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●森屋穂花



 お屋敷3階。

見た目は完全に電力室だが【大富豪サン・カイロスの部屋】という設定で葬式が行われる会場。

棺桶が置かれ親族や使用人が集まっていた。


葬式服を着たマネキン人形たち。

それぞれに原稿用紙。名前、人物説明、アリバイ、台詞が細かく記されている。



───────────────────


【フランソワ】

 大富豪の長女。気品のあふれる身なりはしているものの傲慢な貴族という印象を受ける。

 アリバイ:夫とともに1階の寝室にいた。護衛のために執事たちを扉の外に待機させていた。

  「きっとお父様があの男を亡き者にしてくれたに違いないわ。だって生前ことあるごとに言ってましたもの『私の可愛い娘はクズジマに殺された。いずれ奴を地獄の業火に叩き込んでやる』と。妹も不幸すぎて逆に笑えてきますわ。あんな男と結婚したばかりに事故死なんて」


───────────────────


【シャルル】

 大富豪の長男。フランソワの弟、クズジマの義理の兄。大富豪の親族にしてはやけに痩せこけている。体が悪いらしく車椅子に乗っている。

 アリバイ:葬式が始まるまで1階の自室で休んでいた。執事が30分毎に様子を見に来ていた。

  「父の次がクズジマ君だとは。不幸は続くものですね。……しかし彼には悪いのですが当然の報いでしょう。父が遺言書を残していなかったせいで遺産分与が面倒になってしまった。僕は反対だったんですよ、妹が亡くなった日に彼は風俗嬢に会っていたそうなんです。……それから音沙汰もなかったくせにのうのうと葬式に現れて『遺産をよこせ』と。信じられますか?」


───────────────────


【サブロウ】

 被害者クズジマの実の弟。代々クズジマの家はサーカス団を営んでおり兄が大富豪の家に婿入りしてからは彼が団長をしている。

 アリバイ:4階である屋根裏兼図書室にこもっていた。

  「遺産分与を認めない義兄弟たちに兄は命を狙われていたと思います。……だから心配だったので僕も葬式に参加することにしたんですよ」


───────────────────


【ヴェッキオ】

 執事長。大富豪サン・カイロスの学生時代からの友人でもある。

 アリバイ:他の執事たちに指示を与えたり葬式の準備に忙しくしていた。

  「フランソワ様とシャルル様のアリバイは執事たちが証明できます。ひとりだったサブロウ様も屋根裏から出てきたところを見ておりませんのでアリバイに間違いないかと」


【パルマ】

 若いメイドだが幼い頃からこのお屋敷に仕えている。ヴェッキオの娘。

 アリバイ:庭木の剪定(せんてい)をしていた。葬式が始まるまで1階の客間にいた探偵たちは彼女が庭を出ていくの目撃している。

  「お庭にいたとき見たものですか?いえ特にはなかったと思います。お屋敷に出入りする人もいませんでした」


【親族/関係者】

  「2階の彼の部屋の隣、舞踏会会場にいたが窓の外に不審人物はいなかった」

  「3階のこの部屋は他人を信じないサン・カイロス様は外から見られるのを嫌い窓を作らなかった。だからこの部屋から被害者の部屋に行くのは不可能だ」

  「サン・カイロス様があの男性に事故死したお嬢様のことで恨みを持ってたそうだから……化けて出たんじゃ」

  「そもそも風呂場に練炭が置かれていたのでしょう?自殺よ自殺」

  「まあ鼻につく男だったし他殺と言われても納得できてしまいますけどね」


───────────────────



「にぃには登場人物のなかで誰が怪しいと思う?」


「密室の謎も解けてないのにそんなのわかるわけ……でもまあ[苺]かな」


「ふむ、理由を聞こうか」


「被害者であるクズジマ自ら部屋に招き入れてくれるだろうし、刑事の電話にも出ない。密室犯罪を成し遂げて国外に逃げようとしてる……とか」


「密室のトリックはさておき動機はどんなものだろう?」


「それだな、聞いて驚くがいい。彼女は凄腕の暗殺者だったのさ。クズジマを恨んで『地獄の業火に叩き込んでやる』なんて思ってた大富豪のことだからな。自分が亡くなる前に膨大な金額で暗殺者を雇い自殺と見せかけ殺害させた」


「うん、面白い推理だね」


「だろん」


鼻を高くするにぃに。

的外れも良いところだが筋書きとしては悪くない。


「でも単純に考えたら遺産でもめそうな親族だよな」


「どうだろうね。……刑事さん、4階の屋根裏も見せてもらっても良いだろうか?」


「ああ。もちろんだ」


4階に向かった刑事さん。

にぃにもそれについていこうとしたが。


「なにしてるんだ穂花?」


亡くなった大富豪が入っている棺桶の中を確認しているとにぃにが苦笑いを向けてくる。

現実のお葬式なら失礼だからもちろんやらない。やるとしても親族に許可を取るよ。

棺桶内にはマネキンが横たわっていて胸には原稿用紙が添えられていた。



───────────────────


【大富豪サン・カイロス】

 完全に冷たくなっている。永眠。

 彼のトレードマークだったおでこのアザもたしかにある。


───────────────────



……つまり本人だ。

当たり前だけど彼が怨霊となって殺人を犯した可能性も実は生きていたなんてどんでん返しもない。それだけ確証が持てれば十分。

そっと棺桶を閉じにぃにと一緒に4階へと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 4階屋根裏兼図書室。

