うちの息子がシスコンかもしれない件について
●森屋帝一
エリザベスとの推理ゲームが終わり、僕と穂花は誰にも見つからないように速攻帰宅。
夜ご飯を食べてから、お風呂に入っている。
穂花が先に、現在僕。
バスミルクの入浴剤が入っているため湯の色は白。
肩と背中にじわぁと熱が染み渡っていく。
旅館・クワノの宿の湯も素晴らしいのだけれどやはりウチが落ち着く。
作りは人工大理石、頑張れば大人3人くらいなら入れる大きさ。身体を伸ばしてもまだスペースがある。
これも全て両親の稼ぎとどこぞのベストセラー作家様のおかげである。
愚昧灰荘の恩恵を受けていると知ったら穂花はどんな顔をするだろうか。
想像したら笑えてくる。
それにしても今日も疲れたな。
オトナの階段通りに行ったりBLミステリーを聞かされたり。
偏見は無いけど耐性があるわけでもないから動揺してしまった。
オカマで腐女子とかキャラ強すぎるだろ、アドリエッタと良い勝負だ。
まあ、面白かったから文句はないんだが。
「夢にまで出てこない事を祈るばかりだな」
大きくため息を吐いて鼻下まで湯に浸かる。
ぶくぶくっ。
そんなことをしていたらお風呂の扉に人影が映った、シルエット的に穂花でも母さんでも無い。
そもそも母さんはまだ小説評論家の仕事で帰ってきていない。
となるこのガタイが良い影は、
「帝一!久々にパパと入ろうぜっ!」
「やだん」
横開けの扉がガラガラっと開けられる。
森屋浩二、父さんが腰にタオルを巻いて現れた。
僕の言葉は無視してバスチェアに座り、身体を洗い出す。雑に洗うものだから飛沫がこちらに飛んでくる。
「なんで高校生になってまで親と風呂に入らなきゃならないんだ」
「そう言うなって、つい最近まで穂花と3人で入ってただろうが」
「小学生の頃だろ」
いつの話をしているんだ。
親が言う『最近』は僕らにとっては大昔の出来事だ。
身体と髪を洗い終えた父さんもお湯に浸かる。
大人3人までは入れると言ったが父さんのガタイのせいでふたり分くらい使っているから急に狭くなってしまう。
一気にお湯が溢れた。
ザバババーン、もったいない。
「くぁー!効くぅ、最高だなったく」
「ああ。ひとりで入れたらもっと最高だっただろうな」
「いいや。息子と入る風呂も良いっ!」
強く頷く父さん、本当にこの人は体育会系と言うか力属性。
僕も穂花も知属性である母さん似で良かったと思う。
穂花に関しては少しだけ父さんの破天荒が遺伝してしまった気もするけど。
「それで、なにかあった?」
「話題が無くちゃ息子と風呂に入っちゃいけないのかよ」
「悪くはないけど、それなら銭湯に誘って欲しかったぞ」
これじゃ足も伸ばせやしない。
ただいま僕はお山座りだ。
「まあ、話はあるんだけどな」
キリッと真剣な顔に切り替わる父さん。
「お前と穂花を、えーと……オトナの階段通りで見たんだが」
「ん?」
その言葉を聞いて一瞬思考が止まった。
屋根の水滴が溢れるスピードがやけに遅く感じる。
スローモーションの世界に。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
父さんは複雑そうな顔をしていた。
なんだか自分の息子と娘がいかがわしいお店から出てきた所を目撃してしまったような、そんな顔だ。
「よその兄妹よりも仲が良いことは知っていたが流石に。いや決めつけはいかんな、どうなんだ帝一」
「なんのことだか分からんね」
「言い逃れは出来ないぞ、俺は警官でありお前の父親だ。嘘を付いていたら分かる」
いいや、それはどうかな父さんよ。
ベストセラー作家であることを批評家の母親と協力して家族を騙し続けている息子の嘘を君が見抜けるとは思えない。
「そもそも父さんはどうしてオトナの階段通りにいた?」
「関係ないだろそんなことは、今は帝一の話をしている」
「いいや、関係あるぞ。父さんがそこにいた証拠が無いのならその証言に力は持たない」
「──くっ!卑怯だぞ‼︎」
ザパンッと立ち上がる父さん。
見たくも無いものが視界に入りそうだったから急いで目を閉じた。
「もしもこの話を続けたいと言うのなら母さんも交えて家族会議でもしようじゃないか」
