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●藻蘭千尋



 1時間前。

放課後、風紀委員の仕事に従事している私の前に貴族のご令嬢のような人物が現れた。

オーラが凄まじく初見ならば誰であろうと威圧されてしまう存在感。


ホムズ女学園生徒会長。宇多川愛梨さん。

日本人ではありえない金髪ロールにお嬢様口調。

この見た目で歌舞伎の名家なのだから違和感があって仕方ありません。


いつもは学園の廊下ですれ違ってもぺこりと頭を下げる程度なのですが今日ばかりは違いました。



「近いうちに探偵さんが貴女方の隠れ家に赴くそうですわ」



私達の隠れ家。

あの方と弟子達の仕事場でもあるカフェ・グレコ。


「どういうことでしょう?」


「あら、ここまで言っても分からないのですわね。名探偵さんの推理であの店にはなにかあると見透かされてしまったのですわ」


そんなわけがない。

現時点であの場所に辿り着くなんてほぼ不可能。

知っている誰かの裏切りがあるはずです。


聞かなくてもそれが誰かなんて分かりますが……3番弟子アドリエッタ。

彼は自分だけがあの方にふさわしいと思っている。だからこそ他の弟子達が集まる仕事場を使えなくしたいのでしょう。


ドリトル・チャルマーズと同じく報告なしで推理ゲームが行われた。


「……そういえば、弟さんはいかがでしたか?」


「残念ながら敗北ですわ」


にこりと微笑む生徒会長。

それから扇子で口元を隠して、


「今回は種をまけたので良しとしますわ。これで我らの師匠の勝ちは薄い。感謝してほしいですわね」


勝ちは薄い、とは。


「愛梨生徒会長、まさかあの方を裏切ろうと」


「あらあら、お可愛い。本当に分かってないのですわね。彼の本性を考えればすぐに答えは出るでしょうに。愚かでしてよ」


パシンッと扇子を閉じて「もう話すことはないですわ」と立ち去っていった。

……相変わらず気が合わない。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 真っ暗な空間。

私はカフェ・グレコの隠し扉の裏で身を潜めています。

生徒会長の挑発を受けて隠蔽(いんぺい)作業のために来たのだが、まさか今日。

すぐに助けを呼びましたがもう少し時間がかかるでしょう。


あの方。探偵役である森屋穂花さん。新聞部部長の浅倉美玖さん。


しかも来て早々に本棚の謎を解いて開けようとしてくるものですから板を挟んで耐えました。

流石と言うべきか。



『穂花とも仲良くしてくれてるようだし、たまにはうちに食べに来て良いぞ。好きなもの作ってやる』



ゴンッ。

衝撃的すぎて頭をぶつけてしまいました。


「いたぁっ」


コンビニ弁当ばかり食べている美玖さんにかけた言葉。

羨ましい。私なんて家の中に入ったことも無いのに。手料理を振る舞ってもらえるなんて。

なんだか今の状況もあってか、少し泣きそうになってしまいました。


けれど、なんとしても地下室だけはバレてはいけない。

ここを乗り切れば『愚昧灰荘が気に入っている喫茶店』として納得してくれるだろう。


周りを気にせずにあの方と会える場所なんて少ないから、守りきってみせる。


あのご令嬢。なにが『感謝してほしい』ですか。

私も美玖さんにヒントを与えましたがあの方が不利になっていく現状を喜べるわけがない。

彼が推理小説を始めた理由を考えればそれくらい……。


「なるほど、理解しました」


認めたくないですが愛梨生徒会長の言わんとしていたこと。

そして私がこれからどう動けば良いのか全て理解しました。




●四奈メア



 ダンッ。

イライラしながら私はカフェ・グレコの扉を開けた。



──────────


 助けて下さい。


──────────



藻蘭先輩から緊急メールが届いて走って来たから肩で息をする。

吹奏楽部の練習を途中で抜け出してきたから変な用件なら問答無用にぶっ叩く。

姉弟子だろうと知るか。



「「「「……………………」」」」



「いらっしゃいませ、どうぞお席に」


オジサマが席に案内してくれて、そのまま座った。


え、なにこれ?

