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●森屋穂花
もはや自分は競輪選手なんじゃないかって勘違いしてしまいそうだ。
今日だけでホノの一ヶ月分の運動をしているかもしれない。
疲れすぎているから少し前で自転車を漕いでいるにぃにの裾を掴んで引いてもらう。
挑戦状に書かれた【ヒント】によって行き着いたのは数学者アラン・チューニングに関係した映画のタイトル。
よって挑戦状を受け取ったレンタルショップに戻って来た。
店内を見渡すがアルバイトをしていたにぃにの後輩の姿はない。
仕方がないから例の映画を探すことに専念する。
洋画の列。旧作のミステリー棚。
小学生の頃、にぃにと映画館で観たものだ。
「なにもないな。間違えたか」
「ううん。にぃにの推理は合っているよ。……ここになにかを隠すとしたら」
ケースの中。
レンタルDVDを取り外し、カバーのケースをかぱりと開ける。
可愛らしいメモ用紙が入っていた。
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学び舎の扉はいつだって開いている。
偽りの鍵を捨て、己の知恵だけを信じよ。
扉の向こうにて待つ。
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「にぃに、今何時?」
「……18時38分だな」
スマホで時間を確認して教えてくれる。残り時間は約20分。
そしてメモ用紙を確認して、
「学び舎ってことは、学校で良いんだよな?」
「うん、間違いない。それに制限時間に行ける学校は絞られる」
「アーティ高等学校とホムズ女学園だな」
「そう。でもふたつの学校はここから逆方向。どちらかにしか行けない」
「……挑戦状を渡してきた喜咲さんはうちの新入生だから」
「それがミスリードって可能性があるじゃないか」
ヒントだと思われるのは【偽りの鍵を捨て、己の知恵だけを信じよ。】という文面。
【鍵】、とは……あっ。
「作者の気持ちになれば作品の最後はおのずと解る」
クイズ番組みたいに次々と答えるばかりかと思ったけどどうやら違ったらしい。
「それで、どっちだ?」
「今回の爆弾魔が仕掛けた爆弾の解除キーの4桁の数字を繋げてくれるかい。ワトスン君」
「ん?ああ。……海上保安庁の電話番号0118、映画『シャーロック・ホームズ』のイギリスでの上映2009、数学者アブラーム・ド・モアブルの誕生日0526。……なるほど、暗号か」
にぃにも理解したようだから頷く。
これらを繋げると今回の推理小説家特有の暗号文になるのだ。
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01・18・20・09・05/26
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全てで26。アルファベット。
『A』『R』『T』『I』『E』が浮かび上がる。
「やっぱりうちの学校じゃないか」
「まったく。この推理小説家は本当に良い性格をしている。愚昧灰荘と張り合えるね。先にこの謎を解いていたら誰だってアーティ高等学校に行ってしまうよ」
「……と言うと?」
「【扉はいつだって開いている】【偽りの鍵を捨て】【知恵だけを信じよ】。書かれているように鍵は捨ててしまっていいのさ。だからホノ達が行くべき場所は」
「消去法でホムズ女学園ってことだな」
「ご名答」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
敵の思惑通りに動かされるのもこれで終わり。
美術館、動物病院、時計塔に仕掛けられた爆弾を解除して、爆弾魔が待ち受けているホムズ女学園までタイムリミット内でやってきた。
校門前に彼女はいた。
ウサギ耳のような大きいリボンでポニーテールを作りヒップホップダンサーのような服装の女性。
「やっぱり君が愚昧灰荘の弟子か」
「はじめまして、探偵さん。解読推理小説家・影田喜咲です。流石に時間制限を設けるのは可哀想かと思いましたけど……負けを認めるしかなさそうですね」
まさに警察に取り囲まれた犯人のように両手を上げる。
ならば約束通り、
「【達成出来れば私は全てを告白しよう。】と挑戦状に書いてあったように愚昧灰荘に関して知っていることを教えてもらおうか」
「先生とは文通だけで本人に会ったことはないです。正体が俳優の阿達ムクロだと知ったのは探偵さん達と同じようにニュース番組でした」
「……えっと、じゃあ【告白】って」
ホノが首を傾けると喜咲は推理小説界の顔から頬をリンゴのように赤らめる乙女の顔に変わる。
そしてスタスタと恥じらうように小走りでにぃにの前にやってきた。
