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●森屋穂花
ハー・マジェスティーズ楽器店。
古いのに店内は広い。ヴァイオリン、ピアノ、ギターはもちろん日本楽器、民謡楽器なども多種多様に売られている。ただ客がいない。
入り口のすぐ右側にある会計レジに座っている優しそうなおじいちゃん。
ホノは指をさして、
「おじいちゃんが灰荘の弟子かっ!」
パシンッとにぃにの左手で頭を叩かれた。
痛くはないが鋭い音が響く。
「ほほっ、お前さん達が孫が言ってたお友達だね。孫は2階にいる、上がっておくれ」
「いえ、友達ではなく」
否定しようとすると「行くぞ」とにぃにに引っ張られてしまう。
……だけど、すぐに足を止まった。
異様な光景が広がっていたから。
この楽器店には小さな演奏台があるのだが十脚のパイプ椅子が用意されている。
「人形?」
そのパイプ椅子に座るのは女の子が遊ぶようなオモチャの人形。
半分が女の子でもう半分が男の子。
左端にいる人形だけは手の形が変だ。
壊れているのだろうか、人差し指と中指がクロスしていて小指が握られている。
他の人形はぴんっと全ての指が真っ直ぐなのに。
「人形ってなんか怖いよな」
「そんな男の子って多いらしいね」
世の中には人形恐怖症があるそうだ。
そんな人がこの光景を見たら泣いてしまうんじゃないだろうか。
とにかくあの優しそうなおじいちゃんの孫に会いに行く。
……普通に友達を家に呼んで遊ぶ予定なだけだったならどうしよう。
いいや、ここで合ってるはず。
あの初々しい暗号に間違いが無ければ。
楽器店の奥にある階段を上ると廊下を進んで5つほど扉、そのひとつが開いている。
「穂花、危なくなったら僕を盾にしてでも逃げてくれ」
「……怖いこと言わないでよ。一緒に逃げよ」
部屋に入ると下の階の演奏台と同じように異様な空気。
人形がそれぞれの役割を受けてポーズをとっている。
1体は被害者役。
3体は容疑者役。
周りに置かれた何体かは関係者と警官だろうか。
「来たわね、探偵。ようこそ私の推理小説に」
中央には人形ではなく可愛らしい女の子。
肌は小麦色に焼けていて、金色に染めているショートヘア。
服装はぶかぶかのピンクのトップス、萌え袖ってやつか。
模様入りのスカート。
ひと言で表すなら中学生のギャル。
「君が灰荘の弟子かい?」
「え?……ええっ!そうよ。愚昧灰荘大先生の10人の弟子のうち4番目。四奈メア。14歳」
10人、どれだけ弟子がいるんだ。
藻蘭先輩や、この褐色の女子中学生。もしかして弟子は全員女の子だったりして。
ハーレム推理小説家なのかな?
