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●阿達マシロ
『この子はマシュマロ様。泣いている人の前に現れてひとつだけ願いを叶えてくれるんだ』
幼い頃、私が泣いているとあにきがそう言って慰めてくれた。
紙に書かれているマシュマロに手足がついているようなデフォルトなキャラクター。
マシュマロ様にお願いするとなんでもしてくれた。
お母さんとの仲直りをさせてくれたりとか失くしたオモチャを見つけてくれたり。もちろんマシュマロ様なんていないから代わりにあにきが無理難題を叶えてくれる。
ふんっ、演技が上手くなったのも言ってみれば私のおかげみたいなもんよ。
ずっとあにきに甘えてきた。
なんでもしてくれたしいつでも私の味方でいてくれるから。
だけどそれじゃダメなんだ。
私があにきを守れるくらいに強くならなきゃいけない。
あにきが中学1年生・ジュニアアイドルの頃に誘拐された最悪の日に決めたのだ。
家に警察官がたくさん来た。
犯人は身代金などでは無くあにきを監禁するのが目的とのこと。
だから身代金要求の電話もなく証拠もかなり少なかったから捜査は難航。
陰に隠れて誰かが言った『誘拐事件のタイムリミットは72時間。それを超えたら難しい』。
あにきを失うなんて絶対に嫌だ。
諦めムードの警察官達、泣くだけの母親、頭を抱える父親。
……みんなザコ。
こんな奴らにあにきを助けられるわけがない、私がやるしかないんだ。
だからすぐさまネットで掲示板を作り、目撃者を探す。
どうか願いが叶いますようにと掲示板の名前は『マシュマロ様』。
信用度の低いコメントも多かったけど写真と撮った住所を送ってくれる人達のおかげで大体の居場所を掴む。
なにより誘拐犯らしき女のアカウントを見つけた。
そこからは警察官が突入、30代独身女性の逮捕、地下室に閉じ込められていたあにきの救助。その経験のせいであにきは未だに閉所恐怖症。
痩せこけたあにきと病院で再会した瞬間、安堵で泣きじゃくってしまったがもう弱虫であにきに甘えてばかりの阿達マシロとはおさらば。
芸能人を続けている限りこんな事件と背中合わせ。私や困っている人の願いを叶えてあげられるような存在が必要だ。
だから【SNS探偵マシュマロ様】は生まれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
あの誘拐事件からは私の人生は順調だった。
あにきの俳優活動も最高潮、『日本一のカメレオン俳優』の称号を得た。
それに世界中に知られているベストセラー作家・愚昧灰荘の原作映画の主演も務める。
まあ、当たり前なんだけど。
私の探偵業もなかなか上手くいっている、街の6割くらいには認知されているはずである。
それに偏差値の高いホムズ女学園に入学が決まった。もちろん成績は学力トッ──
『新入生代表。森屋穂花さん』
「はいっ!」
前髪ぱっつんで黒髪ロングの女が立ち上がり、登壇。
入学への想いを語り、頭を下げて演説を終えると体育館が破れんばかりの拍手が起きた。
聞いてない、誰なんだあの女は。
「すごく美人ね!しかも歴代トップとか憧れる!」
「アーティ高等学校で生徒会長をしているお兄さんを街中で見たことあるけどカッコ良かったよ!」
「兄妹揃ってエリートだとは両親は鼻が高いでしょうね」
始業式が終えても教室では森屋穂花とその兄、帝一だとかいう男の話で盛り上がっていた。
こんな屈辱は初めてである、中学ではあにきと私の話だけだったのに……気に入らない。
そしてようやく森屋兄妹と話せる機会が出来た。
あにきの趣味である映画館から出てくる観客鑑賞中。
たまに警備員に怪しまれて話しかけられるけど変装を外して顔を見せたら納得して消えていく。
とりあえずそこに奴らが現れたのだ。
しかも驚くことにあにきから話しかけて自分の主演映画のチケットをプレゼントしてしまう心意気。どうなっているのか。
穂花と腹割って話そうと思ったけど兄、帝一の背中に隠れてしまった。
この反応、私のこと知らないのね。
ホムズ女学園歴代学力2位の阿達マシロ様を。
仕方ないから兄の方に視線を向ける。
顔は普通、俳優をしているあにきと比べるのも烏滸がましい。使う言葉も他のザコ共と変わりない。
『シスコンザコ』ってところか。
よって妹の森屋穂花もザコ、勉強は出来るみたいだけどポンコツ臭がするから『お花畑ザコ』と命名してやる。
ほら見なさいよ、私達兄妹のカリスマ性に負けて逃げるように去っていく森屋兄妹。
「面白いよね、彼」
「は?どこが。あにきの足元にも及ばないザコとしか思えないけど」
「上手いんだよ。ぼくじゃあ勝てないくらいの演技派さ」
他人を褒めるなんて滅多にしないから目を丸めてしまった。
