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●森屋穂花



 慣れてないからヒールの靴では歩きづらい。

カクンカクンッと何度も転びそうになるけど頑張って堪える。足首いたあい。

ママが仕事で使う服だから汚したら怒られてしまう。


「ほ、穂花ちゃん。ドレスに着替える必要あるんすか?灰荘ファンクラブに潜入するだけっすよ」


黄色いロングドレスを着た美玖ちゃん。

ホノと同じくカクンカクンッしながら苦笑いを浮かべていた。


「けっ、ドレスじゃないと中に入れないらしいからね。気取りすぎ。さすがは灰荘ファンと言うべきかな」


「穂花ちゃんは可愛いから良いすけど、わっちにドレスは似合わないっすよ」


「ホノのほうが似合ってない」


紫色のイブニングドレス。

大人っぽく決めすぎて背伸びしてます感が痛々しい。

早く帰ってパジャマに着替えたのです。


ふたりして足首を痛めながらスラム通りを抜けていくと看板を見つける。


─────────────


 ライブハウス

 セイレーン


─────────────


地下のライブハウス。

怪しげなお店が並んでいて、目立たないくらい狭い場所に地下へと続く階段。

ホノ達は深呼吸をしてから進んでいく。


灯りはあるけど足元が見えづらくて階段を踏み外しそうになった。


「セイレーンってあれっすか?上半身が人間で下半身が鳥のモンスターすよね」


「うん、そう。海に生息しているらしくて美しい歌声で船を惑わせ沈没させてしまう。だからライブハウスにはピッタリじゃないかな」


「あはは、それは怖いっすねー」


緊張感の無い美玖ちゃん。


でも推理小説家のファンが集まるのにライブハウスってのは少し違和感がある。

……防音対策は徹底されているからどんな事をしていてもバレないということかな?


階段を下りると、ライブハウスの扉の前には猿の仮面をつけたタキシードの男性が立っていた。

こちらへ近づいてくる。



「【私にとっての神とは】」猿仮面が言う。


「【母の(たい)である。】」


「【私にとっての獣とは】」


「【論理を語れぬ愚者である。】」



この合言葉はもちろん愚昧灰荘の小説からの引用。


美玖ちゃんはやはりキョトンとしている。

それもそのはず。これは過激すぎて販売中止になった『神とも獣とも似ている』のもの。

初版本を隠し持っているなんて信者かホノみたいな読書家(たんてい)くらい。


「こちらを着けてご入場ください」


猿仮面は仮面をふたつ渡してくれる。

ホノには犬の仮面。

美玖ちゃんには猫の仮面。


正装に仮面。

そしてライブ会場……



「まるで仮面舞踏会(マスカレード)だね」



気取りすぎて笑ってしまった。




●浅倉美玖



 扉を開くとそこは異質。

動物の仮面をつけた紳士淑女が推理小説を片手に議論しているのだ。


「君達は新入りだね。はじめまして」


次々に挨拶されるが、顔が見えないのにどうして新顔だと分かるのか。

見渡せば動物の仮面はひとつも同じものはない。

だからといってバレてしまうのは驚きだ。


「穂花ちゃん。やばいっすね」


「うん。思っていた以上に危ない」


世界観がおかしい。

メルヘン小説の中にいるかのような錯覚をする。


「君たちは灰荘様の作品のなかでどれが一番好きだい?ああ、もちろん。全て名作だとも」


豚の仮面をつけた男性が質問する。

『どれが』と言った瞬間、殺気混じりの視線が豚仮面に集中したが『全て名作』と訂正したところで空気は和んだ。


好きなタイトルと言われてもファンじゃないから困る。

スクープのために愚昧灰荘を追っているだけで、ちゃんと読んだのなんて3冊くらいしかない。


「わっちは『すべて虚語』っす!」


「私は『透明の殺人鬼』だね」


学校にいる時のように一人称が『私』に変わる穂花ちゃん。

『ホノ』じゃ本名がバレてしまうからだろう。


タイトルを答えると仮面をつけた紳士淑女は嬉しそうに頷いている。

特に穂花ちゃんの回答を気に入ったようだ。


「『透明の殺人鬼』だとは珍しい!未解決の事件だぞあれは」


「……未解決?」


ぴくりっと穂花ちゃんの眉が動いた。


あ、まずい。

探偵スイッチを押してしまったようだ。

ライブハウスの舞台場へ上がっていく穂花ちゃん。


マイクを持ち、息を胸いっぱいに吸う。



「推理小説家の思惑通りに動かされて恥ずかしいとは思わないのかい?洗脳されているとしても君たちも読書家のはずだ。すべての文章には欺瞞(ぎまん)がある。読み解かずしてなにがファンだっ‼」



