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●森屋穂花



 特徴的な口をへにゃっとさせて、


「ズバリ犯人は長男のウノさんっすよ!」


「なるほど、どうしてそう思う」


「次男は怪しいっすけど探偵作品においてそういった人物は犯人になることは少ないっす、面白味に欠けるっすから。そしてダイイングメッセージが長男が犯人だと言う証拠っす!」


左手で口元を隠すにぃに、絶対に笑っている。

初めての作品で見事に騙されてくれるのだから嬉しいに違いない。


美玖ちゃんってミスリードに流されやすいよね。

それに怪しいから犯人じゃないって考えはどうだろうか。


「時代は80年代後半、数字とくればポケベルっす」


無線呼び出し機・ポケットベル。

メール機能がついた通信機器、ただし受信のみで一方通行だったのだとか。


「ポケベルって最初は電話番号とかを受け取るためのものだったらしいんすけどしばらくすると暗号でやりとりするのが流行ったんすよ、よく知らんすけど。『0840』おはよう、『14106』愛してる、とかっすよね?」


美玖ちゃんが不安になったのか確認するようにみんなに視線を向ける。にぃにも青山さんも確信はしてないように頷いた。

みんな世代じゃないからネットだとか誰かの受け入り。


「つまりダイイングメッセージの『1355』もそんな語呂合わせだと言いたいわけだな」


「違うっす!誘導しようたってそうはいかないっすよ帝一さん」


「帝一、今のは性格悪いよ」


意地悪に笑ってにぃにと顔を近づける青山さん、なんだか馴れなれしいから遠ざける。

ぐぐぐっ、意外に力強い。こやつしぶとい。


「やきもち?穂花かわいい」


「違うやいっ!」


ぷんぷん。

仕方なくといった感じで離れてくれた。とりあえず席に戻る。ファミレスにいるお客さんの視線が集まっていたが正直もう気にならない。



「えーと、続けるっすよ。つまりこのダイニングメッセージは〝2タップ入力〟っす」



2タップ入力またはポケベル入力とも呼ぶ。

古い機種だがケータイ入力の場合、1(あ行)のボタンを4回押すと『え』と入力される。

ポケベル入力の場合、『14』と打つらしい。

『あかさたなはまやらわ』の列が初めの数字、行が次の数字になる。


だから【1355】はあ行の3番目とな行の5番目。


「長男の名前【ウノ】が出来上がるってわけっす!喫煙なんて嘘、息子が寝てる隙に殺害したんすよ‼︎」


「美玖、かしこい」


パチパチと拍手する青山さん。


「あはは、どっすかどっすか帝一さん!わっちの勝ちっすよね⁉︎」


「穂花もそれで良いのか?」


「『1355』の件は異議なし、まあ2タップ入力は90年代からだから時代設定には合ってないだろうけど暗号として成立してるから良しとしよう」


「なら長男が犯人で間違いないっすね!」


ガッツポーズをする美玖ちゃん、心が痛むが首を振る。

他のことを無視しすぎて真犯人を逃している。


「真下の逆三角と分数式はどうするのかな?関係ないと言うのかい」


「じ、じゃあ穂花ちゃんは誰が犯人だって言うんすかっ!」


毎回横槍を入れて美玖ちゃんの推理にちゃちゃを入れているものだからふてくされてしまった。

涙目で指を差される。


真犯人は、



「三男の【トレ】だよ、この推理漫画には『3』が隠されてる」



「なに言ってるんすか、ダイイングメッセージは長男を」


「『1355』は真犯人が長男を陥れるために残した偽のダイイングメッセージだよ。しかし被害者が最後の力を振り絞って付け加えたんだ」


「逆三角形と分数式をすか?そもそも3が作中に出てるからって犯人が三男だとは限らないじゃないっすか」


トンッと軽く机を叩く美玖ちゃん。

そんなに言うなら証拠を見せろ、の顔。


「帝一、私たちのせいでケンカが始まった。止めないと」


「大丈夫、これがこのふたりのスキンシップだ」


いやいや、昭和の不良じゃないんだから。

でも不思議と美玖ちゃんとは喧嘩しても仲違いとかはしないと思える。

仮にも歳上だからかな。


ホノはあるコマに書かれている人物を指差した。


「レオナルド・フィボナッチ、彼はイタリアの数学者。イタリア語で数字は」


「……トレが3ってことっすね」


もはやこれは推理漫画ではなく算数の問題集みたいだ。

ウノ()ドゥーレ()トレ()クワトロ()ディエチ(10)

