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哲学的ファントム 1/5

挿絵(By みてみん)

●森屋穂花



 ……なにこれ?


火曜日の朝。

場所はホムズ女学園1年A組の窓際、ホノの席。


高級ヘアトリートメントが机の上にぽんっと置かれていた。

メモがくっついていて【穂花さんへ】と書かれているからホノ宛なのは間違いないのだろうけど。


クラスメイトの誰かは知っているか、とも思ったが苦笑いされて首を傾げる人ばかり。


まあ良いや、とりあえずカバンに入れておこう。

意図が分からなすぎて怖いけど。


そして椅子に座って推理小説を開く。

相変わらずクラスメイトとは壁があるようで授業が始まるまでこうして時間を潰している。


「そういえば『瑠璃色の瞳』観に行った?」

「観た観たっ!主演の阿達ムクロさんがすごくカッコ良かった!」

「あの俳優ってアーティ高等学校の生徒よね?……今度サインをもらいに行こうかしら」


黄色い声で売れっ子俳優の話をしているクラスメイト達。

なのだが気付いて欲しい。『瑠璃色の瞳』の原作者であるベストセラー作家・愚昧灰荘のファンたちが不快そうな顔をしていることを。


「実写化なんて灰荘様への冒涜だわ」


びくっ。後ろの席からぼそりっと苛立ちの声。

……やあだ、逃げ出したい。


あんなナルシスト作家のせいでクラスの雰囲気が悪くなる必要なんてないよ。

それに阿達ムクロとかいう俳優よりもにぃにの方がカッコいいと思うのだ。


というわけで全世界の人間がにぃにを愛でる心を持てば世界平和が成立するはずではないでしょうか。




愚昧灰荘、累計4億5千万部のベストセラー作家。

読者を騙すことが上手くラストが予測出来ない実力派。

認めたくは無いけれどこの名探偵・森屋穂花のライバルだ。


ただの女子高生がなにを言っているのやらと言われてしまいそうだが、実際に灰荘から目の敵にされていて『誰も死なない殺人事件』として推理ゲームをしている。


理由はおそらくホノのママ。

森屋富子、推理小説にうるさい批評家で恨みを買うことも多い。


のだが、灰荘自身とはまだ会ったことがない。

腹立つ事に弟子達で小手調べしてから黒幕が出てくるつもりらしい。

そちらのほうが面白いから、なんて考えていそうだ。


初めて推理ゲームをした四奈メアによると弟子は候補を含めて10人いると言っていた。


そして現在4人の推理小説家と戦い、解決済み。

憎っくきベストセラー作家愚昧灰荘へ近づいているのは間違いない。


(本人にあったら悪口を言いまくってやるさ)


キーンコーンカーンコーン。

朝のチャイムが鳴り担任の秋元先生が教室に入ってくる。それと同時にパタンっと推理小説を閉じた。


「はーい、朝礼」


「起立、礼、おはようございます」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 昼休み、屋上でお弁当を食べる。

