ジャーナリストの意地にかけて 1/3
●森屋穂花
四奈メアとの推理ゲームの翌々日の月曜日。
ホムズ高等女学園の校門を抜け下駄箱のある玄関前の廊下。
『ホムズ女学園新聞』と書かれた用紙がボードに貼られていた。
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『この学園に男子生徒が紛れている⁉︎』
『愛梨生徒会長の最新百合情報……‼︎』
『更衣室に監視カメラ⁉︎犯人は⁉︎』
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なんてスキャンダラスな内容。
最初のは少し興味があるかもしれない。
けれど今のホノにとっては些細なこと。
愚昧灰荘とかいう暴君推理小説家を打ち倒すという使命がある。
そして助っ人はにぃに、それだけで百人力なのだよ。
まさに鬼に金棒さ。
「あれ!穂花ちゃんじゃないっすか⁉まさか噂の天才新入生がわっちの新聞を読んでくれるなんてめちゃんこ嬉しいっすわあ」
えらいチャラい声が聞こえて振り向く。
茶髪のミディアムヘア、首には一眼レフのカメラをかけている女生徒。
口がへにゃっと笑っている。
頭が悪そうな喋り方だがここはホムズ女学園。
偏差値だけはかなり高い。
「あの?」
「興奮しちゃってつい話しかけちゃったっす!わっちは2年の浅倉美玖。新聞部部長やってるんす!親しみを込めて美玖ちゃんって呼んでくれたらちょー喜ぶっすよ!」
びしぃっと敬礼をする美玖ちゃん、まさかの先輩。
ホノもにぃにと同じでグイグイ来る人は苦手だから少し困る。
そもそも友達なんて作れた覚えがないので人との付き合いかたがよくわからない。
探偵モードなら集中していて気にしないけど学生モードだとぽんこつなのである。
「えっと……私になにか用ですか?」
「用って言うほどでもないんすけど、そうっすね。お願いがあるんっすよ」
お願いを用とは言わないのだろうか。
チャラチャラしてた美玖ちゃん先輩は急にしおらしくなって、
「穂花ちゃんって兄弟とかいたりするっすか?」
「にぃ……兄がいます」
「やっぱり!名前はなんて言うんすか?」
「テイイチ、です」
久々ににぃにの名前を言った気がする。
「森屋帝一さんっすか。やっぱりわっちの勘は当たるっす!」
ホノは肩をつかまれてぐりゅんぐりゅんと揺らされる。
興奮しないで。目が回る。
「……兄の名前がなにか?」
「なにってあの帝一生徒会長っすよ?入学してすぐに荒れたアーティ高等学校の不良達をまとめ上げた伝説の人じゃないっすか!」
え、にぃにってそんなに有名なの。
しかしそれって噂が大袈裟になっているだけだと思う。
まるでカリスマ性を発揮して学校の不良達を改心させたみたいになっているようだけど、入学してからしばらくはにぃにのメンタルは崩壊寸前だった。
『学校やだんっ!不良怖い!』とベッドに丸まって部屋から出てこなかった事件があったぐらいだ。心を痛めながら飛び蹴りしたのを憶えている。
「そこで穂花ちゃんにお願いがあるっすよ。帝一さんにインタビューさせて欲しいんっす。タイトルはもう決まっているんすよ。『伝説の生徒会長の素顔に迫る‼︎』」
「……素顔って」
にぃにの生活を記事にしても面白くなるとも思えない。
数学が得意な優しい兄ってだけである。
「帝一さんの魅力をこのホムズ女学園のみんなにも知ってもらうんすよ!穂花ちゃんのお兄さんはこんなに素晴らしい男性なんだぞとっ!」
「わかりました。お願いします」
にぃにが褒められるのはなかなか無いから快く了承してしまった。
●森屋帝一
「で?今に至るってか」
一連の話を聞いたが腑に落ちない。
本人の了承無くして話が進むとはこれいかに。
お兄ちゃん異議あり。
僕の部屋に突然上がり込んできたチャラチャラした茶髪の女子高生。
