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●森屋穂花
氷を速攻で届けた後、美玖ちゃんとショッピングモール内を回っていた。服やネックレスとか見たけど欲しいものが無かったからアイスクリームのお店で時間を潰す。
にぃにを肉食ぽいヴィジュアル系女子大生とふたりっきりにするのは心配だが、仕方なし。
骨抜きにされそうになったらすぐに電話をかけなさいと伝えてある。
「いやぁ、冷静になってみると推理ゲームの用意なんてすぐには無理っすよねぇ。わっちなら1週間は欲しいっすわ」
「言い出しっぺは美玖ちゃんだからね。暗くなっても出来てなかったら帰るよ」
「えー、それはずるいっすよ……でも短時間で出来ちゃったらそれこそ愚昧灰──んっ」
それ以上、口を開かせてなるものか。
ホノは美玖ちゃんの口の中にひと口分のアイスを放り込む。
パチパチッと音が鳴った。
「美味しいすけど痛いっす、何味すか?」
「ポップロックサンダー味だって」
「必殺技みたいなアイスっすね」
レモンとバニラのミックスアイスのなかにパチパチっと跳ねるポップロックキャンディが入っていた。
ちょっと子供っぽいけどホノのお気に入りの味。
美玖ちゃんのアイスはオーソドックス、ストロベリー味である。
「どうぞっす、あーん」
ホノが物欲しそうな目をしていたのかもしれない、ひと口分を乗せたスプーンをこちらに向けてくれた。
パクリっ。
冷たい舌触りとストロベリーの甘さ、美味しい。
じわぁと染みてほっこりとする幸せな味。
「うん、おいしいっ!」
「あれっすね、美少女に餌付けするのって男の子じゃなくてもドキドキするもんなんすね」
美玖ちゃんは固まっている、その反応を見て少しだけ恥ずかしくなってしまった。
しかし『餌付け』という表現はやめてほしい。
「それよりにぃにを疑ってるときの美玖ちゃん、感じ悪いよ。容疑者は他にいたんでしょ?」
「だとしても帝一さんが容疑者から外れたわけじゃ無いっすから、それに1番怪しいのは変わりないっす」
「ほほう、阿達ムクロ。霧崎十九。恋鳥定。ジョアンナ・マリー。鉄戸晩日。この5人からは話は聞けたのかな?」
「……まだっす。全員わっちみたいな一般人に会ってくれるような暇人じゃないっすから。アーティ高等学校の公認休日で仕事してる実力者達っすよ」
にぃにも生徒会長として悩んでいた、仕事が忙しくてたまにしか学校に来ない人ばかりなのだとか。
「そんな不甲斐ない状態でにぃにが1番怪しいと?そう言ってるのかねジャーナリスト君」
単にそれは現状にぃにしか怪しめない現状の腹いせではなかろうか。ストレス発散してんだ、サンドバッグにして楽しんでいるんだ。
可哀想なにぃに。
「くぐっ、そこを攻められると弱いっす。たしかに帝一さんは唯一会える容疑者っすね」
会えるアイドル、みたいなニュアンスで言わないでくれたまえ。
以前にも言ったようにホノという名探偵が近くにいるというのにどうしたら執筆が出来るのだ。小さい頃から利き手を誤魔化し、テストでわざと赤点ギリギリな点数を取り、平然な顔をして嘘をついている?
おバカなことを言わんでくれよ、にぃにがホノに隠し事なんて。
ブブブッ、とスマホが鳴る。
にぃにからの着信、あれからまだ1時間と30分。
おそらく【今日中には出来ないから諦めてくれ】という内容のメールだろう。
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準備出来た、ファミレスに。
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「ほえ?」
「おっと、こりゃ可能性あるっすよ!愚昧灰荘じゃなくちゃ考えられない早技じゃないっすか‼︎いたたっ」
勝ち誇って胸を張る美玖ちゃんのほっぺをつねる。
もうこうなったらにぃにの作品を見せつけてジャーナリスト君にも納得してもらわねばな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ファミレスにて再集合。
机の上には封筒が置かれていた。
推理ゲーム。
ホノと美玖ちゃん対にぃにと青山シュガー。
「あっれー、推理小説を書いたことないのに早くないっすかあ?雑に作って無罪アピールするつもりっすか?セコいっすねー」
「悪役みたいなセリフだな」
なんかビンタを入れたくなるような顔でにぃにを挑発し始める美玖ちゃん。
話が進まないから腕を引っ張って座らせた。
しかし美玖ちゃんの疑問もごもっともである。
「……早かったね、にぃに」
「ああ。青山さんが漫画を描く速度が尋常じゃなくてな。内容は僕が考えたんだけど、うまく作れたか分からん。まあ青山さんと相談したから読めるものにはなってると思う」
「え?あ。そうそう、帝一が下手すぎて見てられなくてさ。口出しちゃった」
椅子にだらんと腰掛けているにぃに。
体力を消費したのか少し眠そうだ。
「開けてもいい?」
机の上の封筒を持つ。
にぃにと青山さんが頷いたから封を開ける、入っていたのは15枚の推理漫画。
思わず目を見開いてしまう、なんだこれは。
綺麗な線、精密に描かれた背景、動くキャラクター、鉛筆で下書きだとしてもすごいのに、まさかのペン書き。ベタ作業も終えている。
