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誰もが我が子を天才と呼ぶけれど

挿絵(By みてみん)

●森屋帝一



 とてつもなく気分が良い。


現実の事件でも天才的推理力を発揮するだろうが穂花はあくまで読書家(たんてい)

ましてや推理ゲームに没頭しすぎて葛蓮が用意した贋作に意識がいかなかったのも納得が出来る。

けれど毎日の疲れが吹っ飛んでいくほど愉快なのは変わりない。


「ハドソン、コウロギだぞ」


飼っているカメレオンのハドソンに夜ご飯をあげる。

ペロリパクリとコウロギを咀嚼(そしゃく)した。うっとり。


その可愛さに目を奪われていたらカチャリッと玄関の鍵が開く音。

猛ダッシュで玄関に迎う。

どんな顔で帰ってくるか楽しみですな。


「にぃに、ただいまっ!」


「おかえり、穂花」


うむ、太陽の様に眩しい笑顔である。

その可愛さのあまり邪念が一瞬にして浄化されてしまった。


「で、なんでそんなにうきうきるんるんなのかな?」


「ん?」


がしっと突然身体を固められる。

高校生になり肉付きも女の子らしくなってきたから、流石のお兄ちゃんも困っちゃう。

妹のぷにって感触に「うおっ」と声が漏れてしまうなんて情けない。


「メールもそうだけど、いつもは玄関まで迎えに来てくれないよね。なにがあったのかな?」


そう言われると浮かれすぎていたかもしれない。

どんな言い訳しようか。


「彼女が出来──あべしっ!」


バシンッ。まさかのかかと落とし。

それも顔面に。


スカートの中に白い何かが見たような気がしたが記憶から抹消しよう。

……あ、いけない。こら潜在意識よ、『妹成長記録フォルダ』に入れるんじゃありません。

ゴミ箱にポイしなさい。


「で、なにがあったのかな?」


「ただ生徒会の仕事が早く終わったから浮かれてただけだ」


実際嘘はついていない。

隻腕からの手紙をもらったすぐに2度目の推理ゲームをセッティングしたから生徒会の仕事はひとりでちゃちゃっと終わらせた。


「お前ら、玄関でいちゃいちゃするな」


穂花の次に家に入ってきたのは父さん。

珍しく仕事が早めに終わったようだ。


(父さんと出かけてたから遅かったのか?)


穂花だけに聞こえるようにこそっと小声。


(ううん、灰荘の弟子と推理ゲームしてきた)


(ひとりで?)


(……美玖ちゃんが付いてきた。にぃにを呼びたかったけど生徒会で忙しいと思ったし)


