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●森屋帝一
今までの推理ゲームは隻腕、海兎、アドリエッタのいずれかが用意した弟子候補であった。
そして10番弟子となる人物は愚昧灰荘、つまりは僕自身が選んだ推理小説家。
ほとんど弟子確定であるから他の弟子たちとも挨拶を終えている。隻腕は連絡付かず。
しかし10番弟子とは文通をしていた仲だが僕はまだ本人に会ったことがない。
あちらも僕がどんな顔をしているか存じてないだろう。
手紙の内容は【弟子にしてください】という文章と、なにかしらの暗号分であったりクイズ。
得意とするのは解読ミステリー。
「に、にぃに。そんなおぞましい物なんかに構っている暇はないんだよ」
「おぞましいとは失礼な。可愛いだろ」
チャルマーズ動物病院。
入口を抜けた病院の待合所にて縦に長い飼育ケースが置かれていて、中にはエボシカメレオン。
若い個体のようで色がはっきりとしていてとても美しい。
うっとりしていると首をぶるんぶるんと振っている穂花に腕を引っ張られた。
「これはこれは探偵とその兄よ。何用かな?ハドソン夫人の具合でも」
現れたのはペストマスクで顔を隠している怪しげな白衣の男。
彼こそ、獣医であり推理小説家・ドリトル・チャルマーズ。
受付にいるペストマスクナースは彼の奥さん。夫婦だけでこの大きな動物病院を運営しているらしい。
「夫人は元気だよ。分かっているとは思うけどこの件で来た」
穂花は暗号分が書かれた原稿用紙を取り出して見せる。
訂正するのも面倒くさいがハドソンは独身だ。
「なに、試しただけだとも。ではこちらが爆弾魔から受け取った犯行予告である」
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『ちり紙を折りたたむのが好きすぎる動物ってなーんだ?』
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またしても気の抜けるようななぞなぞ。
『ちり紙』と言えばトイレットペーパーやティッシュペーパー。
『折りたたむ』は英語で『fold』。
『好き』を少し昔のネット用語にしたら答えは、
「【スコティッシュフォールド】。この病院にその種類の猫はいるかな」
穂花がため息混じりに回答。
僕も危うく「しょうもなっ」と呟きそうになった。
「もちろん。待っていたまえ、吾輩が確認してくる」
「時間稼ぎするつもりは?」
「全くない。ここは病院、外から来た君たちはどんな菌があるか分からんから患者に合わせたくないのだ。気を悪くしたならすまない」
動物の患者たちに会うなら除菌してからにしてくれ、と言うことなのだろうけど僕たちにそんな時間はない。だから言われた通りドリトルに任せる。
病室に入り1分もしないうちに帰ってきた。
原稿用紙が貼られて、4桁の暗証番号を入れる南京錠で閉ざされた木箱。
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『ロバート・ダウニー・ジュニアが主演した映画『シャーロック・ホームズ』のイギリスでの上映は何年?』
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僕がなにか言うよりも早く穂花が暗証番号を入れ一瞬にして開けてしまった。
いくらホームズ関連の問題であろうと探偵が無言で回答していいと思っているのか。
どうやら答えは『2009年』らしい。
箱を開けると綺麗に畳まれた原稿用紙とタイムリミットを知らせるタイマー。
残り時間48分。
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第二の爆弾、解除。
10・16・19
/78(22)
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「今回はヒントなしか」
「そのようだね」
「全部で78……(22)ってどういう意味だ?」
「78種類あってそのうちの、22種類。56と22で分けられるもの」
ここまで言ったら分かるでしょ、と視線を向けられるが森屋帝一にはそんな知識はないから首を傾ける。
「タロットカードだよ。56種類の小アルカナと22種類の大アルカナ」
付け加えると小アルカナは棒、剣、聖杯、硬貨からそれぞれ14種類。
大アルカナは一般的にタロットカードとして知られているもの。
「つまり大アルカナの『運命の輪』『塔』『太陽』から連想される場所」
「……サン・カイロス時計塔か?」
「ご名答」
少し離れた所で様子を伺っていたドリトルに勝ち誇った顔を向ける穂花。
ドリトルは両手を挙げて答えた。お手上げということだろう。
そうして動物病院から、
