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●森屋帝一



 2番弟子の畑地海兎によって作られた鍵のかかった部屋。

普通ならばもっと頭を悩ませていいものだけれど、うちの名探偵は見せ場を作るのが下手なのだ。

ワトスン役である僕や美玖ですら独活(うど)の大木に成り下がる。


そうして探偵森屋穂花は密室事件が起きた部屋の椅子に堂々と座り『どうだ悔しいか、愚昧灰荘』と言わんばかりに微笑んだ。


「まずは密室のカラクリだね。刑事さん、君がこの部屋を蹴り破ったときになにか違和感はあったかね?」


「いいや。外から鍵ができねぇ以外は変哲もないただの木製の扉だ」


「なら入り口から出たとは考えづらい。残る可能性はふたつ。まずひとつはこの部屋に犯人が隠れていたというもの。しかしにぃにがしっかり確認してくれているから省ける。つまり残った脱出手段である窓から犯人は逃げたんだ」


「はぁ?おい探偵。まだ俺のこと疑ってんのか。ロックはされていた。見ての通り破壊された形跡は」


「窓枠が少し欠けていて空気の音が入ってくる箇所があるでしょ」


「それがどうしたって言うんだ?」


「犯人が意図的に削ったと仮定する。紐をクレセント錠に結び窓枠の空洞を通って、外からでも紐を引けるようにすればロックは可能じゃないかな。その証拠として刑事さんの足に付いた『わっかの糸』があげられるだろう」


クレセント錠に結んだ紐が先端で切れて回収出来なかったというところか。

……密室とは案外単純なトリックで出来ていることがある。

しかしそうなると疑問が生まれてしまう。


「いや待て穂花。『部屋の窓はしっかり閉まっていた。不審点は特になかった』と言っていた。紐が窓のロックに絡まっていたら気付くだろうし、わっかの糸だって『押し入れ開けたとき』ついたんだろうと。この刑事は嘘はつかない設定のはずだ」


疑問に穂花は首を振る。


「違うよにぃに。嘘を付かないんじゃなくて『()()()見たもの感じたことを必ず正確に』という設定。つまり刑事は気付かなかったんだ。練炭の煙を外に出そうと焦りロックを開けると同時に紐を外してしまったこと。その密室の証拠が自分の足についたことすら」


「……」


黙る海兎。正解のようだ。

密室を作り出した犯人は窓を使い逃走した。


「ただベランダに出たところでどうやって姿を消した?穂花が言っていたように隣の部屋は窓が開かないし、ベランダの手すりに縄を結んで降りることも出来ないのに」


「横も下もないなら、上に逃げれば良いじゃない」


「……上。でも3階の大富豪の自室には窓がないから不可能だ。4階の部屋だって」


結論、誰が密室を作れるのか。

それは4階の図書室にいた人物となる。

時計塔修理のために用意された扉と命綱を使えばいいのだから。


「そうだよ。クズジマの実の弟サブロウということになる」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「なるほど、サブロウか。なら奴を逮捕したら良いってことだな」


「待ちたまえ、刑事さん。確かに密室を作れるのは彼だけだ。けれど動機は?」


「……そんなん簡単じゃねぇか。あの男は事故で亡くなった義姉つまりはクズジマの妻に気があったんだ。だから復讐を」


「確かにこれは復讐劇に相違ないだろうね。でもホノが思うにこの事件はサブロウのためのものじゃない」


動機は『大富豪の娘の事故死』に由来するものだと穂花は断言する。


「『私の可愛い娘はクズジマに殺された』と大富豪サン・カイロスは言っていたそうだけど。これがもしも被害者クズジマ次郎のことじゃなかったら?」


穂花が僕に微笑む。

『ヒントを与えたんだから答えられるでしょ』の顔。お兄ちゃんとして外せない。



「『娘はクズジマサブロウに殺された』か」



「そう。ひき逃げ事件の犯人がサブロウということになる。ではなぜそんな彼が密室を作ったか」


「『交通事故の真相を警察に漏らさないから協力しろ』……とか?」


欲しかった答えをあげられたようで穂花が頭を撫でてくれた。

撫でやすいようにかがむ。


おい海兎、ヘルメットで顔が見えないが考えていることは分かるぞ。

僕は断じてシスコンなどではない。森屋家平常運転です。


しかしそうなると真犯人は誰だとなる。

マッサージ店の苺は屋敷に入ってもいない。

長女のフランソワは夫と部屋にいた。

長男のシャルルは身体が弱いため休んでいた。

フランソワとシャルルのアリバイを証明出来る執事長のヴェッキオにも犯行は不可能。


彼女だって庭木の剪定……


「にぃにも分かったようだね。彼女はおかしなものは見ていないと証言した。庭木の剪定なら上を向いての作業も多いのに、サブロウが2階から4階へ命綱だけで登っている奇行に気付かないなんてあるのかな」


【葬式が始まるまで1階の客間にいた探偵たちは彼女が庭を出ていくの目撃している。】とあるが練炭による殺人なら死亡時刻をずらすことも容易い。

サブロウが隠蔽工作をしている最中に自分は庭でアリバイ作りと目撃者を作らないための見張りといったところか。



「犯人はメイドのパルマ。違うかね愚昧灰荘の2番弟子」


「……動機を聞かせてもらおうじゃねぇか」



穂花は4階で見つけたファイルを机に置き。

家族写真のページを開いた。


「この大富豪の娘と親しい間柄の少女こそパルマだろう。主人と執事長ではあるけど学生時代の親友同士の娘たちだもん。そして成長して幼馴染はクズ男と結婚、その弟に殺された」


