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●森屋穂花



なにを言ってるんだい、この娘は。


浅倉美玖こと美玖ちゃん先輩。

にぃにがあのベストセラー推理小説家である愚昧灰荘だとか宣っている。


ホノの兄で、ハドソン夫人の飼い主、アーティ高等学校の生徒会長。

そして推理小説家・愚昧灰荘。


HAHAHA、ちゃんちゃらおかしい。

生徒会長の仕事だけでも『お兄ちゃん過労死しちゃうよ』と泣き言をこぼしてるにぃにだぞ。


褒めていたからインタビューを了承したら、これか。

聞かされていた『伝説の生徒会長の素顔に迫る‼︎』という取材内容に反してはいないけども。


でもこの部屋を見れば確信できるはずだよ。

数学論文の本しか置かれていない本棚、いかがわしい物がひとつも無いベッドの下、勉強机の引き出しにだって教科書だけ。面白いものがどこにある。

にぃによりホノの方がこの部屋を熟知してるもん。


美玖ちゃんに視線を向けて、


「まず教えてほしいね。にぃにのどこが怪しいのかな?」


こんな失礼な人に敬語は不要である。


「名前から怪しいっすね。森屋(もりや)帝一(ていいち)っすよ?名前だけでも藻蘭先輩との関係が疑わしいっす!」


おおう、名前の事は触れないでほしい。

ホノも扱いに困っている。

しかし両親が付けたのだからにぃにに責任は無い。


「……」


困った顔でこちらを見ているにぃに、『早く誤解を解いてくれ』の目。

可哀想に、助けてやらねば。


「なら、にぃにはどうやって藻蘭先輩と出会ったのかな?ホノが知る限り一緒にいるところを見たことがないよ」


「こちらを見て欲しいっす!」


美玖ちゃんは自分のカバンからA4コピー用紙を出し、ホノに渡す。

内容は4年前に出版社で行われた推理小説新人賞の受賞者名簿。



───────────────


 【最優秀賞】愚昧灰荘

 【優秀賞】藻蘭千尋


───────────────



藻蘭先輩はデビュー時、赫赫隻腕じゃなくて本名で書いてたようだ。

審査員賞、佳作賞、努力賞と続く。


美玖ちゃんの言わんとする事は分かるが、残念だったね。

日にちを見れば明白だ。


「この日、にぃには風邪引いてパパに病院へ連れていかれてたよ」


「……4年前?よく憶えてるな」


本人も確認するが憶えていない様子。

家族はにぃにの顔色が悪すぎて心配したんだぞ。

病院から帰ってくるまでわんわん泣いていたから鮮明に記憶している。


だから藻蘭先輩と出会う事はできない。


そもそもこの頃、にぃには中学1年生。

あまりに現実的じゃない。

……先輩は中学2年生か。すごいな。


「それにスーパーマーケットの件だけど偶然でしかない」


「そう言われるとなにも返せないっすけど。でも怪しいっすよね?」


あのスーパーマーケットの入り口すぐにATMがあるからお金を下ろしただけ、と考えるべきではなかろうか。


ホノ達も夜ご飯の買い出し、食材を選んでレジに通しただけ。

にぃにはずっとホノの近くで買い物カゴを持っていたし、他の人と話したのだってレジにいたアルバイター店員のお兄さんくらいだ。思い出す限りおかしな内容もなくただの雑談。


