喫茶店グレコにて佳作作家は
●四奈メア
水曜日の放課後。
気が付いたら喫茶店カフェ・グレコの前まで来ていた。
実力不足だとは知っているが昨日の辺立葛蓮とかいう美術館館長の推理ゲームから気持ちが沈んでいる。
佳作作家の私では灰荘大先生を喜ばせることが出来ない。
あの女探偵にことごとく敗北したのに『伸び代がある』とお情け合格。
弟子になったところで憧れは遥か遠く。……はぁ。
ガチャリとカフェ・グレコの扉を開ける。
渋い笑顔で迎えてくれるオジサマ。
オジサマが隠し扉を開く為に本棚へ向かおうとしたから呼び止めた。
「今日は息抜きに来たの。コーヒーをちょうだい」
「かしこまりました、ミルクと砂糖は?」
「ええ、お願いするわ」
オジサマがコーヒー豆をすり潰している間に本棚へ。
隠し扉のカモフラージュだけに置かれたものかと思ったら推理小説がずらりと並んでいた。
「灰荘大先生の作品があるわ」
「はい、全作揃えてあります。もちろん弟子の方々のも」
「へぇ。あ、本当だわ。藻蘭先輩とあの不良の作品ね。これは3番弟子かしら……え?」
一瞬、時が止まった感覚を味わう。
書籍化された推理小説の隣にA4サイズのコピー用紙の束。
タイトルはアマチュアが考えそうな恥ずかしいもの。
……どうして。
灰荘大先生と同じ本棚に私が佳作を取った時の作品が置かれていた。
「なにを驚いているんですか?あの方の弟子なんですから当然です」
「わっ⁉︎藻蘭先輩」
背後を取られていた。
振り返ると赫赫隻腕こと藻蘭千尋。
「どうしてここに」
「おそらくメアさんと同じ理由だと思います」
複雑そうな微笑んで肩をすくめる。
たしかに昨日、最も不機嫌そうに推理ゲームの映像を見ていたのは彼女だった。
「マスター、私にもコーヒーを」
「はい。いつも通りブラックでよろしいですかな?」
「ブラック以外コーヒーではありません」
ははーん、ケンカを売ってるのか。
ナメられるわけにはいかないからブラックに頼み直そうかしら。
私の考えていることが分かったのかオジサマが(やめておきなさい)と首を振った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結局ブラックは飲めないからミルクと砂糖がたっぷり入ったコーヒー。
藻蘭先輩にはブラック。大人ぶって、むかつく。
……私だって高校生になったら。
「小説のことですが焦らなくて大丈夫ですよ。メアさんはまだ中学生なんですから」
焦らなくていいって。
愚昧大先生は中学生の時にすでに推理小説家の頂点にまで上り詰めていた。
そんな人と同じ本棚に置かれてるのは佳作賞までしか取れないへっぽこ作家なんて笑えない。
「読者を騙す才能を手に入れて、偉大な推理小説家になれるってすぐにでも証明しなくちゃいけない。ぬるま湯なんかに浸かっている暇なんて私にはないのよっ!」
興奮して大声を出してしまった。
幸いこの店にはマスターと私達しかいない。
「そうですね。軽率な発言でした」
藻蘭先輩の申し訳なさそうな顔を見たら急に恥ずかしくなった。
熱くなりすぎた、落ち着かせる為にコーヒーを飲む。
こくりっ。ちょうどいい甘さとコーヒーの深み。
とてつもなく好みの味である。
「わ、分かれば良いのよ。さっさと最優秀賞の取り方を教えなさい」
「誰よりも多く読み、誰よりも多く書く。どうしてこの作品は面白いのか、つまらないのか考える。世界にある全ての読み物が貴女の教材です」
「雑っ。言いたいことは分かるけど雑すぎるわ」
「くう……相変わらず生意気ですね」
良いこと言っている風だが、そんなの作家なら誰もがやっていること。
欲しいアドバイスはそんな基本的な事じゃない。
「それならメアさんの好きなものはなんですか?」
「イケメン」
藻蘭先輩の顔が引きつる。
誰でも好きなはず。なにがおかしい。
「……他には。もっと具体的なものを」
「ヴァイオリン。食べ物ならドーナッツかしら」
「ならイケメンのヴァイオリン奏者がドーナッツで殺される作品とかどうでしょう?」
「凶器をなんとかしなさいよ」
言ってみたものの作品のあらすじにそんなことを書かれていたら思わず手に取ってしまうかもしれない。B級映画に興味を示すような感覚だが。
「ドーナッツでどうやって殺すのかしら?」
「普通なら毒殺ですけどあまりに味気ない。それにヴァイオリン奏者である理由が欲しいですね」
毒殺とアナフィラキシーショックはシラけるという理由で除外して、ドーナッツを凶器としてでどうやって殺人事件を起こすか真剣に考える。
冷凍して撲殺、巨大なドーナツを作り真ん中の穴に被害者の頭をはめて絞殺。
凶器は食べて処分するのだろう。
きっと探偵の解決パートでは消化物を調べられて【「貴方が犯人です」】なんて間抜けな結末だ。
それとも【「口元の食べカスがなによりの証拠っ!」】だろうか。
なにそれ。
少し面白そうじゃない?
