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●四奈メア
愚昧灰荘大先生のことを知ったのは小学生の頃、大先生の処女作『すべて虚語』を本屋で手に取ったのが始まり。
その頃は灰荘大先生もマイナーで、本屋の片隅に置かれていた。
両親の影響でヴァイオリンの奏者を目指していた私の趣味は推理小説を読むことだったからあらすじを読んで何気なく買ったその一冊。
誰も気付かないのかこの新人作家のずば抜けた才能を。
最後まで読み終えた私は拳を握りしめる。
ミスリード、ミスリード、ミスリード。
登場人物誰もが嘘を抱え、探偵すら怪しく見えてくるこの作品を生み出した鬼才はなんだ。
小学生ながら息を飲んだ。
それからは作品が出るたびに本屋開店前から待機。
誰もが知るベストセラー作家になっても驚きはしない、当然のことだから。
中学生になり。
読むのが趣味だったけど書くことにも興味が湧き、出版社に持ち込む。
正直ヴァイオリン奏者を目指すことを忘れて推理小説家の道へまっしぐら。
それでも良くても佳作。
入選はなかった。
灰荘大先生の背中を追っても遥か遠く。
そんなある日、私の前に藻蘭千尋という女性が現れた。
いかにも優等生って感じ。
「今回の佳作賞を書いた四奈メアさんですか?」
「ええ、そうよ。なに?」
「私はあるお方の使いとして来ました」
藻蘭先輩から封筒を渡された。
開くと中にはA4サイズの紙。
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佳作おめでとう。
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タイプライターでただ一文。
馬鹿にしているのだろうか。
なにが佳作だ、嬉しくもない。
佳作のコメントには【今度は最優秀賞を取り愚昧灰荘大先生の弟子になりたい】と身分もわきまえず書いてしまった次第だ。
「なによこれは?馬鹿にしているなら消えてくれるかしら」
「まあ、裏を読んでもらえば全て納得していただけるかと」
はあ?もう面倒臭い。
なんなのよこの女。
仕方ないから言われた通りにする。
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私にとっての最優秀賞は
名探偵を仆す完全犯罪だ。
愚昧灰荘
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目を丸めた。
これはなんの冗談だ。
灰荘大先生はサイン会を開いたこともないし素顔も晒していないため誰も正体を知らない。
だからサインを偽造する者も多い。
むかつく。悪ふざけにも程がある。
灰荘大先生への憧れを馬鹿にされているのだから。
「ふざけないでよ。こんな事をして私が喜ぶとでも?佳作作家だからって馬鹿にしすぎよ」
「囃し立てるつもりはありません。私のペンネームは赫赫隻腕。あのお方の弟子をさせていただいてます」
……赫赫隻腕。
今注目されている新人推理小説家だ。
言われてみればテレビに引っ張りだこの女子高生作家と同じ顔。
テレビの時は色っぽい雰囲気を感じていたから分からなかった。
ただ、それだけでこの手紙の真実味が変わる。
「……灰荘大先生はなにをお望みなのかしら?」
「名探偵の敗北を」
こうして私は灰荘大先生の弟子(仮)になった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
──……負けた。
ただの敗北じゃない。言い訳のしようもない完全なる敗北。
小説の表紙を見ただけで結末を言い当てられたような。
あの兄妹が帰っても散らかっている人形を片付けず魂が抜けたように犯行現場に横になる。
確かにミスリードひとつない単調な作品。
こんなんじゃ顔向けも出来ない。
「こっぴどく、やられたようですね」
聞き覚えのある声。
部屋の入り口に立つ、女性。
「藻蘭先輩。なによあの女探偵、聞いてないわあんなの」
「あの方が選んだ名探偵です。今更なにを言っているんですか」
藻蘭先輩は横たわった私をまたいでコンセントのカバーを外す。盗聴器。
監視カメラも何台か隠されていたようで次々に外していく。
つまり見ていたということだ。