サン・カイロスの部屋の上と考えると彼のために用意された部屋だということだろう。

もちろん実際は時計塔の心臓ともいえる階、頭上では巨大な歯車たちが時計の針を動かすために休むことなく働いていた。こんなうるさい空間で読書なんて出来るのだろうか。


推理ゲームのために用意された本棚には推理小説がずらっと並んでいる。

名作からマイナーなものまで。愚昧灰荘の作品も当然と言わんばかりにそこに置かれていた。


他に気になるものとなると。


「この置かれてる縄の山は?」


「清掃だとか時計の針を修理するためには外に出なくちゃいけねぇから命綱だろ」


長さ、太さ、それぞれ違う。

壁の端に階段があって、その先には外に出られる扉。

時計塔の高さは約95メートル。命綱だけで作業するなんて考えたら肝が冷えた。

にぃにも想像してしまったようで兄妹揃って足をがくぶるさせる。


「おっと」


「ん⁉︎……どうしたのにぃに」


にぃにが抱きついてきた。別に構わないけど灰荘の弟子の前だと恥ずかしい。

探偵としての威厳というか……『他人の目も気にしないで(むつ)み合ってる兄妹』とか思われていないだろうか。

ヘルメットで顔が見えないから感情が読めない。ただこちらをじっと眺めてドン引きしている。


「違うぞ穂花。不可抗力ってやつだ。転んだ先に穂花がいたってだけで、抱きつきたかったわけじゃないぞ。転んだ先に誰がいようと僕はその人の胸に飛び込む」


「言い訳のしかたがなんかやだよ。……転んだって、つまずくようなところあった?」


「床が盛り上がってた」


ほんとだ。にぃにがつまずいた場所に床下点検口のような扉があり、少し開いている。

元々は時計塔修理のための工具を入れるような空間なのだろうがそこには分厚いファイルが置かれていた。

【大富豪が使っていた図書室の隠し扉にあったもの】という解釈で良いだろう。


ぺらり。



───────────────────


 サン・カイロスとヴェッキオの学生時代の写真。

 お互いにフェンシングの選手で試合内容を細かく記載している。

 ヴェッキオの勝ち星の方が多い。

 日記から彼らは親友であったと読み取ることが出来る。


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 サン・カイロスと結婚する前の妻との手紙の数々。

 結婚した後も手紙の交換は続く、どうやら妻が好きすぎて面と向かってだと正直に話せないからということらしい。


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 家族写真。

 このころには妻は病気で亡くなってしまっていない。

 中学生ほどのフランソワとシャルル。

 小学生くらいの女の子がクズジマの妻になるサン・カイロスの娘だろう。

 同級生らしき金髪の少女と笑っている。


───────────────────


【新聞の切り抜き】

 〔大富豪の娘の悲劇 犯人未だに捕まらず〕

 サン・カイロスの娘が交通事故によって命を奪われたといういたたまれないもの。

 しかも犯人は逃走して捕まっておらず。夫のクズジマは事件時刻にキャバクラに行っていたという報道がされ世間を騒然とさせた。と書かれている。


───────────────────



なるほど。この作品の全体図はもう見えた。

残るは──


プルルルル。

刑事さんのスマホが鳴った。すかさず電話を受ける。


「俺だ……ああ、分かった代わってくれ」


そういって刑事さんはスマホをホノに渡してきた。

え、どうしろと?


「マッサージ店の苺からだ」


「……もし、もし?」


『誰だか知らないけどわたシに用があるらしいじゃなイ。なニ、仕事の呼び出しなら住所を教えてちょうだイ』


すごく色っぽいが野太い。

そしてホノはこの声を知っている。わりと最近聞いたかもしれない。


「えっと、エリザベス?」


『苺ちゃんヨっ!』


間違いなくバー・プリシラ号のママであり推理小説家エリザベス。

推理ゲームに他の推理小説家がゲスト登場するなんて初めてだ。


でも今の彼女はマッサージ店で働く【苺】。

あっれー……そういえば名刺には【No.1嬢】とか書かれていたような。

気にしたら負けかな。


「君のお客にクズジマ次郎という男がいると思うんだけど、どんな関係?」


『ああ!あの男ネ。うちの業界じゃ結構有名なのヨ。羽振りが良くテ。わたシも何度か相手したシ、今日も電話があって行ったわヨ』


「つまりお屋敷の彼の部屋に入った?」


『いいエ。お屋敷には一歩も。門を叩こうとしただけでも怒られたもノ。そもそも葬式の会場に入っていくほど心臓に毛は生えてないシ……クズジマさんって性格悪いことで有名だかラ。いたずらのつもりでわたシを呼んだのヨ。むぎぃーっ!思い出したら腹立ってきタ』


苺は屋敷に入ってすらいない?

じゃあどうして……


「ねえ苺さん。君の髪は何色?」


『え、なに急に。……珍しくもない黒髪ヨ』


「そっか。ありがと」


ホノは電話を切った。

そうして刑事さんを演じている灰荘の2番弟子に人差し指を突き付ける。



作者(はんにん)の気持ちになれば作品(じけん)の最後はおのずと解る」



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