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●森屋穂花



 暗号を解き明かすよりも先にホノはお弁当箱をぱかっと開ける。

阿達マシロとのムダな体力消費をここで取り戻さなければならない。


栄養をしっかり考えたメニュー、お弁当箱は3段に分けられていて上段が肉類や魚、中段には野菜、下段には白米。魔法瓶には味噌汁が入っている。


パクリ、うまうま。


「で、穂花ちゃん。次の推理ゲームはどこでやるんすか?」


よく噛んでノドに通すまで口を開いちゃいけない。

ごくり。

口の中が空っぽになったのを確認して自販機で買った緑茶で潤す。


「では、謎解きだ。ジャーナリストくん」



───────────────────


 聞こえたのは女の声。

 水田にて血をすする異質、見下し嫌った。

 さようならはじまりの島。


 我らの怒りを鎮めたければ救世主に祈りを捧げよ名探偵。


───────────────────



挑戦状をお互いに見えるように置き、その中の1文を指差す。


「『水田にて血をすする異質』はなんのことだか分かるかな?深読みはしなくていい、そのまま連想された生き物を教えて」


「田んぼにいる、血を吸う……そんなの(ひる)くらいしかいないっすよね」


「うむ、その通り」


それさえ分かってしまえばなんらく解けるさ。

この文章達が示しているのはひとりの神様だ、もっとも聞いて気持ちのいいものではないが。


「この暗号の前文は古事記の〔()()コ〕を表しているんだよ」


「……ヒルコっすか?聞いたこと無いっすね。てかアマテラスとかスサノヲとかの有名どころしか知らないんすけど」


日本神話なのに日本人はほとんど内容を知らないよね。

ホノはお弁当からタコさんウィンナーを2個取り出して並べる。

その真ん中にハンバーグを。


「ヒルコっていうのはイザナギとイザナミの最初の子供」


「そのイザ……って言う2人は?」


「アマテラス、ツクヨミ、スサノヲのパパとママだよ」


「なるほどギリシア神話のクロノスみたいな立ち位置っすね」


【クロノス】。

ハデス、ポセイドン、ゼウスなどのパパとして知られている時を操る神。

ギリシャ神話に置き換えた方が分かるってどうなのさ。


イザナギが男神、イザナミが女神、夫婦であり兄妹だそうだ。


「『聞こえたのは女の声』というのはヒルコを産む際にイザナミから先に声をかけたって逸話からだろうね」


「女神から声をかけたらどうなるんすか?」


「ヒルコの文面は少ないから詳しくは分からないんだけど、一説では奇形児が産まれたそうだよ」


手足がないから蛭の子、ヒルコだと言う説だ。

そしてホノはタコさんウィンナーの真ん中に置いたハンバーグをぱくりと食べて、


「だからイザナギ達は海に流して捨てた。『さよならはじまりの島』は1番最初に作られたオノゴト島のことだろうさ」


「日本の神様ってそんな酷いことしたんすか」


むっ、と怒り顔の美玖ちゃん。


このヒルコには諸説ある。

アマテラスの本名がヒルメであるから双子だったのではないかという説や蛭の子ではなく日の子という意味で尊い流したのではないかという説。


一番有名な説といえば、拾われた先で大事に育てられて福の神になったというもの。

蛭子と書いてエビスと読む、つまり七福神の恵比寿様だ。


ただしこの暗号においてヒルコ=捨て子なのだろう。


「つまり孤児。そして『救世主に祈り』とくれば」


「カトリック系の孤児院すね」


「ご名答」


タコさんウィンナーもぱくぱくっと口に放り込んでやった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 退屈な5、6時限目が過ぎていく。

