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●森屋穂花
【ウェストテンペル教会】。
ステンドグラスで彩られた芸術的な教会の隣に目的の孤児院がある。
院長のおばあちゃんはとても優しい人だともっぱらの噂だ、日本のマザー・テレサなんて呼ぶ人もいるんだとか。
おばあちゃんとお孫さんで孤児院を運営している。
孤児院は6階立てで赤めのレンガ造り、西洋のアパートみたいなしっかりとした見た目。
外にはバラ園、公園よりも充実した遊具。
「灰荘の弟子候補はそのお孫さんすかね?」
「まあ、院長のおばあちゃんはもう80歳近いらしいからね」
「理由はなんすか?孤児院経営が厳しいとか」
「そんな話は聞かないよ、教会に来る人からの募金があるらしいし」
話を聞くかぎり全く問題の無い孤児院。
子供達もみんな良い子でゴミ拾いなどのボランティア活動には必ず顔を出している。とパパから聞いたことがある。
跡取りだってお孫さんがいる。
愚昧灰荘の弟子になる理由は金銭面ではなく文学の勉強の為だろう。
「穂花ちゃん‼︎なんすかあれっ⁉︎」
急に顔色を変えた美玖ちゃんが叫び声をあげたものだからびくっと飛び上がってしまった。
それよりも指をさしている方向に視線を向けたら小説の一場面のような光景があったのだ。
孤児院の目の前に倒れている女性。
血相変えてダッシュ。
「大丈夫ですかっ!ケガは──」
歳は80、ラメがついてキラキラしている花柄の黄色い服。見るからにこの孤児院の院長だ。
背中に刃物で刺されたような跡(服が破れて赤い液体がこぼれている)。
……そんなまさか。
震える手で院長の首筋に触れて、脈を測る。
「美玖ちゃん!救急車呼んで!脈は弱いけどまだ息はあるっ!」
「え、えええっ⁉︎これマジもんすか?事件性あり、すか?」
そんな悠長なことを言っている場合じゃない、背中の刺し傷、ハンカチを取り出して止血に勤しむ。
しかしこの血の量はなんだ。不自然なまで広がっているし固まっていないから出血してからそれほど時間が経っていない。
ペシャ。
……とろみがある。
「やっぱり電話待って」
「え?今度はなんすか。先に警察に電話した方が良いんすか」
「これは血じゃない。ケチャップ」
なんだこのイタズラは、心臓が飛び出すかと思った。
ため息をついて、院長の肩を叩く。
「一体なんの悪ふざけかね、院長さん」
「……電話する前に気付いてくれて助かりました。見ての通り被害者役です。詳しくは私の服ポッケに原稿用紙が」
そう言ってまた目を閉じた。
推理ゲームの一環だったようだ。それにしてもやりすぎだと思う。
「あと脈が弱いのは若くないからですよ」
「……ごめんなさい」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
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【被害者A子】
年齢19歳の歌姫。街の人気者。
ウェストテンペルマンションに住んでいる。
死因・背中の刺し傷。
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情報量が少ない。これでどうやって推理したら良いのか。
「19歳の歌姫って、なんの冗談っすか?」
「しっ!お口チャック!」
相変わらず美玖ちゃんは思ったことを口にする。
聞かれてるよ、院長の眉がぴくりっと動いたよ。
たったた、と足音。
バラ園の方から7歳くらいの女の子がやってきた。両手で原稿用紙を持っている。
この場合、この子も推理ゲームの登場人物だろう。
服装を見るに警察官か。手作り感があってなんとも可愛らしい。
「たんてい、まっていたぞ。またあの『とおりま』のしわざだ」
「……可愛いっすね」
まるで読書感想文を読み上げるように両手で持ち、片言。思わずホノ達の顔から笑みが溢れる。
胸の奥がぽかぽかするような。
「これで3けんめ、しかもみんなおなじまんしょんのじゅうにんときてる。のろわれてんじゃねーのか」
おそらく原稿用紙を読み上げたのだろう、「ふう」と深呼吸してから頭を下げた。
ぱちぱちっ、拍手。
「おねえちゃんたち、これ」
「なんすか?」
「水風船、かな」
透明な風船の中に赤黒い液体がたんまり入っている。ちゃぷんちゃぷんと。
「るーるせつめいだよ。じけんをかいけつができればおねえちゃんたちのかち。そのふうせんがわれたらまけ」