「探偵の兄よ。待合室のカメレオンはもう見たと思うが、飼う気はないか?」
「え?」
「いや、知人が家の事情で飼えなくなったそうなのだ。性別はメスであるゆえハドソン夫人とのペアとはならんが……美しかったであろう?」
「だ、だめっ‼」
目を輝かせる僕の前に青い顔した穂花が立ちふさがる。
ここは交渉術の見せ場だ。真剣な眼差し。
「今回も名前は穂花が決めて良い。『マーサ』でも『ターナー』でも好きなように」
「やあだ。おぞましいのはハドソン夫人だけで十分さ」
決意は固いようで僕の言葉は一切聞き入れず出口へと。首根っこを掴まれ引きずられていく。
こんなにも力強かったんだ穂花ちゃん。
ずるずるずる。
話題のエボシカメレオンと目が合った。
さらばマーサ・ターナー。優しい飼い主に巡り合ってくれ。
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悲しみを振り払うように自転車を全力で漕いだ。
出会いがあれば別れもある。彼女は運命ではなかった。
僕にはハドソンがいる。それだけで良いじゃないか……うぅっ。
「いつまでしょげてるの」
「あんなに綺麗な子、なかなか出会えないぞ」
「にぃにの浮気性。ハドソン夫人に言ってやろ」
「ち、違うやい」
ハドソンにはハドソンの可愛さがあって、マーサ・ターナーには違った愛らしさがあるのだ。
……確かに浮気男の言い訳みたいだな。
「ええい、遅い!」
サン・カイロス時計塔前の広場にて待ちぼうけをくらっていたであろう褐色の肌ををした金髪の女子中学生が怒りの声を上げた。
昼ドラばりにどろどろした推理小説を書く四奈メアである。
「久しぶりだね、最優秀賞は取ったのかね?」
「安心しなさい女探偵。取ったら一番に教えてあげるわ」
仲良しかよ。
なんて思ったがこのふたりは再戦の約束をしているんだった。
そもそも推理小説で最優秀賞を取ったらまずは師匠である僕に連絡してください。
「それで、なぞなぞかな?」
「残念、ここでは無いそうよ。時計に関したなぞなぞを思いついたらしてもいいなんて言われたけど、アホらしい。『座ってるのに立ってるものってなーんだ?』とかで良いのかしら」
呆れて肩を下しているメアの体にはガムテープで木箱をが貼り付けられていた。
これはどうやら人間爆弾をイメージしているようだ。
現実なら恐ろしい光景だが人質にこうもふてぶてしくされていると苦笑いが浮かんでくる。
木箱の原稿用紙に視界を向ける。
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『フランスの数学者アブラーム・ド・モアブルの誕生日は?』
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「5月26日」
「流石にぃに。数学に関してならホノよりも博識だ」
複素数と三角関数に関する『ド・モアブルの定理』を証明した人物として知られている。
穂花は嬉しそうに4桁の暗証番号を入れて木箱を開けた。
やはり畳まれた原稿用紙とタイマー。
残り時間35分。
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第三の爆弾、解除。
ヒント③『1912/0623~1954/0607』
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今度はヒントのみ、
「解けた」
「「へ?」」
驚愕の声を上げたのは穂花とメア。
どうやら心の声が漏れてしまったようだ。
穂花よりも先に解き明かしてしまうなんてあっていいものか。
けれど仕方ない、これは僕の領分だから。
先程言われたように数学に関してなら僕はこの名探偵に勝っている。
「じ、じゃあにぃにの見解を聞かせてもらおうかな」
「全てのヒントはひとりの数学者に関連するものだ。1912年6月23日生まれ、1954年6月7日に亡くなった人物。第二次世界大戦でナチスが扱っていた暗号機『エニグマ』の解読。彼の人生を描いた映画ではベネディクト・カンバーバッチが演じている」
「アラン・チューリングだね」
穂花の言葉にこくりと頷く。
立場が逆転したような居心地の悪さを覚えたけど、たまには悪くない。
ヒント①の『?』は『謎めいた言葉=エニグマ』を意味し、ヒント②は彼らのフルネームであるアラン・マシスン・チューリングとベネディクト・ティモシー・カールトン・カンバーバッチの頭文字。
「やっぱり兄妹ね、謎解きするときの顔がそっくりだわ」
鼻で笑われてしまう。
不本意ながらメアの言う通りなのだろう。血は争えない。
穂花は『そっくり』と聞いて上機嫌になった。
ともあれ、穂花の推測が正しければ次はレンタルショップ。
ようやく爆弾魔もとい推理小説家の居場所が分かる手掛かりを手に入れられるに違いない。