触らぬツインテに祟りなし
●森屋帝一
月曜日。
人工知能らぷラとの推理ゲームに勝ち、今日の目覚めは最高に良かった。
しかも生徒会長の仕事も問題なく終わらせることが出来、本当に気持ちがいい。
こんなにも絶好調だと感じたのは久しぶり。
「はあ?ザコどもには興味ない。さっさと消えろし」
……のはずだった。
アーティ高等学校、放課後の校門前で白に近いグレーのツインテールを振り回している少女を視界に入れるまでは。
SNS探偵・阿達マシロ。
そんな彼女を3人の男子生徒たちが囲んでいる。
見るからに素行が悪く、女性遊びに慣れていそうなうちの新入生たち。
ナンパ、なのだろうが見る目がないな本当。
しかし困った。
見なかったことにしたいけど生徒会長の役目を放棄したことになる。
けれど助けて変なフラグが立ったりしたら大変だ。
と言うよりも正直なところマシロに関わりたくない。
だから僕は近くを通った好青年を呼び止める。
少女マンガに出てくるような嫌味のない好青年だ。
あのナンパ新入生たちに手紙を渡して欲しいと彼に頼む。
一瞬戸惑いを見せたが爽やかな笑顔を浮かべて了承してくれた。
彼の背中を敬礼して見送る。
=任務完了=
やるべきことはやった。
望めるならばそのままロマンスが始まって、二度と出会わなければいいのに。
【痛い目に合わないうちに逃げろ】。
ナンパをしていた新入生たちは手紙の意図が分からなかった様だが、ひとりが僕と目が合うと震えおののいて逃げていった。
手でも出したりしたら彼女の兄になにをされるか分からないからな。
そうして僕は気配を消して下校する。
離れていくほど速度を上げた。
音を殺して歩き、早歩き、小走り、全力疾走。
ドカッ‼
背中に強い衝撃。
何事かと視線を向けるとツインテールのミニスカ娘に飛び蹴りされていた。
そこからはスローモーション。
水色と白の縞パン、少し浮遊、ノラ猫、髪が紫のパンチパーマおばさん、おばさんとそっくりなブルドック、地面──……よっと。
数メートル飛ばされてゴロゴロッと転がる。
豪快な転び方ではあるものの受け身はしっかりとれたからケガはしなかった。
手がひりひりしたけど。
「な、なんだ急に。ずいぶんな挨拶じゃないか」
「シスコンザコのくせになに無視して帰ろうとしてるわけ?」
「……いやぁ、君がいるなんて気付かなかったなー」
それに話しかけたところで『ザコのくせしてなに話しかけてきてんの?』とか言われるんだろ、絶対。
君との雑談を楽しめるほど僕は打たれ強くない。
「そもそも助けてくれた好青年はどうしたんだ?」
「なに言ってんの?」
本当に理解していないご様子。
普通の女の子ならあんな好青年に助けてもらったらときめいてしまうはずである。
そんな出来事があったというのに記憶にございませんとか……まあ、当然か。
この娘の兄はあのイケメン俳優だ。目が肥えてらっしゃる。
「そんなのどうでもいいし。時間ある?てか予定があったとしてもキャンセルね」
台無しだ。今日は本当についてない。
ツインテール娘に見下されるなんて僕の趣味じゃないんだが。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
繁華街のファミリーレストラン。
どういうわけだか相席してドリンクバーを頼んだ。
僕はコーヒーを、マシロはミルク多めのカフェ・オ・レ。
相変わらずむすっとした顔でこちらを睨んでいる。
「どこまで知ってんの?」
「……なにを」
「お花畑ザコの推理ゲーム」
昨日の遊園地であったことは穂花から聞いているからそれほど驚かない。
大好きなお兄ちゃんが関わっているのだから興味を持たない方がおかしいだろう。
「穂花から大体聞いているかな」
「つまり愚昧灰荘の容疑者のことも」
「ああ。みんな僕の同級生だ」
「てことは、あんただけが知ってる情報もあるはずじゃない?」
彼ら彼女らは短くても中学校からの付き合いだ。
穂花には『学校に全然来ないからよく知らない』と言っている。
普通に考えたらおかしいだろう。
しかし僕はこう断言する。
