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●森屋穂花
彼女は青山シュガー(本名ではなくペンネーム)。
外ハネの青髪で推理小説家スティーグ・ラーソンが執筆した『ミレニアム』シリーズの主人公リズベット・サランデルのようなヴィジュアル系の服。目の下にクマ、顔色もすこし具合が悪そう。
職業は漫画家、ただし単行本はまだ出してなくアシスタントをして生活しているそうだ。
初めは愚昧灰荘の弟子が推理ゲームを仕掛けにきたと思ったけども、どうやら違う。
漫画キャラクターのモデルを街中で探すのが趣味なのだとか。
それで構想中の作品に出てくる女探偵がホノにピッタリなんだって。もちろん悪い気はしないね。
「私が思うに探偵ってのは80年代が似合う。科学の介入は出来るだけ少なく、知恵だけが頼り」
「うん、それは同意だよ」
「でも最近の推理物はよくわからない。魔法だとかファンタジーに手を出して探偵の本質が薄れてきた。信じていたルールでさえ時代遅れだとねじ伏せられてしまった気分」
言いたいことは分かるけど、別物として読んだ方が賢明だよ。
ホノが思うにファンタジーが含まれる物は探偵小説じゃなくてSFの類だ。
トリックがなんでもありの世界なんて探偵がいる必要なんて無い。
「あくまで個人の感想です」
「急にどうしたんすか?帝一さん」
「穂花が批評するときの母さんと同じ顔してたから」
「……ちょっとなに言ってんのか分からないっす」
ショッピングモール内のファミレス。
謎の女性、青山さんが穂花達と話がしたいとのことでひと息つける場所に移る。
目の前にはイチゴ味のパフェ、デッサンさせる代わりに奢ってくれた。
でも納得出来ないことがひとつ。
どうしてにぃにの隣が青山さんなのか、なんだか馴れなれしいし距離が近い。
「青山さんはどんな推理漫画を描いてるんすか?」
「まだ形になってないから言えない、話を作るのが下手っぴでね。昔は原作者がいたんだけど」
「その原作者とはどうなったの?」
「ライトノベル作家になって私は用無し。まあ方向性が違ったから仕方ないけどさ。転生した探偵が美少女に囲まれて魔法使って推理って、しかもそれが200万部だって」
鼻で笑いながら頭を抱えた。
「シリウスめ、絶対追い抜いて文句言ってやる」
「──ぶふっ、ごほごほっ」
青山さんの隣で水を飲んでたにぃにが咳き込み初める。
急いでハンカチを取り出して渡す。
「に、にぃに大丈夫?」
「ありがと、変なとこに水が入っただけだ」
「ラノベでシリウスって言えばあれっすよね『異世界で俺は魔法探偵を──』……タイトルが長すぎて忘れちゃったすけどアニメ化してる作品じゃないっすか?」
「へえ、美玖ちゃんよく知ってるね」
「寝れない日にテレビつけたら深夜やってたんすよ」
ライトノベルは読んだことがないから知らない。
200万部とアニメ化を達成してるなら人気作なのは間違いない。
「そう、前はソイツと漫画描いてた。そんでもって置いてかれた私はまだデビューも出来てないっていう生き恥。でも恨んじゃいないよ、こうして出会えたから」
絵を描く手を止めて、スケッチブックをこちらに向けてくる。
そこに描かれていたのは全てを見通す名探偵。
真実の探究者。
「私の漫画の主人公になって穂花」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
考えるまでもなく首を縦に振っていた。
ぶんぶんっ。
ホノが漫画の中で探偵として活躍するのだ、そんな夢のような話に興奮しないわけがない。
「わっちも漫画出たいっす!」
ビシッと立ち上がって叫ぶ美玖ちゃん。
ファミレスにいるお客さん達の視線が集まったから手を引いて座らせる。にぃにと一緒に頭を下げる。
「美玖にも役は用意してある」
「マジすか⁉︎美少女にしてくれるとありがたいっす!」
「探偵の推理をいつもジャマするジャーナリスト」
青山さんの言葉に美玖ちゃんが固まる。
ピッタリだけど笑っちゃいけない、にぃにだって我慢してるし美玖ちゃんが傷付いてしまうかもしれない。
「帝一は」
「もちろんホノの相棒しかないよ」
「もっとお似合いのポジションがある、きっと喜ぶ」
優しく笑う青山さん。
にぃにも呆れたように肩をすくめた。どんな役柄か聞いているようだ。
「でも物語はどうするんすか?さっき下手っぴって」
