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●森屋穂花



 スンスン、紅茶の匂いがした。

飲み物の紅茶というよりは人工的な……


狐面をかぶり貴族のように振る舞うアドリエッタ。

重きを置くのは『探偵をどうやって騙すか』ではなく『探偵の心をどうやって壊すか』。

まさに奇書と呼ばれるミステリー。


「ようやくボクの手番。さあ探偵、知恵比べをしようじゃないか」


「ごめんなさい。またの機会に」


にぃにが守ってくれる状況ならまだしも女の子ふたりだけでは危険だ。

大勢の灰荘ファンの視線もある敵地。

逃げるは恥だがなんとやら。


ペコリと頭を下げて立ち去ろうとしたが腕を引っ張られ阻止される。

珍しく真剣な面持ちの美玖ちゃん。


「でっかいネタが目の前にいるのに逃げれるわけないじゃないっすか」


ジャーナリストってのは厄介だ。

スクープがあるならどんな危険な場所にでも突っ走ってしまう。

三流ではあるけれど彼女もそういう(たぐい)の生き物らしい。


「謎を取り零してしまうよ?なによりも欲しがっているもののはずだ。親鳥が(ひな)に餌を用意するように、読者が満足する謎を生み出すのが推理小説家の役目。競わずしてなにが人生か……それともボクには勝てないから逃げるのかな。なら仕方ない、恥をかく前に逃げると良い。()()()()()()()()()さん」


狐面が鼻で笑う。

愚昧灰荘が選んだ探偵がその程度か、と。


へっ、やっすい挑発。

誰がこんなのに乗るのさ。

探偵のプライドがどうだとかよりもにぃにに心配をかけるほうがホノは嫌だ。


バカにしすぎだい。

挑発された程度ではこの固い意思は崩れな──



狂人作家(サイコキラー)なんかに名探偵のホノが負けるわけないよっ!」



ぃ……考える前に口から出ていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 舞台場に上がるアドリエッタ。

マイクを手に取り礼儀正しく一礼。


ライブハウス内を見渡す。


「神様の愛弟子であるアドリエッタが主催したイベントに参加ありがとう。神様の作品を語り合う良い機会。そしてボクからキミ達を楽しませるために出し物を贈ろう」


ライブハウスの端にいるホノと美玖ちゃんを指差して。

クイクイッと。人差し指を手前に引き上がってこい、と言っている。

仕方がないから舞台場へ進んでいく。


「彼女たちは探偵とそのサイドキックだ。神様の作品にいちゃもんをつけ、愚弄(ぐろう)する完全悪。見逃せないがん細胞。簡単に言ってしまえばボクらの敵だね」


灰荘ファンたちがざわつく。


言いがかりもいいところだ。

いつの時代でも探偵が【正義】と決まっている。

そして訂正してもらおうか、ホノの相棒はにぃにだけじゃいっ!


キィィィィィイイイン。


マイクから不快な音が響いた。

ホノたちに集まっていた意識がすべてアドリエッタへ向けられる。


「ボクが彼女たちを負かす。もう『読書家(たんてい)』なんて語れないくらいにぼろくそに。そしたら誰よりも神様に愛される。探偵を気取る青臭いガキよりも、1番弟子を語る害虫よりもね。キミたちは大事な場面の証言者になるんだ」


陰湿と表現するべきか、ヤンデレと言うべきか。

それでも灰荘ファンからは拍手が起こった、全てがアドリエッタを応援する声。


机、椅子が3脚用意される。

ホノと美玖ちゃんは並んで、対面するようにアドリエッタが座った。


「本当は反対だったんだよ」


「……なにがっすか?」


「この推理ゲームのすべてが気に入らない。ただでさえ邪魔者が多いってのに。ボクだけで良いんだ、それ以外は求めないで欲しい。でも有意義なことがあるとしたらひとつ」


美玖ちゃんと顔を見合わせるがお互いに首を傾げる。

意図がまったく掴めない、こちらにも分かるように話してほしい。

そもそも会話するつもりはないのかもしれない。


アドリエッタはホノを指差して。



「君だよ探偵。物の価値ってのは多数決で決まるんだ。落ちている石も、素晴らしい絵画も、命の価値も多数決で決まるんだ。ここの奴らが証言してくれるだろうさ、ボクに負ける君の無価値を」