「……悪人かお前は。そんな風に育てたつもりはないぞ」
確かにこんな風に育てられた覚えはない。『特撮ヒーローみたいに強く優しい男になれ』と言われてきた。
ごめんな父さん。
昔から悪役が好きなんだ。
「分かった。そこまで言うならママにも参加してもらおう」
「おっと、なんて説明する気なんだ?」
「部下を連れてキャバクラへ行っていた。やましい気持ちは無い」
それ、常識的に考えてどうなんだろうか。
パトロール中かと思いきや部下とキャバクラ。
ガクッと力が抜けてしまう。
「もちろん私服だ!」
「当たり前だろ、警察官が客として来たら大騒ぎになる」
頭を抱えそうな案件だが、ここで平然としてしまうのが問題児・森屋浩二。
おバカとしか言いようがない。
どうして堅物の母さんが惚れたのかは森屋家七不思議のひとつ。
「やましい気持ちがなかろうと母さんのお怒りは避けられないと思うけど」
上司の接待ならまだしも、部下となると。
「ママは真実を伝えれば分かってくれる」
だからお前も真実を教えてくれ、と熱のこもった視線を向けてきた。
いいや、断る。
真実を言えば推理ゲームが中止、下手な嘘を言ったら穂花とのやましい関係だと疑われる。
「真実か。よくそんな事を言える」
「……なに?」
「服から消臭スプレーの匂いがした。初めはキャバクラに行ったことを隠そうとしていたってことじゃないか。下手な隠蔽をした奴の言葉を母さんが信じると本当に思っているのか?」
結婚する前にタバコは辞めている、それに普段は消臭スプレーなんて使わない。
ウチの女性共の勘は恐ろしいからその程度じゃすぐに見破られてしまうけど。
「……」
「父さんはオトナの階段通りになんて行っていない。僕や穂花も見ていない」
「……ああ、そんな気がしてきたな」
苦虫を噛み潰したような顔になる父さん、悪に屈するのがあまりにも屈辱的なのだろう。
「証拠隠滅は任せろ、僕がなんとかする」
「はい。ありがとうございます帝一さん」
ザプンッとお湯に向かって頭を下げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
国家の犬などこの程度さ。
しかし妹とやらしい関係だと勘違いされるのは大問題だから説得力のある嘘でごまかす。
信じてもらう嘘のつき方は真実を交ぜるのが無難。
そして自分自身がその嘘を信じてしまえばもはやそれは真実だ。
「いやぁ、安心した安心した。最初から疑ってなかったんだがやはり心配でな」
そしたら純粋な奴は信じてくれる。
「映画の見過ぎだ。実の妹を異性として見ないだろ」
「がははっ!そうだな。いやぁすまんすまん。でも母さん似で顔が良いくせに彼女も作ったこと無いし『穂花が世界一可愛い』とか思ってそうだからなお前」
「そりゃ思うだろ」
「──へ?」
何故そこで固まる。
兄として妹が可愛いのは当たり前だし、女性の中でもかなり美人だと思う。
世界一と言われても疑問はないさ。
「父さんだって穂花は可愛いと思うだろ?それと同じだ」
「そういうものか」
「よその兄妹は知らないけど僕はそうだ」
「うーん、大丈夫なんだよなこれ。おかしいような。やっぱり帝一は世に言うシスコンなのか?……だが仲悪いよりは良いことだよな、うん。よくわからんが納得しておこう」
腕を組みながら難しい顔で頷く。
思うところはあったようだけど納得してくれた。
とオチが付いたところでお風呂場の扉がまた開いた。
「にぃに、長いけどのぼせてない?……あ、パパと一緒なんだ」
顔を出してきたのは穂花。
長風呂だったから心配したらしい。
「おうっ!穂花も入るか?」
父さんは笑いながら冗談を言う。
年頃の娘(例としてあげるなら阿達妹)なら『きっっっも』とか返してきそうなものだが、
「さっき入ったし、パパがいるからいいや」
パタンッと扉が閉まって、穂花はとたたたっと自分の部屋に帰った。
「「……」」
しんっ。
意味深な最後の言葉、消え去ったはずの疑惑が再び僕に向けられる。
「俺がいない時は入ってるのか?」
「父さんでかいし、風呂場が狭くてやだってだけだろ」
「広ければ入るのか?帝一となら入るのか?」
「知るかっ!」