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●恋鳥満紗
おかしいな、まんちゃんは推理小説家の担当編集者だったはず。
なのにどうしてこんなSF展開に巻き込まれているのだろうか。
『推理小説家狩り』と称して作家の人生を奪っている人工知能【らぷラ】。
被害の数72件。
彼女の取材に行った同業者の曰く『推理小説界に現れた救いの女神』。
聞いたときは大袈裟な売り文句程度に考えていたものの、こうして目の前にしてみると納得してしまいそうになる。
アイドルのような可愛らしい見た目、まるでモーションキャプチャーがいるかのような動きと表情。
文句なしの知識量、短時間で書き上げる推理小説。
科学の進歩は凄まじいようだ。
こんな物が存在し続けてしまったら推理小説界は崩壊する。
彼女だけが執筆を許される世界。
ただ、らぷラは見落としている。
愚昧灰荘という化け物の存在を。
累計4億5千万部。新作を出せばベストセラー。
今の推理小説界は彼のおかげで回っているといっても過言ではない。
そしてまんちゃんのお義兄ちゃんである。
さぁちゃんの許嫁様という肩書がなかったとしてもお義兄ちゃんはお義兄ちゃん。
異論は認めません。
色々とあらすじを語ってみたもののまんちゃんの言いたいことはたったひとつ『まったく、お義兄ちゃんは最高だぜ‼︎』。
推理ゲームの開始を宣言したらぷラ。
壁のディスプレイに文章が表示された。
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急行旅客列車の中で起きた殺人事件
被害者・【青ひげの大男】
発見現場・被害者が借りていた列車個室
死因・頭部外傷、撲殺
死亡時刻・18:00頃
第一発見者・到着30分前を伝えに来た従業員。
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被害者の個室に近い乗用客
容疑者。
【赤ずきん】
赤いずきんを被っている。
アリバイ・ずっと列車の個室にいた。
【アリス】
ロリータ服を着ている。
アリバイ・ずっと列車の個室にいた。
【ドロシー】
ライオンのぬいぐるみを抱きしめている。
アリバイ・ずっと列車の個室にいた。
【グレーテル】
兄妹で旅行に行く。
アリバイ・ずっと列車の個室にいた。
【ヘンゼル】
グレーテルの兄。
アリバイ・ずっと列車の個室にいた。
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なんだこれは。
被害者と容疑者の情報量が少なすぎる。
それとも、
「……見立て殺人か?」
右手で口元を隠すお義兄ちゃん。
これはレアだ。本気でなにかに向き合ってそれでも頭を悩ませている難題にぶち当たったときのクセ。
きっとこのクセを知っているのはまんちゃんだけだと思う。
実妹、ほのちゃんには見せていないはずだ。
これぞ優・越・感!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
『見立て殺人』。
【伝説】【物語】【童謡】などから連想されたストーリー仕立て。筋書き通りに行われる殺人事件のこと。
「情報量が少ないのは『登場人物の名前から事件を読み解け』ってことだったり、なかったりして」
「だろうな。でもそれって作家としてどうかと思うぞ」
『なんじゃ、愚者は童話も読んだことがないのか?可哀想じゃのぅ』
「僕は『読者が知ってて当たり前』だと思い込んで物語を進めるのは良くないって言いたいんだ。それにあいにくだが、妹を寝かせつけるために読んでました」
羨ましい。
お願いしたらまんちゃんにも読み聞かせしてくれるだろうか、とてもいい夢が見れそう。
でも灰荘先生もたまに読者置いてきぼりにしてる時がありますよ。
すねちゃうから口には出さないけど。
「満紗、ボールペンとメモが出来るものあるか」
「もち」
編集者として当然の装備。
担当作家が突然小説のアイデアを思いついたときに書き記せるようにしている。
と言ってもまんちゃんの担当はベストセラー作家・愚昧灰荘先生ひとりだから、お義兄ちゃん専用のラクガキ帳みたいなものである。
「ありがとな」
「にょひひ、気が利く義妹ですので」
ビニールコートのポケットに入れていた手帳と(こすって消せる)ボールペンを手渡すとすらすらと書き込みを始めた。
