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●森屋帝一



 シャワーで汗を洗い流してお風呂に肩まで浸かる。

じっわあぁと疲れを優しく癒してくれる温かさ。

ああ、幸せ。ぽっかぽか。


旅館クワノの宿のお風呂場は広いし露天からの眺めも絶景。


「くわあ、日本人はこの為に生きてるようなものだな」


「間違いねぇ」


海兎の同意。


母さんの小説強化合宿の進行状況。

僕と隻腕は土曜日の朝くらいには終わる見込み。海兎も昼あたりと予定しているらしい……問題なのは新顔、四奈メア。


1時間ほど原稿用紙と睨めっこしていたがアイディアが浮かばず『仲居さん達の話を聞いてくるわ』とお客の昼ドラばり浮気ネタなどを仕入れに行っていた。


彼女の得意ジャンルはヒューマンミステリー。

他人の噂やスキャンダルが推理小説に欠かせないアイデアの元なのだ。


それにこの旅館には図書室がある。

日本や海外の犯罪歴史だとかシリアルキラー図鑑とか、「誰トク?」と思うくらいマニアックな豆知識の本だとか、素晴らしい専門知識を手に入れることが出来る名作の数々が置かれている。

つまりネタの宝庫。


だから大丈夫。

師匠の僕は弟子を信じて堂々としていればいい。


「ふう。今度穂花とも温泉旅館してみたいな」


「けっ。ここで妹を思い出すなんて本当にシスコンだな」


「妹を大切に思うのは兄として当然だろ?」


「はたから見たら度が過ぎてるっつーの……まじで理解出来ねぇ。読書家(たんてい)として敵視してるくせによ」


穂花は森屋帝一にとって大切な妹であり。愚昧灰荘には憎くき読書家。

可愛さ余って憎さ百倍、とでも言ってやろうか。



「大切だからこそ、あの名探偵に解けない推理小説(なぞ)を突きつけて心を折ってやりたいじゃないか」



「──……っ」


パシャンっとお湯が跳ねた。

海兎の方に視線をやると青い顔で、


「すまねぇ。急にそっちになられるとビックリしちまって」


苦笑い。どうやら悪い顔をしていたようだ。

ダメだな、穂花をどうやって困らせてやろうかと考えているとつい本性が出てきてしまいそうになる。


「ごめん」


「慣れたかねぇが、これでも2番弟子だ。気にしねぇよ」


「はは、そうしてもらえると助かる。今回の合宿の件もそうだけどいつも迷惑をかけるな」


「……迷惑ってなんのことだ?」


「ムリヤリ連れ去られて母さんを喜ばせる推理小説を書けなんて。普通は逃げ出す。僕の弟子になったせいで大変なことばかりだろう」


(なに言ってんだコイツは)といった具合で肩をすくめられた。



「愚昧先生、俺たちはアンタの弟子だ。嫌がるワケがねぇだろうが。むしろ妹探偵の件でなかなか会えないワケだしな、俺もアイツらも……嬉しいぜ」



照れ臭そうに気持ちを伝えてくれる。

顔が真っ赤なのは恥ずかしさのせいか、それとものぼせたか。

……僕まで顔が赤くなってきた気がする。




●藻蘭千尋



 こんなチャンスなかなか来ません。

ですから私は手を抜かない、物にしてみせる。

『あの方の隣には藻蘭千尋が必要だ』と認めてもらうために。


「お母様。お背中流しましょうか?」


「良いですか。ありがとうございます」


あの方のお母様は私に背中を向けてくれました。

高校生の息子と娘がいるとは思えないほどの綺麗な肌でシミひとつ無く、スベスベとしている。

本当に40後半なのか疑ってしまうくらい。

毒舌の批評家。美魔女の富子先生。


「なら私は藻蘭先輩の背中を洗うわ」


「はい、お願いします」


私がお母様の背中をメアさんが私の背中を洗う。

ボディシャンプーを洗い流して今度は交代してお母様が私の背中を、私がメアさんの背中を洗った。

メアさんは中学生にしては発育の良く、健康的な小麦色の肌。


……私だけ2回洗ってもらって申し訳ない気持ちになりました。




ちゃぷんっと露天風呂に入る。

すぐ隣は男湯の露天であの方と海兎さんの話声が聞こえてきた。


なんだか不思議な気分。

出会ってから何年も経つが会えるのは喫茶店グレコの地下室だけ。

話したくても手紙を書いて連絡役の鳩に渡すばかり。

妹さんのこともあり親交を深めるのも難しかった。


なのに一緒の旅館に泊まっている。

心拍が少し上がった。


「帝一はご迷惑をお掛けしてませんか?」


「えっ⁉︎あ、いえ全然。むしろ私達の方が足を引っ張るばかりです」


「特に私よね」


