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●森屋穂花
時計塔もとい【大富豪サン・カイロスのお屋敷】で起きた密室事件。
ホノたちは以前の事件で知り合った大富豪の葬式に参列することになった。
葬式が始まっても悪目立ちしていた娘婿が会場に現れなかったため、部屋まで迎えに行ったが鍵はされているし返事がない。
不審に思い刑事さんを呼んで突入したところ風呂場にて遺体を発見する。
もちろん推理小説の設定。
浴槽に横たわっているマネキン人形の上に原稿用紙が置かれていた。
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遺体:クズジマ次郎
大富豪の娘婿。日本人。
3年前に妻を事故で失っている。
死因:一酸化炭素中毒
風呂場に置かれている練炭による自殺?
不審点:首元に擦り傷?爪で引っかかれたような。
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「おい探偵。これはどう見たって練炭自殺じゃねぇか」
刑事役。今回の推理ゲームの相手であり愚昧灰荘の2番弟子。
イタい刺繍がされている特攻服を着て、ヘルメットで顔を隠している。
暴走族の族長のような威圧感。
「死因は確かに練炭による一酸化炭素中毒。しかも密室で起こった悲劇。自殺として片付るのが妥当だろうね。でもこれは推理小説だろう?」
「なに意味の分かんねぇこと言ってんだ。現実に起きてんだよ、この事件は」
役になりきってるからそんな返答をする。
ホノだって『これは推理小説だから自殺はありえない』なんて考えちゃいない。
確信できるほどの証拠がある。
ホノはバスルームに入る。
練炭コンロのとなりに置いてある霧発生装置の電源を切る。
ガスっぽかった視界が晴れていく。
浴槽とトイレが一緒になっていて、カーテンで仕切られている。
大富豪のお屋敷の一室としてはおかしいが実際は時計塔のスタッフルーム。
「浴槽とマネキン人形の髪が濡れている。しかもバスタオルを巻いて。これはお風呂に入っていた証拠だよ。いまから練炭自殺しようとする人間の行動としては変じゃないかい?」
この世から旅立つ前に体を清めておきたかったという可能性もあるが、腰にはバスタオルのみ。
そんな考えを持っているなら一張羅でなくちゃおかしい。
「でも他殺となるとこの密室の謎を解かなくちゃならない。入り口は蹴破られてばらばらになっちゃったけど確かに鍵はかかっていた。そして部屋の奥にある唯一の窓だってにぃにが開けてくれた。なにか不審点あった?」
「……」
目をそらすにぃに。
──まさか。
「にぃに。窓を開けたよね?」
「ごめんちゃい。他の物に気を取られて……代わりに刑事が開けてくれました」
ぺちんっ。と両手でにぃにの顔にビンタするほっぺをこねくり回す。
ぐりゅぐりゅぐりゅ。
なにをやっているんだい、このあんぽんたんは。
密室であることの証明である窓のロックを外したのが愚昧灰荘の2番弟子だと?
そうなることを恐れて窓に1番近いベッドの下を調べてくれているとばかり。
「でもちゃんと窓にも鍵はされていたし、開けたところも確認したぞ」
「違うよっ!これは信頼の話。にぃにか灰荘の弟子のどちらが窓を開けたかで証拠の信用性がかなり変わってくるじゃん!犯人だったら容易く証拠隠滅出来てしまうじゃないか。そんなペテンされたら勝ち目がなくなる」
「刑事の俺が犯人のわけがねぇだろうが」
「『実は刑事が犯人だった』っていうオチは腐るほどあるんだよ!どんでん返しの常套手段じゃないか」
ヘルメットをしているが2番弟子が不機嫌になる。
これは刑事としてはではなく、推理小説家としてであろう。
「……はあ。この刑事は探偵たちに呼び出される前にこの屋敷に入ったことは一度もねぇ。自分の見たもの感じたことを必ず正確に伝え、探偵にとって信頼のおける登場人物とする。そして刑事は断言する。「部屋の窓はしっかり閉まっていた。不審点は特になかったぞ」」
彼は探偵森屋穂花と信頼関係があり嘘はつかない。だから証言は正確。
そもそも設定ではホノたちが先にいて刑事は呼ばれて後からやってきたことになっている。それに【知り合いの刑事】と表記されていた。犯人とは考えづらいか。
とりあえず信じてあげよう。
「にぃにがさっき言ってた『他の物に気を取られてた』ってなんのこと?」
「……これがベッドの下に落ちてた」
苦い顔を名刺のような紙を渡された。
【ぴゅあえっぐ】というマッサージ店に働いている【苺】とやらの物。
見てわかるくらいのいかがわしさ。
しかし自殺ではない証拠のひとつかもしれない。