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【青ひげ】
出典・『青髭』
作者・シャルル・ペロー.グリム兄弟
はじまり・青ひげの男と結婚する
舞台・青ひげの城
敵・青ひげ
【赤ずきん】
出典・『赤ずきん』
作者・シャルル・ペロー.グリム兄弟
はじまり・おばあちゃんに会いに行く
舞台・森の中
敵・狼
【アリス】
出典・『不思議の国のアリス』
作者・ルイス・キャロル
はじまり・白うさぎを追いかけて穴に落ちる
舞台・不思議の国
敵・ハートの女王
【ドロシー】
出典・『オズの魔法使い』
作者・ライマン・フランク・ボーム
はじまり・たつまきに巻き込まれる
舞台・オズの国
敵・悪い魔女
【ヘンゼル】と【グレーテル】
出典・『ヘンゼルとグレーテル』
作者・グリム兄弟
はじまり・お菓子の家を見つける
舞台・森の中
敵・お菓子の家の魔女
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もしもこれが見立て殺人だというのなら怪しい人物はひとりだけ。
彼と結婚した女たちは次々に行方不明になる。
そして7人目の妻になった女性。
男は彼女に城のすべての鍵を渡す。自由に使っていいがとある部屋には絶対に入るなと言われた。
しかし好奇心に負けて開けてしまう。
そこには行方不明になった彼の先妻たちの遺体。
好奇心を戒める恐ろしい童話。
「被害者の【青ひげの大男】には少なからず殺される理由があったり、なかったりして?」
「うーん、名前だけって可能性もあるからな」
お義兄ちゃんホログラムに視線を向ける。
「容疑者たちの個室の順番と被害者の個室の情報を教えてくれ」
『ようやく動く気になったか。のろすぎて眠ってしまうところだったのじゃ』
「はは、どこぞの探偵と違って心得ているものでね」
人工知能が眠る、なんてことあるのだろうか。
充電が必要なのか、ただの挑発か。間違いなく後者ですね。
それからあくび混じりにらぷラが指をぱちんと鳴らすと壁の映像が変わる。
写真。ではなくCGで作られた映像。
部屋の右側には列車の個室の順番。
左側には被害者の個室の状況。
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【列車の個室の順番】
青ひげ・ヘンゼル・赤ずきん・アリス・ドロシー・グレーテル
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【被害者の個室の状況】
〔被害者〕頭部から血を出して倒れている。
〔被害者の見た目〕何カ月も着ているじゃないかと思う程、服がボロボロで汚い。
〔不審点〕右手で紙の欠片を握りしめている。被害者である青ひげの大男が城の前で立っている写真。
〔個室〕高級列車のようでとても綺麗で個室も広い。お菓子と水が用意されていたり、新聞や雑誌が置かれて乗客が退屈しないように工夫されている。
〔争った形跡〕なし。被害者の持ち物が全くないため物盗りの犯行か?
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「案外『乗客全員が犯人』だったり、なかったりして」
「……それは見立てじゃなくてパクリだろ」
「失敬な。『オマージュ』と言うべき」
「都合のいい言葉だな」
残念な娘を見るような視線を向けてくるお義兄ちゃん。
空気を和ませようとした冗談だもん。本気では言ってないよ。
「お義兄ちゃん、勝てそう?」
「安心せい、人工知能なんて僕の敵でない。実力差というものを思い知らせてやるとも。だけど今のところまったく分からん」
情けないことを堂々と宣言する。
自分の作家生命と推理小説界の行く末を賭けた勝負なのだからもう少し危機感を持ってほしい。
「やっぱり読書家のように推理するのは難しい。『自分ならこう進める』と考えながら作品に挑んでしまう。視野が狭くていかんなー」
「本心は?」
「こんなスリルなかなか無いからゆっくり楽しみたいです」
破滅願望か、絶体絶命愛好家と呼ぶべきだろうか。
お義兄ちゃんは崖っぷちこそ楽しいと思うような特殊な感性の持ち主。
右手で口元を隠すクセだって興奮してにやけてしまうから。焦りではなく喜び。
そんな変わり者のお義兄ちゃんをたまらなく尊く想うまんちゃんだったり、なかったりして。