お花畑ザコの兄が私のあにきよりも優秀?そんなバカな話があってたまるか。
「腑抜けたこと言わないでよっ!私が森屋穂花に勝つから、あにきは森屋帝一に勝って。ううん、圧勝して」
私がそう言うとあにきは一時停止。
数秒沈黙が続いたが、腹を抱えて笑い出す。
「あははっ、ぼくがモリアーティに勝つか。それは面白そうだ。確かに負けてばかりじゃあいられないね」
なにをそんなに気に入ったのか上機嫌。
それでも平和主義のあにきが乗り気になってくれたことが嬉しかった。
ゆびきりげんまん、打倒森屋兄妹を誓う。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
依頼主ゆずの家。
……負けてない。決して負けてない。
依頼主のことを考えたら飼い猫に早く合わせてあげたいって気持ちが強くなって敵と手を組んでしまっただけ。
ひっかかれた指に絆創膏を貼って、服についた汚れは多少叩いたら落ちた。
「家族が帰ってくるまでわっちが抱っこしてるんすか?」
浅倉美玖とかいう2年生。茶髪ミディアムヘアでへにゃっとした口をしていてなにを考えているのか分からないから、へにゃザコ。その腕の中で寝ている猫ぽんず。
少し離れてぽんずを眺めているお花畑ザコ。
「ちょっと茶色だね」
「ふんっ、トラ猫とのミックスなんだから少しくらい毛の色が違うでしょ」
「茶色のアメショだっているしっ!」
バカにしたら、口をフグみたいに膨らませて睨んできたから勝ち誇った顔で見下す。
「ぽんずだっ!ママ!ぽんずが帰ってきた‼︎」
大声を上げてぴょんぴょん跳ねながら向かってくるのは女子小学生。
依頼主であるゆずと母親が帰ってきた。
「へにゃザコ、ぽんずを子供に渡して」
「わ、分かったす」
私はカバンからぬいぐるみを取り出す、探偵のコスプレをしたマシュマロ様(あにきが昔描いたラクガキをもとにパペットを作った)。
へにゃザコからぽんずを受け取った小学生ゆずはにっこり笑って。
「お姉ちゃん達ありがとうっ!」
「『良いんだよ!泣いている子のお願いを叶えるのがこのマシュマロ様の使命だからね!』」
マシュマロ様で腹話術。
もう慣れたもんで、本当に生きてるように動かせる。
「「……え?」」
後ろにいるザコふたりが明らかに動揺し、ゆずの母親が微笑ましく見てきて恥ずかしいけどいつも通りにやらないと。
「『どうやらぽんず君はお家の窓が閉められてたから帰れなかったみたいなんだ!だからもしも同じようなことがあったらまずは少しでも良いから窓を開けておこうね!』」
「うんっ!」
「『よーし!ゆずちゃんは良い子だね!これからもぽんず君とたっくさん仲良くするんだよ!』」
「分かった!ありがとうマシュマロ様っ!」
マシュマロ様のパペットにぎゅーと抱きつくゆず、はずれるからやめてほしい。
それからぽんずを連れてお家の中に入っていった。
残った母親は財布を取り出し、
「あの依頼料はいくらでしょうか?」
「『大丈夫!マシュマロ様は初回無料だよ!でも次から有料だから気を付けてね!』」
「本当にありがとうございました」
深々と頭を下げて母親も家に入っていく。
一件落着したから気が抜けたけどジーっとこちらに視線を向けてくるザコ共。
「なに?気持ち悪いからあんまり見んなし」
「いやいや、さっきのなんすか。なにを見せられたんすか?」
「……流石は阿達ムクロの妹といったところだね。でもギャップがありすぎて怖いよ」
私は手に付けたマシュマロ様を外してカバンに押し込む。
理由と言われたら、あにきが作ったキャラクターを演じていれば攻撃的な口調にならないらしくて客からのクレームを減らせるから。だけど教える必要なんてない。
「ふんっ、どうでもいいでしょ」
「「えー」」
ふたりして口をフグもみたいに膨らませた。
……変なやつら。
【ジュニアアイドル誘拐事件】
朝ドラの出演経験もあり子役としても有名なジュニアアイドル・阿達ムクロ=当時(13歳)=が1週間もの期間、地下室に監禁されていた誘拐事件。
手がかりが全くなく捜査は難航していた。
しかしまさかの人物からの情報により状況は一変、奇跡的に犯人逮捕まで行き着いた。
情報源の人物とはムクロの妹=当時(12歳)=。インターネットにて掲示板を作り目撃情報を集めたそうだ。それだけでも驚きなのだが彼女は犯人のSNSアカウントの特定に成功している。
監禁されていたムクロだが怪我も無く命に別状はないそうだが心の傷はかなりのものだろう。
今年中に芸能界復帰は難しいとは思う、ただ彼の無邪気な笑顔を再びテレビで拝見出来る日を心待ちにしている。
犯行に及んだ動機を北条小町被告=当時(32歳)=
は「弟に似ていた、また一緒に暮らしたかった」と語っている。
恐ろしい事件を起こした彼女だが儚ささえ感じる美しい容姿に魅了された男性は多いことだろう。