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●森屋帝一
【サン・カイロス時計塔】。
この街で最も高い建物であるその塔は万人に正確な時間を教えてくれる。
ここのシンボルと言っても過言ではないだろう。ご当地マスコットもこの建物をモチーフにしていたはずだ。
1階には地域のアイテムショップ。
2階では街を展望しながら休憩できる座敷部屋。
誰もが利用できる。
3階はたしか電力室。
4階は巨大な時計の裏側。
もちろん関係者以外立ち入り禁止である。
フグみたいに口を膨らませた穂花が肩で息をしている僕に歩み寄る。
「待ちくたびれたよ。ワトスンくん」
「問答無用に呼び出されて文句ひとつ言わないお兄ちゃんをねぎらっておくれよ」
「いつも感謝してるもん。心のなかで」
「口に出さないとわからないこともあるんだぞー。ずっと家族円満にやれる秘訣は感謝の気持ちを感じたすぐに言う」
「ありがとっ!」
「遅れてごめんなっ!」
出来るだけ急いだつもりです。
黒幕らしくカフェ・グレコの地下室で鑑賞したいが【森屋帝一の仕事】も放棄するわけにもいかない。それにふたつある挑戦状のうちのひとつは僕宛。つまりサイドキックに僕をご指名だ。
時計塔前の広場で待ち合わせしていた僕らはサン・カイロス時計塔の扉を開ける。
いつもは賑わっているのだが、貸切なのか物凄く静か。
エントランスにひとり、異様な風貌で待ち構えていた。
『唯我独尊』『天下無双』『龍と虎の刺繍』の特攻服(暴走族やヤンキーが着る戦闘服)に真っ黒なヘルメットで顔を隠した人物。
「よう、探偵共。ようやくお前らと知恵比べが出来る。手番が来るまでだいぶ待ってやったんだ、どうせなら楽しもうじゃねぇか」
「ペンネームでも構わないけどまずは名乗るのが礼儀じゃないかい?推理小説家」
「ああ、すまねぇな。……でもペンネームが多すぎて教えきれねぇ。めんどくせぇから、2番弟子でかまわねぇよ」
言わずもがな僕の弟子でこんなキテレツなセンスをしている人物はひとりしかいない。
2番弟子・畑地海兎。アーティ高等学校の不良番長だ。
彼のペンネームは多すぎる。
ロングシリーズは手掛けておらず彼は作品毎にペンネームを変えてきた。『一度作品を出した作家は型にはまっちまう。俺はよ、他人が言う『お前らしくない』が聞きたくねぇんだ。だから気付かれねぇよう変えんのさ』というのが彼の持論。
「2番……たしか四奈メアが3人の弟子たちだけは灰荘の素顔を知ってると言っていた。聞きたいことがある。昨日の会見、阿達ムクロは本当に愚昧灰荘なのかい?」
他の弟子候補たちとは違い。直接『灰荘の弟子になりたい』と申し出た隻腕、海兎、アドリエッタは推理ゲームの前から愚昧灰荘の素顔を知っている。
その質問を受けて海兎は固まった。迷うよな。
『違う』と言ってしまったらベストセラー作家・愚昧灰荘ともあろう者が自分の疑いを薄めるためにムクロに容疑を着せたと勘違いされかねない。
逆に『そうだ』と言ってしまえばそれはただのずる。勝つためのペテン。
ましてや灰荘である僕の前で変なことは言えない。
彼は思考をフル回転させているはずだ。
「どうだろうな。明言するつもりはねぇ。……けど推理ゲームでお前らが勝てたら気が変わるかもしれねぇよ」
そう言い原稿用紙を穂花に手渡す。
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【舞台・カイロス家の屋敷】
大富豪サン・カイロスの葬式の日
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「つまりここを時計塔じゃなくて大富豪のお屋敷だと思えってことだな」
「そうだね。構造も同じだと思っていいのかな?」
「内装は異なる場合があるが、窓の場所や部屋の構造は同じだと思ってもらってかまわねぇ」
大富豪のお屋敷の1階にご当地アイテムなんて販売しているわけがないからな。
そういう点には目をつぶって欲しいということだろう。
「じゃあ始めようぜ。ここからは俺は推理小説家ではなくこの屋敷に呼び出された[刑事役]だ」
「特攻服を着た刑事?」
「こまけぇこと気にしてんじゃねぇよ」
スラム通り育ちの彼の事だ。いくら推理ゲームの設定だろうと毛嫌いしている刑事のコスプレはしたくなかったのだろう。
それは置いて『特攻服刑事』ってキャラクターとして面白いな、と思う僕がいた。
「それじゃ刑事さん。ホノたちはどうしてこの屋敷に呼ばれたのかな?」
「なに言ってやがんだ探偵、呼んだのはお前らだろ?」
役になりきる。
「えっと……ああ。つまりホノたちが先に屋敷にいて。不審点があったから刑事さんを呼んだってところかな」
「設定だとしても僕たちが身に覚えのない行動をしてたってなんか変な感覚だな」
「それで電話で言ってた『手伝って欲しいことがある』ってなんのことだ?」
僕たちは首をかしげる。
刑事を呼んだ記憶すらないのに理由なんて答えられるわけがないじゃないか。
しかし穂花はなにかを察したように先ほど渡された原稿用紙の裏を確認した。
