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●森屋穂花
【私を見つけよ】と挑戦状に書いてあるように、そこらじゅうを走り回される可能性が高い。
しかし残り時間は少ないのに体育会系ではないホノたち兄妹には難しいだろう。
だから家の倉庫に眠っていた自転車を出して、全力で漕ぐ。
『探偵は頭脳さへ優秀ならば体力はいらない』という持論がまたしても覆されそうだ。
肩で息する。きついから下を向いて漕いでいると『前見てないと危ないぞ』と並走しているにぃにに注意されてしまった。
それにしてもタイムリミットがある推理ゲームを挑んで来たのにも関わらずレンタル袋に挑戦状を隠すとはこれ如何に。
『やっぱり今日は映画見るやーめよ』みたいなことになっていたらどうしてくれるんだ?
そもそも、時間調整はちゃんとされているのかな。
不可能なのに時間切れで負けた、なんて頭脳勝負として認めてやるわけにはいかない。
「……つ、着いた」
「結構遠いんだよな、ここ」
アンディ・ライデン美術館。2回目の推理ゲームの舞台。
駐輪場に自転車を停めて走って中に入っていく。
入口を抜けると、ふくよかな体格で髭を生やしたおじさん。
美術館館長、辺立葛蓮が仏様のようなアルカイックスマイルを浮かべていた。
「あ、お待ちしていました探偵さん。こちらが爆弾魔から送られた犯行予告です」
『爆弾魔?』と聞き返そうと思ったが、悠長に使える時間はないからやめておく。
おそらく今回の推理ゲームでの設定だろう。
仕掛けられた爆弾を処理しながら犯人を追っていくような。
……探偵よりも警察の領分だとは思うけど、受けて立とう。
館長は胸ポケットに入れていたハンカチでおでこの汗を拭いながら、原稿用紙を手渡してきた。
爆弾魔の犯行予告。
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『博打に行っても負けを恐れない画家ってだーれだ?』
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「なんだこれ?」
にぃにが呆れたように呟く。
「爆弾の隠し場所のヒントってことだろうね」
それにしても舐めてもらっちゃ困るな。
ホノをおちょくっているにも程があるってんだい。
こんなもの保育園児にだって解けるだろうに。
館長に視線を向ける。
「【ゴーギャン】の作品が展示されている場所に案内してくれるかな」
「あ、はい」
「……穂花、もしかしてこれってそういうことか?」
「うん。ただのなぞなぞ」
『博打に行く』は『ゴーギャンブル』。
『恐れない』ということは緊張で震えない、つまり『ブルブル』しない。
答えはフランスの画家ポール・ゴーギャン。
「おおう」
「気にしないで、早く展示場所に行こ」
オヤジギャグを聞かされたような寒さを感じたのか震えているにぃに。
仕方がないからホノが手を引いて館長の背中を追う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
館長は気を利かせてか、仕事が忙しいのかホノたちを案内するとそのまま去っていった。
会話を振られて時間稼ぎされても困るからありがたい。
辿り着いたゴーギャンの展示場にはひとつの木箱が置かれていた。
蓋には原稿用紙が貼り付けられていて、4桁の暗証番号の南京錠がかけられている。
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『日本における海上での事件・事故の緊急時に通報するべき電話番号は?』
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気の抜けるなぞなぞの次はクイズときたか。
警察は110番、消防は119番、海上保安庁は?
なんて常識の範囲内。
どうしてにぃには自信なさそうな顔をしているのかな。
海にはほとんど行ったことないからだろうけど、なにかあったら困るから憶えてね。
「『0・1・1・8』と」
かちゃりっ、南京錠が開く。
中にはまたしても畳まれた原稿用紙と残り時間を知らせるタイマー。
残り1時間02分。
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第一の爆弾、解除完了。
20゛・3・28゛・18・27゛・l40・3・2・0
/50
ヒント②『A・M・T/B・T・C・C』
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「さっきのアルファベットと同じような文面だな。でも『全部で50』だから」
「うん。つまりひらがな」
五十音。
母音【あいうえお】に基づいて縦に5文字、横に10列。
や行は『い』と『え』が、わ行には『ゐ』『う』『ゑ』が加わる。
『ん』は単体では音節を構成しないため含まれない。
「そうして濁点と組み合わせて……この『I40』ってなんだ?」
「『l』だよ、にぃに。ローマ字で『X』か『L』を前に入力すると小文字になるでしょ」
「なるほど。じゃあ次は動物病院か」
「うむ。コツを掴んで来たね」
街にはいくつかあるが制限時間内に行ける場所は限られる。
ペストマスクを付けた怪しい獣医の推理小説家がいる動物病院、で間違いないだろう。
「挑戦状でも気になってはいたんだけど【ヒント】ってなんのだ?」
「にぃにはどう思う?推測で構わないよ」
「『?』と『AMT』と『BTCC』か……分からん」
『AMT』は幻覚剤?『BTCC』はイギリスツーリングカー選手権の略語だろうか?
……関連性はないし、答えを導くには情報が少ない。
しかし、仮定することは出来る。
「答えは映画に関係していると思うんだよね」
「なんで?」
「多分、この頭脳勝負を挑んできた推理小説家はレンタルショップでアルバイトをしていた影田喜咲さんじゃないかな」
ドリトル・チャルマーズの推理ゲームの際、クラスメイトの愚昧灰荘ファンから挑戦状を受け取った経験があるから断定は出来ないけど。
この絶妙なタイムリミットを考えるに、ホノたちの来店を確認出来た店員が怪しくなる。
「ん?『作者を見つけろ』ってルールなんだから最初からレンタルショップに──……」
にぃにの言いたいことは分かるが人差し指を口元に添えて止める。
「犯人がその場に留まっているほど馬鹿だと思うかね?それに一縷の望みをかけて確認しに行って時間を無駄にするのは賢い選択だとは言えないよ」
「……名探偵の仰せのままに」
「分かればよろし」
「だけどそれならこのヒント①・②が映画に関係しているって言い張れる根拠は?」
「にぃには彼女の『また来てくれますか?』って質問に頷いたから。約束は守らないと」
「いやいやいや」
証拠不十分だと首を振るにぃに。
確かに断言できないし、彼女がにぃにへ抱いている感情も嘘には思えなかった。
あくまでも推測に過ぎない。
「ようは『?』に関係する映画で、頭文字『A・M・T』の人物を『B・T・C・C』という俳優が演じた。みたいなヒントじゃないかな」
「『?』がテーマの映画……バットマンに出てくる緑色のスーツ着た敵とか」
「たぶん違うよ」
と言っても『?』の規模が大きすぎる。
果たして登場人物に関係しているものなのか、それとも映画のテーマ自体が疑問を抱かせるものなのか。
けれどここで悩んでいるわけにもいかないから次の犯行現場に向かおう。
小走りで美術館の廊下を進んで行く。
すると【ゴッホとひまわり】と書かれたスペースを見つけた。
そこには推理ゲームにも使われた『5本のひまわり』が【空襲によって焼失した『芦屋のひまわり』の贋作】として飾られて、
「…………ん~~~?」
「な、なにもたもたしてるんだ穂花。時間なくなっちゃうぞ」
ゴッホの贋作の前で動かないホノに痺れを切らしたのかにぃにが手を引く。
確認したいことがあったけど美術館を出る。自転車に乗って、ヘルメット装備。
再び全力でペダルを漕ぎ始めた。
あれは本物の。いやいやまさか。
戦時中に失われた名画が存在しているわけがない。……よね。