狼少年のハイドアウト 1/4
●森屋帝一
月曜日、学校から帰宅して自室のベッドでぐだぐだする。
宿題を終わらせないと。
あと15分したら頑張ろう。
ぐだーっ。
怠けることだけに集中しろ。
そのうち妹の穂花が帰ってきてうるさくなるんだから。
でなければ、このままでは過労死してしまうんじゃなかろうか。
兄、愚昧灰荘、生徒会長、ハドソンの飼い主。……やることが多過ぎて目が回ってしまう。
前回の推理ゲームの件をクラスメイトの宇多川に問い詰めたが気まずそうにして黙秘。
アドリエッタか別人格アイリを問いただしたい所だが、当分は接触を控えた方が良いだろう。宇多川家の前で張り込みしているジャーナリストがいるかもしれない。
とにかく今日も疲れた。
「時間を止められる超能力が欲しいな」
1日で良いから時間を止めて休みまくりたい。
なんてバカなこと考えてないで、休めるうちに少し寝よう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「にぃに、起きて」
ぐらぐら揺すられて重たいまぶたを開く。
時計を確認すると、まだ10分くらい経っていない。
まぶたを閉じて。
「……あと5分」
「起きるっすよ!帝一さん、暗くなる前に行くっす!」
「おい、なんで当たり前のようにいるんだ」
びっくりしてガバッと起きる。
穂花の隣にはホムズ女学園の新聞部部長、浅倉美玖。
へにゃっとした笑顔を向けてきているものの目が笑っていない。相変わらず疑われているらしい。
穂花の推理力はかなりのものだが、彼女の勘も馬鹿に出来ない。
「で、どこ行くって?」
「またまたー。気付いてるはずっす」
挑発してくる美玖をスルーして穂花の方に視線を向ける。
「昨日話してたカフェ・グレコだよ」
あら、思っていたよりも早いな。
……灰荘の手がかりが掴めるかもしれないから急ぎたいか。
特にスクープが欲しくて仕方ない美玖。
「ファンクラブで出てたっていうコーヒーだな」
「うん。だから行こ」
「帝一さん、その前に中学の卒業アルバムを見せてもらってもいっすか?」
右手を勢いよく上げる美玖。
卒業アルバム。きっとアドリエッタが穂花に与えたヒントと関係しているのだろう。
断ったりしたら……間違いなく怪しまれるが。
「悪いな。どこにあるのか分からん」
「おおーっと、これはこれは?決定的な証拠だから見られたくないんすかねー」
違うやい。
本当にどこにあるのか知らんのだ。
母さんが片付けたかもしれないけどさっぱり。
美玖は勝ち誇ったように胸を張る。
たかがそれだけで『森屋帝一は愚昧灰荘』の証明になると思うなよジャーナリスト。
「にぃにの卒業アルバムならホノの部屋にあるよ」
「穂花?なんであるのか、お兄ちゃんに教えて」
テスト用紙に続いて卒業アルバム。
僕の持ち物は全て妹の部屋にあるのではないだろうか。
今度から探し物があったら穂花に聞くべきかもしれない。
穂花は僕の中学校卒業アルバムを持ってくると美玖に渡した。
パラパラと真剣な顔つきでめくる。
パシャパシャッ。
集合写真、名簿、と証拠になりそうなページを一眼レフカメラで連写。
いっそのこと貸しますぜ。
「どもっす!いやー、もう王手すわ。チェックメイトまであと少しっす」
将棋かチェスかどっちかにしてくれ。
卒業アルバムを穂花に返しているが、それは僕のだぞ。
「美玖ちゃん、にぃには灰荘じゃ」
「言っていられるのも今のうちっすよ、探偵さん。大スクープはわっちのもんす!」
「そんなことより喫茶店に行くなら急ぐぞ」
「すぐにでも帝一さんの化けの皮を剥がしてみせるっす!」
やだなぁ、怖いなぁ。
財布の中身を確認、3000円と438円……まあ、足りるだろう。
●森屋穂花
これだから美玖ちゃんは連れてきたくなかったんだよ。
ずっとにぃにの言動、行動を監視している。
兄妹だけで優雅に喫茶店で楽しみたかったのに。
このおじゃま虫めっ!