なんともにぃにらしいというか。


「その通り、では『3』を探して行こうか」


「まずダイイングメッセージについて教えて欲しいっす」


「逆三角形、これで思いつく数式は?」


「ベクトル解析における演算子(ナブラ)だな」


話がごっちゃになるから入って来ないでにぃに。

後でみっちりダメ出ししてあげるから。明日からまた学校だけど寝かせるものか。


「なぶっ、なんすか?」


「気にしなくて良いよ。もっと簡単で大丈夫」


「形が似てるって言えば脳トレとかで見るぶどう算すかね」


その通り。

ぶどうのように分かれた丸の中には数字が書かれていて足したり引いたりして埋めていく脳トレの一種である。


「でも足すのか引くのか分からないっすね」


「フィボナッチ数は前の2つの数字を足すんだよ」


【フィボナッチ数】。

螺旋状の黄金比、花びらの数や自然エネルギーの螺旋の数における規則性などを表したもの。兎の話をすると長いので省く。

この作品にあまり関係ないし。


そもそもにぃにはレオナルド・フィボナッチからイタリアを連想して欲しかっただけに違いない。

ヒントとして置いたのだろうけど逆に深読みのミスリードになっている。


とにかくぶどう算で『1355』を足していけば良いのだ。



───────────────────


 1+3=4。3+5=8。5+5=10。

  4+8=12。8+10=18。

   12+18=30。


───────────────────



「それで分数式、分母が10だから答えは3ってことっすか」


「そう。暗号にダメ押しで割り算を使うのはどうかと思うけど」


「ゔっ、正論だな……そこは僕も納得してない」


じとっとにぃにへ視線を向けると頭を抱えて机に伏せてしまった。そんな責めるつもりじゃなかったんだけど。数学オタクのにぃにが1番気にしていたのだろう。


でも偽のダイイングメッセージに付け足すことによって真犯人を指し示すというのは初心者なのにあっぱれな発想。


他の3が隠れている場所。

【右の耳たぶに血の跡】とあることから息を引き取る間近に被害者は耳たぶに触れていたと推測。

そして孫のクワトロにすうじを歌などで教えていた、とある。


『すうじのうた』、1957年に作られた童謡。

歌詞は1から10をなにかに例えながら歌われる。



───────────────────


 1・工場の煙突。

 2・池のガチョウ。

 3・『赤ちゃんの耳』。

 4・カカシの弓矢。

 と続き10・煙突と月。


───────────────────



耳たぶはもうひとつのダイイングメッセージとして考えても良いだろう。


あとはにぃにの遊び心。

孫が持っている電卓だがMGー880となると80年代に流行ったゲーム。数字を入力して敵を打ち倒すという単純なものだ。左が自分、右が敵。

7:73とあるように攻撃すると3だけが残る。



つまり真相はこうだ。

孫の面倒を見ていた被害者が工場に来る。

しかし工場長である長男は喫煙のために外へ出ていた、被害者は工場長室で待つことにするが孫はそのまま寝てしまう。


しばらくしてやってきたのは長男ではなく工場従業員・三男。そして口論の末か元々殺意があったのか背中を包丁で刺されてしまう。

車椅子から落ち、気を失う被害者。


長男に罪を着せるためにダイイングメッセージを偽装する三男。アリバイの為にお菓子を買いに行く。


奇跡的に意識を取り戻した被害者は最後の力を振り絞って真犯人を指し示すダイイングメッセージを完成させ、息を引き取った。


バンドマン次男が長男にお金をせびるために事件現場にやってくる。遺体第一発見者。

すぐ警察に連絡したが怖くなり逃亡。


「というところかねワトスン君」


残念、と言いたげに肩をすくめるにぃに。


「その通り……僕たちの負けだ」


「穂花と美玖チーム大勝利」


「またわっちはかませ犬ポジっすか!」


「でも素人の考えまで推理出来るとか流石だな名探偵」


そりゃ家族ですもの。

作品に虫食いがあったとしても『にぃにはこうしたかったんだろうな』と考えれば容易いさ。へへん。


こうしてベストセラー作家・愚昧灰荘には絶対に作れないにぃにらしい推理漫画の幕が閉じる。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 トントンっ。