瞳孔が開き、微かに吐息が漏れる。
「帝一さん。好きです!付き合ってくださいっ‼」
──……思考停止。
まさか推理小説家としての告白ではなく、ひとりの少女としての恋の告白。
お相手は先輩であり自分の学校の生徒会長。しかも敵である読書家の兄。
愚昧灰荘の弟子がにぃににプロポーズをした。
しかし相手は『女を侍らせている』なんて噂が出るような人物。
ホノが知らないだけで告白なんて飽きるくらいされているに違いない。
「え。……いや、ちょっ。んん⁉︎」
と思ったのだが、この赤面ぶり。
右腕で顔を覆い隠す。
喜咲も想定していた反応とは違って目を丸めている。
「可愛い。帝一さん、顔見たいです!隠さないでください!」
「やめろ。来るな」
「……にぃに」
「勘違いするな穂花!人に『好き』ってはっきり言われるのって結構びっくりするぞ」
知るか。のろけかそれは。
どうやら告白されたのは初めての経験だったらしい。戸惑って後ろに引く。
しかしそれよりも勢い良くぐいぐい来る喜咲。年下をおちょくるような笑顔を浮かべていた。
仕方が無いからホノがふたりの間に入る。
怖い顔で威嚇されてしまう、
「どいてくれますか、穂花さん。これは私と帝一さんの問題です」
「……き、君は灰荘の弟子だろう?あの推理小説家はどう思うかな。弟子が敵の兄に恋してるなんて」
「『ロミオとジュリエット』みたいで燃えるじゃないですか。それに他人の恋愛に口を出すような無粋な師匠なら私から縁を切ってやりますよ」
うぇうぇい、決意は固そうだ。
再び彼女はホノの後ろにいるにぃにに視線を向ける。が手刀でその視線をちょきんと断ち切る。
「ホノは認めんぞっ!」
「はあ。……ブラコンここに極まれり。魔法少女の変身と乙女の告白は邪魔しちゃいけないっていうのが常識でしょうが!妹だろうと帝一さんと距離感近すぎるんですよ!」
「ははーん、本性が出てきたね!灰荘の手下ににぃにをあげるつもりはないやい!」
「うっとうしい!そもそも帝一さんは誰のものでもないでしょうが!」
肩を掴んで押し合うホノと喜咲。
ぐぐぐぐぐっ。同等の筋力なのか全く動いちゃくれない。
自転車で街を回って疲労しているものの負けるわけにはいかんのだ。
「にぃにはホノのものでい!ハドソン夫人にも君にも渡さないもんね!大人になったらジャーマン・シェパードを飼って幸せな家庭を──うっ」
パシンッと、痛くはないけど鋭い音が響く。
にぃにの左手で頭を叩かれた。
喜咲も今の状況の見苦しさに気が付いたのか赤面して崩れた服を整える。
先程までホノの後ろにいたにぃには前に出て、真剣な顔つきになった。
「ごめん。喜咲さん、気持ちは嬉しいんだけど。……見ての通り、うちの妹はまだ手がかかるからさ。恋愛とかは無理そうだ」
「で、でしたら穂花さんも一緒でも構いません!仲良くします。……私たちのデートに、来ても」
じとっとした視線を向けてくる。
なんだいなんだい。まるでホノが悪役みたいじゃないか。
「いや、なんと言うか。今の僕はやる事が多過ぎて君をおざなりにしてしまうから」
「心配ありません。私は放置されたって我慢出来る系女子です」
「えっと……不誠実は嫌なんだけど」
にぃには丁重にお断りしたはずなのにぐいぐいと来るなこの娘。
このままだと勢いに負けて『交際OK』してしまうんじゃなかろうか。
覚悟を決めたのかにぃには深く息を吸って。
「まだ妹離れ出来そうにないので、誰かと恋愛関係になろうとは考えてないです。ごめんなさい」
耳を真っ赤にして頭を下げる。
ホノまで湯気が出そうになるくらいに顔が熱くなった。……でも嬉しいからニヤニヤしてしまう。
喜咲はホノたち兄妹を交互に見てからぽかんと口を開けてその場にしゃがみ込んだ。
「これが世に言う……禁断の愛」
「「違う。そうじゃない」」
なんとも言い表せない複雑な雰囲気になってしまう。
おのれ、灰荘。
影田喜咲〔♀〕
恋する解読推理小説家
誕生日/12月10日=射手座=
血液型/O型 髪/黒髪ポニーテール
身長/167cm 体重/52kg
性格/恋愛脳
学年/アーティ高等学校1年A組
好き/森屋帝一.桜餅
嫌い/ミミズ
得意ジャンル・解読ミステリー
【出版】『耶麻形ヒノデは暗号でしか語れない』
恋愛とは解読の連続である。
クラスメイトに『普通の人』と呼ばれている田沼恭助は生まれて初めてラブレターというものを受け取った。
しかし中身を確認すると【オウテ、クデイ、ジママ、ヨツス】。訳の分からない文面。
……そういえば、昔こんな暗号が流行ったな。なんて苦笑する。
なんとか待ち合わせの場所に行くとそこには『無言の美少女』として有名な先輩・耶麻形ヒノデが立っていた。
ごく普通な少年と暗号文でしか話せない少女のちょっと変わった解読ミステリーな恋愛青春劇。