彼女の勘は外れない
●浅倉美玖
「ごめん美玖ちゃん!緊急事態だから急いで帰るね。明日一緒に帰ろう!」
「え?あっ、よく分かんないっすけど分かったっす!穂花ちゃんは可愛いんだから気をつけるんすよ!お菓子くれるおじさんとかに着いてっちゃダメっすよ‼︎」
「着いてかないよっ!美玖ちゃんもネタになるからってヤクザの取り引き現場に行っちゃダメだよっ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
愚昧灰荘との推理ゲームへ走り出した穂花ちゃん。
わっちはぽつりと女学園の玄関に置き去りにされてしまった。
ヤクザの取り引き現場なんて……前に失敗して怖い目にあっているから行くわけがないすよ。
「暇になっちゃったすねえ。あっ!」
ぽんっと、手を叩く。
面白そうなネタの種があるじゃないか。
見逃すところだった、危ない危ない。
学園の中に戻って走る。
風紀委員長の藻蘭先輩がいたら呼び止められて説教されそうだが、近くにはいなさそうだ。
すたたたたたっ。
見つけた。
廊下を歩く気の弱そうな女子生徒、特徴のない1年生。
「ちょっとお話聞かせてもらっても良いっすか?」
「きゃっ⁉︎……な、なんです?」
「わっちは2年の浅倉美玖っていうっす。美玖ちゃんって呼んでくれたらちょー喜ぶっすよ!新聞部部長やってるっす。ところで聞きたいことがあるんすけど構わないっすか?」
気軽に自己紹介するけど女子生徒は気まずそうにしながら。
「は、はい。美玖ちゃ……先輩」
「ありがたいっす!さっきの手紙は誰から渡されたんすかねぇ?」
この女子生徒が穂花ちゃんに手渡した愚昧灰荘の弟子候補からの挑戦状。
「落ちていた手紙を見つけて森屋さんの名前があったので本人に返したんです」
「名前なんかなかったすよ?」
「いえ、書いてありました」
気弱そうに見えて案外根性があるかもしれない、バレバレだけど嘘を突き通す女子生徒。
残念なことにその手紙を持ってないため証言の食い違いを証明できない。
後ずさり、別に怖がらせているつもりはないのだが。
「それだけでしたら、失礼します」
ペコリッと頭を下げて立ち去ろうとするからわっちは腕を掴んで止めようとした。
カタンっ。
勢いあまって女子生徒の手からスマホが離れて、廊下に落としてしまう。
「すまないっす!」
「い、いえ」
不幸中の幸い、画面から落ちるのは避けられたようで破れたりはしなかった。
しかもおかげで面白いものを見ることになる。
最近のスマホってやつは高性能で傾けるだけで電源が入るのだ。
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愚昧灰荘先生ファンクラブ
連絡役掲示板
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わっちは自分の強運さに口元をへにゃっとさせてしまう。
「なんすかねー、これ」
「そのへんにしたらどうですか?浅倉美玖さん」
ピシッとその場の空気が変わったような気がした。
高貴な声、とでも表現するか。
……はぁ、良いところで。
それともカモがネギ背負って現れたのかな。
声がした方に視線を向ける。
ロールされた長い金髪、キリッとした顔立ち、女子生徒の憧れの的でこのホムズ女学園の生徒会長。
これまた面白いほどスクープの匂いをさせてるんすよ。
「お疲れ様っす、生徒会長。ご機嫌麗しゅうございますっす!」
わっちが大袈裟に挨拶すると、生徒会長は自分のスカートを両手の人差し指と親指で挟んで少し上げた。
「貴女もいつも通り騒がしくてなによりですわ」
まるで貴族のご令嬢。
授業中にトイレへ駆け込みたくなったらお花摘みや薔薇の伐採に出かけそうだ。
生徒会長がアイコンタクトで女子生徒に指示を出すと小走りで逃げられてしまった。
「なにしてんすかー。せっかく面白いネタが手に入りそうだったんすよ?こんなことされたら生徒会長のあることないこと記事にして憂さ晴らしするしかないっすね」
「あら?それは困りますわね」
生徒会長は苦笑いで廊下の壁に貼られた記事に視線を向けた。
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ホムズ女学園新聞
『この学園に男子生徒が紛れている⁉︎』
『愛梨生徒会長の最新百合情報……‼︎』
『更衣室に監視カメラ⁉︎犯人は⁉︎』
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相手は肩をすくめた。
それはわっちの記事がいつも真実味が薄いじゃないか、という挑発か。
「悪いっすけど、全部本当っすよ。わっちのジャーナリストの勘がそう言ってるっす」
「スキャンダルなんて下劣でしてよ?うちの生徒なら規律を守るべき。そもそも勘で学園新聞を書かないで欲しいですわ」
「なに言ってるんすか!ジャーナリストは探偵と違って勘だけが頼りなんすから。それに張り込みやガーボロジーとかで確証は得てるっす」
「なら私の百合情報とやらを聞かせて欲しいですわね」
……おおう。
それは読者が喜ぶから少しだけ着色してしまっている。
もはや二次創作の域である。
そこを突かれると言い返せない。話をずらそう。
「ところでスクープを逃した罰としてひとつネタが欲しいんっすよ!ズバリ生徒会長は男性に支配されたいすか?支配したいっすか?」
「お黙りなさい」
──ピシンッ。
空気が凍った、これは支配する側の人間だな。
男が逃げ出したくなるくらいのSだもの。
「ふざけすぎですよ。それにこのホムズ女学園に男子生徒って……貴女は学園新聞のことをオカルト新聞だと勘違いしてるんじゃなくって?」
「あははっ、かもしんないっすねー」
それはそれは呆れたように眉間を押さえて「はぁ」と大きなため息をつかれた。
「でも案外近くにいるかもしれないっすよね。未確認生物とか宇宙人とか、もしかしたら男の娘だって実在するかもしれないっす!」
「夢を見ることは結構ですけれど、あまり他の生徒を困らせないでくださいまし。貴女が学園の外で他人に迷惑をかける度にホムズ女学園の名誉は汚されているのですわ」
「大丈夫っすよ!美玖ちゃん良い娘っすから」
馬の耳に念仏。と思われているに違いない。
「……それでは私は用事で帰りますが、くれぐれも」
「了解っす。出る杭は打たれるっすからねー」
生徒会長はご令嬢のような立ち振る舞いで一礼して去っていく。
わっちはその背中を首にかけている一眼レフカメラでパシャリっ。
「この街は嘘がいっぱいすね。宇多川愛梨生徒会長」
そして全ての嘘が行き着く先はベストセラー推理小説家・愚昧灰荘。
灰荘の正体を暴くために必要な鍵は藻蘭千尋と宇多川愛梨生徒会長だとわっちの勘が言っている。
蜘蛛を誘き出す為には、蜘蛛の糸を突かなければならない。
……涼しい顔をしてられるのも今のうちっすよ。
宇多川愛梨
貴族の令嬢口調な女学園生徒会長
誕生日/6月15日=双子座=
血液型/O型 髪/金髪ロール
身長/168cm 体重/48kg
性格/貴族の令嬢
学年/ホムズ女学園3年A組(生徒会長)
好き/紅茶.読書
嫌い/美しくないもの