黒幕だろうと朝は来る
●森屋帝一
スマホのアラームが鳴って目を覚ます。
うとうとしながらシャワーを浴びて制服に着替え、うがいガラガラ。
火曜日、時刻は朝5時。
これから家族の朝食とお弁当を作らなければならない。
母さんは批評家の仕事を真夜中までしているし父さんや穂花には料理は頼めないから。
僕も好きでやっているし別に構わない。
「ハドソン、おはよー」
カメレオンのハドソンに挨拶と朝食のコウロギを、可愛い顔でペロリパクリ。
ずっと眺めていたいけど仕事をしなくては。
冷蔵庫を開いて中身確認。
まずはお弁当を作る。
ひと口サイズの食べ物を何種類か入れて白米。おまけのふりかけ。
コーンスープは魔法瓶へ。
いつもより多めに5セット。
「帝一、おはようございます」
「おはよう母さん、今日は早いな」
「はあ」
大きなため息をしながら椅子に座る母さん。
……不機嫌な顔を見ただけで察する。
これはあれだ、気に入らない推理小説を読んでイライラしている。
「いつからこの国の作家はコピー機に成り下がったのですか?本当に腹立たしい。資源を無駄にしている自覚を持ちなさい」
「はーい、コーヒーを飲んで落ち着こうねぇ」
このままでは血管を切ってしまうんじゃないかと思えるほど激昂していたから急いでコーヒーを差し出す。ずずっと飲んでカフェインチャージ。
「すみません。昨日読んだ作品があまりにもテンプレのオンパレードで頭痛がしたものですから」
腹が立っている批評家富子先生。
母さん曰く『デジャヴ作品』。
想像できる筋書きという退屈。
求めるのはオリジナリティがどれ程あるか。
個性的こそこの魔女の好物だ。
「他人を模倣しすぎて作者の顔が見えないのです。私は誰に批評を浴びせたら良いのでしょうか」
「タマゴ何個食べる?」
「ひとつお願いします。他人の作品を真似てまで執筆をしようとする浅はかさ。許し難き」
「ベーコンは、いつも通り2枚。パンはどうする?」
「今日は1枚で構いません……はあ、ストレスが溜まりましたのでまた旅館に行きましょうか」
いやいや、あれから2日しか経っていないのになにを言っているのか。
母さんは仕事の休みを確認するために手帳を開く。
駄作を読むたびに拐われていたら僕も弟子達も逃げだすからな。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
6時30分。
「うぃー、おはよう」
続いて現れたのはジョリジョリ髭の家の大黒柱、父さんがあくびをしながら顔を出す。
母さんの隣に座った。
「おはよう父さん。タマゴいくつ食べる?」
「3つだな!ベーコンは4枚頼む!」
「浩二さん何度も言ってますがタマゴの食べ過ぎは良くありませんよ。ふたつまでです。それと最近あった面白い事件の話をして下さい」
「……ママ、朝からそれは勘弁。それに子供達がいるんだから」
「帝一も穂花も高校生なので問題ないかと」
あるよ、生々しい事件の話を子供に聞かせたがる親がどこにいる。
確かに小説のアイデアが浮かびそうだから聞きたいところだけど、朝食を食べながら現実の殺人の話なんて聞いたら不味くなる。
「穂花はまたあれか?ママと同じで小説読んで夜更かしか」
「私と同じ作品を読んでいないことを祈ります」
まだ寝ているようで穂花は来ていない。
いつもなら推理小説に手こずって夜更かししたんだろうと思う場面なのだが。
おそらく今日は違うだろう。
「スマホの画面を眺めてニヤニヤしてたんじゃないかな」
両親は首を傾げた。
穂花はカフェ・グレコから帰ってから、ずっとアドレス帳を見せてきて『にぃにに勝った!』と喜んでいたのだ。
────────
・浅倉美玖
・にぃに
・パパ
・ママ
・四奈メア
────────
1件負けた、くそん。
まさか高校で兄を超えていくなんてな、もう教えられることは何もない。
とにかく、夜更かしの理由は友達が出来た感動だろう。
「おはようっ!」
とたたたっとリビングに登場する妹の穂花。
「髪ボサボサだな、ご飯食べたらシャワー浴びな」
「了解っ!ホノはタマゴとベーコンふたつ、パンは1枚でお願い‼︎」
