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●畑地海兎
……俺が選んだ弟子候補のふたり共に変な方向で期待を裏切られた。
名画の贋作を作りやがった狸オヤジ。推理ゲームを撮影する機材を全部外しやがった髭オネェ。
ダンッ。
力強くバーの扉を開けて早歩きでカウンターまで行く。
相手は洗い物をしながら疲れたように微笑む。
「うさちゃん、もう終わったわヨ。私の完敗」
赤いドレスを着た髭オネェ・エリザベス。
俺が椅子に座るとウーロン茶が置かれた。
店内を見渡す。推理ゲームで使う小物とかも片付けられてまるで何事もなかったかのようだ。
違和感があるとしたらバーカウンターに原稿用紙を折って作られたカメレオン。
危ねぇ、最悪の事態だけは免れたようだ。
「カメラや盗聴器を外しちゃってごめんなさいネ」
「チッ、謝るぐらいならすんじゃねぇよ」
「うふン、反省も後悔はしてないワ」
「だろうな」
カフェ・グレコで待機していたのだが映像も音声も無い。
そのせいで隻腕やメアから小言を聞くはめになった。
まあ、エリザベスがこんな奇行に及んだのも俺の責任だろうから強くは言えねぇ。
おそらくあれだ。
以前このバーに訪れた際に店の酒臭さに当てられていらないことをペラペラと話してしまった事がある。秘密主義である愚昧先生の弟子としていかがなものか。思い出しただけでも頭いてぇ。
俺はカメレオンに変えられてしまった原稿用紙を元通りに、折り目になっている文字を組み立てた。
「たくっ。合格だ」
そんな気はしていたが頭を抱えてしまう。
ライバルが続々と増えていく。
「え、なんでヨ。わたシがどんな推理ゲームをしたか分からないんでショ?」
「1番重要なカメラが無事でな」
「……わたシとしたことが見逃したのネ。まったくオトメ達の戦いをのぞき見なんて趣味が悪くないかしラ?」
「ぷンぷンっ」と怒っているエリザベスを無視してウーロン茶を喉に通す。
今日は推理ゲームのために休業日にしてくれたおかげで酒の臭いはしないからありがたい。
「あーあ、じゃあわたシも悪人の下で働くことになるのネ。うふン、まあ悪女を演じるのも楽しそうではあるけれド?」
そしてエリザベスは小さな声で「ソッチの方があの兄妹を守れそうだしネ」と。
身を案じている兄が愚昧灰荘だと知ったらどんな顔をするだろうか。
このオカマが暴れ出したら止めるのは俺の役目だ。
正直、力負けしそうではある。
「そろそろ帰るぜ、また連絡する」
「あらーン、色っぽい。ガキがわたシをいいように使おうなんて50キロ足りないワ!」
どうしてそこで体重の話。
そういえばスカウトするためにこの店に来たとき『わたシはデブ専なノ、口説こうなんて無理な話ヨ』と言われたな。
冗談だろうが殴ってやろうかと思った。
「あとなエリザベス」
「なニ?うさちゃん」
「愚昧先生は悪人なんかじゃねぇよ」
あの人の本性はそんな甘っちょろいもんじゃねぇ。
「人間の皮をかぶった悪魔だ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
仲間集めて強くなった気でいるクソガキを街で見ることがあるだろう。
中学1年、俺はその群れの中にいた。
ムカつくヤツは大人だろうがねじ伏せてやったし、警察の厄介になったことだって何度もあった。
夢を語ってるような奴がいたらバカにする。
人生なんてテキトーに生きてるやつが勝ちなんだ。
「なんだテメェ!死にてぇのか‼︎」
仲間のひとりがナイフを取り出して叫んだ。
場所はスラム通りの裏路地。
その日は20人くらい集めて、仲間の妹を振った男を袋叩きにする予定だった。
他校の森屋帝一という男。
不良共に囲まれているというのにまったく動揺しない、むしろ冷静。
聞いていた話と違う。みんなに優しいだけのヘタレだと。
帝一はナイフを振りかざした不良に歩み寄る。
刃先に吸い込まれていくように真っ直ぐと。着実に。
「な、なに動いてんだ!ふざけんなよっ!マジで殺すぞ‼︎」
「ヤダなぁ怖いなぁ。でも場合によっては聞いてあげないこともない」
「はあ?」
なんだ、この中坊。
恐怖で正気を失ったか。
「読書家にも解けない完全犯罪にしてくれるなら殺されてやっても良いと言っている」
冷たい視線で、そんなおぞましいことを平然と言った。
前進し続ける帝一に恐れをなした不良共は道を開けていく。
ナイフを向けていたヤツまでもへたり込んで漏らしてしまう有様。
とうとうその光景を奥で眺める俺の前までやって来た。
「君がリーダーだな。名前は?」
「……畑地……海兎」
