命短し恋せよスフィンクス 1/5
●森屋穂花
「なあ、まだか穂花」
「もう少し。にぃにも探してよ」
金曜日の放課後、にぃにと一緒にDVDレンタルショップに来ていた。
理由は阿達ムクロが出ている映画を借りるため。
別にファンになったというわけではなく、敵の情報収集みたいなものである。
映画配信サービスにある出演作品はほとんど見終わったから、零れた作品をこうして借りに来た。
……正直、ホノもにぃにもメンタルブレイク寸前。
この一週間本当に疲れた。なんせ阿達兄妹まみれの生活をしている。
学園ではマシロと『愚昧灰荘、誰だ会議』。
家に帰ればムクロ映画鑑賞。
まあ、にぃにと一緒だったから言うほど苦ではなかったけど。
「どうせなら気分転換に違うの借りないか?犬が出てくる感動ものとか」
「動物ものは泣かせに来てる感が露骨だからやあだ。それに動物飼いたくなるもん」
「ならやめておこう。うちにはハドソンがいるし」
どうしてうちにいるのがあのおぞましい生き物なのか。
両親がアレルギー持ちじゃなかったらジャーマン・シェパードがお家でホノたちの帰りを待っていてくれたはずだよ。
にぃにがひとり暮らしを始めたら飼ってもいいのでは?
ハドソン夫人はお家に置いていき、にぃにとホノとジャーマン・シェパードの2人と1匹で幸せな家庭を築くのだ。
うむ。将来設計はその方向に固めておこう。
……それにしても阿達ムクロの作品がかなり借りられている。
当然か。この騒動で興味が出た人や再熱した元ファンがいるだろうし。
「そのスパイ映画にムクロ出てたっけ?……かなり前のだろ。それにキャストの名前欄にも書いてない」
「うん、子役時代の映画でゲスト出演だったらしいよ」
「脇役作品まで観る気?」
「もち」
ホノが自信満々に頷くとにぃにはげっそりしてため息をつく。
とても嫌そうにしているが結局は一緒に映画を観てくれるのだからやはりホノのにぃには優しい。
とりあえず、今日はこのくらいで良いか。
旧作DVD10枚借りると2週間もレンタル出来るそうなのだが観たい映画がそんなになかった。
そもそもレンタル期間が長すぎると安心して借りていることを忘れるかもしれない。『延滞料金ほど無駄な出費はこの世にない』とパパが言っていた。
「え?……生徒会長さん。なんでここに」
会計するため並んでいるとレジの女性店員がぎょっと目を丸めた。
ここのお店の制服は青いエプロンを付けただけのシンプルなもので、私服はヒップホップダンサーのようなおしゃれさ。肩が出ていて少し色っぽい。
ポニーテールで、大きなリボンがウサギの耳みたいになっている。
にぃにを『生徒会長』と呼んだということはアーティ高等学校の生徒だろう。
「君は確か。新入生の影田喜咲さん、だったかな」
「~~~っあわわわ」
相手は顔を真っ赤にして悶えた。
おそらく生徒会長が一般生徒である自分の名前を知っていることに対しての感動だろう。
にぃにはアーティ高等学校の全生徒のクラス、出席番号、名前を暗記している。
『数字の語呂合わせにしたら簡単だぞ』と言っていたけどなかなか出来ることじゃない。
「せ、生徒会長さんは近くに住んでいるんですか?」
「ああ。ここにも結構通ってる」
「嬉しいです!先週からバイトを始めたんですけど、友達は家が遠くて誰も来てくれなかったから寂しかったけど。……元気、出ました。えへへ」
……むむ。これは。
瞳孔が開いているし、視線、声のトーン、笑顔の数。
「大変だろうけど無理のない範囲で頑張ってくれ。どうした?」
ホノはにぃにの袖をくいくいっと引く。
『早く精算してもらって、帰ろう』と耳打ちしようと思ったけど、
「妹さん、ですか?」
喜咲さんの声のトーンが下がった。
勘違いだといいのだけど威嚇されてるよね。
すごく怖かったから全力で首を縦に振る。
「妹の森屋穂花です」
「ふうっ。良かった。うちは帝一さんの後輩──……あわわ。『帝一さん』って言っちゃった!」
