SNS探偵マシュマロ様 1/3
●森屋穂花
水曜日、ホムズ女学園の屋上。
美玖ちゃんとお昼ご飯を食べる、もぐもぐ。
にぃにの料理のおかげで退屈な授業の疲れが吹き飛んでいくのを感じ、目を閉じて深呼吸すれば清々しい空気。
「映画の感想聞いても良っすか?」
「んー、探偵役の演技がうますぎて周りが大根に見えちゃったよ。あれはどうだろう、逆にタチが悪い」
愚昧灰荘の小説『瑠璃色の瞳』の実写化。
探偵事務所を営んでいる主人公のもとに瑠璃色の瞳をした人形が届けられる。
そしてその人形と瓜ふたつの女性たちが次々に殺害されてしまう奇怪な事件。
謎を解く手がかりは探偵が持っている人形にあった、という筋書きなのだが原作と結末が違う。
映画の感想を正直に言うなら探偵役の阿達ムクロにしか目がいかない、話には聞いていたけどあそこまで演技の格が違うともはや暴力。
女優よりも顔の小さい俳優、みたいな。
良い意味でも悪い意味でも彼のおかげで成り立った映画だと思う。
「本人にも会ったけどちょっと苦手なタイプだったよ」
どちらかと言えばムクロよりも妹のマシロの方が苦手、あんなの気が合うわけない。
「へー、もう黒幕候補と会ったんすね。どうだったすか?」
「まだなんとも言えないね。不審点はあったけど決め手に欠ける」
「じゃなくてやっぱりナマの方がイケメンなんすか?」
「普通だったよ」
マスクやサングラスはしていたけど特に魅力とかは感じなかった、クラスメイトは黄色い声で話しているのだがよく分からない。
「美玖ちゃんはあのタイプが好きなの?」
「いや別に、口説かれたらついて行っちゃう程度っす」
それをどう受け取ったら良いのか。
許容範囲ではあるけど自分からは行かない、ということか。売れっ子俳優になにを言ってるんだ。
「あ、それと聞きたいんだけどマシュマロ様って有名なのかな?」
「1年C組阿達マシロの探偵ネームっすね。まあ有名っすよ。誘拐事件を解決して新聞に載ったこともあったすから」
あの性格でマシュマロ様なんて不似合いな気がするけれど、知れ渡っているのは事実らしい。
しかも誘拐事件ときた。
読書家とSNS探偵、ジャンルが違いすぎるし関わることはないから別にいいのだけれど。
「ライバル視っすか?」
「違うやい」
「大丈夫っすよ!学力トップは穂花ちゃんなんすから間違いなくマシロのほうが探偵力低いっす!敵視なんてしなくて良いじゃないすか!」
探偵力とはなんぞえ。
そもそも勉強が出来るからって探偵に向いているなんてことはない、しかもマシロは現実社会で探偵をやっているのだからむしろ感心している。
「ふんっ、ザコが随分な口を聞いてくれるじゃない」
ぎくりっ。
塔屋の上に人影。
白に近いグレーのツインテールを風になびかせてこちらを睨む少女。
噂をすればなんとやらと言いますが、話題になっていた阿達マシロがそこにいた。
上からこちらを見下しているが、スカートの丈が短いせいでパンツが見えてますよって教えた方が親切かな。
そういえばにぃにが言っていた『ツンデレキャラはほぼシマパンである』は真実のようです。
「へにゃザコ、私がそのお花畑ザコに探偵として劣ってるって言いたいの?」
「へにゃっ?よくわかんないっすけどわっちは先輩っすよ!敬意をもって美玖ちゃんって呼ぶんす‼︎」
「……お、お花畑」
失礼な、美玖ちゃんはへにゃっとした口で笑っているから分かるけどホノのどこがお花畑だと言うのか。
名前が穂花だからか、いやいや。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
塔屋から下りてこちらに近づいてくるマシロ。
敵意を剥き出しにして睨まれた。
「これだからザコは嫌なの、本人がいなければなにを言っても良いと思ってる。なに、妬み?自分の兄が平凡だから私が羨ましいんでしょ?」
プツンっ。
陰口みたいなことをしてしまったから言いたい放題言ってもらう場面だけどにぃにが見下されてるのに引き下がるなんて妹失格だよ。
「HAHAHA、ちゃんちゃらおかしいね!ホノのにぃにはにぃにだけっ!ナルシストな俳優なんて興味ないさ、こっちからお断りだよ」
「は?あーそう。お花畑ザコ、そっちがその気なら……えっと、森屋帝一だっけ?」
ホノが鼻息を荒くして頷くとマシロはスマホを取り出して、
「アーティ高等学校生徒会長……悪い噂ばかり、どうしようもないくらい不良」
どうやらSNSでパブリックサーチ。
