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●森屋帝一
「作者の気持ちになれば作品の最後はおのずと解る」
ビニールシートが敷かれている9番スクリーンに帰ってきたら穂花の赤面ものの決め台詞。
数分程度しか離れていないのに解決編に突入しているのだから笑えない。
見せ場を作るのが本当にヘタというか、残念な名探偵さんである。
「あ、にぃにお帰り」
「ただいま」
だるそうに近寄り、現場確認。
穂花は安心したようにため息、遊ヶ丘はなにも言わずにこちらを眺めている(視線が怖い)。
等身大の人形が何体も椅子に座り、そして左側に奇妙な人形。
思わず「うわっ」と声を出して飛び跳ねてしまった。
泡を吹き、首に絞められた痕、おでこに四角の中にウサギが描かれたロゴ。女性の死体。
映画撮影に使われていそうなくらいリアルさ、推理ゲームのために作られたと思うと感心する。
そして定番の原稿用紙が足下にあるから確認。
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映画鑑賞中に起きた殺人事件。
【被害者A子】
友人のB子と映画館に訪れた。
真っ黒な服。小学生の時いじめを受けてきた、相談に乗ってくれるB子だけが心の支えだった。
死因・テトロドトキシンによる毒死。
吉川線(爪痕があるため抵抗した)、顔に落書き。椅子の右のポッケにはMサイズのドリンク(テトロドトキシン混入)。
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毒を盛られているのに首を絞めた意図はなんだ、遺体を確認すると細いロープが首に輪っこをつくり椅子の後ろでクロスされて先は足元に転がっている。
他の登場人物は。
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【友人B子】
被害者とは幼馴染で幸福を共有していた。
花屋の娘でA子とは違い服のセンスがあり、彼女の周りにはいつも人が集まる。
「……どうしてA子が……まだ若くて幸せになれたはずなのに、どうしてこんな」
隣の席にいたが死亡時刻はトイレに行っていた。
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【呪術師C子】
怪しげな見た目の女性。
黒魔術が書かれた分厚い本を持っている。
おでこのマークは黒魔術によって作られたものだと語る。
「これは祟りよ!この女、教祖様に逆らったから!罰が与えられたのよ!じ、自業自得ってやつよ!」
被害者の前の席。
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【筋肉D太】
男らしい体型の男性。
ロッククライミングのインストラクター。
命綱として使うロープが被害者の首に絡まっていたが彼の所有物ではないとのこと。
「まさかこの映画の上映中に死人が出るなんて……」
被害者の2列後ろ。
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「誰が怪しいと思う?」
勝ち誇ったように顔を覗き込んでくる穂花。
知らん、と言ってやりたいところだがお兄ちゃんの地位を下げない為にも適当に答えてやろう。
「友人のA子だな」
「ほうほう、理由を聞こうかワトスンくん」
「死因に書いてあるけどテトロドトキシンといえばフグの毒だろ?それで花屋の娘とくれば」
【トリカブト保険金殺人事件】。
とある日本人の男が保険金目的に3人の妻を殺害した事件がある。
その事件ではトリカブトの毒・アコニチンとフグ毒・テトロドトキシンが使われた。ふたつの毒は相殺する関係にあるため検出が遅れたらしい。
もちろん、技術が進化している今ではない話だが。
ただ推理小説のセオリーとして警察は役に立たないからそんなトリックがあってもおかしくない。
「良いね、流石にぃに」
穂花は嬉しそうにB子のカバンを漁り始めた。
そこからハンカチを取り出してぽいっと渡してくる。隠されていたのは青い花、トリカブト。
「え、正解しちゃった?」
あざとく喜んでみるが、穂花も首を振っているように証拠不足。吉川線とロゴの問題が片付かない。
しかもこのトリックを使うつもりだったならトイレに行っている暇なんてない。
真犯人の罠、ミスリードとして考えるのが正しいだろう。
そうなるとどういうことだ、となるわけで。
吉川線が残っているが死因は絞殺ではなく毒殺。
「残念ながらこれは自殺だよ」
「は?」
……自殺?
