妹探偵はユートピアの夢を見るか 1/3
●森屋穂花
日曜日。
楽しそうな声がそこらじゅうで響いている。
ホノと美玖ちゃんは【モイライ遊園地】に来ていた。
三つのエリアに分かれていてそれぞれテーマがある。
過去をイメージした『Lエリア』。
戦国時代、西部開拓時代など、リクエストがあればどんなコスプレでも出来て、世界中の歴史がミックスされたような街で遊びまわれる。
現代をイメージした『Cエリア』。
はっきり言ってしまうと普通のテーマエリア過ぎて面白みがない。と言うよりも対象年齢が低く設定されている。
けれど可愛いマスコットと写真を撮ったり出来るから女子高生人気が高い。
未来をイメージした『Aエリア』。
最先端技術を駆使したエリアで、アトラクションの評価が高い。
レストランで有名シェフが考案した未知の味を体験出来るらしい。
なぜホノたちがこの遊園地にいるかというと、パパが上司に無料チケットをもらってきたおかげだ。
にぃにも一緒に遊びたかったけどチケットはふたり分しかなかっし、『はじめて出来た友達を大切にしなさい』とパパに説得されたから。
……友達と、遊園地。
はじめての経験で緊張している。
楽しみすぎて昨日は眠れなかった。
「おお、可愛いっすよ!穂花ちゃん‼︎」
「……む、なんか思ってたのと違う。なんでスカート?」
ラケシスエリア、コスプレするための更衣室。
ホノは『シャーロック・ホームズ』とリクエストしたはずなのだが。おかしいな。
再現度はかなり高いとは思うが、ところどころに可愛いアピールが強いしスカートがフリフリしている。
「これじゃ探偵のコスプレをした女子高生だ。ホームズじゃないじゃん!」
「実際そうだし、女性版ホームズっすよ」
「ホノは認めんぞっ!ホームズ像を歪ませるな!」
大声を出したら美玖ちゃんに「しーっ!」と注意されてしまった。
確かに衣装を用意してくれたキャストさんに失礼か。
頭を冷やしてもう一度鏡の前に立つが、やはりホームズのコスプレとは言えない。
……そもそもホノには再現不可能。
ぐぬぬ、認めるしかない。
女探偵のコスプレとして納得しよう。
「美玖ちゃんはなんのコスプレにしたの?」
首にはいつもの一眼レフのカメラ、バスケットハット、地味なスーツにスカート。
特徴が無いせいでなにをモチーフにしているのか不明。
「浅見光彦っす」
「へー、アサミストなんだ」
「なんすかそれ?……最近ドラマ見たからなんとなくっす」
おっと、違うんだ。
彼はルポライターだから親近感を覚えるのかなっと思ったけど。
……それより、こちらも女性版にされている。
うーん、でもなー。
原作改変は良くないと思うが、出歩くなら可愛いほうがいい。
「ほらほら、頭抱えてるヒマあったら遊びまくるっすよ!」
手を引かれて更衣室を出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
不思議な街、という表現がしっくりくる。
和風のだんご屋の隣に西洋風のレストラン。
例えるならタイムマシンを使い過去改変したせいでおかしな世界観になってしまった、ような。
このLエリアはアトラクションが少なく、ほとんどがレストランやお土産屋さん。
にぃにに買っていこうと思うが、荷物が増えるから帰る直前で良いだろう。
「あそこのお化け屋敷はあんまり怖くないらしいけど挑戦してみる?」
「イヤっす。そう言うのって大抵は怖いものが好きな人の評価なんすよ」
「おばけが怖いなんて。案外、可愛い一面があるじゃないか」
「キラキラした目でお化け屋敷に入ろうとするのやめてもらえるっすか⁉」
オバケが苦手とは意外である。
ホノも人間が脅かしてくるタイプはきついが、美玖ちゃんはお化け屋敷と呼ばれるもの全般ダメらしい。
全力でお化け屋敷に引きずっていく。
いつもにぃにの件でストレスを与えられているからお返しだ。
安心せい、この遊園地のなかで一番怖くないとネットに書いてあったから。
しかも乗り物タイプだから目をつむっていればすぐに終わるよ。
だが美玖ちゃんの力が強すぎてなかなか前に進まない。
あげく腰に抱き着かれて持ち上げられてしまった。
親が子供をあやす体勢、たかいたかい。
「恥ずかしい。みんなに見られてる」
「反省するっす」
「……ごめん。楽しくてつい変なテンションになった」
「むう。そんなこと言われたら怒れないじゃないっすか」
地面から浮いていた体を下ろしてもらう。
「美玖ちゃんにも楽しんでもらいたく。色々調べたんだけど」
「それでなんでお化け屋敷なんすか?」
「怖いものでも友達となら、楽しいかなって」
照れくさそうに言ったら美玖ちゃんは目を丸めた後に、腹を抱えて笑い出した。
『失礼な!』と文句を言ってやろうと思ったが。