「──……っ」



コトンッ。


白いドレスを着てカナリアの仮面を付けている女性が【ミニチュアの屋敷】を机に置いた。

金髪ロール、優しい貴族のご令嬢みたいにぽかぽかとして柔らかい印象を受けた。


「穂花ちゃん、今の人は女性で間違いないっすよね?」


「え?骨格からしてそうだったし、なによりお胸様が大きかったよ」


ぽよんぽよんと揺れていた。


「そっすよね」


首にかかっている一眼レフカメラを人差し指でトントンさせる美玖ちゃん。

なにやら思うところがあるらしい。


話を聞こうとしたがアドリエッタが指をパチンッと鳴らして推理ゲームが始まってしまう。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



置かれているミニチュアは立派な日本屋敷と5体の人間と……首。

妖精のように美しい女性の首だけが屋根に飾らせている、ミニチュアなのだが作りがリアルすぎておぞましい。

トイレに駆け込んでいく灰荘ファンが数人。


そしてやはり原稿用紙。



───────────────────


 歌舞伎業界の名家で起きた殺人事件。


□被害者


【セリーナ】♀

 ゼンジロウの妻。

 年齢・40歳。

 遺体・イギリス系の女性、胴と切り離されて首だけになっている、切れ味が悪い凶器だったのか傷が荒い。


□容疑者


【ゼンジロウ】♂

 歌舞伎業界のトップ。

 年齢・60歳。

 アリバイ・ずっと自室で歌舞伎の稽古(自己評価のためにカメラ撮影をしていた)。

  「そうか……私は稽古に戻る、犯人が分かったら呼んでくれ」

 妻が亡くなったというのに冷たい。


【マナ】

 ゼンジロウとセリーナの娘。

 年齢・14歳。

 お嬢さん、歌舞伎の名家というよりも海外の令嬢のような人物。

 昔はやんちゃだったが8歳から女性らしくなった。

  「物音はしなかったですわ。あら、アリバイ?ワタクシでしたらお部屋で紅茶を(たしな)んでいたのですわ」

 ティーセットを指さす。


【リンタ】

 ゼンジロウとセリーナの息子。

 年齢・13歳。

 幼い時から歌舞伎の稽古をしてきた。昔は母親に手酷く稽古させられたが今では見違えるほどの腕前。

 ゼンジロウの後継者。

  「……まさか母さんが殺されたなんて、ボクはずっと部屋にいたよ」


【ソテル】

 リンタのクラスメイト。

 「リンタ君といました。用を済ませるために下りましたけど5分程度でしたよ……そういえばその時マナさんに会いましたね、顔が真っ青にして具合が悪そうでした」


【シゲル】♂

 庭師、遺体の第一発見者。

  「年に1回は来ているんですが、いやぁ驚きましたよ。屋根から血が流れてて何事だ⁉︎って急いですたたたっ!っと木に登って屋根の上へ見に行ったら奥様の首が……うっ、すいません。あまりにも酷い光景だったもんで」

