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●森屋穂花
にぃにはメニューをじっと眺めて、美玖ちゃんは怪しい所がないか店内をきょろきょろしている。
ホノが見るに気になる箇所はひとつくらいしかない。
そもそもアドリエッタと対峙したイベント会場にここの料理が置かれていたのは「ただ近かったから」ではないだろうか。
「税抜き1000円までなら奢ってやる、選ぶと良い」
「はーい」
「まじっすか⁉︎帝一さん太っ腹!あざっす」
勢いよく頭を下げる美玖ちゃん。
いつもはにぃにを疑っているのに奢ってもらおうなんて図々しいにも程があろうに。
「ホノはタリアテッレのカルボナーラとホットミルクで」
「僕は鹿肉のパテアンクルートとブレンドコーヒーを」
「わっちはこのコピ・ルアクコーヒー」
「「おい」」
にぃにと一緒に美玖ちゃんの口を手で塞ぐ。
税抜き1000円と言ったはずなのに世界一高いコーヒーとして知られているコピ・ルアクを頼むおバカさんがどこにいる。メニューには8000円と表記。
そもそもジャコウネコの排出物と知ってて言っているのだろうか。
「あはは、可愛いジョークっす。シーフードミックスのバジルピッツァと紅茶でお願いするっす」
「かしこまりました、少々お待ち下さいませ」
渋いオジサマ、マスターはペコリと頭を下げて調理を始めた。
まるで高級料亭の厨房みたいにテキパキと作業している。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ちょっと本棚見てくるね」
「あ、わっちも行くっす」
ホノたちは喫茶店の端にある本棚の前へ行く。
これだけだ、不自然なのは。
向きがおかしいというか違和感があるというか……引っかかってしょうがない。
しかも置かれている本はベストセラー作家・愚昧灰荘の全作品。
赫赫隻腕。アドリエッタ。辺里葛蓮。ドリトル・チャルマーズの本。四奈メアの原稿コピー。
他にも置かれているがほとんどが推理ゲームで出会った推理小説家のもの。
「ねぇ、美玖ちゃん。【カフェ・グレコ】ってどんな意味があると思う?」
「昨日調べてみたんすけどイタリアに【アンティコ・カフェ・グレコ】っていう歴史的な喫茶店があるみたいなんすけど、それじゃないすかね」
まあ、しっくり来る答えだ。
それに【グレコ】の意味はイタリア語でギリシャ人。
マスターの見た目からして海外の方だろう。
……だけど。
ミケーレ・グレコ。
イタリアのマフィアで『法王』と呼ばれた調停役がいる。
自宅の地下には会議をするための洞窟があり、そこでは殺人が行われていたらしい。
「……地下室。があるかもしれない」
ぼそりと言うと美玖ちゃんは首を傾げた。
特に説明はせず、確証を得るために調査を続ける。
本棚の枠にかすかに擦れた跡、壁側の板をノックすると反響した、間違いなく本棚の向こうにはなにかしら空間があるのだろう。
まず1段目の本をどかして美玖ちゃんに渡す。
「ほ、穂花ちゃん?重いっす!」
顔が隠れるくらい積んでいって、揺れているがギリギリ倒れない。
やはりこの子は運動神経が良い。
「穂花。出したら元通りにしておけよ」
「うん、分かってる!終わったら戻す」
「すみません、騒がしくしちゃって」とにぃにが謝ると「いえ、なかなかお客さんが来ませんので楽しいですよ」とマスターが優しく微笑む。
早く調査を終わらせてしまおう。
本が無くなった1段目の真ん中あたりには四角いボタンのようなものがついている。
カチッと↙︎方向へ押し込める。
……しかし変化は無い。
勘違いか、本を全て元通りにしよう。
「……はあ、重かったす」
一応他の段もなにかないか確認していくと……5段にひとつずつ四角いボタンが設置されている。
ただ大きさがそれぞれ違った。
そしてそれはボタンの前に置かれている本の横幅にピッタリと合う。
カラクリ的に考えれば5つのボタンを同時に押せば地下室に行くための道が開くのではないだろいか。
だからボタンは↙︎方向に倒れる、本の角を乗せて押すために。
コト、カチッ。コト、カチッ。コト、カチッ。コト、カチッ。
「これで地下室の扉が」
コト。
…
……
………
…………本棚はまったく動かない。
まあ、考えてみれば隠し扉なんて現実的ではないか。
●森屋帝一
開かない?