「仕事が忙しいから学校に全然来なくてよく知らん」
突き通すしかない。
実際学校内でレアキャラ扱いされている生徒たちなのだから。
『校内で見かけたら幸福になる』なんて噂話すら流れた。
そのひとり、阿達ムクロの妹である彼女も納得したように頷く。
「確かに。あにきも入学式に顔を出したくらいだし……他の容疑者も似たような登校頻度なら友好関係になるのも苦労するか」
「理解があって助かる」
「くそ。ならシスコンザコは情報なし。使えなっ」
おうおう、そんな汚い言葉を使うんじゃありませんよ。
これでも協力的な方だろう。
「でも生徒会長としてどこにいるかくらいは知ってるんでしょ」
「まあ。簡単になら」
プライバシー的にはどうかと思うけど、相手はSNS探偵。
調べたらすぐに分かることだ。
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【霧崎十九】
両親の病院の手伝い。
【恋鳥定】
自宅で華道。
【ジョアンナ・マリー】
引きこもり。
【鉄戸晩日】
弁護士である父の助手として勉強している。
───────────────────
「ざっくりすぎる。住所とかは知らないわけ?」
「それは個人情報漏洩になるだろ」
「大丈夫。容疑者に人権なんてないもの」
いやいや、殺人事件を起こしたわけじゃあるまいし。
ベストセラー推理小説家かもしれないという可能性だけで人権を剝奪されては堪ったもんじゃない。
「住所が分かったところで会えるとは限らないぞ」
「その場合はそいつらの妹を使えばいい。仲良くなって家に招待してもらうし」
「現実的じゃない。君には無理だ」
ぱしんっ。
ツインテールのムチが僕の顔を叩く。
君はそれを武器にするために伸ばしているのか。
家に招きたいと思わせたいならその高圧的態度を改めるべきである。
「まず調べるとしても恋鳥定が最優先ね」
「どうして?」
「妹の満紗が出版社で働いているらしいの。どう考えても怪しいし。……ホムズ女学園の生徒だから話を聞こうとしたんだけど逃げられた」
流石と言うべきか。厄介だなあ。
まさか昨日の今日で満紗にまで捜査の手が及んでいるとは。
「つまり華道家の定が愚昧灰荘だと。じゃあどうして君のお兄さんはあんな会見を開いたんだ?」
「甘い言葉で籠絡……は、ありえないか。なんらかの借りがあって、推理ゲームの対戦相手であるお花畑ザコの目くらまし。色々と予想は出来るけどあにきはスケープゴートとして利用されている」
なかなか面白い推理ではあるけど、違います。
妹に『勝って』と言われたから阿達ムクロはこんな大それた事態を起こした。
例の推理小説家はこの件に関しましてはまったくの無実。
全ては彼を駆り立てたどこぞの妹さんが引き金になっている。
愚昧灰荘に腹を立てているようだけど逆恨みもいいところだ。
「君は僕を疑わないんだな」
「はあ?」
「美玖の容疑者リストには僕の名前もあったはずだ。でも疑っている素振りがまったくない」
口も態度も悪いけど。
疑って欲しいわけじゃない、興味深かったから。
浅倉美玖のようにしつこいほど根掘り葉掘り聞かれるかと。
「別に。疑ってないわけじゃない、単に保留だし。それにお花畑ザコが『無実だ』って言ってるんだからあんたみたいなザコに使ってやる時間はないの」
つまり穂花の探偵としての洞察力を見込んでいる、ということだろうか。
穂花のことを馬鹿にしているようで認めてくれているらしい。
……あらやだ、好感度がぐんっと上がってしまった。
意外に良い娘かもしれない。
遊園地でもらったという水色のミサンガもしっかり手首につけているし。
「でもまあ、良い情報を持ってきてくれたら格上げも考える。『シスコンザコ』から『駄犬ザコ』くらいには」
「逆に格下げしてるぞ」
はい、前言撤回。
やはり分かり合えそうにない、このままでは犬としていいようにこき使われてしまいそうだ。
しかし、SNS探偵まで愚昧灰荘の正体を暴こうとしているとは。
一層暗躍が難しくなっていく。
まあ、森屋穂花以外の探偵に負けてやるつもりはまったくないけどさ。