……灰荘も女性の場合があるか。ホムズ女学園にいる可能性も高い。
「貴女たちは」
ムスッとした顔でこちらを睨む。
どうやらこちらに名乗って欲しいみたいだ。
「ふふふっ!名探偵の森屋穂花!」
「その兄、帝一」
メアが興味深そうに歩み寄ってくる。
関心を持たれたのはにぃに。
駄目だよ。
にぃには距離感をわきまえない人が苦手なんだ、コミュ症でして。
ほら、顔に『やめてっ!』って書いてある。
「面白い名前してるわね。少し違えばもっと面白いのに」
推理小説好きならにぃにの名前を聞いたら大抵興味を持つ。
でも『や』だからね、『あ』だったら取り返しつかないよ。
ホノがにぃにをライヘンバッハの滝に叩き落とさなきゃいけなくなっちゃうじゃないか。
「僕は良いから、早く始めてやってくれ」
「そうね。探偵、ルール説明は必要?」
首を振る。
「大丈夫。この部屋に来て全部理解したよ」
「……なら、どうぞ」
不機嫌そうになるメアをスルーして、部屋を見渡す。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
メアに原稿用紙を渡された。
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今日は劇場でヴァイオリンコンサート、
奏者は4人、順に演奏されていくはずだったが。
奏者のひとりが殺害されてしまった。
現場は被害者の楽屋。
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まず被害者を見る。
横には原稿用紙が置かれている。
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【被害者A子】
致命傷・背中に刺されたナイフ。
顔立ちは綺麗だが自信家で性格が悪く敵が多い。
左手の薬指に指輪。
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倒れている女の子の人形である被害者にはオモチャの包丁が背中に刺さっている。
そして手の先には額に入った肖像画があり偉大な音楽家ハイドンだ。
被害者の真上の壁を見ると他の肖像画がバッハ、モーツァルト、ひとつ飛ばして、ベートーヴェンの順に飾られている。
飛ばした空間にはハイドンだったのだろうか。
次に容疑者3人を見る。
被害者と同じようにそれぞれ原稿用紙が添えられていた。
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【容疑者B子】
第一発見者。
コンサートで一番初めに演奏を終えて次に演奏する被害者A子を呼びに行くと息をしていなかったため人を呼ぶ。
アリバイ・殺害された時間には演奏していた。
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【容疑者C子】
被害者Aと口論をよくしていた。
昔『顔だけの無能』と言われて根に持っている。
アリバイ・なし。
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【容疑者D子】
被害者A子とは唯一の親友。
アリバイ・コンサートに来た知人と会っていた。
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次に周りにいる人形を見渡す。
原稿用紙が用意されているのはひとりか。
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ハー・マジェスティーズ劇場
ヴァイオリンコンサートのポスター
⚪︎月⚪︎日。
出演者の説明文。
演奏者B
演奏者A
演奏者D
演奏者C
劇場までの地図。
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「解けた」
ふう。現実に戻ってくる。
大体の筋書きは理解した。
「はぁ⁉まだ開始して10分よ!」
メアが青い顔して怒鳴る。
中学生にしては才能があるようだけど、この名探偵の足元にも及ばないね。
「うん。でもちょっと待ってほしい。やっぱり完璧な回答をしたいよね」
ホノは部屋の隅で暇そうにしているにぃにに目を向けて偉大な音楽家たちの肖像画を指差す。
「始まりの数字」
嫌な顔をした後にため息。
にぃにはツンデレさんだ。
「左から『16850331』『17560127』『17701216』落ちてるのが『17320331』」
流石はにぃに。一度見た数列は絶対に忘れない。
メアは驚いた顔をしている、やはりそうだ。
後はあれだけ。
ホノは下の階へ向かい、あの演奏台を囲んだ客を見立てた人形を確認する。
やはり原稿用紙があるのは手の形が壊れている男の子の人形。
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【観客E太】
被害者A子の婚約者。
A子が殺害された時は友人のD子と話していた。
