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●阿達マシロ
……あにきを問い詰めなくちゃいけないってのに、なにやってんだろ。
未来をイメージしているAエリア。
そのエリアにある約1時間待ちの絶叫マシンの列に並んでいる。
しかも犬猿の仲であるお花畑ザコこと森屋穂花と一緒に。
「ふたりとも、そろそろ睨み合うのやめたらどうっすか?」
「このジェットコースターで声を少しでも上げた方の兄がザコだから!」
「望むところだね!」
「なんでお兄さんたちの格が下がるんすか」
以前の格付け勝負では引き分け。
つまりどちらが優れているか分からせてやれてない。
今から乗るアトラクションは高さ100メートル。最高速度155キロ。
絶叫好きな人でも乗るのを躊躇するほど恐ろしさ。
しかもえげつない回転が何度か続く。
どうして私がこんなザコどもと遊園地を回らなくちゃいけないのか。とも思うけれど、お花畑ザコたちはあにきの件で少なからず関係がある。
たまには自分の足で情報収集しなくちゃいけないこともある。
べ、別に家に帰ってもあにきがいないから寂しいというわけではない。
それにしてもベストセラー作家・愚昧灰荘との推理ゲームねぇ。
冗談の可能性もあるけれど、挙げられた容疑者の名前を聞くと納得できる。
あにきの中学生時代からの同級生たち。
仲のいい友人か因縁の相手か、あにきの『ぼくが愚昧灰荘だ』発言は推理ゲームの相手であるお花畑ザコを煙に巻くためかもしれない。
灰荘を守った?それとも脅されているの?……お人好しのあにきのことだ、言いくるめられたかもしれない。
そんなこと考えたら無性に腹が立ったから「ちっ」と舌打ちしてしまう。
すると前に並んで、いちゃこらしていたカップルがびくっと震えた。
「……他のお客さんにケンカ売っちゃだめっすよ」
「はあ?売ってないから、ザコが勝手に勘違いしただけだし」
「カップルで遊園地に行くと別れる、なんて都市伝説があるけど。長時間の行列で話すことがなくなったり趣味の違いに気付くとかの理由で別れるカップルなんて遊園地来なくても長続きしないよね」
「穂花ちゃんも夢がないこと言わないで欲しいっす」
前にいるカップルは気まずそうに距離を取った。
不憫な気もするが、ただでさえ疲れる行列でカップルの胸焼けしそうな甘ったるいやり取りなんて聞きたくない。
「もう。遊園地なんすから楽しく仲良くするっすよ!」
ため息をつき、呆れたように言う。
「てかなんで保護者ぶってるし、へにゃザコ」
「これでもわっちは年上なんすけどっ!君たちのお兄さんたちと同い年っすから‼」
「あー、そっか。……ホノもたまに忘れそうになるよ」
ショックを受けるへにゃザコ。
そういえばこの浅倉美玖はホムズ女学園2年生だったか。
特徴的な笑い方のせいか、それとも下っ端口調のせいか同学年だと勘違いしてしまう。
まあ、上級生だとしても格下というのは変わりないのだけど。
「お待たせしました。3名様ですね、どうぞこちらへ」
キャストに案内されてジェットコースターの先頭へ。
私が真ん中に座り、右にお花畑ザコ、左にへにゃザコ。
「なんで君が真ん中なのさ!」
「ふんっ、一番偉いものが真ん中だと決まっているし」
「だったらわっちが真ん中じゃないっすか!」
「うるさいうるさい。これだからザコは。……両端は遠心力で飛ばされるかもしれないらしいから気を付けることね」
「「なにそれ怖っ」」
当然、嘘だけど。
ふたりは顔色を悪くするがジェットコースターはそんなことお構いなしに発進した。
カタカタカタッ。
登って、登って、登っていく。
もしかしたら上からあにきを探せるかとも思ったが流石に無理そうだ。
カタカタカタッ。
登って、登って、登っていく。
ほぼ90度と言っても過言ではない、背中に重力が伝わる。
両手を握られた。
「な、なに?怖くなったとか」
「ま、まさか。外にはじき出されても君を道連れにするためさ」
「……」
お花畑ザコは平然を装っているが、へにゃザコは怖すぎるのか固まっている。
それにしても高すぎだ、危うく手を握り返してしまいそうになる。
カタカタカタッ。
登って、登って、頂上に達し。
「「「───────────────────っ‼‼⁉」」」
