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●森屋穂花
まさか家の前で待機しているなんて。
昨日一方的に言いたいことだけ言って帰ったへにゃっとした口が特徴的な新聞部部長の浅倉美玖。
張り込みと言うべきか。カメラを首に下げて、シャッターチャンスを待っていた。
ジャーナリスト根性の塊みたいな娘だ。
ホノは学生服のポケットからスマホを取り出して。
「もしもし警察ですか。家の前に不審者が」
「ほ、穂花ちゃんっ。それだけは勘弁っす!」
駆け寄ってくる美玖ちゃん。
なんだか嘘臭い泣き顔である。
110番は冗談だが、いつでも取り出せるように胸ポケットに入れておこう。
「おはよう。美玖ちゃん」
「おはっす!」
先輩だが敬語なんて使ってやるもんか。
だって、にぃにを疑っている不届き者なんだもの。
相変わらずへにゃっとした笑いで。
「それでどうっすか。怪しい行動や発言はあったすか?わっちが帰ったすぐに隠蔽工作してたはずっす」
ううぇい、諦めの悪い奴め。
兄は真っ白けっけと証明したじゃないか。
そもそもどうしてにぃになんだ、あんなにも妹想いな人間はこの世界でにぃにくらいのものだ。
『愚妹敗走』。
全世界の妹にケンカを売っているようなペンネームをしている推理小説家とは似ても似つかないじゃないか。
また『名前から怪しい』とか言ってきたらビンタを食らわせてしんぜよう。
「にぃには愚昧灰荘じゃないの。昨日だって夜ご飯を作ったりお風呂掃除だとかで大忙しだったんだよ?」
「お風呂に入っているときは誰にも見られていないし自由に行動できるはずっす」
ちゃんちゃらおかしいよ。
ホノがわがままを言うと『ハドソンにエサやって』と脅してくようなにぃにだが、なにがあろうと事件の容疑者にはなりえない。
役割をあげるとするならば【探偵の助手】が適任だもん。
にぃにから『穂花と気が合いそうな先輩だな。友達を作って欲しいお兄ちゃんからしては仲良くしてくれたら安心出来る』と言われたけど自分の兄を疑っている人物とどうやって仲良くすればいいのだ。
そもそもにぃにも友達を作りやがれってんだい。
「もう一緒に藻蘭先輩を問い詰めないっすか?帝一さんの名前を出しておちょくればなにかアクションを起こすと思うんす」
「美玖ちゃんっ!」
もう我慢の限界だ。
心優しいホノでも怒る。
「愚昧灰荘の正体はこの名探偵森屋穂花が暴くよ。だから君は大人しくにぃにの素晴らしさを学びなさいなっ!」
深く知れば尊さに気付くだろう。
だからあの友達0人の可哀想なにぃにと仲良くしてやっておくれよ。
「追ってるスクープとは仲良く出来ないっす!」
……そこまで嫌そうな顔をしなくても。
思うところもあったがひっついてくるからホムズ女学園まで一緒に登校した。
●森屋帝一
僕がアーティ高等学校の校門をくぐると生徒達が二分され道が出来る。
言っておくがここは名の知れた不良校だ。。
社会からはじき出されたような学生たちが集まる悪魔の巣窟。規則なんて無用の長物。
そんな無秩序な空間でこんな光景を見るなんて驚くことだろう。
この生徒達は僕に怖がっているのか、それとも僕の後ろで行列をなしている人相の悪い不良達に怖がっているのか。……お願いだから、後者だと言って。
「いつ見ても住む世界が違うよな。うちの生徒会長」
「ケンカもめちゃくちゃ強ぇらしいぜ。入学初日で学校の全員をシメたんだと」
「生まれて初めて喋った時、円周率を言ったそうよ」
「森屋生徒会長って彼女いるのかしら?私、立候補したいのだけど」
「100人はいるって噂だわ」
毎朝思うけど、この学校の生徒会長はすごい人だなぁ。
どんな人か見てみたい。
聞く限りすごいイケメンでダ・ヴィンチよりも頭がいいのだとか。
爪の垢を煎じて飲ましてくれやしないだろうか。
「相変わらず生徒会長の帝国は健在だぜ」
やめて、現実逃避しているんだから尊敬の眼差しで見ないで。
後ろに控える不良の中でも一番体格が良く、髪を銀色に染めた男子生徒。
同級生の畑地海兎。この学校の番長である。
とある理由で僕になついてくれている。
「皇帝になった覚えはない、僕は生徒会長だ」
「生徒会長は学校の王じゃねぇか」
確かにそうかもしれない……とは思わないぞ。
そんな責任重大な役職を僕なんかに任せたらその国はすぐに滅びる。
ぞろぞろと不良パーティを連れて教室に向かう。
後ろにいる上級生の不良は、
「生徒会長。お勤め頑張ってください!」
自分の教室に行くために別れていく。
刑務所に収監される当日みたいだ。
