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嘘まみれのマニエラ 1/3

挿絵(By みてみん)

●森屋穂花



授業を全て終えて帰りの支度。

ホノは部活をするつもりもないため勧誘に捕まらないように急ぐ。

にぃにとの時間を大切にしたい。部活なんてしてられない。


しかしにぃにはアーティ高等学校の生徒会長。

帰りが遅くなることはしょっちゅうで、そんな日は作り置きのご飯を冷蔵庫から取り出してレンジでチン。ひとり寂しく食べるのだ。


そういえば今日は火曜日。

高確率でにぃにの帰りが遅くなる。


「はあ」


思わずため息。

憂鬱にもなるさ……あのハドソン夫人とふたりぼっちなんだもの。


パサリ、とホノの下駄箱からなにかが落ちる。


足元を見るとそれは手紙。

誰かがラブレターをホノの下駄箱に間違えて入れてしまったのだろうか。

……いやここは女子校だったか。


拾い上げると、その手紙の包みには宛名も差出人の名前もない、真っ白。

持ち主に返してたいのにこれでは不可能だ、申し訳ないけど中を確認させてもらいます。


包みを開けると用紙。

すぐに手紙の意図が分かった。


探偵には事件のほうから訪ねてくるらしい。


これはふたり目の推理小説家からの挑戦状。

憎きベストセラー作家・愚昧灰荘との知恵比べ。



───────────────────


 呪いがかけられた三人。

 心の平和を願うSiO2、

 深い愛情を持つAl2O3、

 希望を持ったAl2SiO4(F,OH)2は

 ギリシャで九人の女神の神殿にて首をはねられ、

 神殿の前にて並べて飾られた。


───────────────────



なんとも感情移入が出来ない登場人物達が無残にも殺されてしまった。

しかし前回の挑戦状に比べて手が込んでいる。


それでは解読しようじゃないか。

ヒントのお陰で簡単にも見えるが、それがなければこの文章は成立しない。


まず【呪い】はかけられたのなら解かなければならない。

それぞれの化学式を物質に戻すと。



───────────────────


 心の平和を願う〔二酸化ケイ素〕

 深い愛情を持つ〔酸化アルミニウム〕

 希望を持った〔トパーズ〕


───────────────────



最後のトパーズで分かるようにこれは宝石を意味している。

しかし二酸化ケイ素のシリカ鉱物は多種類。

酸化アルミニウムはコランダム、ルビー、サファイア。

その為特定が出来ない。


だからヒントの『宝石言葉』だ。

心の平和=アメジスト。

深い愛情=ルビー。


次に【ギリシャで九人の女神】と言えばゼウスとムネモシュネの娘達・ムーサ。

【『ムーサ』の神殿】とくればムセイオン。

英語『ミュージアム』の語源といわれている。


そして最後に三人の頭文字(くび)をはねて、並べるのだ。

つまり答えは、



「美術館っすか?」


「くぎゃっ⁉︎」



集中していたから急に真後ろから声がして心臓が飛び出しそうになった。

ホノの後ろに立つな。


やはりこのチャラい声の主は、


「ビックリしたよ、美玖ちゃん……よく分かったね。謎解きが好きなのかな?」


「いやぁトランス状態だったすね。謎解きは苦手っすわ。ただわっちの勘は当たるんす」


へにゃっとした口。

昨日からずっとへばりついて離れてくれやしない。

ホノの持っている手紙を指差して。


「それっては帝一さんからの挑戦状っすか?」


かっちん。


すっと手紙をカバンに入れる。

とたとたと歩き出し、校門を抜けたら全力ダッシュ。

誰もホノを止められないぜ。ざまぁみろってんだい。


「わっちも一緒に行くっす!」


「なんでさっ⁉︎」


()いたと思ったのに並んで走っている美玖ちゃん。

謎解きは苦手と言っていたではないか。ついてきたって君の出番はないのに。


「前回の推理ゲームでは帝一さんが相棒がだったみたいっすけど、なぜか今回は呼ばずに美術館に向かっているわけっす。となるとわっちが相棒役をするしかないじゃないっすか」