「わかったっすよ。こんなこと言うのも失礼っすけどスマホの連絡先一覧と着信履歴を見せてほしいっす!」


「本当に失礼なお願いなんだが⁉」


流石にそれは嫌だと顔をひきつるにぃに。

美玖ちゃんはへにゃっと笑って、


「なら認めてほしいっす!」


横暴(おうぼう)だっ!」


「絶対に藻蘭先輩の連絡先持ってるっすよね?」


にぃにを指差してこちらを見てくる。

見苦しいぞ、的外れもいいところだ。

自分の推理の甘さに気づきなさい。


このままではラチがあかないからにぃにに右手を差し出す。

困った顔をして左手をぽんっと置かれた。

『お手』をしてほしいわけじゃない。


「スマホ。ホノになら見られてもいいでしょ?」


「やだん」


「ホノのも見せるからっ!」


「どうせ僕しか入ってないだろ?」


失礼な。

パパとママが入って3件だ。

甘く見ないでもらおうか。


嫌そうだがスマホをホノの右手に置いてくれた。


電話帳を開く。



─────────


 ・穂花

 ・父

 ・鳩山先生

 ・母さん


─────────



4件。負けた。


鳩山(はとやま)先生は学校の?」


「担任の先生。他になにがあるんだ」


さすがに小説家では無いとは思うがかけてみる。


プルルル、プルルル。

にぃにが目を見開いて騒ごうとするから口を左手で塞ぐ。


「んぐっ」


『もしもし、鳩山です。森屋君どうしました?……森屋君?……ああ、もしかして先生にイタズ──』ぷつんっ。


『先生』と言う単語と部活をする生徒達の声が聞こえたのからすぐに切った。

左手をにぃにの口から外す。


かなりどんよりした顔で。


「明日、なんて言い訳しよう」


「でも学校の先生の連絡先持ってるって珍しいっすね」


「ああ、生徒会の相談とかで必要なんだ」


とにかく連絡先と電話履歴はホノと同じで友達がいないこと以外は異常なし。


「藻蘭千尋も赫赫隻腕も電話帳に当然っ名前はないよ」


「そんなはずない。SNSも確認して欲しいっす!」


「にぃにはやってないよ」


「え?帝一さんって原始人なんすか?」


「失礼だな。僕にはネットで友達を作るなんてハードル高いんだ」


電話帳まで証拠として出したのにいまだに納得してない美玖ちゃん。

しょうがない。最終兵器でそのくだらない考えをぶち壊してやるわい。


とたたたたっ。

ホノは隣の自分の部屋に向かうのだった。




●浅倉美玖



わっちが愚昧灰荘の正体に興味を持ったのはホムズ女学園に入学したすぐ。

風紀委員長、藻蘭千尋のスクープを探っていたところから始まる。


優等生の裏の顔ってのは読者の興味を引く。


何週間も記事に出来ないような優等生な行動をする藻蘭先輩。

悪行はおろか男の影も全く見えず。


それでも取材を続けた。

ネタの宝庫であるホムズ女学園の生徒会長と同じくらいスクープの匂いを漂わせている人物を逃すわけにはいかなかった。


優等生、優等生、優等生。

……ボロが出ない。

流石に諦めてしまおうと思ったある日。


学園の図書館で勉強していた藻蘭先輩が畳んだ紙を机から落としたのだが拾うそぶりがない。


それを横切る女生徒が拾った。

『落しましたよ』と藻蘭先輩に返そうともせず図書館から去る。


わっちはその女生徒を追う。

学園の校門を出て繁華街、次に女生徒はその手紙を道端に落とした。


それを成人男性が拾う。

やはり女生徒に渡すことなく過ぎ去る。


成人男性を追う。

繁華街を抜けてファミリーレストラン、成人男性はその手紙を店内に置いていった。


それを同じ店にいた不良男子学生が持っていく。


不良学生を追って辿り着いたのはアーティ高等学校。

『悪魔の巣窟』とも呼ばれる不良校。




後日。わっちはそのことを藻蘭先輩に問い詰めるのだが、彼女はただにこりと微笑んで。


「あの方が喜んでくださると思ったので」


「なんのことっすか?」


「1年後この女学園に入学する娘と私たちは推理ゲームをするつもりです。よかったらジャーナリストさんにも参加していただきたいですね。優れた探偵は多いほうが嬉しいですから……私からのサプライズです」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