名前を聞くと楽しそうに笑う帝一。
場違いすぎて逆に怖い、思わず身体が固まってしまう。
「これを書いて提出してくれ」
カバンに入れていた原稿用紙の束を渡された。
もう訳がわからない、キョトンとした顔で見返す。
「……なんだよこれ?」
「執筆って君らが思ってるほど楽じゃないんだ。衝動的犯行なんて認めない。計画を練って納得出来る方法を提示して欲しい」
「意味ワカンねぇよ!なに言ってやがる⁉︎」
「だって僕を殺すんだろ?」
おかしい。会話にならない。
時間潰しに調子乗ってる中坊をからかおうとしただけだ。
どうしてこんなことになってる。
『殺すぞ』なんてただの挑発に決まってんだろうが、なに本気にしてんだよ。
「僕には無い発想であの読書家を困らせてくれるなら面白そうじゃないか。でも痛いのは嫌いだから殴る蹴るはやめて欲しい」
こんな頭のおかしい奴を相手にしてられるかと俺は殴りかかった。
ケンカで負けたことがなかったし100人くらいだが少数精鋭の族のカシラ。
線の細いガキなんてワンパンで、
強い衝撃と、土の味がした。
「くッ⁉」
「だから痛いのは嫌なんだって。殴り合いなんて質が悪い」
一瞬なにが起きたか分からなかった、腕を後ろに回されて床に叩きつけられている。
体格差は歴然なのに動いちゃくれない。
「オイ!お前ら‼︎なにやって──……っ」
大声で仲間に助けを求めるものの、もう誰もいない。
全員帝一に恐れをなして逃げてしまったようだ。
その光景に唖然とする。
積み上げてきた友情(と勘違いしていたもの)はこんなにも脆い。
俺もアイツ等もテキトーに付き合っていただけなんだろう。
学校も親も全部否定して好き勝手やってきた結果がこれか。
……何事にも真剣に向き合って来なかったクソガキの結末。
かっこ悪ぃな、畑地海兎。
それを思い知って。
でもそれを認めるのは嫌で全部、森屋帝一のせいにしたくなった。
「ああ!やってやるよっ!ぜってぇテメェを殺してやる。覚悟しやがれっ‼」
帝一は嬉しそうに笑う。
どうやら俺は悪魔にケンカを売ってしまったようだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから放課後には森屋帝一の中学校に通った。
ケンカもやめて、仲間とも縁を切って一体なにをやっているんだと思う。
毎日推理小説を考えて、ダメ出しされて、書き直す。
投げ出してやろうかとも考えたけれど帝一に勝ち誇った顔をされるなんて耐え切れないから、続けた。
絶対見返してやる。
皮肉にも、バカにしてきた努力ってやつを続ける難しさを思い知る。
「あのな海兎。完全犯罪ってのは探偵が考えて考えて、それでも解けない謎を言うんだ。死体を見つからないように思考するのは間違ってる」
「うるせぇな!」
「でも上手くなってきたぞ、内容は面白い」
「う、うるせぇなっ‼︎」
おかしな状況だと思うぜ。
【殺し方を考える俺】と【殺され方を採点する帝一】。
大体の却下の理由が『穂花なら解ける』。
しかも帝一自身も推理小説を書いていて賞まで取っている才能の持ち主。
はっきり言って『帝一が殺されてもいいと思える完全犯罪』。なんて不可能だ。
「それを知って、まだ向かってきますか。そもそも探偵がいるかぎり推理小説において完全犯罪など成立しないのですよ」
森屋帝一の弟子である女が呆れたように言ってくる。
見るからに優等生なムカつく奴。
「諦めてください。貴方のような不良と関わっていたらあの方の評判が悪くなる一方です」
「あん?お前には関係ねぇだろうが」
「ありますともっ!私は弟子なんですから」
確かに『帝一にはヤクザにコネがある』だとか『100人をひとりでボコボコにした』とか変な噂が飛び交うようになっていた。
発信源は俺と帝一の出会いに立ち会った不良共が大袈裟に広めている。
けど逆らわない方が賢明だというのは事実である。
「なあ、アイツの弟子になれば実力付くのか?」
「考えるまでもないでしょう、あの方から教わることは多いですから……いいえダメですっ!私は認めませんよ‼︎」
隻腕からは猛反対されたが帝一に頼み込んだら「良いよー」となんとも力が抜ける返事。
こうして俺は2番弟子になった。
今では手懐けられちまって、文句言う気にもならねぇ。
呼び方も『生徒会長』や『愚昧先生』と敬称を使っている。
完全犯罪を考える日課のおかげで推理小説が書けるように……いつのまにか更生させられていた。
不良なのは変わりねぇが、ずいぶんとマシな人間になったと思う。
愚昧先生にはそんなつもり全く無かっただろうけど。
余談だが『完全犯罪思い付いた?』と聞いてくるのをそろそろやめてほしい。