あの博識あるホムズ女学園にこんな不良娘がいて良いのか。
『友達できたっ!』と言ってもらえばにこやかに招いたものだが、新聞部のインタビューって。
こら、あんまり人の部屋をジロジロ見るな。
ベッドの下にはなにもないぞ。
「どもっ、浅倉美玖っす!ホムズ女学園の新聞部部長やってるっす!」
ちゃんと『です』を言いなさい。
同い歳らしいから口にはしないけれど。
美玖は録音アプリを起動して僕との間にスマホを置く。
許可した憶えはないのに学園新聞のインタビューが始まった。
「はじめまして、森屋帝一です。アーティ高等学校の生徒会長をしています」
「別に敬語とかいっすよ!どうせわっちが文章にするっすから」
それはあれか、なにか言っても脚色しますんでって意思表示か。
やだ、ジャーナリスト怖いよ。
「ずばりっ!彼女はいるっすか?……愚問っすよねー。かなりのイケメンっすもん!いなかったらBL展開を妄想しちゃうっすよ」
「兄はいつだって独り身です」
おい妹よ。
人見知りモードで傷つく事を言わないでおくれよ。
しかし美玖は不思議そうな顔をして。
「そうなんっすか?……いやー噂って当てに出来ないっすね」
「噂?」
「だから兄はいつだって独り身です。老後も妹の面倒を見るんです」
やだなー、怖いなー。
君は暇そうなんだからお客様にお茶くらい出してやりなさい。
「実はっすね。帝一さん、女性の噂が絶えないっすよ。アーティ高等学校の女生徒全員と付き合っているとか、他校でも女を侍らせているとかっす」
「情欲の化け物か、僕は」
どれだけ手足をつけたらそんな根も葉もない噂がひとり歩きするんだ。
美玖はいままで以上にへにゃっと笑って。
「一番有力な噂ってのも、うちの女学園にいる藻蘭千尋先輩と付き合ってるって言うんっすから!笑っちゃうっすよね。あのお堅い風紀委員長が不純異性交友っすよ?あははっ」
「にぃに?」
えっ、まじ。みたいな顔で見てくる穂花。
勢いよく首を振る。ぶるんぶるん。
新聞とご近所さんの噂はデマばっかりだと幼い時から両親に言い聞かされているでしょうに。
人はいつの時代も一番面白そうな嘘を信じ、布教するものだ。
「ああ、これも聞きたかったんっす。もっと笑える噂があるんっすよ!あはははっ、聞いてもいいっすか?」
「もう構わないから言ってくれ、どうせデマだろ」
へにゃっとした口からキッと真面目顔になって、僕の胸に彼女の人差し指を添えられた。
「ベストセラー推理小説家の愚昧灰荘の正体は森屋帝一」
嗚呼、この女。
そう言う腹積りだったか。
どうやら食えない新聞記者のようだ。
不意に笑いそうになるが堪える。
「「はぁ?」」
兄妹で声に合わせてビックリ顔。
穂花が見てきたからタコの口をして困った顔を作る。
大抵これで乗り切ってきた。
へにゃっとした笑いに戻る美玖。
「実はっすね?藻蘭先輩との噂もここから派生してるんっすよ。彼女って赫赫隻腕ってペンネームで推理小説を書いててテレビにもでてるっすよね?」
「穂花、そうなのか?」
「……言われてみれば、似てる?かも」
藻蘭千尋先輩は学業の時にメガネをしていているのだが、隻腕として仕事をする時はコンタクトだそうだ。それだけの違いでかなり印象が違う。
なんていうかすっごく色っぽいのだ。
「それでその赫赫隻腕が愚昧灰荘の弟子らしいんっすよね!……どうなんっすか、この噂は?」
「僕がベストセラー作家だったら今頃ハワイで家を建ててるな」
「そっすよねー。灰荘みたいな新作を出せばベストセラーなんて化物作家が高校生なわけないっすよねー。渋いオジサマに違いないっすよ」
それから美玖は学校のカバンから4枚ほどの紙。いや写真を取り出し渡された。
「これは?」
「デマってことはわかったんすけど帝一さんが灰荘じゃないってちゃんと証明したいんっす。わっち、根っからジャーナリストなんすよね」
