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ファナティストの祭壇 1/5

挿絵(By みてみん)

●森屋穂花



 ……暇である。


土曜日の朝、家にはホノとハドソン夫人しかいない。

パパは仕事へ行って。

にぃにはママに拐われてしまった。理由を聞くに『帝一はもう高校2年生です。学校を卒業した後を見越しておかなければなりません。だからお母さんと話し合いです』とのこと。


親子仲良く旅行してきます。

なんて言われてホノが納得するわけないじゃないか。ばっきゃろう。


にぃにがいないせいで退屈すぎる。


しょうがないから、にぃにの部屋のベッドの上で憎っくきベストセラー推理小説家・愚昧灰荘の作品を読み漁る。これが終わったら赫赫隻腕の作品へ。

寝間着で足をばたばたさせながら。


相変わらず鼻につく文章、性格の悪さが分かるストーリー展開。王道と見せかけて邪道な謎解き。

読者を置き去りにしていく知恵のひけらかし。


だと言うのに目をキラキラさせてページをめくる信者が多い事実。


「暇だっ!早く帰ってきてよう」


灰荘への怒りよりもにぃにが家にいない虚無感の方が勝る。

枕に顔を埋めて叫んで頭を真っ白にしようとするが暇なものは暇なのである。


ピンポーン。


呼び鈴が鳴った。

家の中にはホノだけ。泥棒や誘拐犯だったら怖いから布団をかぶって隠れる。

名探偵だろうとただの女の子、頭脳には自信があっても戦闘能力は皆無と言って良い。


ピンポーン、ピンポーン。


呼び鈴連打。

常識ある人間がやるような行為ではない。

容疑者がしぼれる。


ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。


あ、この不作法さ。

休みの日まで君に構っている暇はホノには……。


ガチャッ。


自分が退屈していることを思い出して扉を開けた。


「なんの用かな?ジャーナリスト君」


「どもっす!不安になるすから早く出て来て欲しいっすわ。違う家かと」


「そう思うなら連打はやめようか」


目の前にはへにゃっと怪しく笑うホムズ女学園2年生・浅倉美玖ちゃん。

首に一眼レフカメラをかけている。

家の中を指さして。


「お邪魔しても良いっすか?」


「図々しい」


「やだなぁ、ジャーナリストは図々しさが売りっすよ」


なんて迷惑な職種だ。

それから美玖ちゃんは口元をもっとへにゃっとさせる。



「それに面白い話があるんすけど聞きたくないっすか?穂花ちゃんが喜んでくれるネタだと思うんすよねぇ」



挑発するような顔をしてスマホを見せてくる。

内容はとあるベストセラー推理小説家ファンサイト。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「罠だよ、それ」


