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●浅倉美玖
わっちに推理力なんてないんだから勘を信じろ。
目の前には金髪の狐仮面、アシスタントには金髪ロールのカナリア仮面。
マナ、リンタ、セリーナ、ゼンジロウ、歌舞伎。
口調はかなり変えているが間違いない。
この作品にはモデルになった家族がいる。
わっちにファンサイトの情報を流してここにおびき寄せたのは宇多川愛梨生徒会長。彼女は歌舞伎の名家の生まれで、アーティ高等学校に凛という弟がいたはずだ。
見た目ではカナリアの仮面をしているお胸がたわわな女性。
雰囲気はアドリエッタと名乗る推理小説家の方が近い。
「単刀直入に言うっすよ!犯人は娘のマナ……いや、リンタ君っす!」
わっちの言葉を受けて肩を上げた狐仮面アドリエッタ。
犬仮面をつけている穂花ちゃんは興味深そうにこちらを観察する。
「第2の被害者リンタはすでに亡くなっている。なにを根拠に?」
「クラスメイトの証言の食い違いっす。リンタ君の部屋は1階にあるはずなんすけど【「用を済ませるために下りました」】ってのはおかしくないっすか?表現的に2階にいたってことすよね」
ミニチュアが見る限りトイレは1階にひとつだけ。
そうなるとリンタとクラスメイトは母親であるセリーナの部屋か姉であるマナの部屋にずっといたということになる。
理由は簡単だ。
『部屋の説明』が正しく。『クラスメイトの認識』が間違っているとしたら。
「ぶっ飛んでいる話だとは思うんすけど、リンタ君はマナさんなんすよ」
……しんっ。
空気が固まった。
なにを言ってやがるんだ、と灰荘ファン達の苦笑が聞こえてくる。
しかし隣に座っている探偵がすぐに否定してこない。
証拠さえ提示出来れば、可能性があるのだ。
「ははははははっ!キミは自分がなにを言っているか分かっているのかい?姉が弟だったなんて、笑い話だね。入れ替わりのトリックてのは大抵同性で一卵性の双子だから成立するんだよ」
「父の後継という重圧、母からの虐待、女性らしくなった、見違えるほどの歌舞伎の腕前……確かにありえない話すけどね」
影に隠れているカナリアの仮面をつけた金髪ロールの女性に視線を移す。
「カナリアさんにもしもっすけど、歌舞伎が上手くならないせいで母親に虐待されている弟がいるとしたらどうするすか?」
「……」
「そっすよねぇ。姉としては守ってあげたいはずっす……じゃあ自分に歌舞伎の才能があったらどうするっすかね?」
「……」
沈黙。
どうやら推理ゲームには参加しないらしい。
「まったくもっておかしい。幼少期ならまだしも中学になったら成長期に入る。声変わりだってあるし、雰囲気で分かるだろう。上手くいってクラスメイトを騙せたとしても家族はそうはいかないはずだけど?」
「家族の方がちょろそうっすよ。歌舞伎しか見えてない父、いくら稽古しても上達しない息子に焦り暴力を振るう母、歌舞伎が上手ければ息子だろうと娘だろうとどちらでも良いと思うんす」
それに成長期だろうと絶対にバレない。
高校生になってもそんな生活を続けているような姉弟なのだから。
「どうっすかね、探偵さん。わっちの推理は間違ってるすか?」
「結構良い線いってるよ、ジャーナリスト君」
「探偵までそんなバカげた推理に乗っかるのか」
呆れたようにため息をつくアドリエッタだが穂花ちゃんは頷いてくれる。
「ヒントだろうね。君はどうして女性物の香水を付けているのかな?高級香水ブランドの『アールグレイティー&キューカンバー』でしょ」
スンスン。
……言われてみれば紅茶の良い匂いがする。
商品名はよく知らないけど。
「ははっ、香水の名前まで答えられるなんて。まるでレクター博士だね」
「ホノは探偵だいっ‼︎」
アドリエッタは認めたのか『推理の続きを』と手の平を向けてくる。
穂花ちゃんもコクリと頷いて応援してくれた。
マナ=リンタ。リンタ=マナ。
わっちの勘は外れてないという証明に他ならない。
「つまりふたつの殺人でアリバイが無い女装したリンタが犯人っす。母であるセリーナを殺害した動機は虐待されていた復讐。姉である男装したマナを殺害した動機は入れ替わりを知っている唯一の人物を口封じってところっすかね。首だけにしたのは入れ替わりを気付かれないようにするためっす。服を脱がされたらすぐバレちゃうっすから」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
パチパチパチッ。
狐仮面とカナリア仮面からの拍手。
どうやら正解したらしい。
「まさかキミに負けるとは誤算だった。残念だ。神様に愛される夢は叶わずか」
「解けた」
そこで空気を読まないひと言。
「ほ、穂花ちゃん。この作品はわっちが解き明かしたっすよ?」
ペチンッ、とデコピンが飛んできた。
猫仮面が防御してくれたおかげでまったく痛くない。
「なかなかいい推理だったけどまだ足りない。用意された結末に満足してるから君は三流なのだよ。推理小説家の思い通りに誘導されたことに気付きなさいな」
「じゃあ穂花ちゃんには分かるんすか?」
「この名探偵・森屋穂花に解けない謎はないさ。これから一流の推理を見せてあげるとも」
「だから友達いないんすよ」
「ゔっ。言われなくても分かってるやいっ!」