「おい帝一。パパには『おかえり』はないのか?泣くぞ!」


どうぞご勝手に、泣くがいいさ国家の犬よ。

そもそも『ただいま』を言わない奴に『おかえり』は無いのだよ。

涙を浮かべている父さんを無視してリビングへと向かう。


「先にお風呂入ってきな穂花。ご飯作っておくから」


「うんっ!ありがと」


元気よくコクリと頷き、とたとたっとお風呂場へ行った。


さあ切り替えてご飯作ろう。

両親が仕事で忙しくて、ほっとかれてきた息子が手に入れた料理スキルはかなりのものだ。

喫茶店グレコのマスターにも絶賛された腕前。


とりあえず簡単なオムライスでいいか。


「父さんはビール飲む?」


「ったりめーだ。そのために日々生きてるようなもんだ。あとつまみを用意してくれると助かる」


「じゃあアボカドに焼きベーコンを巻いてわさびつけるか」


「持つべきものは料理できる息子ってな……そういえば穂花の友達の美玖ちゃんに会ったんだが面白い娘じゃないか」


ん?『穂花の友達』と言ったか。

目を丸めると父さんも同じ気持ちなのか嬉しそうに頷いた。

変人でブラコンな穂花にもとうとう友達が。


……いや待て、相手は浅倉美玖だ。

思ってなくとも『友達っす!』と言いそうだ。

けっ、ぬか喜びさせよって。


「しかもお前をあのベストセラー作家の愚昧灰荘だって言っていたぞ」


「まだそんなこと言ってるのか、あの新聞部部長は」


「俺も帝一は数学バカだからありえないって言ったんだがなあ」


『数学バカ』とはなんだ。数字ほど美しいものはない。

その素晴らしさを理解してもらうために講義してやろうか。

体力バカな父さんよ。


父さんはリビングチェアーに腰掛けテレビをつける。

そういえば今日のこの時間には、



「録画しておいてっ!」



びしょびしょなままバスタオルを巻いた穂花が風呂場から駆けてきて叫ぶ。


しかし焦る理由も分かる。

父さんも思い出したようで口をあんぐり開けて。


「あー!今日か。ママがテレビ出るの」


「そう。だからよろしくっ!ホノはお風呂に戻るけどお願いね」


録画されたのを確認するとばたばたと風呂場へ。

濡れた床を僕が雑巾で拭く。


バシャンッ。


おい待て、勘違いだといいのだがお風呂に飛び込んだか。

怪我したら大変だ、やめてほしい。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



『どうも、森屋富子(とみこ)です』


『いやぁまさかあの小説評論家の富子先生がこの番組に出ていただけるとは!』


50近いのだが見た目30手前に見える美魔女の富子先生。

小説に厳しい感想を述べているくせに人気があるのもこの見た目があってこそなのだとか。

息子の僕には分からないけど。


たしかによく出演する気になったものだ。

『推理小説のこれから』という番組は話題の推理小説家をべた褒めするもので、評論家の皮を被った批評家の母さんには不似合いである。


しかも今回の話題はまさかの【推理小説界の鬼才『愚昧灰荘』】。

ハラハラし過ぎて見ていられない。



『私には推理小説家という生き物が犯罪者予備軍にしか思えません。だってそうでしょう?起きてから寝るまで四六時中、人を殺める方法ばかり考えているのですから』



流石にこの発言で撮影スタジオはしんっとなった事だろう。

スムーズに進んでいるように思えるのは映像を編集した人のお手柄。

うちの母が大変ご迷惑をおかけしました。


『その中でも愚昧灰荘という作家は本当にタチが悪い。あれは登場人物の命だけには飽き足らず読者の心すら弄ぶのですよ。作品を見てわかるように性格がねじ曲がっていて誰からも愛をもらえなかった可哀想な人なのでしょうね』


息をするかのように毒を吐く。

もうやめてください母上様。

司会の方が身体を震わせている。

今すぐ逃げ出したいと顔に書いてあるではありませんか。


『あまつさえ────』


番組が終わるまでやはり母の独壇場だった。

誰も母には逆らえない。

ネットでは【灰荘様ファン】と【富子様ファン】の対決が白熱したそうだ。




●森屋富子



言っておきますが、私は推理小説が好きです。

夫よりも愛していると言っても過言ではありません。

『まんじゅうこわい戦法』と言いますか。


好きでなければ息子にあんな名前をつけたりはしないでしょう。


ただし現代の推理小説というものはあまりにも単調であまりにも予想がつきやすいではありませんか。使い回しだったりリメイク。


ミステリードラマで例えればわかりやすいかもしれません。

犯人はいつだって他の登場人物よりも売れた俳優であったり女優。

最後は決まって崖、崖、崖。

緊迫感なんてものはその作品ごとに違うものでなければいけないのではないでしょうか。


同じものしか作れないのならば作るのはやめてほしい。


私は批評する。

そんな物を書くのはやめなさい、と。


私は批評する。

貴方には才能はないのです、と。


私は批評する。



「なら僕がお母さんも退屈から救ってあげるよ」



苛立ちを文字にしていると7歳の息子・帝一が言いました。

親は誰もが我が子を天才だと思います。

私だってそうでした。


それでも首を振る。

たしかに息子はこんなにも幼いのに数学者すら逃げ出してしまうような数独(ナンプレ)を作ることが出来きますが流石にそれは不可能です。


私の名作への飢えは簡単には満たされない。


「帝一。お母さんはですね、仕事中です。だから大人しく穂花の相手をしててくれますか?」


「なら仕事中に書く」


なにを言っているんだか、と私は苦笑い。

仕方がないので原稿用紙を帝一に渡しました。

飽きたらお絵描きでもするだろう。


仕事を再開しようとしたらある事に気が付いたのです。


「……どうして、右手で書いているのですか?」


私が知る限り帝一は左利きです。

少し昔なら右利きに矯正するべきなのでしょうが。

文字だって、箸の持ち方だって左手で教えました。


それなのにその右手で書かれた文字は利き手よりも綺麗だったのです。


「クロドミナンスっていうんだって」


交差利き(クロドミナンス)

そんなわけがない、母親の私が知らないわけがありませんから。


「僕、右手の方が使いやすいんだ」


「ずっと隠していたのですか?」


「うん」


「どうしてですか?」


「穂花を救ってあげるため」


回答の意図が見えない。


本当に帝一?

子供っぽくて、けらけらと笑うような可愛い私の息子。

息子の本性を見誤っていたのかもしれない。


「穂花も僕と同じくらい優秀なんだ」


「穂花もお母さんに何かを隠しているのですか?」


私は娘の事も理解していないとでも言うのか。

穂花は太陽のように明るい子。


「ううん、穂花は穂花だよ。でもお母さんと一緒で退屈しているんだ」


「退屈、ですか?」


「うん、だから僕が救ってあげるの」


救うとはなにから。『退屈』からだろうか。

帝一も穂花も楽しそうにいつも笑っているではありませんか。


しかし私の横で推理小説を書いている子供は黒い笑いを浮かべて。



「僕は穂花のために推理小説家(はんざいしゃ)になるよ、読者(たんてい)を退屈させない完全犯罪を作るんだ。だからお母さん、僕の共犯者になってよ」



「なぜ、お母さんなのですか?」


「だって嘘をつかせるなら女性の方が上手いから」


可愛く首を傾げてそんなまさかな事を言う帝一。


普通の親ならば怖くて逃げ出してしまう場面かもしれません。

それでも私は、久しぶりにワクワクとしていたのです。

この子なら私の飢えを──……




それから私は嘘を重ねていくのです。


重病な帝一を病院から拉致して出版社に連れて行った事もありました。

息子の才能を世の中が認めてくれたのですから当たり前じゃないですか。


愚昧灰荘にも思ってもいない批評を書くのです。

仕事も上々、まさにウィンウィンな関係。


家族や世間に嘘をついても罪悪感は感じません。

全ては愛しい息子と娘のため。



だから私は批評する。

私の息子はこんなもんじゃ終わらない、と。




森屋(もりや)富子(とみこ)〔♀〕

 美魔女の批評家

 誕生日/11月11日=蠍座=

 血液型/A型 髪/黒髪ボブ

 身長/160cm 体重/45kg

 性格/毒舌(推理小説にかぎり)

 年齢/47歳

 好き/未体験の物語

 嫌い/駄作.使い回し

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