「ホノの相棒はにぃにだけなのっ!」


「そんな事言って深層心理ではお兄さんのこと疑ってるんじゃないんすか?だから呼ばないんすよねー」


「もうやだよこの娘!助けてにぃにっ!」


全く分かってない。

おそらくにぃには生徒会のお仕事だし向かっているアンディ・ライデン美術館はホムズ女学園からだったら走って行ける距離だけどアーティ高等学校からは自転車がないときつい。

忙しいのに呼ぶのはあまりにも可哀想だ。


にぃにを疑う人に助けてもらうのはごめんだから、全力で逃げる。


「つまり置いていかれなければ相棒認定っすね。わっち頑張るっす!」


思惑は叶わず、美玖ちゃんは『朝飯前』と言わんばかりに抜かして前を走る。

逆にホノが追いかける形になってしまった。




●四奈メア



中学の授業を終え、放課後。

スマホを確認するとメールが来ていた。

相手は灰荘大先生の1番弟子・藻蘭千尋先輩。

あれから4番弟子となった私だが師匠には会えずじまい。


もしかしたら推理小説で最優秀賞を取るまでは会ってもくれないのかもしれない。

……道のりは長いか。



───────────────────


 今から喫茶店『グレコ』に来てください。

 急いでいただけると嬉しいです。


───────────────────



あまりに上から目線な文章。


「ほんっとむかつく、あの女」


けれど相手は姉弟子、大人しく従ったほうが良いだろう。

上級生の教室に向かい吹奏楽部の先輩に部活を休むことを伝えてから学校を出た。




喫茶店グレコ。

存在すら知らなかった。

SNSで話題にすらなってないし地図で調べても出てこない。

困り果てたから藻蘭先輩に電話する。


そして指示通り道を進んでいく。

この街には【スラム通り】と呼ばれている不良の溜まり場があるのだが、そこを通らなければいけないらしい。


「お嬢ちゃん可愛いね!オレ達と遊ばない?」


「急いでるの。どいてくれる?」


「えーイイじゃん、遊ぼうよ!ねっ。ちょっとだけだからさ」


チャラチャラした男達にからまれてしまった。


嗚呼、めんどくさ。

うざすぎるんだけど。


苛立って黙っていると通話中の藻蘭先輩は状況説明を求めてくる。


「頭の悪そうな男達にからまれたわ」


『そうですか。では『帝一生徒会長に用がある』と言ってください』


どうしてここであの女探偵の兄の名前が出るのか。

またその名前を聞く事になるなんて。

やだ、鮮明にフラッシュバックしてくる。


「お嬢ちゃんも遊んでそうじゃん!男性経験も豊富なんでしょ?ねーイイよね。遊ぼうよ」



「私……帝一生徒会長に用があるんだけど」


「「────っ⁉」」



明らかに動揺を見せる男達。

しかも勢いよく頭を下げてきた。


「すすす、すみませんでしたっ!まさか帝一さんのご友人とは思わず!」


「やっべーよ!早くズラかるぞっ!」


頭をペコペコ下げて逃げ出す。


あの女探偵の兄ってもしかして有名な不良だったりするのだろうか。

そんな風には見えなかったが。


藻蘭先輩の先導が再開する。

スラム通りの裏路地を進んでいく。

こんな人通りがない場所に喫茶店があるわけない。

なんて思ったが【Cafe(カフェ)Greco(グレコ)】という看板を見つけた。

客が来るわけないだろうに、なんでこんな場所に。


とにかく電話を切って店の中に入る。

店内は意外にも綺麗。

なんと言ったらいいか、とてもクラシックだ。

嫌いな雰囲気ではない。むしろ好き。


店長らしき人物がこちらに来た。白髪の渋いオジサマ。

60後半だろうが20代の女性が惚れてもおかしくない程にイカしている。


「いらっしゃいませお客様。どうぞこちらの席へ」


店長のオジサマは店の席をひいて手を差し出してくる。

なんだこの老人は、英国紳士……グレコなら希国紳士か。


しかし私は席には着かず。


「人を待たせているんだけど」