この水風船が破れたら。
「つまり割れるようなアクシデントが起こるってことかな?」
「通り魔って言ってたすよね」
破ろうとする登場人物がいる、というわけだ。
……聞いてない。ホノも美玖ちゃんも制服のまま来てしまった。この赤黒い液体がついてしまったら絶望ものだ。
にぃにを困らせてしまう。
水風船には紐がついていて首にかけられるようになっている。
ホノたちがそれを装備したことを確認して女の子は再び原稿用紙を掲げた。
「たんていよ、このじけんのかぎはあのまんしょんだ。しらべるならそこだぜ」
ビシッと敬礼。
仕事を終えた警察官ちゃんはとことことバラ園のほうへ去っていった。
残されたのはホノ達と死んだフリをしている院長。
「つまり孤児院の中に入れば良いんすかね?」
「そうだと思う」
警察官ちゃんが指さしてたし院長さんが頷いているから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
バラ園が綺麗だったからもう少し鑑賞したかったけど推理ゲームはすでに始まっている。
豪勢な扉を開けて、中に入った。
「「おじゃましまーす」」
ガシャンッ。
後ろから大きな音が立って驚き振り返る。
「……閉じ込められたっす」
ふたりで開けようとしてもビクともしない、板とかで押し込められているようだ。あの女の子だけは難しいと思うから院長も一緒に、なのだろう。
元気なおばあちゃんだね。
「閉じ込められ、水風船が破れないように推理をしなくちゃいけないと」
「……ホラー展開っすか?その通り魔ってのもおぞましい見た目に違いないっす」
間違いない。
宇多川愛梨生徒会長の意味深な置きセリフはきっとこの事だ。
『風変わりな通り魔』。
「ピエロかそれとも殺人人形だとか?ホノを驚かせたいならもっと面白味のあるほうが嬉しいね」
「わっちは嫌っすよ!ペニーワイズもチャッキーもお断りっす‼︎窓を破ってでも逃げてやる!」
頭を抱えて震えだす。
予想外な反応だ、根っからのジャーナリストで心霊なんて信じてないと思っていたけど実は怖がりだったらしい。
入り口付近に看板。
【ウェストテンペルマンション】。
部屋ごとにも番号が書かれている。
つまり孤児院の全員が推理ゲームに参加。誰が推理小説を書いているか分からないがまるで幼稚園の演劇みたいだ。
コンコンッ。
ホノは1番近い部屋の扉をノックする。
「はい」
顔を出したのは髭のおもちゃをつけた10歳くらいの男の子。
「君はここの住人が殺害された事件を知っているかい?」
「……ああ、2人くらい通り魔におそわれたって話だろ?ただの偶然じゃないか」
「さっき3人目が見つかったんす。その人もここの住人みたいっすよ」
「だから?そいつらが誰かに恨まれるようなことしてたんだろ」
この男の子、演技上手いな。見事に嫌味な隣人を演じてみせてる。
もう少し聞き込みをしたかったけど舌打ちを最後にバンッと扉を閉められてしまった。
「なるほど、こうやって聞き込みしていけば良いんすね」
「6階までって考えたら疲れそうだけどね」
見た限り1階には食堂、お風呂、トイレの他には部屋が3つ。だから18回ノックすれば良い話。
次の部屋には鍵が閉められていたから保留。
階段付近の部屋はこのマンションの管理人さんの部屋、開けてみると誰もいない。設定資料らしき原稿用紙が山のように置かれている。
保留。
「見ないんすか?」
「登場人物の話を聞いてからの方が整理しやすい」
「あ、それもそっすね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
1階は素早く終わる。
2、3階と聞き込み……異変は4階で起こる。
というよりも世にもおぞましい異形がそこにいた。
「「……」」
『風変わりな通り魔』はピエロでも殺人人形でもなかった。
だけどホラー映画のワンシーンよりもおぞましく恐ろしい。こんなの聞いてない。
緑の肌、長い舌、でっかい目。
「いぎゃあああ‼︎やだやだやだやだやだやだやだやだやだっ!帰るにぃに!帰る!」
「ちょっ⁉︎落ち着くっす穂花ちゃん!深呼吸!」
気付けば夢中で逃げてた。階段を登っているのか下っているのが分からなくなるくらい全力で夢中に。
美玖ちゃんがついて来てくれてることだけは分かる。
──【巨大なカメレオン】がナイフを持って、ホノ達を待ち構えていた光景が頭にこびりついて離れない。