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機械仕掛けのアズラエル 1/5

挿絵(By みてみん)

●森屋帝一



 【エドワード出版社】。

クラシックな見た目の建物で、推理小説をおもに手掛けている。

幼い頃、母さんに連れられここに持ち込んだ推理小説を気に入ってもらってからお世話になっている。

愚昧灰荘を語るなら、ここは外せないだろう。


日曜日。

僕は出版社から少し離れた公園にて人を待っていた。


妹の穂花はというと新聞部部長・浅倉美玖と遊園地に行っている。

父さんが警察官の上司からチケットを譲ってもらったそうだ。


穂花は僕と遊園地に行きたがっていたが、『はじめて出来た友達を大切にしなさい』と父さんに説得されて今回は引いてくれた。


だから久々に探偵の目を気にせず自由に動ける。

父さんもたまには役に立つらしい。



()()()()()()。待った?……【阿達ムクロが愚昧灰荘だった騒動】で出版社に問い合わせが殺到してて忙しかったり、なかったりして」



それは人を模したカメレオンだった。

もはや丸の、くりくりした目。

明るい黄緑色の髪の毛。ツインでお団子を作っているのだがそれがカメレオンの目に、アホ毛なんてべろんと出した舌に見えてくる。


服は黄緑色のビニールコート、の下には濃い緑のスクール水着(もちろん人前ではコートで隠している)。しかも野外でも裸足。

異様すぎて目が痛くなった。


彼女の名前は恋鳥(こいとり)満紗(まんさ)

有名な華道家を姉に持ち、ホムズ女学園1年生ではあるが出版社に勤務している。

というよりも愚昧灰荘の担当編集者(きょうはんしゃ)


「その変な呼び方はやめてくれ。僕の妹は森屋穂花ただひとりだ」


「でもいずれは、さぁちゃんと結婚するわけだから言い慣れていたほうがいいと思ったり、なかったりして」


「そんな事実はない」


当然だが満紗は両親の隠し子でも僕が『お義兄ちゃん』と無理矢理呼ばせているわけではない。

原因はこの娘の実姉、恋鳥(さだ)にある。

彼女は非の打ち所がないほどの完璧無欠の美少女だ。

『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』とはよく言ったもので。


そんな定がなんの取り柄もない森屋帝一という男にご執心なんだとか。

どんな男か知らないがご愁傷様である。美少女に想われるなんて敵が多いことだろう。


母親同士が決めた『許嫁(いいなずけ)』というやつらしい。

しかしふたりともお酒が入っていた。

ぽろっと出た冗談のはずだったのだが真正直な定はいまだに信じ込んでいる。


「それで、名乗り出るの愚昧灰荘先生?まんちゃんから言わせてもらうと、早くしないと本当にあの俳優に王座を奪われて取り返しのつかないことになったり、なかったりして」


「まあ、この騒動の中で『私が本物の愚昧灰荘だ』と報道したところで僕もムクロも仲良く共倒れだ。それじゃつまらないだろ」


「大丈夫。出版社が味方するから勝ち確定」


確かに編集長が証言すれば僕が灰荘だと証明出来る。しかし穂花にも知られるのは困るのだ。

全人類が思い描く灰荘のイメージがいくら変わろうと気にはしないが穂花と対決する推理小説家として負けを認めてはいけない。


読書家(たんてい)を翻弄し、すべての推理小説家(はんざいしゃ)を統べる頂点。

それこそ愚昧灰荘なのだから。


「だけど、さぁちゃんが『許嫁様が負けるわけがありません。この定が腑抜けに惚れるわけがありませんから』って言ってたり、なかったりして」


「……期待が重いん」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 満紗はまんまるの瞳で僕の原稿に読む。

彼女が面白い作品を読んでるときはまばたきをしない。

それこそ獲物を狙うカメレオンのような雰囲気だ。

母さんほどではないが編集者ってこともあってかなりの速度。ぺらぺらぺらら。


この時代で原稿用紙に推理小説を書く作家は少なくなってきていることだろう。

パソコンで書けばデータを出版社に送ってしまえば事足りる。こうしてわざわざ出版社に赴かなくて済む。

原稿用紙と万年筆で小説を書く時代なんて既に終わっているのだ。


しかしそうせざる負えない事情がある。

パソコンのデータは隠蔽しづらい。消したとしてもSNS探偵である阿達マシロのように知識があるものに復元される可能性や推理小説のデータを送るために使ったメールだって痕跡が残る。