声がかれそうになるくらい叫んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
様々な絶叫マシンに乗るも結局叫んでしまうから勝敗は付かず。
レストランで早食い競争を挑むが、あまりの美味しさにしっかりと味わってしまい勝負にならなかった。
今度は現代をイメージしたCエリアへ。
普通の遊園地となんら変わりないエリアではあるものの可愛いマスコットがそこらじゅうに歩き回っているから女子高生人気が高い。私は看板マスコットである猫のエルちゃんが好……いや、なんでもない。
このエリアには秘密の扉というものがある。
マスコットキャラクターたちが暮らしているファンタジー世界とこの世界を繋ぐ魔法の扉。という設定らしい。ただ確認したゲストは少ない。
探すためのヒントはエリア内に置かれている『糸車』『定規』『ハサミ』のオブジェを見つけ、向いている方向に進んでいく。
または一部のマスコットに聞くと方向を指示してくれるらしい。けれど他のマスコットは嘘をついて惑わせてくるからこの調査方法はおすすめしない。
「「あった‼」」
別々に調査していたはずだけど同時に扉を指差す。
またしても引き分け。頭の中がお花畑のわりにはしぶとい。
「次っ!今度はお花畑ザコがルールを決めろし」
「……うん……じゃあ」
エリアを駆け巡ったせいか相手は肩で息をしている。
そろそろ次回に持ち越したほうが良いだろうか、日も暮れそうだ。
「なんか、この魔法の扉を見つけられた人にはプレゼントがあるみたいっすよ」
へにゃザコが言うように、この扉の写真を撮ってキャストに見せると特別な品がもらえると書かれていた。
「おめでとうございます!こちら記念品の『運命の糸』でございます!」
キャストから3本の糸をもらった。
私は水色、お花畑ザコは紫、へにゃザコは黄色。
それを手首に結ぶ。要はミサンガである。
「……宝探しの賞品がただの糸ってしょっぱくないっすか?」
「これ絶対切っちゃいけないよ」
「えっと……ミサンガって自然に切れると願いが叶うんじゃなかったすか?」
「この遊園地、随分と物騒なものくれるじゃない」
へにゃザコはきょとんとしていが、私とお花畑ザコは苦笑い。
この遊園地はギリシア神話の【運命の三女神モイライ】がモデルなのだとか。
過去を司るラケシス。現在を司るクロートー。未来を司るアトロポス。それぞれの頭文字がエリア名の由来。
ひとりは糸を紡ぎ、ひとりは糸の長さを計る、ひとりは糸を切る。
簡単に説明するなら『運命の糸』とは人間の寿命そのもの。
つまりこの糸が切れてしまったら──……。
もちろんただのミサンガ。
そんなことは有り得ないのだけど。
遊園地側のブラックジョークみたいなものだろう。
「結構暗くなってきちゃったね」
「そうっすね。そろそろお土産屋さんに行くっすか」
お土産屋の道中、なんの変哲もない白馬のメリーゴーランドを見かけた。
乗っている兄妹がこちらの視線に気付いて手を振ってくる。
前を歩いているふたりに気づかれないように小さく手を振って答える。
実は遊園地に来たのははじめてだった。
幼少期からあにきは芸能活動で忙しかったから。
親に『遊園地に行きたい』とよくおねだりしていたことを思い出す。
そういえば行けなくて拗ねているとあにきが『メリーゴーランドだよ』と言ってお馬さんごっこをしてくれた。
今考えると赤面してしまうほど恥ずかしいけど、幼い私はとても喜んだ。
まさかはじめての遊園地がこんなザコどもとは。
(でもまあ不本意だけど。今日は楽しかった)
能天気なザコどもとはしゃいだせいで、肩の力が抜けたって言うか。
気分転換にもなったし。
ただ、欲を言えば。
あにきが隣にいたら。
それもこれも、どこぞの推理小説家のせいだ。
ただでさえ一緒にいられる時間が少ないのに、推理ゲームなんてものに巻き込まれたから。
「お花畑ザコ」
「なに?……もしかしてまだ張り合う元気が」
「私があにきの無罪を証明して、愚昧灰荘の正体を暴くわ。ザコの出る幕はないから覚悟しろし」
どうしてこうなったか全て暴いてみせる。
黒幕を引きずりだしてたこ殴りだ。
あにきとの時間を奪ったツケを必ず払わせてやるんだから。