推理ゲームで使った漫画原稿を整えて封筒に入れる。

記念として持ち帰りたいのだとか。


「おかげでキャラクターのイメージが掴めたよ。目指せ連載。絶対に良いものにするから楽しみにしておいて」


「うんっ!待ってる」


推理漫画家・青山シュガー。

才能を目の当たりにして確信した、彼女は必ず有名になる。むしろ今まで日の目を浴びていないことの方がおかしいくらい。


帰ろうとした青山さんだったが思い出したかのようににぃにの肩をぽんっと叩いた。



「帝一、今日は楽しかったありがと。なんだかアンタたちに出会って私の人生がもっと刺激的なものになる予感がしたよ」



ちゅ。


「「──っ⁉︎」」


ホノと美玖ちゃんは口をあんぐり開けて思考停止。

青山さんがにぃにのほっぺにちゅーをした。キス、接吻。あわわ。


にぃにも困惑している。


「……ああ、僕も楽しかった。またな」


「またね、連絡して。帝一ならいつでもウェルカム」


ケータイを片手に持ち手を振る。

そうして背中が見えなくなるまで3人は動きを止めていた。にぃになんて息まで止めてる。


そうして一時停止から再生。


「い、今のなんすか。帝一さんって歳上キラーだったんすか⁉︎この短時間で口説いたんすか?流石っすね!」


「にぃに、説明を要求するっ‼連絡ってアドレス交換したのかね?」


ダンッと机を叩いてにぃにを問い詰めるホノ達。

苦笑いのにぃに、キャバクラに行ったことがバレた時のパパと同じ顔をしている。


取り調べじゃ!

ファミレスのメニュー表を見てみるものの残念なことにカツ丼は無い。


「アドレス交換はしたが特に意味はないと思うぞ……キスだって多分挨拶だ」


目が泳いでいる。すいすい。


「にぃにのアドレス帳が家族以外の初めてが女の人なんて!おたんこなすっ!」


以前確認した時、【鳩山先生】という方が家族以外だと初めてのアドレスだったと記憶しているが例外とする。歳の近い異性というのが問題なのだ。




しばらく騒いでいたらファミレスの店員さんに追い出された。深く反省。


そして少し暴れたから疲れてしまった、『青山シュガーキス事件』は後回しにしよう。これは家族会議案件である。


にぃにと一緒に具材がいっぱいに入ったエコバッグを左右に分けて持って歩く。


「安売りだったからってこんなに買ってどうするんすか?」


「にぃにのことだから全部お鍋にしちゃうよね」


「お、よく分かったな。美味しい鍋を振る舞ってやろう。美玖も食べてくか?」


「良いんすか⁉︎食べるっす。食べまくるっす!」


ぴょんぴょん跳ねて大喜びする美玖ちゃんを連れてホノ達はお家へ帰る。


夜ご飯、ママもパパも仕事で深夜帰りになるそうなので3人で談笑しながらお鍋を平らげた。

美味しゅうございました。



挿絵(By みてみん)




青山(あおやま)シュガー〔♀〕

 ずば抜けた才能を持っているヴィジュアル系

 誕生日/12月21日=射手座=

 血液型/O型 髪/外ハネ青髪

 身長/165cm 体重/49kg

 性格/ロック

 学年/大学2年生

 好き/漫画.音楽.ダークな雰囲気の物

 嫌い/煮てるにんじん(甘いやつ)


 得意ジャンル:探偵漫画

【連載予定】『女探偵華穂の迷宮事件簿(仮)』

 80年代半ば、華穂は新聞社の上で小さな探偵事務所を営んでいた。

 彼女はいわば安楽椅子探偵。

 事件の情報、被害者・容疑者の過去を聞くだけで解決してしまう。

 ……そもそも彼女は事件現場には入れない。

 血を見てしまうと失神する特異体質者だから。トマトジュースですら危うい。

 よって事件の内容は警察官をしている兄・王馬と下の階に住んでいる新聞記者・真紀が語る。

 彼女にかかれば難事件も即座に解決!

 編集者一同どよめいた期待の新コンビ近日連載スタート‼


 作画・青山シュガー 原作・匿名希望

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― 新着の感想 ―
[一言] 原作者は…匿名希望…一体何灰荘なんだ…? 今回の推理を読みながらなんだかウミガメのスープの解説を聞いてる気分になりました(笑)
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