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●森屋帝一
「容疑者と話せるか?」
『残念じゃが、口をきかないのじゃ。殺人事件が起きたのだからショックなのだろう』
「……そうか。なら被害者の個室にある新聞を読ませて欲しいのと警察官から情報をもらいたい」
人工知能らぷラが右手を振ると再び壁の映像が変わった。
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【個室に置かれた新聞の内容】
〔少年少女が奴隷市場で売られている現実〕
〔誘拐事件、被害者家族の悲痛な叫び〕
〔巨大竜巻で街一帯崩壊〕
〔スラムの国、治安悪化。貧困層の増大〕
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『警察官にはなにを聞きたいのじゃ?』
「容疑者の年齢と各個室の状況、だな」
「あと列車の行先も教えて欲しかったり、なかったりして」
ホログラムが追加される。
警察官。
赤いずきんをした少女。
水色のロリータ服を着た少女。
ライオンのぬいぐるみを抱いている少女。
タキシードとドレスを着た裕福そうな兄妹。
容疑者の背丈はそれほど違いはない。
高くても150センチの満紗と同じくらいのヘンゼル。
とてもじゃないが立っている大男の頭を鈍器で殴れるとは思えない。
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【容疑者の年齢】
赤ずきん〔15歳〕
アリス〔12歳〕
ドロシー〔14歳〕
グレーテル〔15歳〕
ヘンゼル〔16歳〕
【各個室の状況】
全員持ち物は少なく、被害者から盗んだものはなさそうだ。
調べていくと赤ずきんが借りていた個室の床に血痕。
他の個室には不審点はない。
アリスの個室の前、廊下には消火器が備え付けられている。
【列車の行先】
スラムの国
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「てことは赤ずきんが犯人だったり、なかったりして?」
「犯行現場なのは違いないだろうな」
穂花ならここで『解けた』と宣言することだろう。
しかし僕は探偵じゃない。
数独をするようにゆっくりと着実に答えを導こう。
『愚者よ、どうした顔に焦りが見えておる』
「まさか。人工知能が作った謎に手こずるわけがないだろ」
『……減らず口を』
そう言ったもののがっつり行き詰っております。
見立て殺人という考えに縛られ過ぎているのか。
登場人物の名前だけ。殺人事件自体は物語仕立てではない。
オマージュかパロディ?
「満紗、現状どう推理する」
「容疑者たちは【青ひげ】に誘拐された少年少女で、スラムの国についたら奴隷として売られるはずだった。だけど赤ずきんが彼を殺害した。自由になりたい少年少女は協力して黙秘を決め込んでいる」
「単純に考えたらそうだろうな」
「つまり全員共犯者」
「……おおう、否定出来なくなってきた」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
部屋の端っこでお山座りをして推理することに専念する。
考えうるルートを組み立てて考察。
一番しっくりくるシナリオを探す。
満紗はその間、らぷラのホログラムをじっくり眺めていた。
「本当にここに存在してるみたい。触ったらぷにぷにしてそうだし……あ、下着もちゃんと覗ける」
しゃがんでスカートの中を確認する満紗。
いくらホログラムだろうと失礼だろう。
知り合いだと思われたくないレベルだぞ。
『小娘、不快じゃ。大人しくお主の飼い主が負けるところを見ておれ』
「ピンクだったよ、お義兄ちゃん」
「おい。なぜそこで僕に教える」
まるで命令されて仕方なくパンツの色を確認させられた、みたいな空気になる。
らぷラも呆れた顔で見てくるのをやめて欲しい。
違います、冤罪です。
それにしてもピンクか。
髪も、服も、下着もピンクとは。
製作者の趣味を知りたいところだな。
『あまりじろじろ見るでない愚者』
スカートを押さえて顔を赤らめた。
一瞬「可愛いかよ」とか思ってしまったが首を振る。
相手は性格の悪い人工知能。可愛いもんか。
「そろそろ推理終わったり、なかったりして?」
満紗は僕の隣に座る。
広い部屋だとにぴったりとくっついてきた。
「まーだー。登場人物の名前の意図がわからない。時代設定も違うし作品に関係しているのか。ただのミスリードか」
「そうだよね。特にアリスとドロシーなんて、現実に魔法の国なんてあるわけないし」
「……ああ。そうだよな。推理小説に魔法は必要ない」
探偵ミステリーにおいて【不思議の国】も【オズの国】も存在しない。
つまり原作と同じ物語を経ていない?