自分のセリフが恥ずかしくなって言葉が出ないほど赤面してしまう。
「あはは、かもしれないっすけどホラー系はお断りっす」
「……笑いすぎ」
「心配しなくてもわっちも楽しいっすよ。これでも友達が出来たことなんてはじめてっすから……ほら、緊張で眠れなくてクマになってんす」
そう言って顔を近づける。
確かに目の下が薄く青っぽくなっていた。
「えへへ、そっか。ホノと一緒か」
「だから今日はとことん楽しむっすよ!」
「うんっ!」
ここには推理ゲームを挑んでくる小説家はどこにもいない。
今だけは友達と遊園地を楽しむ普通の女子高生である。
たまにはこういうのも、悪くない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
……と、思っていたのだが。
イギリス喫茶店エリアでカフェ・オ・レを嗜んでいる男性。
髪は黒に近いグレーの天然パーマ、左目下にホクロがある。
連日連夜、彼のことがニュース番組で取り上げられている時の人。
「「阿達ムクロ」」
美玖ちゃんと声が重なる。
ふたりの視界の先には怪盗アルセーヌ・ルパンの衣装を着たカメレオン俳優。
そして自称・愚昧灰荘。ホノの因縁の相手。
あちらもホノたちに気付いたようで微笑みながら手招きされた。
不信感を覚えたが阿達ムクロが使っている机の前へ。
向かいの席に座った。
ムクロはカフェ・オ・レをこくりと飲み。
悪役じみた笑顔を浮かべる。
「ここで会うなんて偶然じゃあないか。生徒会長の妹さん。……いや、探偵と呼んだ方が正しいかな?」
「どっちでも良いよ。こちらはなんて呼べば?」
「愚昧灰荘で構わない。そちらの娘ははじめまして、浅倉美玖さん」
「……はじめましてっす。映画の撮影っすか?」
「いや、この騒動で俳優業は中断してもらっている。だから気分転換に遊園地でも回ろうかと思ってさ」
だからって偶然に出会うか?
こちらに気付いた時だって『待ってました』と言っているような雰囲気だったではないか。
仕組まれていたのだろう。
おそらくここのチケットは阿達ムクロから回ってきたものだ。
パパの上司、警察官と繋がりがあると言うこと。
「君たちを差し置いて世間に正体を明かしたこと、申し訳ないと思っているよ。黒幕の正体を暴く、探偵の楽しみを奪ってしまった」
演技か、素か。
わざと鼻につくように話している。
「ずっと聞きたかった。どうしてホノを探偵に選んだのかな?」
「一番退屈しないからだよ。探偵としての実力は文句ない。それに君を負かしたら毒舌批評家の母がどんな顔をするかなと思ってね」
「……なるほどね。確かに灰荘が言いそうなことだ」
「あー、シリアスってるところ悪いんすけどいいっすか!」
隣に座っている美玖ちゃんがびしぃっと挙手。
『空気を読もうね』、と言いたいところだが彼女のへにゃっとした笑いを見たらその気も失せた。
「なんだい?」
「わっち、愚昧灰荘先生のファンなんすけどサインもらってもいいっすか⁉」
顔を赤らめて息を荒げる美玖ちゃん。
興奮しているようだがまったくの嘘である。
ホノが受け取った灰荘の挑戦状のサインと見比べて確認したいだけ。
しかし相手は演じることにおいて何枚も上手。
この言葉の意図くらい簡単に推測されてしまうだろう。
ムクロは紙ナプキンを一枚手にとって左手で胸ポケットに入れていたボールペンを持つ。
【愚昧灰荘】。
紛れもなく以前渡されたサインと同じ筆跡。
「はいどうぞ、転売しないでね」
「まっさかー!そんなもったいないことしないっすよ!」
灰荘の弟子である藻蘭先輩こと赫赫隻腕が証言。
この雰囲気。口ぶり。同じ筆跡。
目の前にいるこの男こそベストセラー推理小説家・愚昧灰荘本人か。
……しかしあまりにもすぎるだろう。
彼の作品から分析する人物像、そのまま。
「やっば」
ムクロがそんなことを突然つぶやいた。
緊張していた場の空気が一瞬でかき消える。
「ご、ごめん。沢山話したいことがあったけど今日はやめておくよ。遊園地楽しんで、頑張っている君たちへのプレゼントだから──……また今度っ!」
自称・黒幕は焦ったようにその場から立ち去っていく。
しかも遊園地のチケットは自分からのプレゼントだと口を滑らせて。
『偶然』と言うミステリアスが台無しになった。
「結局なんだったんすか?」
「さあ?なにか見つけたみたいだったけど。そこから挙動がおかしくなったよね……あ」
ムクロが見ていた方向に視線を向ける。
すると白に近いグレーのツインテールを振り回している右目下にホクロのある女性が鬼の形相でこちらに全力疾走。
「花畑ザコ!へにゃザコ!どうしてあにきと遊園地にいるのか教えろしっ‼」
SNS探偵マシュマロ様こと阿達マシロ。
彼女もある意味、ホノの宿敵である。
あわわわわ。