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●森屋帝一



 ジャーナリストめ。

出会った時に比べて容疑は薄れたと思っていたが、そうでもないらしい。

彼女にとって僕はいまだに愚昧灰荘である容疑者のひとりか。


推理ゲームをするために2組に分かれて準備をする。と言っても推理漫画家サイドの僕と青山シュガーがファミレスに残って事件作り。女子高生達にはお店周りで時間を潰してもらう。

僕が事件のあらすじ、物語を考え。青山が事件現場や証拠品、登場人物を描く。


要は原作者と作画師。

僕は愚昧灰荘とバレないように森屋帝一という数学オタクのお兄ちゃんとして作品を考えなくちゃならないわけだ。


心配なことを挙げるとしたら、足元に置いてあるエコバッグ。

安売りで手に入れた戦利品だ。

野菜ならまだしも肉や魚が悪くならないか怖い。けれどさっき穂花に氷を買ってくるよう頼んでおいたから大丈夫だ。そう願う。


「帝一はなんで隠してるの?」


イラストと描きながら質問してくる青山。

初めは敬語だったが『タメ口で良いよ、尊敬されるようなことしてないし』と言われてしまったからやめた。どうやら相手に気を遣わせるのが嫌いらしい。


隠してる。

推理作家であることをどうして周りに隠しているのか?ということ。

流石に僕が灰荘だとは気付いてないはずだ。

誤魔化すのも不自然だから納得してもらえる理由を偽造しよう。


「母が有名な小説批評家でな。書いてるって知られたら家に居場所が無くなる」


「そんなことって……森屋……ふーん、あの批評家の息子なら大変かもね。でも逆にそれを公表したらすぐに売れそう」


有名な美人批評家の息子が推理小説家になった。

確かに話題性がある。すぐにデビュー出来る逸材なのは間違いない。


ただし僕はそんなものに興味は無かった。

自分だけの力で推理小説界の頂上に上がって森屋穂花という探偵を打ち倒すのが夢だから。


「青山さんは」


「シュガーでいい」


下の名前で呼び捨て、弟子候補ならまだしも首を振る。


「お兄ちゃんってのは妹の手本にならないと。だから『青山さん』で」


「いずれ呼ばす」


むすっとしてそんなことを言った。

いずれって、長い付き合いになるような表現。ここはスルーしておこう。


まあ、心の中では呼び捨てなんですがね。


「シリウスさんっていうラノベ作家と青山さんってどんな」


「恋仲だったのか?ははっ、まさか気持ち悪い。あんな俺様バカを好きになるわけない。ただ中学時代からの腐れ縁」


アニメでよく見る『か、勘違いしないでよねっ!』ではなさそうだ。

本気で遠慮したいという表情。


ラノベ推理小説家シリウス。

累計200万部『異世界で俺は魔法探偵を始めたんだが依頼が来る前に解決してしまう件について』の作者。

母さんに誘拐されて小説強化合宿をしていた【クワノの宿】で取り巻きを従えた彼と会ったことがある。4番弟子・四奈メアと推理ゲームをして楽しく遊んだ。面白い方でした。


彼を知ってるからこそ気になってしまうことがある。


シリウスの『主人公最強ハーレム系』物語と青山シュガーの暗さも感じるゴシックなイラストはとてもじゃないけど相性が良いとは思えない。

互いに個性を潰してしまう。


それに穂花との会話の中で青山がファンタジー要素の推理小説を嫌っているようにも思える発言があった。


だからこその裏切りかもしれない。

シリウスは漫画の原作者を諦めて、ライトノベル作家の道へ行った。

組んでいた青山に相談もなく決めたのは褒められたものではないが仕方がなかったのだとも思う。

俺様な彼がそこまで考えていたかは分からないが。


「他の原作者は探してないのか?」


「ずっと探してる、私じゃ中身のある物語は作れないからね。だけど大抵は話作りが上手い人って小説家として成功してるから難しいよ」


認めた人以外は組みたくない、ということかな。

確かにシリウスも推理小説としては議論の余地ありだけどファンタジーとして見たら一級品である。


「帝一、原作者になる?」


「話作りが上手い人は成功してるんだろ。なら僕は青山さんの期待に応えられないさ」


「高校生で成功してる人なんて限られてる。例えば赫赫隻腕とかの天才だけ」


机に置かれている本を指差す青山。

女子高生推理小説家・赫赫隻腕の新刊『裏切りの代償』。

推理ゲームのヒントになればいいと穂花が気を利かせて置いていってくれた物だ。


「だからさ、私と推理漫画を描かない?」


「出会った人みんなに言ってるんだろ」


「ううん、帝一にだけ」


ロック系の女子大生に口説かれている。