私の末代の恥を。
知っているにも関わらず入ってきて早々の言葉はなんだ。
おちょくっているのか。
「……灰荘大先生はなんて?」
「『トリックをもっと凝ってほしい。ダイイングメッセージが分かりづらい』あとは」
「正直すぎる?」
「はい」
あの穂花とかいう探偵にも言われたことを灰荘大先生にも。これはきつい。
最初で最後のチャンスがこれで終わり。
やばい、なんか泣きそうになってきた。
「あーあ、最悪。やっと弟子になれると思ったのに。あの女探偵とついでにその兄!夜道には気をつけなさいよね!」
「どうしてですか?」
「なんで分かんないわけ。灰荘大先生の期待に応えられなかった。勝たなきゃいけなかったのに相手を甘く見て」
ひねくれていると藻蘭先輩が横になっている私の顔を覗いた。
「なに。まだ私に恥をかかせるつもりかしら」
「あのお方はこうもおっしゃっていました『まだ青さは目立つが、そのうち化ける』と」
「え?」
「合格です。推理ゲームで勝つだけが気に入られる方法ではありません。しかしあの方は忙しい身、最優秀賞を取るまでは私が面倒を見ることになりそうです」
●藻蘭千尋
藻蘭千尋が愚昧灰荘先生に出会ったのは中学生の頃の授与式。
私が【優秀賞】あの方が【最優秀賞】。
最初に抱いた感情は羨望だった。
作品を読めば『勝てない』と思わせる実力。
それなのに本人はどうでもよさそうに冷ややかな瞳で会場の拍手を受ける。
気になって授与式が終わった後に呼び止めてしまった。
「最優秀賞ですよ?誰もが欲しくても手に入らない栄誉をどうして……嬉しくないんですか⁉」
出過ぎた行為とは思いつつどうしても聞きたかった。
なぜ推理小説を書いているのかと。
「嬉しいよ」
凍りつくような冷ややかな瞳。
私は怯んでしまう。
そのひと言を発し、あの方は背中を向けて歩き出す。
ただそれを見つめるだけしか出来なかった。
出版社にお願いして住所を手に入れる事が出来たので後日、訪ねることにしました。
(まるでストーカーじゃないですか)
とも思いましたが居ても立っても居られず。
震える指で家のチャイムを押す。
出てきたのはあのお方。
授与式の時とは違い柔らかい印象を受けた。
一瞬別人かと思ってしまうくらいに。
「せ、先日お会いした藻蘭千尋といいます!話がしたくて……迷惑だとは思ったのですが」
「ああ、優秀賞の」
初めて見た時の顔に豹変する。
どちらがこの人の本性なんだろうか。
デビュー時の私は本名で書いていたからあの方に認知されているとは思わず嬉しくなった。
「なんの用?」
「わ、私を弟子にしてくださいっ‼」
動転したあまり違うことを口にする。
でも取り消す気にもならなかった。
灰荘先生の弟子になりたい。そちらの気持ちの方が強いことに深層心理では理解していたから。
あの方は明らかに嫌そうな顔をして。
「やだん」
ぱたんと家の扉を閉めて中に戻って行ってしまった。
ピンポーンピンポーンピンポーン
ピンポーンピンポーンピンポーン
めげずにチャイムの連打。
バンっと大きな音を立てて扉が開く。
「だぁもうっ!じゃあ実力を証明してもらおうか‼」
こちらに向かってくる。
お怒りっぽい。
「ひぃっ!殴るんですかっ⁉︎」
怯えて瞳を閉じるが腕を掴まれて走り出していた。
「……あの、証明って」
「僕達はなんだ?」
なんだ、とは。
私がきょとんとしているとあの方は言葉を続けた。
「僕達は推理小説家だ。それなら原稿が現場、筆が凶器だろ。君がどれだけの作者か証明してくれよ」
「なら灰荘先生のお家でも」
「敵地で書けるか!」
自分の家を敵地とはなにを言っているんだろうか。
「……名前を聞いても良いですか?」
「愚昧灰荘」
「違います。貴方の本名を!」
出版社に聞こうと思ったが『友達なので住所を聞きたい』と言った手前聞けなかった。
あのお方はひとつため息をつき。
「森屋帝一」
私は目を丸めた。
一文字違えば【犯罪界のナポレオン】。
その片腕と言えば──……
「ふふっ、運命かもしれませんね」
思わず笑ってしまった。
藻蘭千尋〔♀〕
愚昧灰荘の片腕であり一番弟子
誕生日/10月5日=天秤座=
血液型/A型 髪/黒髪三つ編み
身長/165cm 体重/48kg
性格/真面目
学年/ホムズ女学園3年C組(風紀委員長)
好き/クマのぬいぐるみ
嫌い/規律を乱される