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探偵業をしている私、森屋穂花は過去の事件で知り合った大富豪サン・カイロスの葬式に助手の帝一を連れて参列することになった。
大富豪ともなれば遺産は莫大。お決まりと言うべきか親戚の全員が険悪。
特に娘婿の意地の悪さが目立っていたと思う。
葬式が始まったのだが娘婿の姿が見えない。
メイドとともに私たちが彼の部屋(2階の角部屋)まで呼びに行ったのだが返事がない。
メイド曰く『旦那様は他人を信じない方でしたので屋敷の部屋はすべて鍵をかけるのは部屋の中からでしか不可能です』
……まさかとは思ったが、万が一の可能性もあるから知り合いの刑事に連絡することにした。
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◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
2階の角部屋。
いつもなら【関係者休憩室】と書かれているその扉は【娘婿が使っている客間】に変わっている。
「んじゃ、ここを開ければ良いんだな?」
「ちょっと待ってほしい」
穂花が海兎の前に立った。
それから部屋のドアノブを回して、本当に鍵がかかっていることを確認する。
次にドアノブの作りを見た。原稿用紙に書かれていたように鍵穴がない。
推理ゲームのために付け替えたのか。
ガサツのくせに推理小説の事となると細部までこだわる2番弟子。
「どうやって扉を開けるんだ?鍵もないのに」
「そんなの決まってるじゃねぇか」
僕の質問に悪童のように笑い、右足を上げた。キックポーズを構える。
……あ、まずい。
扉を調べている探偵の腕を引き、抱きしめる。
「え⁉にぃに──ど、どうしたの?」と戸惑っているが少しの間、僕の胸に顔をうずめておいてくれ。
バギィッ。と銃声にも似た衝撃音。
半径5メートルにすごい勢いで木くずが散った。
鍵のかかった部屋を開けるために刑事が扉を蹴破ったのだ。
「穂花大丈夫か。木くずが目に入ってないか?」
「う、うん。……ちょっと、びっくりしたけど」
顔をぺたぺたと触るがケガはなさそうだ。
息がしづらいくらい力いっぱい抱きしめていたから苦しかったのかもしれない。顔がすこし赤い。
僕がムッとした表情を海兎に向けると視線をそらされた。
今度から気を付けてくれ。穂花になにかあったらどうする。
「ともあれ開いたよにぃに。入ろ」
「ああ。てか街の建物を壊して大丈夫なのか?」
「常識的じゃないけど。推理小説家の集団ならお金は腐らせるほどあるだろうからね」
刑事が先に入り僕たちが続く。
ワンルームほどの広さの部屋。
……白っぽい?霧がかかっているような違和感。
まぶたをこすってみるが変わらない。
「なんか息苦しくねぇか?」
刑事が呟く。ハンカチを口に添えた。
しかし僕も穂花もなんのことかわからない。視界はガスっているけど、ニオイはないから。
でも最悪の事態火災もありえる。この霧の原因を探す。
刑事は押し入れの中を、僕は(6畳ほどの)部屋を見渡しベッドの下を確認。
カードサイズの紙が落ちている。
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マッサージ倶楽部【ぴゅあえっぐ】
No.1嬢/苺~Itigo~
電話番号/***-****-****
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(……なんだこれ)
明らかにいかがわしい名刺。甘ったるくてしつこい香水の臭いがする。
見なかったことにしよう。
「にぃに!急いで窓開けてっ!」
バスルームを確認しにいった穂花の焦る声。
僕はベッド下を見るためにかがんでいたから反応に遅れた、代わりに刑事役の海兎が部屋の奥にある窓のロックに手をかけて開けてくれた。
外の空気が入って次第に霧が薄まっていく。
「どうした穂花?なにがあった」
「……ごめん、焦ったけど違ったよ。そりゃそうか、推理小説なんだから」
すごく疲れたような顔で意味の分からないことを言う。
でもバスルームの中を確認したら穂花が焦った理由に納得がいった。
「確かに。これは心臓に悪いな」
浴槽にはバスタオルを巻いたマネキン。
そして練炭コンロ。
もちろん火はついておらず。隣には結構な大きさの霧発生装置。
「練炭自殺だな。どうやら今回の事件は探偵の出る幕じゃねぇようだ」
続いてやってきた刑事がため息混じりに言う。
しかし穂花は首を振った。
「違うよね、2番弟子くん。始まってもいないのに作家が推理ゲームを終わらせるわけがない。これは他殺だ……それも【密室殺人】ってことじゃないかい?」
入り口である扉は中からでしか鍵はかけられない。
見た限りこの部屋に隠れている人物もいない。
窓も閉められていた。
どう見たって風呂場で練炭自殺を図ったと思われる遺体。
それでも探偵は他殺と断言する。
不可能犯罪。密室事件であると。