なら【青ひげ】の解釈も変わるのではないだろうか。
彼は物語で自分の妻たちを殺害していた。
だからこそ奴隷商人だったとしてもなんら不思議ではない。正当防衛で殺害されたと考えてしまうことだろう。
しかし過去の彼はどうだろうか?
「『青髭』にはモデルになった犯罪者がいるよな」
「うん。諸説あるけど有力なのはジル・ド・レだったり、なかったりして」
【ジル・ド・レ】。
黒魔術に入れ込み少年たちを大量虐殺した犯罪者。
けれど彼が落ちぶれたのは大切な存在を奪われたから。
オルレアンの乙女、ジャンヌ・ダルク。
神のために軍人として戦った彼女は最後に異端審問にかけられ魔女として火あぶりにされてしまった。
そうして彼女と共に戦い尊敬していたジル・ド・レは精神を病んだのだ。
「青ひげも過去は聖人で、なにかを失ったせいで殺人鬼になったと仮定したら」
ボロボロな服。写真の欠片。持ち物がない。誘拐事件。
少年少女が黙秘しているのは、別の誰かを恐れてのことだったら。
じゃあ犯人は?
原作通りの物語を経ていない、けれど人格は同じだとしたら。
犯罪をしうる登場人物は……
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
答えがひとつのものが好きだ。
数式を組み立てて一番心地いい答えが出る。その瞬間がたまらなく愛おしい。
犯行現場は赤ずきんの個室だが、彼女は狼の口車に乗せられて道草をしてしまうほどの無垢。
『不思議の国のアリス』は、作者と仲が良かった少女をモデルにした冒険物語。
ドロシーは魔女を殺してしまっているものの、あれは事故だ。
誰もバケツの水で魔女を倒せるなんて考えない。
つまりは、
「ヘンゼルとグレーテルが犯人だ」
『ほう、理由を聞いてやるのじゃ』
「原作でどうして兄妹は森の中でお菓子の家を見つけた?」
「貧しい両親がふたりを捨てたからだよ」
『ヘンゼルとグレーテル』は中世ヨーロッパの大飢饉を伝える物語という説がある。
子供たちは口減らしにされて森を進んでいくとお菓子で出来た魔女の家を見つけた。
そんなあらすじがなかったとしても家族が貧乏なのは変わりないだろう。
「ならどうして裕福そうな服を着ているのか」
「……奴隷商売をして潤っていたからだったり、なかったりして」
『それは推理ではなく、予想なのじゃ。青ひげをどう説明する?』
「彼は被害者家族だ。大切に想える女性と結婚。家族幸せに暮らしていたが愛する子供が誘拐されてしまう。服も着替えず写真を片手にずっと探していた。そしてようやく誘拐犯が急行列車を使うと情報を掴む。しかし乗車料は高額、持っているものをすべて売った」
『だからと言って誘拐犯がふたりとは断定出来なかろうに』
「個室の順番がおかしいと思ったんだ。でも誘拐犯なら納得できる」
「確かに。両端にいれば少女たちが逃げないように監視出来るね」
『凶器はなんじゃ?』
「廊下の消火器でもいいし、急行列車だから外に捨ててしまえばしばらく見つからないだろうな」
またはドロシーが持っているぬいぐるみの中。
徐々に顔を青くするらぷラ。
探偵のように説明できないことに申し訳なく思うが僕は心地いい回答をするのみ。
「それにこのふたりなら殺人が出来る。魔女を釜の中に落とし、その家にいた子供たちに毒のパンを食べさせて魔女の財宝をふたりじめにするような兄妹だからな」
『……』
おそらく赤ずきんが青ひげの娘だろう。
娘と再会した喜びで青ひげは膝をついて泣いた。
しかし部屋を入っていくところを目撃したヘンゼルが鈍器で彼を撲殺。
グレーテルとともに青ひげの遺体を個室に移す。彼が握っていた写真には赤ずきんが映っていたからやぶり捨てて親子である証拠を隠蔽した。
最後に少女たちを脅して口止めしてしまえばいい。
「自称女神、君の負けだ。推理小説界はこれからも僕たちが背負っていく。君が救うべき世界なんてどこにもないよ」
勝ち誇って爽やかに笑ってみせた。