両手で口を隠して照れる。
なんだろう、この胸のうちのむずむずは。
「呼びやすい呼び方で良い。とりあえず会計頼む」
「はっ!感動のあまり手が止まってました!ごめんなさい」
ようやく会計を始める。
DVDケースに付いているロックを外して、バーコードを読み込む。
合計660円。兄妹の共有お小遣い口座から支払う。
そして黒いレンタル袋にDVDを入れ、手渡してくれた。
「……その。また来てくれますか?」
にぃにはその質問に優しく笑って小さく頷く。
多分こういう行動が『女を侍らせている』なんて根も葉もない噂を生み出しているんだよ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
無事に帰宅。
手洗いうがいをしっかりしてリビングで映画鑑賞するためのセッティング。
にぃには調理場でポップコーンとコーラを用意している。
これがないと始まらない。
「まずなに観る?」
「あまり考えなくてもよくて、ハッピーエンドで終わるやつ」
「ホノも初めて観るから最後は分からないよ。それに考えるタイプの映画の方が好き」
「んー。どんなのがあるんだっけ」
「ボクシング、恋愛、モンスターパニック……なんだろ?」
ぱさっと紙が床に落ちる。
新作映画の広告チラシとかかな。とも思いたかったが……封筒にハート型のシールが貼られていた。
とうとう本物に巡り合ってしまったかもしれない。
「ららら、ラァブゥレェタァー⁉」
「落ち着け穂花」
そういうわけにはいかない。
中を確認する前に捨てなければ、シュレッダーはいずこ。
「店が用意した割引クーポンとかじゃないのか?」
「確かに」
これもパパからの教訓だけど『新人店員はよくDVDのロックを外し忘れる』とのこと。
だから『先週からバイトを始めた』喜咲さんの手元をずっと見ていたのだが手紙を入れるタイミングはなかった。つまり元々レンタル袋に入っていたもの。
そもそもあんな短時間で手紙が書けるわけが、
───────────────────
1・18・20・13・21・19・5・21・13
/26
ヒント①『?』
───────────────────
推理小説家からの挑戦状。
ハート型のシールとは紛らわしいことをしてくれる。
「それにしても初歩の初歩だね」
「数字、か」
興味を持ったものの首を傾げるにぃに。
「この【/26】がもしも『全部で26個ある』という意味だったらどうかな?ワトスン君」
「26文字。……アルファベットだ」
「そう。つまり順番に並べると『A・R・T・M・U・S・E・U・M』だから美術館、となる」
「以前も美術館で推理ゲームがあったんじゃなかったか。また同じ場所?」
「うーん。でも間違いはないよ」
言う通り、不自然である。
今まで違う舞台を用意してきたのに、ここで被りとは。
しかも【ヒント①『?』】が消化されていない、番号化されているのだから他を集めろということなのだろうけど……ぺらりと裏を確認するとそこにも文章。
───────────────────
19時までに私を見つけよ。
出来なければ探偵たちの負け。
仮に達成出来れば私は全てを告白しよう。
───────────────────
どうやら今回は脱出ゲームで挑んできたドリトル・チャルマーズや孤児院でカメレオン追いかけっこに付き合わされたジョン・ウェストテンペルの推理ゲームのようにルールが改変されたもの。
タイムリミットは19時まで。
急いでリビングの時計を確認すると、針は17時29分を示していた。
……残り1時間30分。
ぐいっとにぃにの腕を掴んで走り出す。
「ちょっ⁉穂花、ポップコーンがしけっちゃうぞ!」
「そんなこと気にしてる余裕はないの!」
間違いなく味は落ち、しわしわに。
けれどにぃにと一緒に食べればしけっていようと美味しいはずである。
きっと炭酸の抜けたコーラでさえ。