の方に戻る。
「館長、カッターは持ってるかな?」
「あ、いえ。無いですね」
「はいはいっ!わっち持ってるっすよ」
わっちはカバンから筆箱を取り出してカッターを穂花ちゃんに渡す。
「ありがと、美玖ちゃん」
可愛らしく笑う穂花ちゃん。
眉目秀麗だから女のわっちでもドキッとしてしまった。
一応言っておくが、わっちにそっちの気はない。
そんな人間にでもときめかせてしまう程に森屋穂花は可愛い。
まったく恵まれた兄妹である。
「ちょっと待つっす!何してるんすか⁉︎」
ビリリリリッ。被害者の絵にカッターを通していた。
切り取られたズボンのポケットが描かれた紙の下には、
黒い財布。
だから膨らんでいたのか。
穂花ちゃんは財布の中身を確認して、
「解けた」
あっさりとしたその言葉にわっちは目を丸めた。
●森屋穂花
「作者の気持ちになれば作品の最後はおのずと解る」
まずはホノの決め台詞。
この作品はいたってシンプルだ。
しかし全てがミスリード。
「では、まず」
「ちょっと待って欲しいっす!わっちも分かったすよ」
ホノは犯人に指さそうとしていたが、チャラい声によって止められてしまった。
行き場所を見失った右手の人差し指は美玖ちゃんに向ける。
ガッツポーズで自信満々なジャーナリスト。
仕方ない、ここは聞いてあげよう。
ホノは部屋の隅に移動して美玖ちゃんに推理を求める。
「じゃあ行くっすよ。犯人はこの人っす!」
指差したのは3番目の容疑者、作業着のおじさんの絵。
「理由を聞こうか?」
「このおじさんは絵画の修理士っす、だから」
被害者の手元にある絵の具がダイイング・メッセージだから絵画の修理士が犯人だと。
そんな推理力だからにぃにが怪しいというしょうもない結論に至るのだ。
「ダイイング・メッセージが絵の具だからって」
「これはダイイング・メッセージなんかじゃ無いっすよ。【クロムイエロー】って言う色は日本語で【黄鉛】っす。名前通り鉛を含んでいて有毒なんすよ。だからグビッと」
美玖ちゃんは右手を掴みの形にして、口元に持っていく。
犯人は被害者に絵の具を飲ませたのだ。
「クロムイエローは有毒性があるけど即死するものなのかな?鉛だって毒性はあるけど人間の食事には微量に含まれていて日常的に摂取しているし、自然由来のものも身体に悪影響があるけどすぐ死ぬのかな?」
「……知らないっすよ。なんか穂花ちゃん怖いっす」
そもそも絵の具は減った様子はない。
しょぼんっとする美玖ちゃん。
たしかにきつく言い過ぎたかもしれないが。
にぃに、やっぱりこの娘は三流中の三流だよ。
「じゃあ穂花ちゃんには分かるんすか?」
「ホノをなめないでほしいね。負け知らずの名探偵だよ?」
「そんなんだから友達いないんすよ」
「なっ」
どうして美玖ちゃんは思った事をすぐ言うんだ。
自分に性格に難があるのはホノが一番分かっておりますとも、変えようと思って変わるものでもなし。ホノにはにぃにいるから良いもん。
「う、うぐっ……謎解きを続けようか」
まず、サラリーマンのお客さんへ。
「この容疑者はなんて言ってたかな?」
「被害者が作業着のおじさんとよく話していたって言ってたす。だから」
「そうだとも、じゃあ作業着のおじさんはどうかな?ジャーナリスト君」
「被害者が展示品に興味を持っていたと言ってるす、探偵さん」
そう、何故興味を持っていたか。
「次にこの女性は?」
「その若作りのおばさんは被害者がお金を持ってると言ってるすね」
ホノは被害者のズボンのポケットから抜き取った財布を美玖ちゃんに渡す。
「3千円しか入ってないっす」
そう、大金を持っているなんて嘘だ。
ならば何故この女性はそんな事を言ったのか。
「わかったす!」
手をポンと叩きヤクザのお客さんを指差した。
「この人が盗む為に殺したんすよっ!この人が犯人っす‼︎」
まったく、その調子で全員指差すつもりなのかい。
「じゃあ、館長に聞いてみようよ」
美玖ちゃんは館長の方へ向く。
しかし館長は困ったように、
「あ、すみません。私にはわかりません」
そう、彼には答えられない。