画面を見せられたが信じられないことばかり書かれていた。弄ばれたってつぶやいている女性がいたり、不良を100人ボコボコにしていたなんてつぶやきもある。
根も葉もないものばかり。
「ネットに書いてあることを鵜呑みにしちゃダメだよ。そんなんでSNS探偵を名乗っているのかな?」
「ふんっ、現実逃避?似たようなつぶやきがいくつもあるってことは少なからず真実。火のないところに煙は立たない」
「おっ、良っすね。わっちもそう思うっす。帝一さんの噂のルーツを知りたいっすよ!」
「美玖ちゃんはどっちの味方なのさ!」
「真実の味方っす!」
ビシッと敬礼する美玖ちゃん。
忘れられちゃ困るけど君が変なこと言うからからまれているんだよ。
やはりジャーナリスト、手のひら返しがお得意だということか。
友達だから許すけれども。
「あにきの足元にも及ばないザコ、可哀想にね。そんな奴の妹が私に勝てるなんて夢物語を語らないで欲しいし」
「ほう、言ってくれるね。女性達にチアホヤされて鼻の下伸ばしてる男よりもにぃにの方が健全で優しくて完璧だよ」
「なんでふたりしてここにいないお兄さんたちを傷付けるんすか?」
ホノとマシロの睨み合い。
ここまで頭にきたのは初めてだ。
きいーっ。
「学力トップって話だけど私には探偵業があるし。ザコ共とは違って暇じゃないわけ」
「でも探偵として学と礼儀が無いのは致命的だと思うっすよ!」
「う、うっさい!私だって2位──次の実力テストで私がトップになってやるんだから!」
顔を真っ赤にさせて怒鳴られた。
もしかしてホノに学力トップの座を取られたことを根に持っているか。
学力トップなんて称号に興味なんて無いけど、今だけは少しだけ優越感を感じてしまう。
「お花畑ザコ、テストの前にどちらが優れてるか勝負するってのはどう?」
「なんでそんなことしなくちゃいけないのさ」
これ以上こんな傲慢な人と話すだけでも嫌なのに。
美玖ちゃんの失礼さが可愛く思えてくるよ。
「それに勝った方の兄が上。妹同士はっきりさせようじゃない」
「うむ。ならば仕方ない」
「帝一さんのこととなるとちょろいっすね」
苦笑いを向けられているが、言葉を取り消すつもりはない。
ホノにはにぃにが世界一の兄であるということを証明する使命があるのだから。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
放課後。ホノたちは繁華街にいた。
これから始まるのは兄のプライドをかけた負けられない戦い。
マシロはホノ達にスマホを見せ、
「ルールは簡単。マシュマロ様に依頼された迷い猫捜し、先に飼い主に届けた方が勝ち。まあ圧勝はつまらないしそっちはへにゃザコと一緒で良いから」
と偉そうにルール説明した後にこちらに右手を差し出してくる。
もしかしてスポーツマンシップに則って握手を求めているのか、彼女のことを勘違いしていたかも……パシンッ。
と思ったのも一瞬、手を叩かれた。
「早くスマホ出しなさいよ」
「なんでさ」
「アドレス交換。情報共有しないでどうやって見つけるつもり?どんくさっ」
むきぃ。いちいちひと言多いよ。
……でもアドレス帳が潤っていく。
迷い猫の情報と飼い主の住所と電話番号が送られた。
SNS探偵マシュマロ様の掲示板スクリーンショット。
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【依頼主】ゆずちゃん(8才)
【依頼内容】猫捜し
【猫】ぽんず君(4才)
種・アメリカンショートヘア
重・4.7kg 好・マグロ
特徴・背中にハートの形
生活・家猫
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なかなか詳しく書かれている。
掲示板の管理がしっかりしているのだろう。
猫と女の子の写真。
「見つからないなんて許されないから。と言ってもザコの出る幕なんてないけど」
と吐き捨てて走り出すマシロ。
ホノと美玖ちゃんはその場にポツリと置いていかれた。
別行動だから当たり前だけど開始の合図くらいは欲しい。
「小説じゃないのに勝てるんすか?探偵さん」
「なにを言ってるのかね、ホノに解けない謎はないさ。それに勝たなきゃマシロに調子乗られちゃうからね」
探偵として、妹として負けるわけにはいかんのさ。
なにより女の子が悲しんでいるなら早く家族と再会させてあげたい。
「では行こうかジャーナリストくん」