にぃにが朝早く起きて作ってくれる愛妻弁当、美味しくないわけがない。


「うまっ!なんすかこれ!卵焼きのうまさじゃないっすよ‼︎」


「ふふんっ!そりゃあにぃにの料理は世界一だからね」


へにゃっとした口に茶髪のミディアムヘア。

2年生で新聞部部長の浅倉美玖。

美玖ちゃんと呼ばれると嬉しいらしいからそう呼んでいるが一応1学年先輩。

お弁当に入った卵焼きを食べて顔をとろんっとさせている。


思うところはあるけれどにぃにが美玖ちゃんの分も用意したことだし……ホノの初めての友達だから少しは大目に見てやろう。


「そーいや穂花ちゃん、灰荘の正体について話したいことがあるんすよ」


「またにぃにが怪しいとか言うんじゃあるまいな?もしそうならひっぱたいてくれよう」


「まあ、帝一さんが白ってワケでは無いんすけど……これを見てくれるっすか?」


美玖ちゃんはお箸を咥えながら鞄からファイルを取り出して渡してくれた。

ぱらっと開くと、アーティ高等学校に通っている生徒6人の情報。


どこで調べたんだ、と思うくらいに詳しく書かれている。

彼らの共通点は『アーティ高等学校の生徒』『高校2年生』『妹がいる』ということだ。


根拠を聞いたが、灰荘の弟子である風紀委員長・藻蘭千尋からのヒント。

『アドリエッタの正体はホムズ女学園生徒会長・宇多川愛梨である』という前提で推理ゲームの時に与えられたヒント。

それを元に辿り着いた人物達らしい。


正直驚いた。

三流ジャーナリストと思いきや、仕事が早い。



───────────────────


 【イケメン俳優】阿達ムクロ。


 【未来のカリスマ医師】霧崎十九。


 【一流華道家】恋鳥定。


 【元文豪少女】ジョアンナ・マリー。


 【エリート弁護士】鉄戸晩日。


 【世界征服を企む皇帝】森屋帝一。


───────────────────



……明らかにひとりだけおかしい気がする。

にぃにがいつ世界征服なんて企んだか。変な設定を付け足さないで欲しい。

それに名前に『帝』が付いてるからって『皇帝』はあまりにも安易ではないだろうか。


「まあ、確かにこの()()は怪しいね」


「わっちの勘が間違いないって言ってるす。信じてくれて大丈夫っすよ!」


お弁当を食べながら胸を張っている。

容疑をかけている人物が作ったお弁当を美味しく食べている現状に違和感を覚えないのかな。


「それにしても、どうして情報を共有する気になったのかな?美玖ちゃんはそういうことをしたがらないと思っていたけど」


「決まってるじゃないっすか……友達に隠し事をしたくないからっす」


頬を赤らめて、恥ずかしそうにもじもじする美玖ちゃん。


「で、本心は」


「帝一さんじゃないなら穂花ちゃんにちゃちゃっと解いてもらった方が楽だと思ったからっす」


呆気なく腹の裏を曝け出す、普通ならドン引きするかもしれないけど案外悪い気はしない。

頼られているってことじゃないか。


にぃにの汚名も晴らしてやらねばならんのでな。


「仕方ないね、ジャーナリストくん。名探偵であるホノが華麗に解き明かしてくれようではないかっ!」


「ワトスン役は任せて欲しいっす!」


「だから助手(サイドキック)はにぃになのっ‼︎」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 学校を終えて美玖ちゃんと一緒に帰宅。

と家のドアノブを掴むと憂鬱が襲ってきた、火曜日といえばにぃには生徒会のお仕事で遅くなる。


「はあ」


扉を開けるのも面倒になるくらいに脱力した。

いっそのこと美玖ちゃんの家に遊びに行ってしまおうか。


ガチャっ。

あれ?……鍵が開いていた。


「おかえり、穂花」


「た、ただいま。生徒会は?」


「今日は特に仕事が無かったから帰って来た」


玄関に腰掛けていたのは、私服に着替え終えているにぃに。

憂鬱から救われて思わずニコニコしてしまう。


「やった!じゃ、どこかに遊びに行こうよ」


「あー、それなんだが……これがポストに入ってたぞ」


にぃには苦笑いを浮かべながらポッケから手紙を取り出してホノへ。

表裏、なにも書いてない。

おそらくあれだろう、もう恒例になりつつある。


コンコンッ、と頭の中で音が聞こえた。

名探偵には事件から訪れてくるもの。


「灰荘の弟子からの手紙、じゃないか?」


「そのようだね」


にぃにも勘付いたから出掛ける準備をして待っていてくれたのだろう。

流石はホノのワトスンくんである。


ペリッと手紙を開く。



───────────────────


 私は告白する。

 ふしだらな女は鳥にレベッカと名付けた。

 サイコと間違えられた男はめまいをおこしロープで命を絶つのだ。


 私が輝く場所で待つ、名探偵。


───────────────────



まるで詩だ。

しかし、ヒントがあまりにも有名過ぎないかい?


「ひと切れのケーキ、だね」


「ん、なに言っているんだ?」


にぃにも確認するが首を傾げる。

数学しか興味のないから仕方ないかもしれないが少しは分かるだろうに。


「ペロリっと食べれるくらい簡単ってことさ。じゃあ、これならどうかな?」


ホノは玄関にあるボールペンを取り出して、手紙に書き加えていく。



───────────────────


 『私は告白する』。

 『ふしだらな女』は『鳥』に『レベッカ』と名付けた。

 『サイコ』と『間違えられた男』は『めまい』をおこし『ロープ』で命を絶つのだ。


 私が輝く場所で待つ、名探偵。


───────────────────



ここまで教えれば気付くことだろう。

有名過ぎる作品達。


「なるほど、ヒッチコックか」


「うむ、その通り」


アルフレッド・ヒッチコック。

数々の名作を生み出した名監督でありサスペンス映画の神様である。


「映画監督が輝く場所は決まってるよね?」


「よし、なら穂花も着替えて行くぞ。暗くなる前に帰ってきたいな」


「……はーい」


興味がないのは知ってるけど、雑だよ。

謎解きしたというのに達成感のない。


どうせ映画館に行くのなら、ついでに灰荘の『瑠璃色の瞳』でも観ようか。

にぃにの財布事情も確認しておこう。

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