家族が全員席についたからタマゴとベーコンを焼いてパンをトースターへ。
牛乳のパックとガラスのコップを穂花の前に置く。
「帝一、俺にもコーヒー」
「自分で用意することだな」
「くわー……パパには冷たいのなっ!」
不服そうに口を膨らませる父さん、もはやどちらが親か分からない。
国家の犬に尻尾を振るほど落ちぶれちゃいないのさ。
朝食を机に運んで僕も穂花の隣に座る。
「にぃにに感謝を込めて手を合わせましょうっ!」
元気の良い穂花の声。
「「「「いただきます」」」」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
7時。
母さんと父さんはご飯を食べ終わるとすぐに仕事に出かける。
「父さん、忘れ物は」
「おう、多分ないっ!いってくる‼︎」
「母さん、作品の悪口は」
「ええ、ほどほどに。いってきますね」
「「いってらっしゃい」」
僕と穂花は敬礼しながら両親を見送る。
批評家と警察官、恨みを買うことだって多い。
どうか無事に帰ってきますようにと火打ち石。
カンカンッ。
穂花は風呂場に行き。
僕は食器洗いと穂花の制服を用意する。
「置いとくぞー」
ザアアアアッとシャワーの音がうるさくて聞き取りづらいけど「はーい」と返事。
ひと段落。ふう。
リビングでコーヒーを飲みながらテレビを見る、ニュースコメンテーターのイケメン俳優が愚昧灰荘の『瑠璃色の瞳』の探偵役のため番宣と舞台裏の秘話を話している。
『この役はぼくの為に書かれたんじゃあないかって思うくらいにハマり役だったよ』
「君の演技が上手いだけだろ」
阿達ムクロ。
僕が思うかぎり彼以上の俳優はいない。
別人を完璧に演じきれる。
どんな大物俳優だろうと大根に見えてしまうほどだ。
次元が違うと思う。
「そういえばこの人にぃにの同級生だっけ」
いつのまにか隣で髪をタオルで拭いている穂花。
「まあな。でも仕事が忙しいみたいで学校には全然来ないからよく知らん」
「売れっ子の高校生俳優だもんね。ホノはどうでもいいけど」
イケメン俳優なのに興味ないのか。
そういや穂花から『この俳優さんの顔好き』という言葉を一度も聞いたことが無いな。
「にぃに、後ろ」
「はいはい」
後ろの髪まで手が届かないようで手伝う。
腰まである長い髪、正直支度に時間がかかる。
ドライヤー持ってこよ。ぶわーっ。
クシを通して完成。
穂花の髪に15分持っていかれた。
ピンポーン。
ちょうどいいタイミングで呼び鈴が鳴る。
玄関を開くと一眼レフのカメラを首にかけてへにゃっとした口で笑っている女子高生。
「おはっす。昨日もらった自家製のおでんめっちゃ美味しかったっすよ!」
カラのタッパーを手渡して頭を下げるジャーナリスト浅倉美玖。
なんだか印象が柔らかい。疑いが薄れたのか、それとも胃袋を掴んだのか。
「うい、じゃ」
「えっ?いやいや、ちょ」
玄関の扉を閉めようとしたらガシッと腕を掴み止められた。
「なに?」
「なにって、穂花ちゃん迎えに来たんすけど」
「……まじ?」
「マジっす」
あ、やばい泣きそう。
穂花に家まで迎えに来てくれる友達が出来るなんて。
「ありがとう、これからも穂花と仲良くしてくれ。お弁当多めに作ったから食べて」
どういうわけかひとつ余分に作ってしまったお弁当を手渡す。
「あざっす!……な、泣いてんすか?」
「にぃに、いってきます!」
感動しながら穂花たちを見送る。
忘れずに火打ち石、カンカンッ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
時間は8時。
アーティ高等学校の前まで行くと知らないうちに後ろには不良達の行列。
対立している不良高に乗り込みにいくような光景に苦笑いしか出てこない。
前方はモーセの十戒のように道が開いていく。
「おはようございます!生徒会長‼︎」
「ご機嫌麗しゅうっ!おいテメェなにボサッとしたんだ⁉︎帝一さんにコーヒー買ってこいや‼︎」
「は、はいぃぃぃい!ただいまっ‼︎」
やだやだ、怖いよ。
「今日も帝国は健在だな」
「僕は生徒会長だ」
番長である畑地海兎の嬉しそうな言葉に全力で首を振る。