ありゃりゃ、これは集団心理的にまずい。

完全防音の部屋、信者たち、怒りを少しでも買ったらなにをされるか分からない。

すぐにふたりとも逃げられるように逃走経路を探す。


しかしパチパチッと拍手の音が響いた。

ひとつ、またひとつと増えていく。次第に大きく。

最終的には名作のカーテンコールくらい盛大な拍手が巻き起こる。


「まったくその通りだ」

「新入りだと甘く考えていたがやはり灰荘様のファンだな」

「素晴らしい」


感動した声が次々に聞こえてきた。

しかし彼女は愚昧灰荘のファンではなく頭脳勝負を繰り広げているライバルだとはまだここの誰も知る由もないだろう。




●森屋穂花



「さっきみたいなことは勘弁して欲しいす。……ちょー焦ったんすから」


「ご、ごめんなさい」


提示された文章だけが事実じゃない。

作者の意図を汲みとることこそ読書家の役目だと思う。

でなければ証拠を見過ごして真犯人を逃してしまうから。


正直、愚昧灰荘の信者の質なんてどうでもいいけどね。

一番好きなタイトルを聞かれた時だってホノは嫌いな作品を答えてやったのだ。

ふふん、どうだ悔しいかね。


しかしつい熱くなって演説してしまったが大事にならず良かった……反省してます。後悔はしていないけど。

目立たないようにライブハウスのすみっこに移動するホノたち。


この仮面は身元を明かさず会場に用意された料理を食べられるように口元だけ外れるように作られていた。


「このコーヒー美味いすね!どこのお店っすか?」


確かにコクと深みがあるコーヒー、優しい味がする。

にぃににも飲ませてあげたいな。


「カフェ・グレコ。今度探してみようか」


「イベントで出されるくらいなんすから灰荘の手がかりも掴めるかもしれないっすよ!わっちの勘がそう言ってるっす」


「はいはい、勘ね。このドーナツも美味しいよ」


「むー、なんすかその薄い反応は……うっまぁ」


どの料理もほっぺが取れそうなくらい美味しい。

有名な喫茶店なのだろうか。


もちろん、にぃにが作ってくれる料理の方が美味しいに決まっているけども。

なんせ愛が詰まってるからね。



「楽しんでもらえているかな、探偵」



貴族のように気品のある少年の声。

視線を向けるとタキシードを着た狐仮面の男性。

髪は染めているのか金髪。


灰荘の弟子。

仮面で素顔を隠しているホノを『探偵』と呼んだのだからこのライブハウスに呼び出した黒幕に違いない。


グイッと美玖ちゃんに腕を掴まれた。

狐仮面を警戒しているようだ。


「警戒しなくて良いよ。ボクだってさっきの演説には関心しているんだ。気付いているよね?ここの奴らは()()のことをなにも分かっちゃいない。理解しようとも思っていない、まるで『獣』だ」


……『神様』?



「はじめまして。ボクはアドリエッタ。神様に愛され、求められている唯一の愛弟子。神様を悦ばせるためだけに生きて。褒められるために執筆(さつじん)を繰り返す。狂人作家(サイコキラー)アドリエッタとはボクのことさ」



ねっとりと自己紹介をして、海外の貴族がする様なお辞儀。

名刺代わりだと言わんばかりに一冊の小説を渡された。



───────────────


 アマイサカテミシル

 

 著:アドリエッタ


───────────────



……なるほど。

どうやら()()アドリエッタらしい。


『アマイサカテミシル』。

彼の推理小説は残留する。

精神が崩壊して病院送りになった読者がいると言われているくらいの奇書。

イカれた物語なのだが文章が巧みすぎて思わず読み切ってしまうのだ。


お似合いな呼び方があるのだとすれば、『狂人作家(サイコキラー)』に違いない。




アドリエッタ〔♂〕

 愚昧灰荘3番弟子の狂人作家(サイコキラー)

 誕生日/6月15日=双子座=

 血液型/O型 髪/金髪

 身長/168cm 体重/48kg

 性格/ヤンデレ(?)

 好き/愚昧灰荘

 嫌い/灰荘に群がる凡人共


 得意ジャンル:サイコサスペンス

【出版】『アマイサカテミシル』

 メランコリー大感染の問題作。あなたの理性が試される。

 異常犯罪を繰り返す【ダンタリオン】。日本を熱狂させる劇場型犯罪だったが未だ捕まらず。犯人像すら見えない絶望的状況であった。

 焦る刑事キムラのもとにダリタリオンからの手紙が届く。

 【この事を他人に知らせたら私を捕まえることは一生叶わないだろう。見張っているからすぐにわかるぞ。ただ秘密にしてくれるなら手掛かりを君だけに教えよう】という内容。

 そうしてシリアルキラーとの世にも奇妙な文通が始まった。

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[一言] 好き・愚妹灰荘 ↓ 好き・愚昧灰荘
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