愚昧灰荘は忙しいんだ、と即座に断ってやろうとしたんだが僕の手の上に青山の手が添えられた。

青山の方に視線を向けると小さく微笑みかけられる。


あ、これ堕ちる。

男なら耐えられんわ。


「やだん」


「ちっ、色気が足りなかった」


舌打ちされた。

だが悪いな、僕は妹の名探偵を困らせることに全力なのだ。優しい兄、ハドソンの飼い主、生徒会長、愚昧灰荘、推理小説家達の師匠、これ以上役職を増やしてたまるか。


冗談抜きで過労死してしまう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 森屋帝一が妹に仕掛ける推理ゲーム。


推理小説には興味は無く、得意科目といえば数学。

無知だからといって変なものを作ったりしたら『いままで推理ゲームでなにを見てきたんすか?』と言われてしまいそうだ。『穂花が危険に遭わないように付き添ってただけだ』と返せば良いだけだが愚昧灰荘としてお兄ちゃんとして恥ずかしい推理漫画は作りたくない。


興味の無い帝一だろうと読書家の穂花と批評家の母さんと会話をしていれば嫌でも推理小説の知識は付いてくる、参加した推理ゲームは【四奈メア】【ドリトル・チャルマーズ】【遊ヶ丘幽】【エリザベス】。

これまでの経験で違和感を持たせないように。


穂花が言っていたが愚昧灰荘の文章は『威圧的、知恵のひけらかしが多い』とのことだ。

帝一として書けばそんな文章にはならないとは思う、しかし気を抜けば穂花に見透かされてしまう。


「……て、帝一?」


隣に座っていた青山がガタッと立ち上がったから視線を向けるとぎょっと瞳を開いてこちらを見ていた。


この反応はよく知っている。

弟子達もこんな顔をするんだ、決まって僕が推理小説を描きながら穂花をどうやって困らせてやろうかって考えている時。


2番弟子の海兎曰く『悪魔が人間の不幸を見て嗤ってる顔』だそうだ。失礼すぎて泣けてくる。


「ごめん、ぼーっとしてた」


「そんな顔じゃなかったけど……深入りはやめた方が良さそう」


深呼吸をしてから青山は再び僕の隣に座った。

それと同時に作業を終えて鉛筆を置く。


人生で初めてラフ漫画(ネーム)というものを描いた。

コマ割りとか下手すぎるけど許してほしい。


「ふう、出来た」


ネームを青山に渡す。

真剣な眼差しで品定めが始まった、空気を読んでゴクリっと唾を飲む。


「なんか、新人賞受賞しそうな出来」


「ありがと」


「でも帝一なら連載持てる話が書けると思う、出版社の看板になりうるような名作。手を抜いた?」


「これが森屋帝一の限界だ。我慢してくれ」


「変な言い方だね。でもミステリアスな男は嫌いじゃない。分かった、今回はガマンする」


そう言って青山はバックから漫画用の原稿用紙を取りだし、インク、Gペン、ホワイトが続く。


「時間を考えてトーンシートは使えない」


「いやペン書きでもかなり時間かかるだろ」


15ページ、漫画にしたら少ない方だけどペン書きとなると数日はかかるはずだ。



「大丈夫、下書き無しで描くからすぐに終わるよ。それに帝一との処女作(はじめて)を大切にしたいんだ」


「いかがわしい言い方やめてくれ」


「高校生ってこういうの好きでしょ?」



いたずらっ子のように笑った後、青山はポッケからイヤホンを取り出して耳に装着。イヤホンの線の先にはミュージックプレイヤー。


トントンっ左手でリズムを刻んで、右手で漫画を書き始めた。


──僕としたことが口をポカンと開けて驚いてしまう。


定規無しで直線が引かれコマが出来て、下書き無しでキャラクターや背景が描かれていく。

ミュージックプレイヤーから流れている1曲が終わると同時に1ページ目が完成した。


早さと比例しないくらいの完成度。

キャラクターが動いている。


おいおい、なんだよこれは。


こんな天才超人が相棒だったらシリウスが逃げ出すのも分かる。

そもそもこの才能と見合う原作者を見つける方が難しいだろ。




1時間。そんな短時間で推理漫画が出来上がる。


「完成。どう帝一、原作者の件を考え直す気になった?」


「……ああ。なったかも」


彼女の才能に動揺して後先考えずに本音が出てしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやーそう来ましたか、ハンザイシャとしてでは無くて1人の兄としての出題をしないといけないということ、これはやられた。 自然と追い詰めるジャーナリストちゃん、やはり天性の才がありますね。
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