名探偵と同じ屋根の下で暮らしている黒幕には難しい。


そして私事ではあるが、『レトロな執筆方法が好きだ』。

長々と言い訳したが、これに尽きる。


「ふう。まんちゃんのお義兄ちゃんはやっぱりすごい。しっかり今月分の推理小説を受け取ったり、なかったりして」


「ちゃんと受け取ってくれ」


「目撃者を作らないように隠れながら書いてるのによく期限を守れる。感心」


うむ。そこは自分ながら感心する。

生徒会長の仕事、穂花の相手、推理ゲームのサイドキック。

……あれ、どうやって書いてるの。とうとう時間停止させる能力を身につけたかもしれない。


「じゃあな。今回の件で迷惑かけるって編集長に謝っておいてくれ」


「えー、未来の妹と親交を深めたほうが良いと思ったり、なかったりして」


足にしがみつく満紗。

彼女は穂花よりも背が小さく体重も軽い、なにより胸がない。

よってしがみつかれたところで困りはしない。この重りをつけたまま街をぐるり一周することも、力尽くで引っぺがすのも容易い。


「悪いが僕は忙しい。家に帰ってゆっくり身体を休めるんだい」


「つまりはお義兄ちゃんが興味を持ちそうな話題を提供することが出来ればまんちゃんといてくれる?……だったら頑張ってみたり、なかったりして」


「ほう、どんな話題だ?」


「最近さぁちゃんが買った下着事情とか」


「帰る」


「うそうそっ!可愛い冗談。もっと面白い話題があったり……なかったりして!」


公園の出口へ足を進めていく。

涙目になっている重りを引きずって、



「『人工知能の推理小説家』っ!」



苦し紛れの嘘か、それとも真実か。

面白いテーマが提示されてぴたりと進行を止めた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 満紗はこちらの顔色を窺い、視線が合うと安心したように足から離れて立ち上がる。


人工知能の推理小説家。

そんな噂を聞いたことがあったものの都市伝説程度に聞き流していた。

しかし恋鳥満紗の口から、つまりは編集者が言っているのだから少しは真実味は帯びる。


「そんなSF、実在するのか?」


「21世紀なにがあるか分からない。長生きするべし。()()は出版社じゃなくてネット小説で活動してるみたいだけど。うちの編集が彼女の話を聞いて本を出そうと考えてるみたいだから間違いなく存在してたり、なかったりして」


「……人工知能に性別があるんだな」


「性別っていうより設定のほうが正しいかも」


「どれほどの性能なんだ?」


流石に推理小説一冊書ききることは出来ないだろう。

もし出来たとしても必ずそこには生身の人間の手が加わっているはず。

それでもすごいことだとは思うが、


「彼女は自分のことを『推理小説界に現れた救いの女神』なんて言ってたり、なかったりして」


「それも設定か?売り文句みたいな」



「いいや。彼女の意思、冗談抜きの本音。お義兄ちゃん、人工知能『らぷラ』という推理小説家(はんざいしゃ)は本物だよ。数秒でひとつの作品(じけん)を完成させる。並の作家じゃ太刀打ちできないほどの実力で。野放しにしていたら推理小説界は彼女ひとりで事足りる世界になったり、なかったりして」



興奮してにたりと笑ってしまう。

話を聞いただけでも推理小説家なら震えあがりそうなものだが、鼓動が高鳴るのを感じた。

探偵と対峙する高揚感というよりも、崖に追いやられて自白を強要されているような焦りを孕んだ興奮に拳を握る。


「しかも『推理小説家狩り』とか称して頭脳比べをしてるみたい。負けた方が推理小説界から足を洗うっていうルールのもとで。被害者星の数。人工知能のくせに性格が悪かったり、なかったりして」


「そうか。好都合だな」


「……お義兄ちゃん?」


「その人工知能らぷラの開発者に連絡して、推理ゲームをしてもらえるように頼めるか?」


「えっと。出来なくは」


「じゃあ頼む」


満紗は口をあんぐり開けてしまう。

はしたないからかぽっと閉じてやる。


「相手は人工知能。いくらお義兄ちゃんでも……それに大事な時期。阿達ムクロ騒動も治まっていないのに負けたりしたら」


「僕が負ける?仮にも妹属性だというのに信じてくれないのか」


「……担当編集者としては合わせたくない。愚昧灰荘先生は推理小説界に必要な作家です。こんな意味のない勝負をやらせるわけにはいかないよ」


意味は大いにある。

これは推理小説界の行く末を賭けた大勝負。

『彼女ひとりで事足りる世界』になってからでは遅すぎる。

こんな面白そうな案件、関わるなという方が無理だろう?



「でも。義兄妹のはじまりの事件にしては申し分、なかったりして」


「はは、そうこなくちゃな」



ふたりして詐欺師顔負けな抜け目のない笑い顔を浮かべた。




恋鳥(こいとり)満紗(まんさ)〔♀〕

 愚昧灰荘の担当編集者

 誕生日/1月21日=水瓶座=

 血液型/A型 髪/黄緑ツインおだんご

 身長/150cm 体重/40kg

 性格/気配り(自称)

 学年/ホムズ女学園1年B組

 好き/チョコミント系お菓子.緑色

 嫌い/目薬がなかなかヒットしない時

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