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●浅倉美玖



「ごちそうさまっす」


「どういたしまして」


なんだかおかしな気分っす。

わっちが手を合わせて頭を下げると優しく笑う帝一さん。

独りっ子すけど「お兄ちゃん」と呼んでしまいたくなる包容力……まあ同い歳なのだけれど。


愚昧灰荘がコーヒーを買っていくらしい喫茶店グレコ。

料理が美味しく、店の雰囲気も良い。


『本棚が怪しい』と言っていた穂花ちゃんだったが四奈メアという中学生とアドレス交換してからテンションがおかしくなって推理どころではなくなった。


「穂花、帰るぞ」


「……んー。にぃに、おんぶ」


そして結果がこれである。

疲れてしまったのかカウンターにふせて眠っている。

身体を揺らすけど起きたくないようでセミのように帝一さんの背中に張り付く。


本当にこの娘は兄の前では甘えん坊というか……学校の時とは大違いだ。

人見知りで物静かにしてるから、クラスメイトには高嶺の花と思われてる。

まあ美少女で学歴トップ。高スペックには違いない。


帝一さんは馴れた様子で「やれやれ」と苦笑いしてから普通に会計を済ませて店を出る。

メアに叩かれた頬の腫れはまだ取れていない。思った以上に容赦なく叩かれたみたいだ。


「美玖にもお願い出来るか」


「えっと……おんぶをっすか?」


「違う。穂花とアドレス交換して欲しい」


穂花ちゃんが握っているスマホを奪い取り、渡してくる帝一さん。


「いやー、どうっすかねぇ。わっち嫌われてるっすよ?勝手に入れちゃって良いんすか」


「嫌いだったら口も聞かないだろ。それに君くらい変わってないと穂花の友達にはなれないだろうさ」


穂花ちゃんの方が変わり者だと思うっすよ。

それに女の子は嫌いだろうと話すし遊びに行ったりする。

男の子とはルールが違うのだ。


「ダメっす。わっちには友達になる資格はないっす」


「どうしてだ?」


スマホを寝ている穂花ちゃんのポッケに戻して、首にかけている一眼レフのカメラで写真を撮る。


パシャッ。

妹をおんぶする兄の写真。日常の幸せな一場面。


「帝一さんが愚昧灰荘だったら。この光景は無くなるっす……わっちがやろうとしてるのはそんな最低の行為なんすよ」


愚昧灰荘を『大っ嫌い』と言っている穂花ちゃんの事だ。

しかもそれが『大好きなにぃに』だったらどれだけ傷付くか。

大好きだった者を大っ嫌いになる。


私欲のために兄妹の関係を壊そうとしている奴が友達なんて、笑ってしまう。


「じゃあ父さんに言った『友達』は嘘か」


「あはは、わっちは嘘つきっすから。パパさんから情報を引き出すための方便す」


複雑そうに笑う帝一さん、傷付けてしまったのだろう。


でもわっちはそういう人間だ。

大っ嫌いな嘘を暴くために大嘘つきになったしょうもない女っす。


「結局わっちは自分のことしか信じちゃいないんすよ。だから心理学を勉強したんす。他人の嘘を見抜けるように、自分の嘘が見透かされないように」


そんな奴に友達はいらない、作らないほうが良い。

関係を滅茶苦茶にして終わるのがオチである。



「嘘つきなら自分のことを正直者に見せなきゃダメじゃないかね?ジャーナリストくん。そんなことを気にしてる君は真実に貪欲なだけのただの優しい女の子だよ」



おでこにぺちんっとデコピンが飛んできた。


「起きてたんかい、自分で歩きな」


「やだ。楽だからこのまま帰る」


薄目でこちらを眺めている穂花ちゃん。

いらないことまで多く話してしまったような気がする。


「んっ!」


穂花ちゃんはおんぶされながら右手を差し出してくる、グーの状態で小指を立てて。


「な、なんすか?」


「嘘つきでも構わんからホノの友達になってくれませんか」


不安そうに笑っている。

気のせいか手が震えて、馴れてないから友達作りが怖いかもしれない。

……それにしてもこの右手。


「『嘘ついたら針千本』ってことすか」


顔に似合わず怖いことしてくる。


「裏切り者には死を。それに美玖ちゃんが考えてる筋書きには絶対にならないよ」


「帝一さんは灰荘じゃないから……ってことっすよね」


「ワトスンくんを信頼しなさいな」


力強く頷いて、満面の笑顔を向けてくる探偵さん。

『灯台下暗し』とも思うが。

ここまでしつこくお兄ちゃんのことを嗅ぎ回っているジャーナリストに『友達になろう』なんて、変人としか言えないだろう。



「……後悔しても知らないっすよ」



なぜだか帝一さんの目がうるっとしていた。

小さい声で「ありがとぉ」と呟いている姿は妹が大切な兄、そのもの。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