苦笑いで返すメアさん。


「そうですか。あの子には迷惑をいくらかけても構いません。仲良くしてあげてください」


ペコリと頭を下げるお母様。

私たちはそれよりも勢いよく頭を下げる。

批評家のイメージが強かったから、優しい母の顔に少し驚いてしまう。


「そういえばドリトルさんにはお会いしましたか?」


獣医のドリトル、知恵比べでまさかの脱出ゲームで挑んだスチームパンク。

あの方のペットのハドソンさんを誘拐しておきながら気に入られた6番弟子。


「いえ、会っていません」


「推理ゲームの映像すら見せてもらってないわ」


前回の推理ゲームは3番弟子の狂人作家(サイコキラー)が責任者。

他の弟子は眼中になく自分とあの方の才能しか認めていない人物です。

おそらく弟子候補を選ぶのも気が乗らなかったにことだろう。

『愚昧灰荘の弟子は自分だけでいい』と思っているのだから。



「弟子が増えてきて権力争いが起きてしまいそうですね」



お母様の言葉に私たちは苦笑い。

確かにあり得ない話ではない、ベストセラー推理小説家の1番弟子の座に落ち着くためなら法も犯す輩が現れてもおかしくないのだ。


……1番弟子の座、守りきらなければ。




●森屋帝一



 やはり風呂上がりにはコーヒー牛乳にかぎる。

ぽんっと牛乳ビンのフタを取り。

僕と海兎はパンイチで腰に手をあてながら、一気飲み。


「「ぷはぁぁあっ」」


まるで仕事終わりに居酒屋で飲むビールのひと口目を喉に通した時ぐらい豪快な声をあげる。


空になったビンを自動販売機の隣に設置されているカゴに入れ、着替え。

学校が終わってすぐに拉致されたから学生服しかなかったが浴衣が用意されていた。


「そういや卓球台があったな、どうだ愚昧先生」


「冗談はよせ。僕が勝てるワケないだろうが」


キリッと負け犬宣言してみせる。

批評家の富子先生に納得してもらう作品を書かなきゃいけないんだ、体力を使っている暇など無い。

なにより自分の運動不足を思い知るのは嫌だね。


浴衣の帯をキュッと閉めて風呂場から出て男子ふたりが泊まる206号室に向かう。

推理小説の期限は短いが、オールで女性達が借りてる部屋(207号室)に居座るのは流石に母さんが認めなかった。

『年頃の男女を夜中、一緒にさせる親はいません』とのこと。


ドンッ。

誰かが僕の肩に当たった。


3人組。

取り巻きのひとりが不機嫌そうに「チッ」と舌打ちされてそのまま通り過ぎて行く。


「あん?なんだアイツら」


海兎が眉間にシワを寄せて、鬼の形相。

僕は浴衣の首元を引っ張って殴り込みに行きそうな海兎を止める。


「やめておけ。今のは推理小説家だ。関わったら面倒な事になる」


真ん中を歩いていた赤髪ツンツンのメガネ男性。

推理物のライトノベル『異世界で俺は魔法探偵を始めたんだが依頼が来る前に解決してしまう件について』の作者。シリウス先生である。

冗談のようなタイトルではあるけれど200万部売れているアニメ化作品だ。

魔法を使って殺人だとか、探知魔法で証拠集めだとか、推理小説と呼べるかは議論の余地ありだがなかなか面白い。


そんな作家に喧嘩なんて売ってみろ。



「アンタら、誰に肩ぶつけたか分かってんのよね?」



面倒なことになるのは間違いないのだ。


「なんだ、君こそこの方が誰だか分かってるのか?かのシリウス大先生だぞ!」


シリウス先生と取り巻きふたりの前に立つのは風呂上がりの女子中学生。

小麦色の肌、金髪ショートヘア、気の強そうな顔。


こら、やめなさい。


「シリウス?……知らないわね。でもアンタみたいな小物が『大先生』って呼ばれてるのが無性に腹が立つわ」


その辺でやめとこうねメアちゃん。

お菓子買ってあげるから。ね?

その辺にしておこ。


僕の心の叫びも虚しく。



「勝負よ。この佳作作家、四奈メアがしょうもないプライドをへし折ってやるわ」



面倒は絶対に嫌だっ!


「か、佳作作家?あははっ、佳作作家ですって!シリウス先生っ!」


「はははっ、確かにお笑いだ!知らないとは恐ろしいなっ‼︎」


ぴくりっ。


「……オイ愚昧先生。止めなくていいのかよ?」


「止める?まさか」


関わりたくない。とも思ったが、メアを笑ったコイツらを許してはおいていけないな。

累計200万部程度の作家がうちの佳作作家に勝てると思うなよ。

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