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よし、必要な情報は全て拾ったかな。
また2階に戻る。
そしてメアに指差して。
「作者の気持ちになれば作品の最後はおのずと解る」
これがホノの決め台詞。
にぃには恥ずかしそうにしているがこれはカッコいいから辞める気は無い。
「あら探偵。なら教えなさいよ」
「その前に言いたいことがあるんだけど」
「何かしら?」
「君は読者に正直だ。フェアプレイを大切にする。心優しい作者だね」
予想外の言葉だったのか顔を小麦色の肌を赤らめるメア。
しかしそこが君の弱点だ。
「犯人はこの人だよ」
ホノはひとつの人形を持ち上げる。
「どうしてよ?一番怪しいのはC子でしょ」
「確かにC子は被害者と仲が悪かった。けど包丁は背中に、信用のしてない人物に背中を見せるかな?それに楽屋でふたりきりになるのは変だよ」
にぃにがとことこと歩いて被害者A子をまじまじ見て「確かに」と頷いた。
「まずは被害者が残したダイイング・メッセージに触れておこうか。にぃに。この4人の生年月日順に並べて」
にぃには肖像画に目を向けて。
「バッハ、ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン」
「そしてコンサートの演奏する順がB、A、D、C」
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音楽家の誕生日順(コンサートの演奏順)
【バッハ(B)】【ハイドン(A)】【モーツァルト(D)】【ベートーヴェン(C)】
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犯行現場の肖像画
【バッハ(B)】【モーツァルト(D)】【 】【ベートーヴェン(C)】
【ハイドン(A)】
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ハイドンの肖像画は外されただけじゃない、場所を奪われたんだ。
蹴り落とされたと言うべきかな。
「そしてこの手の形」
ホノは観客E太の壊れていた手の形を右手で真似する。
人指し指と中指のクロス、握られた小指。
「出来ないよにぃにっ!薬指も握っちゃう!」
「あ、ほんとだ」
にぃにも左手で同じ手の形をしようとするが頑張っても小指に薬指が着いてくる。
ヒントの形に出来ない。
「……まあ、良いわ。続けなさい」
なんとかホノは左手にも助けてもらい形を作る。
いたあい。
「とにかくこのクロスは海外とかだとよく使う『私の嘘を許してください』と神様に懺悔するジェスチャー。そして小指は恋人……または愛人を意味するよね?」
この作中にとってのE太の役割は【A子の婚約者】であること、そして【アリバイの証明】なのだが。そのどちらも指のクロスの意味する『嘘』で塗りつぶされているとしたら。
小指は握って隠しているのはやましい関係だから。
またE太の説明には【左手の薬指に指輪】がなかったから外していたのだろう。
「つまり観客E太にアリバイを偽造してもらった被害者A子の親友のD子が犯人だよ。動機はE太への独占欲か、浮気がバレたのかな。まあ被害者A子がダイイング・メッセージを残したから後者なんだろうけど」
この事件の作者の四奈メアは息を飲む。
固まり、しばらくして敗北を認めると苦虫を噛み潰したような顔になった。
「どうしてよ?……私の作品は完璧だった!いくら灰荘大先生が目をつけた探偵だからって!」
確かにいらないものを削ぎ落としてちゃんとまとまってる作品だ。けれど、
「さっきも言ったよね、君は正直すぎる。不要なものを削ぎ落としすぎて必要な情報しか残っていないよ。簡単すぎる」
がくりと膝を屈するメア。
手を差し出したが叩かれてしまった。
そしてホノを睨む、やや涙目。
「貴女に勝てば私も灰荘大先生の、正式な弟子になれたのに」
「……君は愚昧灰荘の弟子なんだよね?」
「私は非公認よ。正式な弟子は藻蘭先輩を含めた3番弟子まで」
「で、でも本人に会ったことくらいは」
「無いわ。……灰荘大先生に会ったことあるのもその3人だけだもの」
困惑したホノはにぃにに助けを求めたが。
帰ってきたのはタコクチの困り顔。
こうしてホノ達は第一の事件で愚昧灰荘の弟子(自称)の四奈メアとの推理ゲームに勝利した。
おのれ、灰荘。
四奈メア〔♀〕
中学生の褐色ギャル娘
誕生日/4月2日=牡羊座=
血液型/B型 髪/金髪ショートヘア
身長/155cm 体重/40kg
性格/負けず嫌い
学年/中学校2年4組
好き/ヴァイオリン.ドーナッツ
嫌い/ブロッコリー
得意ジャンル:ヒューマンミステリー
【佳作】『愛の最後を見届けます』
浮気調査のみを受け付けている探偵ミヅミの事務所に『会社を営んでいる夫が秘書と浮気しているかもしれないから調べて欲しい』という依頼が舞い込む。
依頼人は社長夫人、証拠写真さえ用意してくれれば大金が支払われる。快く了承。
しかし探偵は殺害された調査対象の遺体第一発見者になってしまう。
「愛は移ろう。人間なんてこんなもんさ」と探偵ミヅミは喟然として嘆息を洩らした。