藻蘭先輩は『もう店内にいます』と言っていたのに、見渡しても誰もいない。


「そのご友人の名前をお聞きしても?」


「藻蘭千尋よ」


オジサマは微笑んで。


「そうでしたか失礼いたしました。こちらへ」


私は店の奥の本棚の前まで先導された、そしてオジサマは数冊の本を順に傾けて。


ギギギギギッと本棚が横に移動して後ろに扉が現れる。

隠し扉というやつか、まさか現実でこんな仕掛けをする輩がいるなんて。


「では、より善い執筆活動(さつがいけいかく)を」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



隠し扉の先は地下室に続いているようで階段を下っていく。

なんだか推理小説などで登場する犯罪組織に入ったような気分だ。


『グレコ』はギリシャ人の事かと思ったが、もしかしたらイタリアマフィアの【ミケーレ・グレコ】からきているのかもしれない。

彼の自宅の地下では殺人が行われていた。


階段を下りきると広く明るい空間。

装飾のどれもがクラシック。

部屋の端にあるボールチェアと複数のクマのぬいぐるみはなんだ、この場所には不似合い。


監視カメラ映像を写した数10台のディスプレイ。

映されているのはアンディ・ライデン美術館。


中央には大きな一本脚のダイニングテーブル。

椅子は多めに用意されているのだがこの部屋には私の他にふたりだけ。


藻蘭千尋。

もうひとりはガタイが良く明らかに育ちの悪い不良。

髪は銀に染めている。


「来ましたねメアさん。ようこそ我々の仕事場(はんこうげんば)に」


「藻蘭先輩。そこの不良は?」


「お前も中学生ギャルじゃねぇか!……たくよ、愚昧先生の2番弟子・畑地海兎だ。ペンネームは多すぎるから憶えなくていいぞ」


畑地(はたち)海兎(かいと)

この不良も面白い名前をしている、

ペンネームが遠藤平吉とかだったらもっと笑えたのだけど。


「3番弟子も来るのかしら?」


「アイツは来ねぇよ」


「そう、残念だわ。コンプリートしたかったわね」


「あんな狂人作家(サイコキラー)の事なんて知らなくて構いません。それより今日呼んだのは」


「聞かなくても理解したわ」


大量のディスプレイを見れば理解できる。


推理ゲームの鑑賞。

あの女探偵と私たち推理小説家のプライドをかけた大勝負。

私の時も同じように見られていたのか。


ほんと、恥ずかしい。

灰荘大先生にも見られていたのだから。

ん、ちょっと待ちなさい。


「藻蘭先輩!……と言うことは今日?」


「ええ。あの方に会えますよ。あと20秒待って下さい」


20秒。

藻蘭先輩は自分の右手に付けた腕時計を見てそう言った。

秒って、どういう意味だ。


「愚昧先生は時間と数学にはうるさいからな」


「7.6.5.4.3.2」


カウントダウンをして、0になった瞬間。

コトンッと階段を下る足音。急いで振り向く。


ようやく私は愚昧灰荘大先生に会うのだ。

強い憧れを抱き、弟子になるために死に物狂いで執筆を繰り返してきた。

心が震えて息を飲む。



「はじめまして。4番弟子の四奈メア。君の師匠になった愚昧灰荘だ」


「……へっ?」



目の前には、私を負かした女探偵の兄。森屋帝一が立っていた。


ただ推理ゲームの雰囲気とはなにかが違う。

中身だけ別人に入れ替えたような違和感。


冷ややかな瞳、突き刺さるような声。

この人がこの場の支配者だと即座に解る存在感。


彼こそ私の思い描いていた愚昧灰荘大先生である。




畑地(はたち)海兎(かいと)〔♂〕

 愚昧灰荘2番弟子であり不良番長

 誕生日/8月17日=獅子座=

 血液型/O型 髪/銀髪ツーブロック

 身長/184cm 体重/68kg

 性格/ガサツ

 学年/アーティ高等学校2年A組

 好き/野球.喧嘩

 嫌い/コーヒーは飲めない

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