「どゆことっすか?」


ふたりでにぃにの部屋でくつろぐ。

机の上には紅茶とお菓子。もぐもぐ。


一応メールでにぃにに報告しておこ。


ドリトルとの推理ゲームをしている合間、美玖ちゃんは挑戦状を持ってきた女生徒を問い詰めてたらしい。


女生徒はスマホを落とし画面に【愚昧灰荘先生ファンクラブ連絡役掲示板】が表示されていた、と。


「確かに最近のスマホは傾けただけで電源は着くけどさ、簡単な疑問点があるよね?」


画面が落ちているスマホを傾けて美玖ちゃんに見せる。

気付いていなかったようで目を丸めた。


「……確かにそっす。ホーム画面に設定してないとおかしいっすね」


「そう。つまり灰荘の正体を暴くヒントを()()()()美玖ちゃんに見せたってことになる」


罠と考えて間違いだろう。

これを仕掛けた黒幕はこのジャーナリストがどう動くか心得ている。


しかし美玖ちゃんの瞳には余計輝きが宿って。


「面白いじゃないすか。ケンカ売られてるってわけすね?」


「まあ、バカにはされてるかもね」


もう罠にかかる気満々。

紅茶を飲みながら彼女のジャーナリスト根性に呆れる。

けれど挑発に乗れば愚昧灰荘の正体に近づけるかもしれないのは確かだ。


ホノはインターネット検索するが【灰荘ファンクラブの掲示板】は見つからない。


「あ、穂花ちゃん。普通に検索しても出ないんすよ」


美玖ちゃんは無料ダウンロードアプリを開いて見せてくれる。

ただの脱出ゲームの様だが、クリアするとURLが画面に表示された。


「やるね。どうやって調べたの?」


「情報集めは得意すから!気になる噂を全部試したんすよ」


不覚にも感心してしまった。

推理力は無いけど根性はかなりある。

このアプリに辿り着くまでどれほどの苦労があったのだろう。


「いやーわっちも頑張ったんす。だから穂花ちゃん……続きは頼んでいっすか!」


礼儀正しくスマホを差し出された。

URLの先は、



───────────────────


 愚昧灰荘ファンクラブ掲示板


───────────────────



完成度の高いホームページ。

灰荘の全作品のあらすじや概要欄、都市伝説、イベント開催場所。

謎解き要素が多くて推理小説好きが作ったのはすぐに分かる。


美玖ちゃんは【イベント開催場所】をタッチ。



「わっちは謎解きが苦手っすから」



平仮名「く」と数字がずらっと並ぶ。

例えば【く1の1.77.2.8】【く1の3.23.6.24】【く1の6.109.12.3】。



この暗号が解けなければイベントに参加出来ない。


しかし解くにはすべての灰荘作品を買わなくちゃ不可能。

『ファンクラブのメンバーならそれくらい当たり前』だとか考えていそう。


ホノは机の上に本の山を作る。


「美玖ちゃん。小説の背文字にはなにが書かれてるかな?」


「タイトルと作者名……と『く─1─1』?」


美玖ちゃんは灰荘の本を手に取り目を細めて睨む。

小説の背文字にはタイトルと作者名の他に、作者の頭文字と区分するための数字が小さく表記されている。


美玖ちゃんが持っている作品は『すべて虚語』。

【エドワード出版社】で「く」から始まる作家の出版順は愚昧灰荘が最初。

そして処女作。


だから、作者の頭文字()出版社の作者順()巻数()


このサイトの暗号と灰荘の小説の背文字とすり合わせていくと、簡単に解ける。


「教えてもらうと簡単すけどわっちだけで考えてたら絶対分からんすよ。まあ、ずらっと並んだ暗号を読み解くには【本のタイトル.ページ数.行数.文字数】で調べていけば良いんすね!」


「そう……だけど時間かかるよ」


「大丈夫っす!ふたりなら楽勝すから‼︎」


根拠のない自信。

だけどホノの退屈しのぎくらいにはなりそうだ。


「そういえば帝一さんはどこっすか。アーティ高等学校で生徒会の仕事すかね?」


「ううん、ホノを置いてママとイチャついてるよ。罪深いにぃにめ、おみあげ沢山くれなきゃ噛み付いてやる」


「……批評家富子先生と出かけてるんすね。よくあるんすか?」


ん、なんだい?

にぃには怪しくないと言ったのは嘘か、それとも他人の家庭事情が気になってしまう病気か。


「それを聞いてどうするのかな、ジャーナリスト君」


「ちょっとした好奇心っすよ、探偵さん」


お互い微笑み合うがバチバチッと火花が飛んだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 イベント開催日は今日の19時から。


ファンクラブ掲示板の暗号を無事に解き場所を断定。


───────────────────


 土曜日・19時から21時頃まで

 開催場所・ライブハウス『セイレーン』

 必要事項・正装、タキシードまたはドレスでご参加ください。

 守れない場合はご退場していただきます。


───────────────────


【ライブハウス『セイレーン』】。

しかも推理小説家のファンクラブイベントのはずなのにドレスを着て行かなきゃいけないらしい。


仕方がないからママの部屋に忍び込んで仕事用のドレス2着を借りる。

ホノは紫色、美玖ちゃんは黄色。


「……まだホノにはドレスは早いかもしれない」


「黄色とか派手っすよ!もっと目立たない色が良いっす!」


鏡に映る自分たちの姿に恥ずかしさを覚え、赤面してしまった。

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