わっちは藻蘭千尋を調べ尽くした。

赫赫隻腕というペンネームで推理小説を書いている。

ベストセラー推理小説家の愚昧灰荘の弟子かもしれない。


いくら調べても噂程度のものが多かったが藻蘭先輩が言っていた『あの方』はおそらく愚昧灰荘のはずだ。

……つまり推理小説家たちとどこぞの女の子が推理ゲームとやらをするらしい。



あれから1年が経ち。



わっちは標的にされている女の子に目星をつける。

あの推理小説家達が選ぶのは間違いなく頭脳明晰。

偏差値の高いホムズ女学園に成績歴代トップで入学した天才なら文句ないだろう。


森屋穂花。

彼女が愚昧灰荘のお相手だ。


入学初日、ターゲットと接触する為に1年生の教室に向かう。


しかし森屋の教室にはさきに藻蘭先輩が訪れていた。

ふたりを隠れて追う、場所は体育館裏。

わっちは見つからないように聞き耳を立てるが藻蘭先輩がこちらを見て笑った気がする。


内容はかなり怪しげなもの。

愚昧灰荘からの手紙に、『誰も死なない殺人遊戯』だとか。


そしてなにより、森屋と言えばもうひとりこの街での有名人がいるではないか。

アーティ高等学校の生徒会長。


間違いなく、愚昧灰荘は彼女の兄の森屋帝一だ。

わっちのジャーナリストの勘がそう言っている。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



……と、確信していたのだが揺らぐ。


部屋も平凡。

見た目は噂ほどイケメンではないなといった具合か。

口説かれたら喜んでついて行っちゃう程度だ。


それよりも人格、見るからに優しそうな雰囲気。

とてもじゃないが妹に危ないことをさせるようには思えない。


『愚昧灰荘の正体は森屋帝一』というわっちの言葉を受けた時の驚いた顔も、言葉の数々も、灰荘の作品から推測した人格像とはかけ離れている。


わっちのバカみたいな喋り方を聞いた人は大抵なにか口を滑らせてしまう。

人間って生き物は自分より劣ってると思う人物には気を許してしまうものなのだから。

ただ森屋帝一にはそれがない。


感情は0.2秒の微表情として出る。

けれど誠実な男性の感情を意図しているかのような表情。

善良な一般人か虚言吐きの大悪党のどちらかだ。


穂花ちゃんが部屋を出て行ったから、ふたりっきり。


「本気で僕がベストセラー作家だと思っているのか?」


「いい加減白状するっすよー。楽になれるっす」


「悪いが、数学しか興味なくてね。小説なんて書いたこともない」



「【ようやく私は悪魔を見つけた。】」



わっちの言葉に『何を言ってるんだこの女』という目を向けてくる帝一さん。


「愚昧灰荘の短編集には『ラプラスの悪魔』を題材にしたものもあるっすよね。数学者も唸る名作らしいっすよ」


『ラプラスの悪魔』。

フランスの数学者が提唱した物理学における超越的な存在。

簡単に説明すると『全ての物の状態を把握したのち計算し過去、現在、未来を知り得る存在』の事。


まあ、実際そんな者は存在するわけがない。

悪魔の証明だ。


しかしコンピュータープログラムとしてその悪魔を作ることに成功した数学者が主人公。

だが自分が殺害される映像を見てしまう。

そこから数学者の『自分の命を狙う何者かからの逃走劇』が繰り広げられるのだが、誰かに出会う度に悪魔はその人達に数学者が殺される映像を見せていく。


【「お前らに殺されるなんてまっぴらごめんだ!」】と。

最後は精神をおかしくした数学者が自殺して幕を下ろす。


真相は、作り出した【未来すら知り得る悪魔】はありもしない殺人事件の予知を数学者に見せて追い詰めていたというものだ。

嘘の中に真実も織り交ぜて。


まったく性格の悪さが垣間見える。


「良かったすね。灰荘も数学に深い関わりがあって」


「あのな、『ラプラスの悪魔』は物理学だ」



「美玖ちゃん、君の妄想もそこまでだよっ!」



ばんっとダンボールが机の上へ置かれた。

どうやら穂花ちゃんが自分の部屋からなにか持ってきたようだ。


そしてダンボールを開きわっちに見せる。


「いったいこれはなんすか?」


「小学生からのにぃにのテスト用紙だよ」


「穂花。なんでそんなもの集めてるのかな?お兄ちゃんに教えて」


算数、数学に関しては全て100点なのだが、他の科目は点数がバラバラ。

国語、古典と英語なんて赤点ギリギリである。


確かに灰荘の小説はこんな片寄った学力では書けないもの。


「ふふん、これでトドメだね」


見せられたのは万年筆で【愚昧灰荘】と書かれたA4サイズの紙。


テスト用紙の文字はミミズが踊っているような字に対して万年筆のサインは丁寧で几帳面。

筆跡も明らかに違う。

とても同じ人間が書いたとは思えない。


「でもそのサインが偽造されてる可能性もあるっす!」


「藻蘭先輩に確認済みさ。これは正真正銘の本物、あの暴君作家のサインだよ」


穂花ちゃんは自信満々に笑って。


「君に勝ち目はないよ、ジャーナリスト。今日はお帰りいただこうか」


わっちの持ってきたものは証拠不足。

推理小説新人賞の受賞式には風邪。

電話帳に藻蘭先輩の名前もない。

表情からも読み取れない。

小学生のころからのテスト成績。

筆跡の違い──……


「はいっす」


ぐうの音も出ない、敗北。

今日の所は退散しよう。


でも、テストの点数も筆跡も意図的なものだったら。

小学生の頃から他者を騙している事になるのではないだろうか。

いや、それは考えすぎか。



「言い訳出来ない程の証拠を持ってまた来るっすね!帝一さん」


「ああ、出来ればもう来ないでくれ」



必ず化けの皮を剥いでやる。

ジャーナリストの意地にかけて。

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