「キャラクターが良ければ面白い話が書ける、常識。だからボツになったら全部モデルの穂花のせい」
「なんでさっ⁉︎」
ガタンッと机を叩いて立ち上がる、
再びお客さん達の視線が集まってしまったから美玖ちゃんに手を引かれて座らさせられた。
「大丈夫、私が惚れたキャラクターだから天下取れる」
なんの根拠も無いだろうけど強く頷く青山さん。
「愚昧灰荘も倒せるくらい有名になれると良いっすね」
「小説、しかも天上人と比べられちゃ困る。でもその気で原稿に向かっていくつもり。まずはシリウスを倒すトコロからかな」
「うん、応援してるね」
打倒灰荘。
穂花が主人公の物語がベストセラー推理小説家・愚昧灰荘に勝つ。
とても気分が良いじゃないか。
その前に推理ゲームによって近日コテンパンにする予定であります。
それにしても絵が上手い、ゴシック的アート。
妖艶で引き込まれそうなほど魅力があり、儚さまで感じる。
ミステリーを描くために生まれてきたような漫画絵。
どうしてラノベ作家シリウスさんはこんな素晴らしい相方を置いていったのだろうか。
この絵があれば物語が少しくらいつまらなくても売れそうなものだけれど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
奢ってもらったパフェをぱくりっと。
うむ、美味しい。
『お店のパフェは高い』という理由でいつもは頼めないから新鮮だ、実際にぃにが作ってくれるパフェの方が豪勢だし安上がりである。と言ってもファミレスで食べるパフェも良い。
「私が描きたい漫画は至ってシンプル、舞台は80年代半ば、私立探偵を営んでいる女探偵が街を裏で操っている犯罪者と頭脳比べ」
「うん、王道だね」
「黒幕の正体ってのが実は……ねえ帝一、女探偵の彼氏とか想い人の方が面白いかな?」
「ご自由に、青山さんの作品なんだからさ。だけど露骨なラブロマンは控えて欲しい」
何故そこでにぃにに聞くのだろうか。
このままではホノがモデルのキャラクターに彼氏が出来てしまう、断りたいところだけどにぃにが言うように青山さんの作品なのだから文句は言えない。
キャラクター・衣装・背景の設定が次々に出来上がっていく。
まるでひとつの世界が目の前で作られているような感動。
「わっち、こんなに口がへにゃってしてるっすか?」
頷く。
むしろデフォルメされて可愛いくらいだ。
「この街って面白いよ。毎日キャラが濃い人に出会う、ネタの宝庫」
そう言ってスケッチブックを見せてくれるが、青山さんもキャラが濃いと思う。
スケッチブックを開くと沢山のデッサン、想像出来たけど推理ゲームで出会った推理小説家はコンプリートしている。
「それで穂花って頭いいの?苦手教科とかある?」
「ホムズ女学園の歴代トップっす」
「苦手教科は特にはないよ」
「でも運動系はてんでダメだ」
「じゃあ嫌いなもの、主人公はやっぱり弱点がないとさ」
「……カメレオン」
「ふーん、そこは可能性を広げるために爬虫類全般にしたほうがいいかも」
あ、にぃにが悲しい顔をしている。
仕方ないじゃないか、見た目からして苦手なんだもの。肌、色、何考えてるのか分からないあの顔、思い出しただけでも背筋が凍る。
だからハドソン夫人と仲良くするなんて不可能だ。
「穂花ちゃんのことを知りたいならもっと良い方法があるっすよ」
なんて美玖ちゃんが発言した、隣を見てみるとなにやら悪巧みしているジャーナリスト。
「良い方法?」
「そうっす!推理ゲーム。作家が事件のあらすじ、被害者・容疑者の設定、証拠を隠して読者と頭脳勝負をするんすよ」
「……と言っても私は話作りが下手っぴ。即興で推理漫画を作るなんて」
困り顔を浮かべる青山さんを安心させるように美玖ちゃんは人差し指を振って否定する。
「だからチーム戦っす。読者サイドに穂花ちゃんとわっち。そんで推理漫画家サイドは青山さんと帝一さんってのはどうすか?」
「「なっ⁉︎」」
ホノとにぃにの声がかぶる。
このジャーナリストはなにを言っているんだ。
「美玖ちゃん、にぃには推理小説なんてほとんど読んだことがないんだよ。急に言われたって」
「出来るっす!穂花ちゃんと一緒に推理ゲームを乗り越えてきた帝一さんじゃないすかー」
「無茶言うなよ」
困惑しすぎてにぃにから苦笑いが溢れた。
にぃにが愚昧灰荘だと疑っている美玖ちゃん。だからこそこんな馬鹿げた提案をしているのだろう。
「うん、帝一がいるならなんとかなりそう」
青山シュガーは勝ちを確信したように微笑んだ。