「館長、どうして警察がこの場所にいないのかな?」
「あ、それは探偵さんたちをお呼びしたので」
「じゃあこの容疑者を選ぶ為に監視カメラを確認したのは?」
「あ、私です」
まず殺人事件があったら警察を呼ぶべきだしお客さん全員をその場に待機させるべきだ。
「つまりどう言う事っすか?」
「美玖ちゃん、この展示部屋はドコかな」
「【フェルメールとレースを編む女】って書いてあるっすね」
「隣のスペースには?」
「……館長室っす」
ようやく意味が分かった様で美玖ちゃんは犯人に視線を向ける。
「でも、そんなルールなんすか?」
「これは推理小説なんだよ。だから彼は役を演じていた」
最初から本当の殺人事件が起きたかの様に。
愚昧灰荘の話題に返答がなかったのもそのためだ。
「動機と凶器はなんなんすか?」
「動機は彼が最初にホノ達に見せていたし言っていたよ」
言っていたことはただのヒントなのかもしれないが。
とりあえずあんな所にあの作品を置くべきじゃ無い。
「美玖ちゃん、クロムイエローは日光に強いかな?」
「弱いっす。色が黒に変わってしまうっす」
「そうなんだよね、黒変する。でもクロムイエローを使われていると言われるゴッホの『ひまわり』はどうしてあんな場所にあったのかな?」
「この美術館が名画の知識が乏しいか、贋作だからっすか?」
ぶっ飛んでいる気もするが、美術館が本物の『ひまわり』をあんな風に扱うとは思えない。
それにひまわりの本数から考えて……。
「次に凶器だけど被害者の絵を裏返してもらえるかな」
ホノの言葉を聞き美玖ちゃんは確認する。
被害者のお腹に切れ味の悪い刺し傷の数々。
なまくらなナイフかカッターか。
美玖ちゃんも理解したようだ。
「どこに隠したんすか?」
「彼はホノ達が美術館に来た時にどこにいたかな?」
「なるほどっす!自由に動けたってわけっすね」
現代アートが置かれていた庭。
金庫が胸辺りに埋め込まれている銅像があったからあの中にでも。
現代アートの金庫って開くのかな。
ホノは犯人に指差して。
「つまり犯人は貴方だよ館長。辺立葛蓮さん」
作者はあくまでゲームマスター。
四奈メアとの推理ゲームで植え付けられた先入観。
それこそ今回のミスリード。
これは作者が犯人である推理小説。
絵画修理士との話で『ひまわり』が贋作だと気付いた被害者が、【「真実を公表する」】と館長を脅し金を巻き上げようとしたがカッターナイフで襲われて逆に自分が破滅した、と言う筋書きだろう。
ヒントはあった。
館長の『ここの従業員は面白がって『ヘンリクス』なんて呼ぶんですから』。
ヘンリクスとこの部屋テーマであるフェルメールと言えば、【ヘンリクス・アントニウス・ファン・メーヘレン】。フェルメールの贋作で有名なオランダの芸術家だ。
そうしてこの事件の犯人は笑って。
「あ、その通りです。素晴らしいですね名探偵。流石は灰荘先生に選ばれた人物です、お見それしました」
深々とお辞儀する。
なんて礼儀正しい美術館の館長なのだろうか。
こんな気の弱そうな人を自分の駒にするなんて。
おのれ、灰荘。
辺立葛蓮〔♂〕
大福体型の美術館館長
誕生日/2月22日=魚座=
血液型/O型 髪/七三分け
身長/174cm 体重/118kg
性格/柔らかい
年齢/43歳
好き/芸術.フェルメール.5歳の娘
嫌い/運動(だが奥さんに言われて毎朝ジョギング3キロ)
得意ジャンル:贋作ミステリー
【出版】『贋作怪盗F』
男子高校生・幸太郎は覆面ストリートアーティストである。
幸太郎は亡くなった父の部屋で見覚えのない鍵を発見する。詳細を知ろうとしたが母すらこの鍵の存在を知らなかったらしい。……調査の末、うちの地下に隠し部屋?
そこには世界中の名画が置かれていた。
父は名の知れた贋作作家だ。しかしこの隠し部屋にある絵画は──
そして確信する。都市伝説【美術館から名画を盗む〔大怪盗F〕】は亡くなった父であったと。しかも完成度の高い贋作とすり替えていたためバレなかった。
正義感の強い幸太郎は父が盗んだ名画の全てを美術館に返すことを決意する。