「すまない刑事さん。この名刺の電話番号にかけて被害者とどんな関係か聞いてくれないかい?」
「ああ。少し時間をもらうぞ。その間にこの部屋を調べておいてくれ。帰ってきたら関係者に話を聞きに行くぞ」
苺ちゃんに電話するために部屋から出ていく刑事。
残ったホノとにぃには密室殺人が起きたこの部屋を見渡す。
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【入り口の扉】
踏み込む際に刑事が蹴り破りばらばらになっている。
確実に鍵が閉まっていた壊れ方をしているし、つっかえ棒などで開けられないようにしていた痕跡もない。
【下駄箱】
なんのへんてつもない下駄箱。それ以上でも以下でもない。
【バスルーム】
被害者クズジマが亡くなっていた現場。
練炭コンロ(霧発生装置は演出のため除外する)。浴槽はぬれているためシャワーを浴びた。
【キッチンルーム】
軽い料理なら作れそうな空間。冷蔵庫。
ガスコンロと湯沸かしポット。ポットは温かい。
【6畳程のスペース】
押し入れ。
液晶テレビ。
テーブル。
ベッド。
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「にぃに、この押し入れに人が隠れていた可能性はなさそう?」
「刑事が調べてたし、僕も後ろから見てたけど不審点はなかったぞ。この事件現場に犯人が隠れてた可能性は低いと思う」
「そっか、ありがと。さっきはビンタしてごめんね」
「大丈夫だ。あのミスで証拠隠滅なんてされてたら困るしな」
優しい笑顔で「次は負けん。今日から窓を速攻で開ける特訓をする」とつぶやくから笑って頷く。
密室事件の窓を開けなきゃいけなくなる機会なんてもうないと思うけど。
次にテーブルの上の物を見る。やはり大富豪の娘婿、優雅ですこと。
ガラスポットの中には紅茶。パックではなく紅茶茶葉で淹れられている。
しかし高級そうなティーカップは空だ。飲み終えたのか注ぐ前に殺害されてしまったか。
「このベッド、にぃにがぐしゃぐしゃにした?」
「いや、なにも動かしてないぞ。はじめからだ」
荒れた布団。
ばさっと裏返すと原稿用紙が隠れていた。
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ブロンドの髪。
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「これはマッサージ店の苺のものかな?事を済ませたのに布団を整えない……となるとやはり被害者は自殺する前にシャワーを浴びるような人物じゃない」
「ほ、穂花さん?なんのこと。子供だから知らないかもしれないけどマッサージ店はマッサージするだけの健全なお店だよ」
ぶるぶる震えているにぃにを無視して問題の窓に向かう。
どこの家にもある横開け窓。開け閉めするが引っかかる点はない。
窓の鍵も普通のクレセント錠(回転させる部分が半円形のもの)。窓枠が少し欠けていて空気の音が入ってくる。2ミリほどで、もちろんホノの小指すら入らない。
……推理ゲームの以前か以後でまったく意味が変わってくる。
窓の外は2階ベランダ。
「ここで気になることはあるかな?ワトスン君」
「そうだな。ベランダは続いているし犯人は隣の部屋に逃げ込んだんじゃないか?」
【サン・カイロス時計塔】の2階。【関係者休憩室】の隣には【街を展望しながら休憩できる座敷部屋】がある。
だけどホノは首を振る。
「お客が勝手に外に出て事故にならないように隣の座敷部屋は窓が開かない仕様になってる。構造は同じだって言っていたからそれは不可能だよ」
「……じゃあ、出てすぐにあるベランダの手すりに縄を結んで降りてしまえば」
「この手すりだと人ひとりの体重で壊れちゃうし、もし無事に降りれたとしても縄が残っちゃうよ」
「お兄ちゃんにはわからん」
手すりの柱は細く、縄で降りるときに『てこの原理』でバキバキに折れてしまうだろう。
下を見るに距離は50メートルはある。
高所すぎて風が吹く度びくっと背筋が凍った。
にぃにが命綱かわりに腕を掴んでくれている。
「おい探偵ども。関係者に話を聞きに行くぞ」
電話していた刑事が帰って来た。
「刑事さん、足にごみくずがついてるよ」
「おお、すまねぇ。わっかの糸?……押し入れ開けたとき服が入ってたしあんときついちまったか」
「苺はなんて?」
「それが出ねぇんだわ。マッサージ店のほうにも電話しといた。彼女が店に帰ってきたらかけ直してくれるそうだ」
そうしてホノたちは3階へと向かった。
刑事さん曰く「誰も外に出ないように探偵が集めた」という設定らしい。
実際は関係者以外立ち入り禁止の時計塔の電力室。窓は全くなく光は蛍光灯のみ──そこには20体程のマネキンがあった。