カウンター席には灰荘大先生。女探偵。とその相棒のへにゃ口。

突然現れた私をじっと眺める3人。


「四奈メア」


困惑しながら女探偵・森屋穂花が呼ぶ。

呆気なく負けた私の事なんて忘れていれば良いのに憶えていたらしい。


はあ。仕方ないからカウンター席の方まで行く。


「久しぶりね女探偵、とその兄。……貴女は?」


「浅倉美玖っす。ハー・マジェスティーズ楽器店の娘さんっすよね」


美術館で行われた推理ゲームの映像を見た時よりもチャラチャラしているような印象を受ける。

へにゃっと笑っている顔のせいでなにを考えてるのか分からない。


そしてなにより灰荘大先生。

本当に私の推理ゲーム以来みたいな反応をしているからすごい。


「君はどうして、ここに」


聞きたいのは私の方だ。

ここの地下には私達の仕事場が。


え、もしかしてバレた?

と焦る私だったがスマホがブブッと鳴る。



─────────────────


 コーヒー豆を買って下さい。

 常連風に。


─────────────────



あの女。

てか、どこに隠れているのよ。


「マスター、いつもの。コーヒー豆3万円分を持ち帰りでお願いするわ」


「はい。少々お待ちください」


オジサマはお店の裏に行き、用意してくれる。

財布の中身が全てコーヒー豆になってしまった。

けどベストセラー推理小説家の買い物が千円単位なんて格好がつかないのよ。


「私、灰荘大先生の弟子になったから。この店にはよく来るのよ」


「ベストセラー作家が女子中学生をパシリにしてるのか」


ゔっ。灰荘大先生が苦笑いでそう言うものだから目をそらしてしまった。

仕方ないの、怪しまれないためよ。


「イジメられてるんすか?」


「ち、違うわ。私が好きでやってるのよっ!……灰荘大先生はここのコーヒーが気に入ってて買っていくと喜んでくれる……から」


自分で言っててなんか『ヒモに貢いでる女』みたいだわ。

女探偵とジャーナリストの哀れみの視線。


「灰荘本人はこの喫茶店に来ないのかな?」


「ベストセラー推理小説家なんだから忙しいに決まってるわ。コーヒーを買いに来るのは弟子だけよ。店の場所も分からないって言ってたかしら」


目の前に思いっきりいるけど。

でも女探偵のこの感じ、地下室はまだバレていない。


「わっちも確認いっすか?」


ジャーナリストが手を挙げる。


「なによ」



「気になるんすよねぇ。視線はわっちと穂花ちゃんに向いてるすけど、身体とつま先は帝一さんを向いてるんす……どうしてっすか?」



なにを言ってるのかしら?

並び順は灰荘大先生、女探偵、ジャーナリスト。

確かに少しだけ左側に身体は向いているが。


余計に口をへにゃっとさせて、


「人間ってのは表情の他にも感情の読み解き方があるんすよ。身体の向きもそのひとつっす」


「は?言っている意味が分からないんだけど」


「カラダは正直ってこの事っすね。つまりは」


パシンッ。



「「へ?」」



私は全力で灰荘大先生の頬にビンタ。

その場の空気が凍る。



「……痛いん。え、なんで殴られた」


「に、にぃに。大丈夫?」


あわあわしだす女探偵。

正直私もそうしたい。

手が震えないようにするのに精一杯。


「なにが言いたいか分からなかったけどこれで満足かしら」


「……思ってた展開と違うっすけど」


ボロを出す前にオジサマが裏から戻ってきてコーヒー豆が入った包みを渡してくれる。


「いつもご利用ありがとうございます」


「ありがと、また来るわ」


震えそうな右手で財布から3万円を取り出して渡す。

さっさと立ち去ってしまおう。


とたとたと歩いて扉のノブに手をかける。

……いや、他に伝えたいことがあった。


「女探偵。スマホ貸しなさい」


「え?あ、うん」


ポッケから取り出したスマホを荒い手つきで奪い取る。


メールアドレス交換。

ぽいっと返した。


「最優秀賞取って、私が一流の推理小説家(はんざいしゃ)になれたらまた勝負しなさいよ。今度は負けてやらないから覚悟することね」


少し動揺したがコクリと頷く女探偵。


「分かったよ。にぃにのほっぺの敵討ちもしなくちゃいけないからね。楽しみにしてる」



不適に笑い合う。

今度会うときは佳作作家としてではない、灰荘大先生4番弟子四奈メアだ。


そうして私は頬を真っ赤にさせた師匠を視線に入れないように喫茶店を後にした。




ブブッ。

カフェ・グレコから出た瞬間にスマホが鳴る。

藻蘭先輩からメール。



───────────────────


 助かりました。

 ありがとうございます。


 ……しかしあの方になんてことを。

 メアさん、後でお話があります。


───────────────────



どうしてこうなったか、話があるのはこちらのほうだ。

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