4枚の写真。
全て一昨日のものか。
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【1枚目】
四奈メアとの推理ゲームを終え、夜ご飯の買い出しでスーパーマーケットに入っていく僕と穂花。
【2枚目】
スーパーマーケットから買い物袋を持って出てくる僕と穂花。
【3枚目】
同じスーパーマーケットに入っていく私服の藻蘭千尋。
【4枚目】
スーパーマーケットから出てくる藻蘭千尋。
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確認した後に穂花にも写真を渡して確認させる。
「この写真がどうした?」
「恥ずかしながら一昨日の帝一さんたちの行動を尾行させてもらったす」
「穂花、警察に電話!」
「うん。わかったっ!」
バッと学生服のポケットからスマホを取り出す穂花。
美玖はそれを全力で阻止する。
負けるな妹よ、そいつはお兄ちゃんを 貶めようとする怖い人だ。
「待ってくださいっす!話を聞けば納得してくれると思うっす」
「ええいっ、申し開きできるってか」
「出来るっすよ!帝一さんが灰荘本人っていう証拠なんすから。それはもう真っ黒っす」
では聞こうじゃないか。
左手を上げると穂花は「いえっさー!」とスマホをポケットに戻した。
「いいっすか。これは森屋兄妹がハー・マジェスティーズ楽器店を出て、そこから歩いてこのマーケットに入り出てくるまで30分。そこから10分後藻蘭先輩がマーケットに入り5分、何も買わずマーケットを出て、藻蘭先輩は楽器店に向かったっす」
「それでなにが証明出来るんだ。そもそも楽器店となんの関係がある?」
「まるで追い詰められた犯人って感じのセリフっすね。藻蘭先輩の行動が明らかにおかしいっすよ。それにわっちはジャーナリスト。大体の噂は簡単に手に入るっす。女学園で起こる事ならなおさらっすね。穂花ちゃんと愚昧灰荘の勝負の事も」
「と検察官は言っているが、穂花裁判長。被告人の僕はスーパーマーケットでなにか悪さが出来たと思うか?」
「静粛にっ!美玖ちゃん先輩、君の推理はひとつ見落としている事がある」
机をトントンっと叩き、生えていないヒゲをなぞる穂花。
最近成長してきた胸を張って。
「なんすか?」
「にぃにのすぐ近くにはいつもこの名探偵の目が光っていると言うことだよ!全てを見通すふたつのくりくりお目々がね!」
穂花の言葉を受けてもへにゃっとした笑いは崩れない。
どんだけ自信があるんだよこの女は。
「穂花ちゃん。『灯台下暗し』って言葉もあるくらいっす。しっかり疑惑の目で帝一さんを見てくださいっす」
「まだ言うかっ!にぃには白だよ!真っ白けっけだよ‼︎」
おい、一応先輩だから敬語は使ってやりなさいな。
「何度だって言うっすよ。ジャーナリストって生き物は探偵と同じ穴の狢なんす。嘘があれば泣いている子供の秘密だって暴きたくなる生き物っす。そんで、わっちの勘が『森屋帝一が怪しい』って言ってるんすよ」
鋭い視線で僕を眺める。
とりあえず怯えておこう。
それにしても穂花以外にもホムズ女学園に骨のある読者がいるじゃないか。
……隻腕め。隠していやがったな。
暴かれたら推理ゲームが始まって早々に幕を下ろす事になるが、面白い。
探偵対ジャーナリスト。
手に汗握る展開じゃないか。
さて、腕の見せ所だぞ名探偵。
真っ黒けっけの兄の疑惑を晴らしておくれよ。
浅倉美玖〔♀〕
へにゃっと笑う下っ端口調のジャーナリスト
誕生日/11月26日=射手座=
血液型/B型 髪/茶髪ミディアム
身長/164cm 体重/47kg
性格/疑り深い
学年/ホムズ女学園2年B組(新聞部部長)
好き/カメラ.スクープのネタ
嫌い/暴いても意味がない嘘