「……ないな、場所は分かるのか?」
にぃにがスマホを見ながら首を傾げる、検索しても出てこないらしい。
他県の同名店はいくつかあるようだけどこの付近にあるカフェ・グレコの情報はインターネットには載っていないし、地図にも映らない。
しかしご安心を。
喫茶店の名刺がファンクラブのイベント会場に置いてあったからもらってきている。
スッと財布から取り出してドヤ顔。
「大丈夫。これがあるからね」
「残念すね。逃げ場なんてないっす」
「はいはい、向かうぞー」
へにゃっと笑いながら挑発している美玖ちゃんと流し方が上手くなっていくにぃに。
もう諦めてはくれないだろうか、ノイローゼになりそうだ。
「ジャーナリストくん。時間の無駄だとは思わんのかね?にぃには白だよ、真っ白シロ助だよ。他のネタを追いかけた方が有意義じゃないかね」
「それじゃダメなんすよ、探偵さん」
へにゃっとした口から、真面目な顔つきへ。
「途中で逃げ出したら探偵もジャーナリストも失格す。それにわっちは嘘つきが大っ嫌いなんすよねー」
どうしてそこでにぃにを見るのか。
ほら、怖がってホノの後ろに隠れてしまったじゃないか。
……でも確かに、事件が途中なのに逃げ出すのはプライドが許さないかもしれない。
ホノだって推理小説が解けるまでは次の日が学校だろうと寝れなくなってしまう。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【スラム通り】と呼ばれている治安の悪い場所がある。この街の子供はここには近づくな、と教わって育つ。荒くれどもの溜まり場。
窃盗、暴力、なんでもありなのだとか。
しかし、そんなのはただの噂。
その根拠としてホノは危険な目にあったことはないし、今だって道をゆずってくれる良い人ばかりだ。
確かに手を見るに殴り合いをしている人種のようだが、一般人には興味はないのだろう。
ライブハウス【セイレーン】に行くときだってなにも起こらず安全だったし、
「前々から聞こうと思ってたんすけど、帝一さんって実はちょー強いとか隠し設定あるんすか?武闘派なんすか?」
「あるわけないだろ、アニメのキャラじゃあるまいし。噂が独り歩きして大きくなっただけだよ」
苦笑いのふたり。
『噂が独り歩き』と言うことはアーティ高等学校の生徒会長を怖がっているだけなのか。
……評価を変えよう。にぃにがいるとき以外は近づきません。
「あ、止まって」
ホノが歩みを止めると、後ろにいるにぃにと美玖ちゃんも足を止めた。
名刺に書かれている住所が正しければこの裏路地を進んでいけばある……のだが、雰囲気が不気味だ。
「なんかラブコメでヒロインが連れ去られそうになる場所みたいっすね」
「それか刑事が犯人に刺されて朦朧としながらタバコに火をつける場所だね」
「いいから行くぞ」
ホノと美玖ちゃんの腕をグイッと引っ張って進んでいくにぃに。
その目でよーく見ることだね、これが証拠だジャーナリスト。
もし灰荘なら時間稼ぎをするか全力で止めるはずである。
「かっこいい人にリードしてもらうとドキッとするっすね……あ、違うっすよ穂花ちゃん」
なにを照れているんだ。
視線を向けただけなのに「冗談っすから睨まないでくれるとありがたいっす」と首を振っている。
睨んでいるつもりはない、見ているだけさ。
【Cafe・Greco】。
ガチャリとお店の扉を開けた。
裏路地には不似合いなほどオシャレでクラシック。
アナログレコードから優雅な音楽、香ばしいコーヒーの香り、推理小説ばかりの本棚、渋いオジサマ。
……なんというか。
「さては愚昧灰──……っ」
パシンパシンッ、と2回頭を叩かれた。
痛くはないが鋭い音が響く。
「灰荘は学生って言ってなかったか?」
「そっすよ。灰荘は帝一さんっす!」
でも目の前にいるオジサマは悪の組織のボスでもおかしくない存在感だ。
オーラからして喫茶店マスターのものではない。強キャラ感。
「いらっしゃいませ、3名様ですね。どうぞカウンター席へ」
渋い微笑みで迎え入れてくれた。