決まった5冊を傾けたら地下室の扉は開くように作られているのだが、ぴくりともしない。
作家は読者とフェアでなければならない。
ルールは守らなければ。恥知らずのペテン師。
だから誤魔化すつもりもないし、弟子たちと情報共有をしなかった。
仕事場がバレてしまった危機を味わいたいという破滅願望かもしれないけれど。
本棚が動かない事で驚いているのは僕も同じである。
「どうぞ。お先にお飲み物を」
ブレンドコーヒー、ホットミルク、紅茶が目の前に置かれた。
「ただいまー」
不服そうな顔で席に戻って来る穂花となんのことだかさっぱりな美玖。
だけど僕の動向はずっと疑っている。
「良い本見つかったか?」
「書籍化されてるやつは全部うちにあるよ」
でしょうね。
推理小説ばかり読んでいる穂花と批評家の母、無いものを探す方が難しいだろうさ。
「帝一さん。ふつーにオシャレな喫茶店じゃないすか!怪しい場所を教えて欲しいっす!」
「知らん、僕に聞くな」
さては謎解きはどうでもよくて答えだけにしか興味がないな。
なんて呆れていたら肩をトントンっと叩かれた、視線を向けるとブレンドコーヒーを差し出している穂花。
「……ありがとう?」
パシンッ。
受け取ろうとしたら手を叩かれた。
どうやら飲ませてくれるようだ。
口を近づけると穂花がコップを傾けてくれる。
「ね。美味しいでしょ」
「──……っ!優しい味がするな。すごく飲みやすくて美味しい」
「わっちがいるのに兄妹でイチャイチャ出来るってすごいっすね」
イチャイチャしているつもりはない、平常運転である。
いつもと違うブレンドにしてくれたおかげで初めて飲んだ時の反応が自然に出来る。
やはりここのマスターは気の利く素敵な男性だ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
平パスタのカルボナーラ。シーフードミックスのバジルピッツァ。鹿肉のパテアンクルートが並ぶ。
もはや高級店のような景色だが、これでなんと税込3000未満なのである。
お手頃で味は価格以上、なのに何故か知名度がない。
危険の多いスラム通りを必ず通らなければならないのが大きいのだろう。ましてや危なげな路地裏。
「マスター、推理小説家の愚昧灰荘ってこのお店の常連なんすか?」
「はい、ご贔屓にしていただいてます。いつも弟子の方がコーヒー豆を買って行かれますよ」
「え、あっさり教えてくれるんすね」
こちらこそ美味しいコーヒーをいつもありがとうございます。
危うく頭を下げてしまいそうになった。
それよりも浅倉美玖よ。
料理は出来立てが1番美味しいんだぞ。冷めちゃうでしょうが。
ささ、早くお食べ。
穂花だって聞きたいことがあるだろうにカルボナーラを小さい口に放り込んでいるじゃないか。
見習ってほしいものですな。
「そういえば君は夜ご飯はどうするんだ?ガッツリ頼んだけど」
「どういう意味っすか?」
「どうって、家族が用意してくれてるだろ」
「あー大丈夫っす。ひとり暮らしなんすよ。いつもはコンビニ弁当っすけど、だからちょーありがたいっす。あざっす!」
高校生でひとり暮らしなんて大変そうだな。
頭が悪そうに見えて意外にクセ者っぽいから心配は無さそうだけど。
『いつもはコンビニ弁当』と聞いて可哀想に思ったのか明太チーズの出し巻き卵と牛すじ煮込みをサービスしてくれるマスター。
この人この手の話に弱いんだよな。
「……穂花とも仲良くしてくれてるようだし、たまにはうちに食べに来て良いぞ。好きなもの作ってやる」
そして悲しいことに僕もだ。
「にぃに訂正求むっ‼︎仲良くなんてしてない。ひっつき虫されてるだけっ!」
「良いんっすか⁉︎もちろん行くっす!毎日通わせてもらうっすよー」
『たまには』と言ったのに毎日来るつもりか。
それならキッチリと食費代は出してもらおうか。
ゴンッ。
気のせいかもしれないが本棚の向こうから大きな音が聞こえた。
=Cafe・Greco=
~メニュー表~
■生パスタ 各680yen
(スパゲティーニ・タリアテッレ・ショートパスタ)
・きのこと生ハム・トマトとバジル・シーフードミックス
・イカ墨・ほうれん草とベーコン・カルボナーラ
・ミートソース・ペペロンチーノ
■ピッツァ 各650yen
・シーフードミックスのバジル・アンチョビとパンチェッタ
・チキンときのこ・マルゲリータ・バジルモッツァレラ
・日替わりピッツァ
■肉料理 各700yen
・Tボーンステーキ・鹿肉のパテアンクルート
・プロシュートとスペック・フリット
◼︎魚料理 各600yen
・白身魚のソテー・刺身盛り合わせ
・ペスカトーレ・フリッティ
■サラダ 各500yen
・シーフードサラダ・アボカドバジルサラダ・ワカメサラダ
・牛しゃぶサラダ・アメリカンポークサラダ・チキンサラダ
・リクエストサラダ
◼︎デザート 各450yen
・パンナコッタ・ティラミス・バニラアイス
・カカオプリン・スペシャルパフェ
・ケーキ(チョコ、チーズ、クリームロール)
◼︎ドリンク 各300yen
・コーラ・メロンソーダ・カルピス
・100%果汁(オレンジ、リンゴ、キュウイ)
・バナナオレ・抹茶・ミルク・チャイ・ココア
・紅茶(ダージリン、フレーバー、ブレンド)
・ブレンドコーヒー・エスプレッソ・カフェラテ
・コピ・ルアクコーヒー 8000yen