「おはようございます、森屋君」
「おはようございます、鳩山先生」
昨日穂花がイタズラ電話した相手。
国語講師で僕のクラス2年A組の担任、鳩山先生。
若いのだが少し髪が寂しい。しかし顔は結構な男前だ。
目元がキリッとしている。
「あの、昨日の電話は?」
「すみません。妹にイタズラされまして」
「ああ、そうでしたか。いやぁ驚きましたよ」
本当に申し訳ない事をしました。
妹にも悪気は、ありましたが。
僕の飼ってるエボシカメレオンが嫌いな以外は基本良い子なので許してやってください。
とにかく深々頭を下げて謝る。
鳩山先生が青ざめてしまったが、頭をあげるつもりはない。
反省しているんだ。お望みならば腹も切る所存でございます。
「はっ、森屋君っ!やめてください。生徒たちが見ています!」
(愚昧先生。鳩が豆鉄砲食らっているぜ)
ぼそりっ。
隣にいる海兎が耳打ち。
●愚昧灰荘
昼間の生徒会室はアーティ高等学校での唯一の楽天地だ。
家では兄、学校では生徒会長。
昼間のこことある喫茶店の地下室では愚昧灰荘。
こんな回りくどい生き方をしなくちゃいけないのは全て勘のいい妹のせいだ。
ただ勘違いしないで欲しい。
穂花を大切に想っている事に嘘はない。
お互い優秀過ぎるのが悪いのだ。
しかしこの学校にいる弟子はまだしも、他の弟子と連絡をとるのも一苦労。
連絡することの多い1番弟子である赫赫隻腕はどうしてこの学校に入学していなかったのか。
入学する前に『ホムズ女学園に来てはくださらないのですか?』と言われたがあれは冗談か、真剣か。
連絡役はいつのまにか出来ていた『愚昧灰荘ファンクラブ』から口の堅い者を何人かスカウトしている。
推理小説オタクだから難しい暗号やこちらの意図を読み取ってちゃんと弟子達に伝えてくれる逸材達。
美玖が疑っていたスーパーマーケットには、アルバイターお兄さんの連絡役がいた。
穂花に分からないように日常会話のなかで四奈メアの合否を伝えるのには骨が折れたな。
コンコンッ。
生徒会室の扉がノックされた。
書いている推理小説の原稿用紙を隠し、身なりを整える。
「鳩山です」
「はい。どうぞ」
ガラガラっと扉が開く。
鳩山先生は両手で丁寧に紙を手渡してくれた。
生徒会の資料だろうか。
いや、折りたたまれた手紙。
このクマさん形に折られたものは赫赫隻腕か。
「鳩山先生、いつもありがとうございます」
「いえ、灰荘先生のお役に立てるのが私のつまらない人生の唯一の喜びですから」
鳩山先生は愚昧灰荘ファンクラブの創立者だ。
連絡役をお願いしたら泣いて喜んで承諾してくれた。
そして連絡役の司令塔でもある。
弟子達は『鳩』や『伝書鳩』と呼んでいるがこの人の偉大さを噛み締めて欲しいものです。
クマさん形の手紙を開く。
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犯罪界のナポレオン様へ
私が目の付けたジャーナリストは
気に入っていただけたでしょうか?
よろしかったら推理ゲームにも
参加させたいので許可を。
P.S.四奈メアは生意気です。
貴方の親愛なる片腕より
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やはり隻腕は浅倉美玖とかいう面白い登場人物を隠し持っていたか。
まったく師匠想いの弟子である。
しかしこれだけは言っておく。
『あ』じゃなくて『や』だからね。しかも伸ばし棒の場所が違うだろうに。
なにかの間違いで森阿一帝とかになっていたら穂花に『ライヘンバッハの滝に叩き落としてくれようっ!』とか言われそうだ。
手紙の返事を書き、それをカメレオン形に折って鳩山先生へ渡す。
「お願いします。順番はいつも通り先生に任せます」
「かしこまりました。では灰荘先生のお役に立って参ります」
そうして深々と頭を下げて鳩山先生は生徒会室から出て行った。
またひとりになれたから次回作を書くために右手に筆を持ち原稿用紙の中にて完全犯罪に勤しむのだ。次こそは名探偵にひと泡吹かせるみせるぞ、と。
黒い笑いが漏れてしまうが目撃者は誰もいない。
執筆を嗜んでも文句は言われまい。
余談だが、利き手ではない方で文字を書けば筆跡は誤魔化せるらしい。
幼い時から左利きと装って生活している。
交差利きというやつだ。
鳩山先生〔♂〕
古典教師であり帝一の担任
誕生日/1月26日=水瓶座=
血液型/B 髪/ハゲてはいないが薄い
身長/178cm 体重/70kg
性格/温厚
年齢/27歳
好き/ワカメ.カシューナッツ
嫌い/最近鏡を見るのが怖い