「それかドーナッツは化け物でヴァイオリンの音色で操る事が出来ます」
「あははっ、もう推理小説じゃないわ」
あほらしくて笑ってしまった。
優等生な藻蘭先輩にしては珍しい言動である。
「まあ、脱線してしまいましたが。『好き』が多いほど魅力的な作品になると私は思います。不平不満を文字にする作家もいるそうですが、私はやはり好きなものを書いている方が気持ちが乗ります」
「ええ、参考にするわ」
自分が好きなものを書く。
簡単なようで忘れていたかもしれない。
文章とは生き物だ。
書いた時の感情、熱情はたしかに残る。
「あとはあの方がおっしゃってた事がありましたね」
「それを先に言いなさいよっ!なにっ⁉︎」
背筋をぴんっとさせる藻蘭先輩。
そして声を低く、
「『フェアプレイは大切だが小説家有利でいい。証拠は見逃してしまうくらいにぼかしてしまえ。探偵はいくら邪魔しようと謎解きを続けるのだからイカサマだと思われるくらいに勝ちを狙え』とのことでした」
メモ帳に書き留めていると藻蘭先輩が「私も良いこと言ったと思うんですが書かないのですか?」と言われたがスルー。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トリックをもっと凝ってほしい。
ダイイングメッセージが分かりづらい。
不必要なものを削ぎ落とし過ぎて単調な作品へ。
思い返してみたら、言われたい放題である。
しかし全てを変えれば良い作品になるわけではない。
藻蘭先輩に初めに言われたことは『誰かのアドバイスを鵜呑みにして書き直した文章は自分の作品ではありません』、だ。
推理小説の基礎は教えるが、表現力は自分でなんとかしろと。
「どうぞ。サービスです」
「あらドーナッツ。ありがとう」
「いつもありがとうございます。マスター」
雑談していると気を利かせたオジサマがドーナッツを焼いてくれた。
『ドーナッツ殺人事件』。さっきの会話を聞いて作ってくれたのだろうか。
「こちらこそ。愚昧灰荘先生とお弟子さんの小説に人生の喜びを与えてもらってます。名作が生まれるなら、いくらでもお手伝いしますよ」
「名作。私に書けるかしら」
自信なさげに呟いたらオジサマは楽しそうに笑って、
「書けますとも、なにせ灰荘先生が目をつけた作家です。彼も嬉しそうに言っていましたよ『人間関係の泥沼を面白く描く佳作作家がいる』と」
「──……っ」
その言葉を聞いて瞳の奥の方が熱くなった。
藻蘭先輩の方に視線を移すと肯定するように頷いてくれている。
……少なくともお情けじゃない。
私はちゃんと期待されている。
それだけでぶあっと感情が吹き出してきた。
右手が震える、書きたい。
今すぐにでも書きたい。
自分の強みを残して、洗礼された推理小説。
あの女探偵を仆す完全犯罪を。
愚昧灰荘大先生の4番弟子・四奈メアとして。
カフェ・グレコのマスター〔♂〕
謎が多いダンディなオジサマ
誕生日/7月1日=蟹座=
血液型/A型 髪/白髪
身長/183cm 体重/82kg
性格/紳士的
年齢/不明(帝一曰く『65前後』)
好き/コーヒー.推理小説
嫌い/誰かと競うこと