すべてがカメレオンになる確率
●森屋帝一
場所は【チャルマーズ動物病院】。
個人営業にしては広い内装でジャングルをイメージしているのかそこら中に木が生えている。
なにより動物の鳴き声が絶え間ない。
普通、動物病院と聞いたら患者であるペットはケージに入れられている景色を連想するものだが、ここは種類ごとに部屋が用意されている。
猫、犬、ウサギ、鳥、哺乳類、爬虫類。〔お利口さん組〕と〔問題児組〕と分けられる。
絶対安静の子達だけは別室だそうだ。
「この紅茶は兄──いや姉弟子からいただいた高級品である」
この病院の獣医である6番弟子、ドリトル・チャルマーズ。
ペストマスクを着けているから素顔は分からず服装もスチームパンクでSFの世界から飛び出して来たような人物。看護婦をしている奥さんも同じような見た目だった。
今日は【爬虫類の部屋(お利口さん組)】でお茶会をすることになった。
母さんに言われた『弟子達との交流』というやつだ。
机の上には僕が持ってきたお手製のケーキと動物クッキー、ホムズ女学園の生徒会長アイリが用意した高級店の紅茶。
それよりも僕は他のことに気を取られていた。
「トカゲ!ヘビ!ワニ!カメレオンっ!爬虫類好きの天国かここは⁉︎みんな可愛いすぎて持ち帰りたいんだが!」
「こらこら、君の爬虫類への愛は分かっているが。この子達はお客の最愛なる者達だ。略奪愛はいかんよ」
確保されて椅子に座らされてしまった。
正論だけどドリトルだってハドソンを誘拐したじゃないか。
多種多様の爬虫類。
トリケラトプスのように3本のツノが特徴的なジャクソンカメレオンやアンカラミーと呼ばれるピンク色のパンサーカメレオン。アルビノ(メラニンを持たないため真っ白)の子達もちらほら。
特に60cm超えのエボシカメレオンがすごく魅力的だ。
穂花が見たら気絶でもしてしまうのではないだろうか。
「この街に爬虫類好きの同士が思ったよりいるんだな、なんだか嬉しいよ」
「であるな。ただ暴れん坊組にいるワニなどは飼い主の身勝手によって捨てられた子達もいる。質の悪い飼い主には呆れるばかりだ」
確かに最近のニュースで鯉の池にワニが捨てられていたという事件があった。
ワニの飼育は非常に大変だということは知っているが、だからといって投げ出すのはいかがなものか。
「人間は勝手だな」
「まあ我輩が代わりに飼ってやるのだがなっ!この世で1番幸せなワニに育ててやるさ。クハハハッ!」
立ち上がって大袈裟にポーズを決めるドリトル。
そんな大胆さに思わず笑ってしまった。
「君といると色々と勉強になる、どちらが師匠か分かったものじゃないな」
「なにを言うか。師は君だとも。我輩は君の推理小説を見て感銘を受けたのだ。生と死をなによりも大切にする、命を軽んじていない君の文章は美しい」
「嬉しいよ、ありがとう」
「我輩達は執筆に責任を持たねばならない。命を奪っているという自覚を。命は軽いと読者に思わせてはいけない。君はそれを分かっているではないか」
「やめろやめろ、恥ずかしい」
熱い称賛、心に響いてくるが恥ずかしくて逃げ出したくなってくる。
しかも顔が見えないのにドリトルは瞳をキラキラさせていることが分かってしまうからなんともむずかゆい。
ずずずっ。
紅茶をノドに通す。
ああ、美味しい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
こんこん、と部屋の扉がノックされた。
「入りたまえ。トラップなどはないから安心すると良い」
そもそも扉の向こうにいる人物達はそんな心配はしていないだろう。
得意ジャンルが脱出ゲームであるドリトルくらいなものだ。
ガチャっと扉が開くと男女2人が爬虫類の部屋に入ってきた。
「あ、遅れてしまいすみません。美術館が混み合いまして」
ハンカチで汗を拭いているぽっちゃり体型で七三分けの男性、美術館館長である5番弟子・辺里葛蓮。
名画の贋作を作る名人。穂花も騙せた実力の持ち主だ。
「ごめんなさい、脚本の仕事で遅れ──ひぃ!ごめんなさい!私なんかが言い訳してっ!」
急にぶるぶる震えだしてダンゴムシみたいに丸まってしまう。
長髪で貞子のような見た目をしている気弱な女性、映画脚本家である7番弟子・遊ヶ丘幽。
仕事場をビニールシートで覆うのは髪を落としても怒られないようにするためなのだとか。
「遊ヶ丘君、いちいち謝らんで良いと言っているだろう!この場に些細なことを気にする愚か者などおらんよ!それに君は灰荘先生と会うのはこれが初めて、弟子として胸を張らねば失礼であろうに」
ドリトルと遊ヶ丘の組み合わせは悪いな。
大声で叫ぶたびに遊ヶ丘の身体が小さくなってきている。
それに彼女からジメジメしたオーラが出ているのか爬虫類達が寄ってきてしまう。大蛇が首に巻きついた。
苦しくないのだろうか、心配だ。
「あ、師匠への挨拶はちゃんとしましょう」
珍しく葛蓮が説教。
と言っても仏様のようなニッコリ顔は崩さない。