「にぃに、青山さんはこの短時間でこれを描いたの?準備してたとかじゃなくて?」
「驚きだろ」
青山さんに視線を向ける、が本人はキョトンと首を傾げた。自分の才能が分かっていないのかな。
これじゃ「話作りは下手っぴ」って言っていたのも信じられない。
「どうっすか」と覗き込んできた美玖ちゃんもあまりの才能に固まってしまった。
気にするな。
例え愚昧灰荘に匹敵するような天才漫画家が目の前にいたとしても今は読者と作者、敵を褒めている場合でもない。
にぃには例外だ、囚われの姫とでも思ってくれたまえ。
「と、ともあれ調査を始めよう」
「了解っす!」
漫画の原稿用紙に目を落とす。
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殺害されたのは有名会社の元工場長。
【ディエチ】
〔被害者〕68歳、男性、脚に病気が見つかり隠居の身、車椅子生活。
〔殺害現場〕工場長室。
〔遺体状況〕背中を包丁で刺されている(死因)、車椅子は倒されうつ伏せ、右の耳たぶに血の跡(死の間際に触れたと思われるが理由は不明)、死亡時刻曖昧。
〔現場にいた理由〕孫の面倒を見ている際に「パパに会いたい」とお願いされたから。
〔謎のダイイングメッセージ〕右手で書いたと思われる血文字が床に残っていた。『1355』とその真下に逆三角形、そして(分数式の分母のような)横線と10。
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被害者の息子達が容疑者。
【ウノ】
39歳、長男、妻子持ち、父親の工場を継いだ。
〔アリバイ〕タバコを吸うために外に出ていた。
〔動機?〕工場の運営について被害者とよく口喧嘩していた。
【ドゥーエ】
38歳、次男、ロックミュージシャンになると家を出て言ったものの借金生活。バンド名「アグリー・グース」。
〔現場にいた理由〕長男にお金を借りにきた。
〔容疑〕遺体の第一発見者、ただし警察に電話してすぐに逃げたとのこと。
〔動機?〕実家に帰るたびに父親には罵声を浴びせられていた。
【トレ】
36歳、三男、工場の従業員。
〔アリバイ〕父親と甥っ子が来たことに気付いたからお菓子を買いに出た。
〔動機?〕工場運営に一切関わらせてもらえていない、ただの従業員として働いているのが不満。
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【クワトロ】
5歳、長男の息子、アメコミ風なカカシが描かれている服を着ている、被害者であるおじいちゃんから勉強を(ひらがなやすうじを歌や遊び感覚で)教えてもらっていた。
〔事件時刻?〕父親であるウノがいなかったから工場のソファーで寝ていた。
〔所持品〕電卓(品番か「MGー880」と書いてある)画面には【7:73】。
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死亡時刻が曖昧って時点でアリバイは誰も成立しない。それでも怪しいのは次男。
セリフで読み取れる証拠はこのくらい、他にはイラストから拾っていこう。
絵が上手いおかげで細かいところまではっきりと探せる。
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〔カレンダー〕
1988年。
〔工場長室の机の上〕
仕事の資料、ポケベル。
〔壁に飾られている絵画〕
白黒で海外の男性(名前が書かれていて、レオナルド・フィボナッチ)。
〔被害者のポッケの中〕
折り畳まれている『脳トレの本』。
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「……もしかして数学の難しい知識がなくちゃ分からない作品すか?だとしたらわっちにはお手上げなんすけど」
美玖ちゃんが諦めムードを出して笑った。
にぃになら『オイラーの公式』や『フィボナッチ数』を使って解き明かす推理漫画を作れそうなものだが。
そんなのは愚昧灰荘と同じだ、読者を置いていく暴君。
だけどにぃには違う。
誰もが楽しめるように初心者ながら工夫している。
青山さんの言っていた『80年代頃』にもちゃんと合わせて……ポケベルは若い人が知らないでしょ。
「解けた」
「「はやっ」」
美玖ちゃんと青山さんの声が揃う。
「作者の気持ちになれば作品の最後はおのずと解る」
ビシィッとにぃにに指を差す。ついでに青山さんにも。チョキっ。
優しい笑顔が返ってきた。
「やっぱり穂花はすごいな、お兄ちゃん勝てる気がしないんだが」
「産まれた時から側にいるんだもん。全てお見通しさ、ワトスン君」
どんな推理小説家よりも知っている。考えは手に取るように分かるさ。
初犯にしては上出来だけど、まだまだだね。
これは難しく考えちゃいけない、専門的知識なんていらない【脳トレ】と一緒だ。
そしてヒントは繰り返し現れてくる。
「あ!わっちにも解けたっす‼︎」
バッと隣で座っていた美玖ちゃんが立ち上がった。
美術館とライブハウスでも同じような顔をしていたような、
「デジャブ」
「こ、今回は当ててみせるっすよ!」