当然のごとく恨む。動機としては十分すぎる。


シャワーを浴びて苺が来るのを待っていたクズジマの部屋に入り、紅茶を淹れる。睡眠薬。


クズジマはそれを飲むがその前にパルマは強引にベットに押し倒されたのだろう。そこで【ブロンドの髪】が落ちる。

間違いなくパルマは抵抗。だからクズジマの【首元に爪でつけた擦り傷】が出来た。


なんとか睡眠薬が効いてクズジマは眠る。

バスルームに移動。練炭コンロに火をつける。


それから段取りを伝えておいた4階のサブロウに電話をし、密室を作らせた。


もちろん苺が来たのは誤算で焦りを覚えたに違いない。

『門を叩こうとしただけでも怒られた』というのもそのため。


「なあ穂花、ならどうしてサブロウを生かした。ひき逃げしたのはサブロウだ。復讐する相手を間違えてないか?」


「彼女の怒りはそんな領域にないんだよ。死んでも彼を許せなかった、生かして追い詰めていく。それこそ『地獄の業火に叩き込んでやる』つもりだったんだろうね」


「割と僕の推理も的を射ていたってことか」


「ふふ、確かに。大富豪サン・カイロスの意思を継いだ暗殺者はメイドだったわけだ」


パルマはクズジマ兄弟への復讐心をサン・カイロスに伝えていたことだろう。

だから彼は安心してこの世を去ったはずである。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 パチパチパチ。拍手する海兎。

不良の彼のことだから負けたら大暴れするに違いない。と思うかもしれない。

しかしこと推理小説においては冷静であり誠実。

作家の鏡と言っても過言ではない。


「噂にたがわねぇ実力に恐れ入った。……なるほど。確かに完全犯罪ってやつは程遠い」


「そもそも探偵がいる限りそんなのは実現できない。いくら精密なパズルを作ったところで解こうとする者がいればいずれは敗れる。完全犯罪なんてものは解き手のいないつまらない独り芝居さ」


かっこよ。穂花ちゃんかっこよ。

一生ついていきます名探偵。


「……愚昧先生のお気に入りなだけはあるな」


「さあ、ホノたちに教えてもらおうか。阿達ムクロは本当に愚昧灰荘なのかな?」


「知るかよ。お前がすべて解き明かしてくれるんだろう」


お、なんか悪役ぽくってしびれますな。

お互い睨み合う。


それから穂花は僕の腕を掴んでこの推理ゲームから、


「あ、忘れるところだったよ。2番弟子」


「なんだ?」



慈駒(じこま)(はじめ)/青銅(せいどう)慎二(しんじ)/柔道参段/夜行四郎/嘯木(うそぶき)小五郎/六道亭/鉄塔七海(ななみ)/虎杖(いたどり)八戒/九餅(くもち)/十神(とがみ)亮太(りょうた)/黒猫十一/十二兎(じゅうにがつ)/辰炉(たつろ)十三/結末十四末/ファントマXV/十六宇宙/妖星十七星雲/電人18号/或瀬(あるせ)壱仇(いっきゅう)/二十(はたち)平吉。たしかに君のペンネームは多すぎる」


「──な」



勝ち誇った微笑みを見せて去るのだった。


「お、おい穂花。今のはなんだ」


「なにって言った通り灰荘の2番弟子のペンネームさ」


「でも教えてくれなかったし、ヒントだってなかっただろ?」


「ホノは読書家(たんてい)だよ?その作家の癖や事件をどう進めるかは熟知している。前から同一作家だと思ってたんだよね。まさか推理ゲームで確かめることが出来るとは思ってもいなかったよ。すっきりした!えへへ」


……おいおい。そんなのありかよ。

理解してはいたものの僕たちはこんなぶっ飛んだ探偵を相手にしているのか。

我が妹ながら末恐ろしい。


おのれ、穂花。




畑地(はたち)海兎(かいと)〔♂〕

 愚昧灰荘2番弟子であり不良番長

 誕生日/8月17日=獅子座=

 血液型/O型 髪/銀髪ツーブロック

 身長/184cm 体重/68kg

 性格/ガサツ

 学年/アーティ高等学校2年A組

 好き/野球.喧嘩

 嫌い/コーヒーは飲めない


 得意ジャンル:密室ミステリー

【出版】『建築探偵と鍵の魔人』

 珠樹(たまき)昇平(しょうへい)は建築士である。

 そして不動産ミステリーに憑りつかれている変な男だ。不思議な間取りの家を見つけると友人の不動産鑑定士である松岡とともに訪問し謎を解き明かすのを趣味としている。

  「あの男とは付き合いは長いが未だに奴の言動にぎょっとすることがある」

 こう語る松岡も街では変人扱いされていた。

 彼は歴史オタク。戦国だとか幕末とかではなく、土地の過去を知ることに興奮するような男だ。

 そんなふたりのもとに密室事件の謎を解き明かして欲しいという依頼が舞い込む。

 もちろん眼の色変えて飛びつくのであった。

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