聞いていた話と違う、遊ヶ丘幽はトラウマが原因で型から抜け出せない推理小説家だとばかり。
いいや、考えるまでもないか。
これは彼女の覚悟の現れだということだろう。
●森屋穂花
『ヴァン・ダインの二十則』には【事件の結末を事故死や自殺で片付けてはいけない】というものがある。それは物語において夢オチに近いから。
しかしこの作品の裏には彼女なりの意味があるように思えた。
「この遺体の状況でどうして自殺に行き着くんだよ?」
首を傾げながら被害者の状態を確認するにぃに。
ドリンクに盛られたフグ毒、首には吉川線、おでこに書かれたロゴ。
どう見たって他殺である。
しかも容疑者3人とも関連しているような演出。
「証拠はこれだよ」
ホノはポッケに入れていたチラシをにぃにに見せる。
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公開映画 『新世界』
制作・桃色幸福委員会【宗教ロゴ】
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映画の内容は胡散臭く、幸福だとか笑顔とかポジティブな言葉が多い宗教作品。
教祖は神格化された女性で、チラシの8割が彼女の素晴らしさ語り。
「なにこれ?……ロゴは遺体のおでこに書かれたものと同じだな」
四角の中にウサギ、意外に細かくウサギが描かれている。
「それと容疑者ふたりの財布にはそのロゴが書かれたお守りが入ってる」
呪術師C子と筋肉D太の財布はお札で分厚く、信者の印であるお守りがはさまれている。
にぃにも探るように友人B子の財布を見ると、お札は少ないけど分厚い。
「こっちはお守りないな」
「だってB子がこの宗教の教祖だもん」
ぎょっとこちらを見てくる。
分からなくても仕方がない、これはにぃにがトイレに行っている間に手に入れた証拠。
宗教映画『新世界』を見た、といっても3分程度の予告なのだが。
その中で教祖らしき女性が鼻から下が映るのだけど、友人B子とホクロの位置が同じだった。
そしてなにより、
「げっ、これって……クレジットカードか?」
財布からバラバラっと出てくるのは他人名義のクレジットカード。その中には【A子】【C子】【D男】のものがある。
ついでに被害者A子の財布を開いて確認すると小銭しかない。
「いじめられていたA子にはB子が心の支えだったから簡単に信じちゃったんだろうね」
依存させて全てを奪い去る、詐欺師の上等テクニックだ。
おそらく初めての洗脳はA子で、自信を持ったB子は活動を広げて宗教団体を作れるくらいに信者を増やしていった。
【「教祖様に逆らったから!」】と呪術師C子が言うように被害者A子の洗脳は解けつつあったのだろう。
けれど友人B子が金づるを手放すわけがないし、クレジットカードのお金に手を出してないわけがない。
もしかしたらこの映画を撮るために全額使われてしまったかもしれない。
後戻りは出来ない。
だから死ぬことにした。自殺と思われないように宗教関係者である数名に疑いをかけることによってB子の悪行は警察の捜査によって明るみになる。
「ちょっと待て、このロゴと吉川線はどうしたんだ」
動機は理解したがトリックは分からない、と挙手して発言するにぃに。
「おでこのロゴは家で書いておいてファンデーションで隠せば良いし、ロープは見たらどうしたかなんてすぐに分かるよ」
首で輪っこを作り椅子に絡めるようにクロスを作り前に持ってくれば簡単に自分で首を絞めることが出来るし足につけて引けば両手があいて抵抗したように吉川線を作れる。
そしてトリカブトを包んだハンカチをB子のカバンに忍ばせて、毒の入ったドリンクをゴクリっと。
前の席に座っていた呪術師C子にも一連の方法で殺害は可能のように思えるがスクリーンの光で立ち上がったたら後ろの観客にバレてしまう。
「だからA子の自殺。どうかな?遊ヶ丘幽さん」
長い髪の隙間からギロリとこちらを見てくる黒いワンピースの女性。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……正解ですぅ、やはり灰荘先生に選ばれた探偵さん──ごめんなさいぃ!私なんかの作品が解けないわけないですよねぇ!ごめんなさいぃ」
視線を向けていただけなのに身震いさせて隅っこに隠れられた。
近づいて慰めようとしたが大きな目で威嚇される、思わず後退り。
「あ、ごめんなさいぃ!緊張すると目を大きく開けちゃうのがクセになってて……でも、変な話ですよね動物は目を大きく開けて威嚇をするのに学校では『他人の目を見て話せ』って……しかも目を見て話してたら怒る人ばっかりで。ってごめんなさいぃどうでもいいことばかりぃ」
ダンゴムシみたいに丸まってブルブルと震える。
手と足の指をクネクネっと動かす。
言うことがまとまっていないのかグルグルと目が回って。
参考程度だが日本人には1割、外国人には10割で視線を合わせるのが好印象らしい。
「もう謝らなくて良いよ、それよりなんで自殺にしたのかな?」
どうしてそんな結末を選んだのか。
読者として興味を持った。
「ごめんなさいぃ、あ……いえ、なんというか。他人の目ばかり気にしている私を変えたくて」
遊ヶ丘さんはすーはーと深呼吸をして少しずつ顔を上げていく。
未だ自信なさげで顔を長い髪で隠してはいるが、
「推理というジャンルほど型にハマって抜け出せないものはないのですぅ。上映が始まれば観客は死体を探しますしぃ。事件、調査、推理の繰り返し。それなのに決まり事があるなんておかしいですよねぇ」
ははっ、と渇いた笑い声。
「もう顔が見えないなんて言わせませんからぁ」
ホノはコクリっと頷き、ビニールシートばかりの9番スクリーンから出て行く。
事件を終えたら探偵は立ち去るものだ。
なにより早くしないと『瑠璃色の瞳』の上映時間が無くなっちゃうから。
「新作が出たらママと一緒に見に行くね」
「ひいぃっ⁉︎ごめんなさいぃ!それはまだ無理ぃ!心の準備が出来るまで富子先生にはもう少し待っていて欲しいですぅ‼︎」
ママにギャフンと言わせるのはかなり骨が折れると思いますが頑張ってほしい。
それにしても、こんなに一生懸命な人を利用するとは。
おのれ、灰荘。
遊ヶ丘幽〔♀〕
自分探し中の映画脚本家
誕生日/4月22日=牡牛座=
血液型/A型 髪/長い黒髪
身長/160cm 体重/41kg
性格/臆病
年齢/28歳
好き/お花.映画
嫌い/人の目.期待
得意ジャンル:スランプ中
【上映】『スターチス』(デビュー作)
心霊スポットに遊びにきた8人の大学生男女。
おふざけ程度の軽い気持ちだった。……しかし本当に幽霊が⁉︎
次々に殺害されていく大学生たち。
そして幽霊の正体は高校時代、彼らが自殺に追い込んだ同級生カスミだと判明する。
どういうわけか傷を負わせることに成功した?深まる謎。
「幽霊なんていない!私たちの中の誰かがカスミのふりをして殺人をしている」
(タイトルに使用したスターチスの花言葉は『変わらぬ心』『途絶えぬ記憶』)