 思い出すだけで吐き気が襲ってきてしまうらしい。


───────────────────



「……隠す気は無いってことすね」


美玖ちゃんがさっきから様子がおかしい。

なんというかにぃにを疑っている時と同じ瞳をしている。

猫仮面に隠れて確認しづらいけどへにゃっと笑っているはずだ。


「それで探偵、誰が怪しいかな?」


今までの弟子と違って強い敵意が伝わってくる。

ホノがなにかしたか。

たしかに愚昧灰荘の弟子たちをこてんぱんにしているけど、恨まれる憶えはない。


「まだ君の推理小説は終わってないよね。せっかち過ぎないかい?」


「調子に乗って答えてくれると思ったけど、そうはいかないか。こんな茶番はすぐにでも終わらせたいのだけど」


ホノをナメすぎである。

根拠が少なすぎるこの状況で答えを出したら、それこそ隣に座っているジャーナリストと同じじゃないか。

探偵に『勘』なんてあってはならない。


「【クラスメイトのソテル】は遊びに来たって事で良いのかな?」


「うん。そんなところだね」


臭わせてる名前だけど今のところは無視で良いかな。


ホノはまずミニチュアの屋敷に視線を向ける、パカっと分かれて建物の断片が確認出来るようだ。



───────────────────


【1階】

 玄関、ゼンジロウの部屋、リンタの部屋、トイレとお風呂、調理場、お茶の間、押し入れ。


 階段。


【2階】

 被害者セリーナの部屋、押し入れ、マナの部屋。


【庭】

 ドーベルマンの小屋(と言っても豪華)、綺麗に整備された庭園、家庭菜園(半分は土を落ち着かせるためか寝かせている)、小さな川と池(鯉と亀)、倉庫、車庫(ベンツが3台、フェラーリ2台、ゴリラバイク1台)。


───────────────────



屋敷の構造だけなら娘のマナが怪しいが証言の食い違いから除外する。


なんだかアドリエッタという狂人作家の作品とは思えない。

殺害方法を除いて、ちゃんとした推理小説にも思える。


再びカナリヤのお姫様が現れて新しい原稿用紙を渡してくれた。

ぽよんぽよんと揺らしながら。

こら美玖ちゃんよ、気持ちは分かるけどガン見は失礼じゃなかろうか。


異質なミニチュア人形が増えて、容疑者がひとり連れ出されてしまった。



───────────────────


 第2の殺人。


 被害者

【リンタ】

 同じように首だけ。

 庭にある池にプカプカと浮いていたところを警官が発見する。鯉や亀に食べられて傷んでしまっている。


 容疑者

【ゼンジロウ】

 ずっと部屋で歌舞伎の稽古(やはり撮影していたため証拠がある)。

  「一体なんだ?次はリンタが殺されただと……まったくようやく観れる演技が出来るくらいには育ててやったのに」


【マナ】

 母親が亡くなって気を病んでしまいずっと部屋にいた。

  「……どうなってるんですの?あはは、次はワタクシかしら」


【ソテル】

  「リンタ君の部屋にいました。それ以外はお答え出来ません」


【シゲル】

  「え?坊っちゃんまで⁉︎一体誰が……あのー、実は奥様を殺害したのは坊っちゃんなんじゃないかって思ってたんですけど違いましたね、あ!いやぁ、なんでかっていうと……昔の話なんですが、坊っちゃんって奥様から虐待を受けてたらしいんですよ」


───────────────────



ドンッ。と勢いよく机が叩かれた。

横を見てみれば猫仮面の下でへにゃっと笑っているに違いない立ち姿。



「この作品(じけん)。ジャーナリスト浅倉美玖に任せて欲しいっすよ!特大スクープを学園新聞に掲載して真実を明るみにするのはわっちっす!今回は探偵さんの出る幕はなさそうっすね」



グッドサイン。

……また『勘』じゃなかろうか。

しかしホノが持っていない情報があるのは間違いないだろう。

彼女の推理を聞こうじゃないか。

的外れでも新しい証拠が見つかるかもしれない。


「キミがしゃしゃり出てくるとは思ってもいなかった。妄想ジャーナリスト」


「またまたー、喧嘩を売ってきたのは()()()じゃないっすかぁ。かませ犬ポジは仮の姿。こっから美玖ちゃんの本領発揮ってやつっすよ!」


なにやらバチバチッと火花が飛んだような気がする。

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