教員達と目が合うとびっくりされるのはホノから冷たいオーラが出ているからなのであろう。

ママゆずりの退屈している顔。怖がらせてしまうから治したいのだけれど遺伝的なものだから難しい。


帰りのホームルームでは秋元先生をじーっと警戒。

困っているような複雑な笑顔が返ってきた。


キーンコーン、カーンコーン。

チャイムが鳴って下校の時間、ちょうどケータイがブブッと着信。


昼休みにお弁当を食べ終えてからにぃにへ連絡をしていた『孤児院にて推理ゲームをします。お暇でしょうか』と。

その返信だ。



───────────────────


 生徒会の仕事が山積み、美玖に頼んで。

 ケガだけはするなよ。


 ごめんちゃい。


───────────────────



「なにが『ごめんちゃい』じゃい!にぃにのおたんこなすっ!」


ざわっ。

クラスメイトの視線があるというのに大声を出してしまった。恥ずかしいからカーテンの後ろに隠れて顔の熱が消えるのを待つ。


すたたたっ。

と廊下を走る音、この歩幅とテンポだけで誰が向かって来てるか分かる。

スライディングのような体勢で1年の教室へ乗り込んできた。


「行くっすよ穂花ちゃん!」


「はーい」


「変すね?聞き分け良い。しかも元気なさげっすけど……カゼっすか?」


ホノの顔色を見て、おでこに手を当てて体温を測る。

大丈夫、にぃにに断られて()ねているだけだから。


そもそもいつものホノだって聞き分けは良いほうだ。


美玖ちゃんを連れて教室から出て行く。

廊下で出会う先生に頭を下げて帰りの挨拶しながら進んでいき近道の中庭を通る。

綺麗な花園のような場所。


その中心に座っている人影を見つけた。

おそらくハーフだろう、金髪のロールヘアで令嬢のような美しい女性。制服を見る限り3年生。


隣にいる美玖ちゃんの口がへにゃっと上がったのに気がついた。


「生徒会長じゃないっすか!お疲れっす!ここでなにやってるんすか?」


「あら、騒がしい方が来られましたね。見ての通り、紅茶を(たしな)んでいるのですわ」


すーと紅茶を飲む令嬢。


宇多川愛梨生徒会長。

入学式の時に演説している姿を見たことはあるがこうしてちゃんと対面するのは初めてだ。


美玖ちゃん曰く『アマイサカテミシル』を書いた推理小説家・アドリエッタ。

推理ゲームの内容通りであるのなら女装している宇多川凛。


スンスン。


「森屋穂花さん、でしたわね。ワタクシは臭いまして?」


「い、いえごめんなさい……でも香水、『アールグレイ&キューナンバー』なんですね」


アドリエッタと同じ高級ブランドだ。

オーラが少し違うような気もするけど証拠にはなる。


ただし声色と仕草がまるで違う、意図的にやっているならかなり芸達者だと思う。

歌舞伎役者の血筋だからか。


「ふふ、どこぞの心理学博士のようにするどい嗅覚をしてるのですわね」


「だからホノは探偵だよっ!」


先輩に向かって指をさしてしまうが気にしない。

ほぼ確定で愚昧灰荘の手下だ。

ただホノの髪を引っ張るような人物には思えないから決断が鈍る。


「このノートパソコンはなんすか?」


机に置かれているのは紅茶セットとマカロン、閉じられているノートパソコン。


「お気に入りの花園でこうやって優雅に過ごすのが好きなのですわ」


「……なるほど」


紅茶を飲みながらネットサーフィン。

ずいぶんと自由な人だ、まるで学園が自分の城かのように振る舞っている。


しかし今日ばかりは違うのだろう。


秋元先生は言っていた、向かう孤児院には「アドリエッタ先生が選ばれた弟子候補」がいるとのことだ。

推理ゲームの舞台には監視カメラが設置されている。


目の前にいるのがアドリエッタであるのならこのパソコンの用途は容易に推理出来る。


「生徒会長さん、お疲れ様です。失礼しました」


「ええ、また」


美玖ちゃんの手を引いて立ち去る。


「あれ、良かったんすか?問い詰めて灰荘の情報を」


首を振って答える。


そんなことをしても思わせぶりなことしか聞けないだろう。逆にミスリードされて推理がごっちゃになるかもしれない。


「森屋穂花さん」


名前を呼ばれて立ち止まる。

後ろにいた美玖ちゃんが軽くぶつかってきた。

とすんっ。


視線の先には宇多川愛梨。

愚昧灰荘の弟子であり狂人作家と知られているアドリエッタ。


彼女(彼?)はクスリと微笑んで。



「帰り道、気をつけて下さいまし。()()()()()()()()がその華奢(きゃしゃ)な身体を狙っているかもしれないですわ」



冗談めいた顔で、そんな恐ろしい言葉を(ささや)く。

ホノと美玖ちゃんの肩が同時に力むのが分かった。


……意味深すぎて背筋が凍りました。

ぞぞぞっ。

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