『持ち上げてから落とす』とはこのことっす。
●森屋穂花
この家族の娘と息子は6年程前から入れ替わっている。
美玖ちゃんのおかげで行き着いた真実。それは間違いないだろう。
「キミの相棒が正しい。『リンタが犯人』で間違いないよ」
そう言ってタキシードの袖をめくり始めた。
「この推理小説はね、ボクの家族の話さ。歌舞伎の名家に生まれ、稽古と称した暴力の日々を味わった。このリンタはボクの化身だ」
「「──……っ」」
出された腕には殴られた青アザ。
ライブハウス内、息を飲む。
アドリエッタという推理小説家が抱えている病みを見た。
「歌舞伎がどうしても上手くならなくてね。稽古を任されてた母親は苛立ってしょうがなかったらしい。『あの人に怒鳴られるのは私なのよっ!』と息子を殴る。鼻血が止まらなくてさ。現実逃避しないと気がおかしくなる毎日だったよ。だから殺めた。探偵、なにが気に食わない?」
決して演技ではない。
推理小説家になっていなかったらおそらくは……
「姉を殺害した動機は?」
「そんなの捕まりたくなかったからだよ。お姉ちゃんは全部知ってる、生かしていたら危ないじゃないか」
「【クラスメイトのソテル】はどうかな?」
ぴくりっと反応した。
冤罪で捕まる気満々らしいから、少し挑発してみる。
『神様』と崇めてるアドリエッタのことだから、必ず釣れる。
「ソテルはクラスメイトである君のことをどう思っていたのかな?あー、でも家に遊びに来るくらいの仲なのに姉弟が入れ替わってると気付かなかった鈍感さんだもんね。然程興味なかったか」
ぐいっ。
髪を握られ引っ張られる。
「痛っ⁉」
「穂花ちゃん!」
あばば、思った以上に効果があった。
女の子の命である髪になんてことを!
痛い痛いっ!助けてにぃに!
「オマエになにが分かる探偵。ボクは愛されてる。どんな暗闇にいようと救い出してくれる。気付かないわけがないだろう?神様には全部お見通しなんだよ」
──認めた。
【ソテル】
ギリシャ語で救世主。
リンタがアドリエッタの化身であるなら、この登場人物を無能として書くわけがない。
「凛クン、暴力は禁止っ!」
カナリアの女性が止めに入ってくれてなんとか髪から手は離された。
いたあい。
許さんぞ、アドリエッタ。
「だ、大丈夫っすか?」
強がって頷く。
まったく大丈夫じゃない、正直泣きそう。
しかし名探偵は事件を途中で投げ出さないのである。
「ソテルは愚昧灰荘だね。つまり証言に嘘はない」
「…………」
沈黙の肯定。
リンタが女装していたことも、マナが男装していることもクラスメイトは気付いていた。
つまりソテルにとってのリンタ=女装したリンタなのだ。
【【ソテル】「リンタ君といました。用を済ませるために下りましたけど5分程度でしたよ……そういえばその時マナさんに会いましたね、顔が真っ青にして具合が悪そうでした」】。
これが全て真実であるなら。
第1の殺人でリンタにはアリバイがある。5分程度自由になったとしてもなにができる。
【【マナ】母親が亡くなって気を病んでしまいずっと部屋にいた。】
【【ソテル】「リンタ君の部屋にいました。それ以外はお答え出来ません」】
第2の殺人でもソテルによってリンタのアリバイを証明されている。
よって殺人は不可能だ。
「作者の気持ちになれば作品の最後はおのずと解る」
母のセリーナ、男装したマナ、はすでに亡くなっている。
父のゼンジロウには証拠が、女装したリンタには証言者が。
これは推理小説の皮を被ったサイコサスペンスだったのだ。
動機なんてものは必要のないスプラッター。
「犯人はこの人」
「……違う。ボクだっ!ボクが犯人だっ‼」
首を振る。
「犯行が可能だったのはこの人だけだよ」
真実は単純だ。
『姉弟の入れ替わり』によって難しく考えさせられるがそんなものは推理ゲームには関係ない。
「でも穂花ちゃん、この人は何もおかしなところは無いじゃないすか」
「屋根から流れてる液体が血って断定出来てるのも、家族に断りなく屋根の上に登っちゃうのも不審だけど……なにより彼は家族以上に犯行現場を熟知していたってところだよ。獲物の状況も手に取るように分かるし」
サイコパスっていうのは自分の犯行を見せびらかせて達成感に浸る。
放火魔が現場に留まるのと同じように。
ホノはミニチュアの日本屋敷に近づいて、ガシッと家庭菜園の半分の寝かせている土を掘った。
首のない女性の遺体が服を脱がされて埋まっている。
凶器であろう刈込鋏も一緒に。
「……分かった、認めてあげるよ。でも答えてもらおうか、彼の動機を」
「知りたくもないね」
「探偵なら推理してみなよ」
答えなんてない。
サイコサスペンスにおいて動機はいらないから。
そこに命を奪えそうな人間がいたから行動に移しただけなのだ。
欲のままに動く獣の行動をどう推理しろと?
「セリーナという美しい人妻を自分だけのものにしたかった。男装したマナに関しては目撃者の口封じ。殺害後に服を脱がせたとき女の子だと気付いて楽しんだ……なんてのはありきたりだね。犯人は庭師なんだし綺麗な女性を土に埋めれば見たこともない美しい花が咲くと思った、とか?……けっ、どうでもいいさ」
サイコパスの感情なんて知りたくもないね。
……今日は怖い夢を見そうだからにぃにの部屋でぐっすり寝てやる。
おのれ、灰荘。