「はい、ごめんなさいぃ。緊張してつい……え?」
顔を上げた遊ヶ丘が僕を見て固まる。
瞳と口をぱちぱち、開いて閉じてを繰り返し始めた。
「どうして、探偵さんのお兄さんがここに」
「はじめまして、7番弟子・遊ヶ丘幽。僕が愚昧灰荘だ」
「批評家・森屋富子の息子が?なんで──ひぃっ⁉︎ごめんなさい、私知らなくて!推理ゲームの時に無礼な事言わなかったですかぁ?あ、そもそも席を外していたってことは興味すら──ごめんなさいごめんなさいぃ」
またダンゴムシに戻ってしまう遊ヶ丘。
席を外したのは隻腕との密会があったし、巨大シアターで推理ゲームはちゃんと見てたから安心して欲しい。
「僕の弟子になったからにはその謝りグセも直してやる」
「──へ?」
「これからは君の作品に誰も文句を言わせない。想像出来ないトリックや読者を退屈させない完全犯罪を。その為の礎に僕はなろう」
長髪に隠れていた瞳が見える。とても綺麗な色だ。
うるうると。
「……はいぃ。とても面倒な女ですが、お願いしますぅ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
女性がいるから流石に爬虫類の部屋は可哀想だという理由で【猫の部屋(お利口さん組)】に移りお茶会を再開した。
……しゅんっ。
男性陣で机を囲み、遊ヶ丘は部屋の隅でひとり。
爬虫類とは違い猫は全く彼女に近づこうともしない。
構図的にはイジメかと思われるがこれが彼女にとって最善なのである。
彼女のパーソナルスペースは広い。
「あ、そういえばエリザベスさんは?」
「たしかに。我輩はまだ彼女に会っていないぞ」
「呼ぼうと思ったんだけど海兎からボディガードなしで会うのは危険って言われたから保留中」
「危ない人なんですね……私の方が危ないですね。ごめんなさい」
海兎の考えすぎだとは思うけど、僕が愚昧灰荘だと知ったらオカマバーのママである8番弟子・エリザベスが鬼の形相で殴りかかってくるそうだ。
それが本当なら怖くて会いたくない。
「君達は兄弟子達とうまくやってるか?新人イビリとかあったら報告しなさいな」
まず隻腕組の遊ヶ丘。
「……隻腕先生もメア先輩も優しくしてくれます」
海兎組の葛蓮。
「あ、海兎先生は嫌がっていますがちゃんと指導して下さってます」
1番心配なアドリエッタ組のドリトル。
「我輩もうまくやっているとも。アドリエッタは灰荘先生の話さえ振らなければ好青年……どちらかと言うとスカウトにきた別人格の彼女の方が気が合うのだがな!」
安心した。新人イビリがあったら即ホームルーム的なものを始めるところだが必要は無さそうだ。
そもそも弟子をみんな信頼している。
隻腕は説明がいらないくらいきちんとしている、それこそ規則に従って完璧に指導してくれるだろう。
海兎は口が悪いけど根は真面目、文句を言っているだろうけどうまくこなしてくれるはずだ。
アドリエッタは……ドリトルが問題ないと言っているのだから心配ない。
だけども中学2年生・四奈メア。
君は成人女性に『先輩』と呼ばせているのかい?
「あの……このケーキってどこに行ったら──ひぃっ!ごめんなさい!あまりに美味しかったので店名を聞きたかっただけなんです!そんなに見ないで下さい」
遊ヶ丘が手作りケーキを指差した。
「あ、それは思いました。私も娘に食べさせたいのでお聞きしても?」
「クハハハッ!美味いだろう、しかし残念なことにどの店へ行ってもこの味は手に入らん……だが喜べっ!我輩達は恵まれているぞ」
やめてーっ!それ以上持ち上げられたら僕はパンクする。
「……このケーキを作ったのは僕だ。食べたい時にいつでも作ってやる」
『おー!』と称賛する声が溢れた。
今度持ち帰り用のケーキも作ってあげよう。正直ここまで喜ばれるとは思っていなかった。
それから少しずつ打ち解けていき、数時間ほど推理小説についての相談やちょっとした身の上話をしながらお茶会を楽しむ。
猫の毛が沢山ついていく、今日ばかりは証拠を隠蔽するのに少しだけ手間がかかりそうだ。
腹が立ったからもふもふしてやろう。
膝に乗っかりゴロゴロと言っている。
「灰荘先生は動物の扱いを心得ている、だからこそ人心も掴んで離さないのであろうな」
「よせやい照れるぞ」
褒めすぎである。
ドリトルが嬉しそうに笑った(ペストマスクで見えないから)ような気がした。
■愚昧灰荘の弟子(現在)
【1番弟子】
赫赫隻腕/藻蘭千尋
得意ジャンル・不明
【2番弟子】
畑地海兎/(ペンネームが多過ぎるため未表示)
得意ジャンル・不明
【3番弟子】
アドリエッタ
得意ジャンル・サイコサスペンス
【4番弟子】
四奈メア
得意ジャンル・ヒューマンミステリー
【5番弟子】
辺里葛蓮
得意ジャンル・贋作ミステリー
【6番弟子】
ドリトル・チャルマーズ
得意ジャンル・脱出ゲーム
【7番弟子】
遊ヶ丘幽
得意ジャンル・自分探し中
【8番弟子】
エリザベス
得意ジャンル・BLミステリー
【9.10番弟子候補(不明)】