アパートの借りている一室。

誰もいないから「ただいまっす!」と言っても沈黙しか帰ってこない。

もう馴れたけど、あの騒がしい兄妹といるとアパートの静けさが少し怖くなってしまう。


帝一さんがタッパーに入れてくれた手作りのおでんを冷蔵庫にいれる。

明日のご飯はこれで決まり。

優しいお兄ちゃん。そんな彼が妹に嘘をつき続けているなんて考えられるだろうか。


「あー、ダメっす。スクープに感情移入するのは良くないっす!」


パンパンッと両手で顔を叩く。

感情は真実を曇らせる、証拠を集めて辿り着いたひとつだけが真実だ。


そして、もう目の前まで来ている。


わっちはパジャマに着替えて歯磨き、終わったら自室へ。


新聞、写真。壁中に貼られて怪しい空間。

全てが愚昧灰荘関連の資料。

幼い頃からの悪いクセだ。気になってしまったからには真実を知らないとやめられない。


「残念っすけど、探偵さん。この事件だけはわっちの勝ちなんすよ」


自分ながら悪い顔で笑っていることだろう。


カメラのデータをコピー機に送り、出てくるのは中学2年のクラス名簿。

卒業アルバムの怪しい箇所は全て撮らせてもらった。


これが最大の証拠。


アドリエッタの推理ゲームで分かった【宇多川凛と愚昧灰荘は中学時代のクラスメイト】というヒント。

名簿を見ればやはり帝一さんと凛は同じクラスにいたと分かる。


そしてホムズ女学園の風紀委員長・藻蘭千尋は灰荘がアーティ高等学校にいると臭わせていた。

宇多川凛は現在、高校2年生。


ついでに言えば穂花ちゃんが言っていた灰荘のペンネームの意味から妹がいると推測。

愚妹(ぐまい)敗走(はいそう)



つまりアーティ高等学校2年生で妹がいる人物=愚昧灰荘。


「あはは、やっぱり帝一さんじゃないっすかー。救いようのない嘘つきっすね」


優しい顔をしながら他人を嘲笑っているに違いない。

やはり信じなくて良かった。

へへん、わっちの勘は一級品っす。


今度こそ言い逃れなんて出来ないように他のクラスメイトも確認。

持っている情報を当てはめていく。

でもまあ、条件が合う人なんて……。


「なんすか、これ」


理解出来なくて目を丸めてしまう。

どう考えても、何度見返してもやはりおかしい。


中学2年A組に在籍していた生徒たち。


なんだこのエリート世代は。

なにかしらの才能で成功している超人高校生ばかり。

半分以上が芸能人、そのほかも才能を生かしている。


誰が灰荘だったとしてもおかしくない多才ぶり。


「いやいやっ!そんなこと関係ないんすよ!アーティ高等学校に入学して妹がいる人なんて」


……いる。

帝一さんを含めて6人。

他もエリートの中のエリート。



───────────────────


阿達(あだち)ムクロ】

 男性、アイドル歌手、俳優、ニュースコメンテーター。

 なんでも完璧にこなすイケメン俳優。


───────────────────


霧崎(きりさき)十九(じゅうく)

 男性、医学に精通していて海外病院からのスカウトが来ているらしい。


───────────────────


恋鳥(こいとり)(さだ)

 女性、有名な華道家。

 彼女の作品に億単位出す人が何人もいるのだとか。


───────────────────


【ジョアンナ・マリー】

 女性、幼い頃に小説コンクールで優勝した記録がある。文豪少女と呼ばれていたがある日ぱったり噂を聞かなくなった。


───────────────────


鉄戸(てつど)晩日(ばんび)

 男性、弁護士の父の影響で法律に詳しい。

 冤罪で捕まったホームレスを弁護して無罪にさせたことがあるのだとか。


───────────────────



ぼふっ。

現実を直視したくなくてベッドに倒れる。

近づいたかと思ったが余計に遠くなったような気がした。


ひとりだけを怪しんでいたのに、灰荘かもしれない人物が5人も現れて焦る。

名が売れているエリート達。


はあ、今日はこのまま寝てしまおう。

考えるのはその後でもいい。




わっちは自分の小指を眺めた。

ゆびきりげんまん。


「……なにを狼狽(うろたえ)てるんすか、浅倉美玖。もし帝一さんじゃないなら友達の探偵さんが暴いてくれるっすよ」


あまりに都合の良い言葉に笑ってしまう。

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