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●畑地海兎



 心中穏やかじゃねぇ。

喫茶店グレコの地下室で推理ゲームを鑑賞していた弟子たちは同じ気持ちのはずだ。

俺たちは初めて愚昧先生のあんな顔を見た。


複雑の気持ちのままアンディ・ライデン美術館の中に歯ぎしりしながら入る。

入り口を抜けるとすぐに目的の人物が待ち構えていた。

丸い身体の髭を生やしたおっさん。


「おっさん、これはどういう意図だ。誰がこんなことしろって言った?」


グイッと胸ぐらを掴む。

相手はあわあわと震えてスーツのポッケからハンカチを取り出し、デコの汗を拭った。


「あ、どういう意図とは?」


なぜそこで首を傾げる。


作者が犯人ってのは良いが、他は手抜き。

推理の鍵になるクロムイエローは簡単に手に入るものじゃない。

それに名画を日の当たる場所に置く美術館がどこにある。

もっと容疑者を怪しませろ。ひとりくらいは被害者に恨みを持つ登場人物がいなくちゃ話にならねぇ。


……それなのに。


俺はムシャクシャして美術館に展示されている絵画を床に叩きつける。

フェルメール、ピカソ、ダ・ヴィンチ、ルノワール、ミケランジェロ、アルチンボルド。

絵画、絵画、絵画。

絵画の山が積まれた。


「あ、やはり灰荘先生は気付いてくださいましたか」


息を荒げる。

これは怒りのせいか、それとも美術館を走り回ったせいか。



「当たり前だ。愚昧先生は全ての絵画を誰が所有しているか記憶している。本物はヒントに使ったゴッホの『5本のひまわり』だけだそうじゃねぇか」



絵の具は劣化する。

本物のゴッホの『ひまわり』を日光が当たる場所に置くなんて馬鹿な事をしたのも、それを作品のヒントにしたのも全ては愚昧先生へのアピールのため。


最初からこのおっさんは探偵のことなんて相手にしていなかったという事だ。

ずっと自分が気に入られる策を練ることに集中していた。


「あ、それでやはり探偵さんに負けた私は失格ですか?」


まるで推理ゲームで勝つ必要はないと知っていたかのような言い草。

このお人好しを演じたおっさんをブン殴ってやりたい。

合否を伝えるのも屈辱的。


「チッ、残念だが合格だ。愚昧先生も大喜びだったぞ。『推理小説家としては負けたが犯罪者としての君は勝った』ってな」


愚昧先生が声を荒げて笑っていたのだ。

推理ゲームが始まる前からこのおっさんの弟子入りは決まっていた。


「お前はどうしてこの美術館の展示物を贋作にしたんだ?」


「あ、ちょっとした余興ですよ」


愚昧先生曰く『穂花も贋作を見抜く力はあるはずなんだ。だけどそれを欺く程の出来栄えの贋作なのだろう』との事だった。


「唯一本物の絵画を贋作としたこの余興。愚昧先生はかなり気に入っていた。皮肉が効いているんだと」


はっきり言うが、嫉妬した。

俺や1番弟子の隻腕だってあんなにも賞賛されたことが無いのにだ。


「あ、良かったです。頑張ったかいがありました」


「どうやってこんな大量に精密な贋作を手に入れた?」


「あ、私が描いたものです」


息を飲む。

当然だとばかりに、美術館の館長は自分が贋作を描いたと語る。


とんだ詐欺師だ。

『狸オヤジ』って呼び方がお似合いではないだろうか。


「あークソッ!お前は今日から愚昧先生の5番弟子だ。今回の件で調子に乗るんじゃねぇぞ、推理小説はまだまだ未熟だ」


「あ、はい。灰荘先生の所で学ばせていただきます」


深々と頭を下げる、辺立(ほとり)葛蓮(くすれん)

この変な名前は本名らしい。

そして愚昧先生が落ち着くまでこのおっさんに推理小説を教えるのは俺の役目だとか。

……まったく、我らが師匠は酷な事をする。




●森屋穂花



 推理ゲームも終わり、帰り道。

家まで後5キロ。美玖ちゃんと並んで歩く。

とりあえず日も暮れてきているからにぃににメールをしておこう。



─────────────────


 遅くなるね。

 先にご飯食べないでください。

 一緒に食べたいです。


─────────────────



これで安心。

にぃにと温かいご飯が食べられる。

そう思ったら足が軽い。スキップしながら帰れそうだよ。


返信メール。

即座に確認。


「ん?」


「どうしたんすか?急に驚いて」


美玖ちゃんがスマホを覗いてきた。



─────────────────


 了解です、待ってます。


─────────────────



「おかしい」


「……これのどこが?」


考えてみなさいよ、妹に敬語なんて使わない。

いつものにぃになら『りょ、ま』。そんな雑な文章だ。

これは間違いなく、


「なにか良い事があったに違いない」


「全然分からないっすよ」


こんな文章を書くのはうきうきるんるんな時。

帰ったら詳細を聞かなければいけない。

もしも『彼女が出来た!』なんて言ってきたら飛び蹴りを食らわしてやる。

それ以外なら許す、共に祝杯を上げようね。


なんてもんもんしていたら後ろから車が近づいてくる。道の端に寄った。

しかし真横でその車が止まり、フロントガラスが開く。


顔を出したのはがっしり体型の中年男性。

よく知る顔だ。


「おう!穂花。こんなとこで何してんだ、暗いのに女の子ふたりじゃ危ない。ふ、ふたり?……その娘は友達かっ⁉︎」


「パパっ!良い所で現れた。乗っけて!」


「え?森屋家のパパさんっすか」


なにを言っているんだい。

他に『パパ』なんて呼ばないだろう。


森屋浩二(こうじ)

もちろんホノとにぃにの父親である。


「どうもっす、わっちは浅倉美玖っていうっす。穂花ちゃんとは……友達っす!」


「違うわいっ!」


認めんぞ、ホノは認めんぞ。

こんなチャラチャラしててにぃににあらぬ疑いをかけているジャーナリストと友達になった覚えはない。もし友達だと言うならメールアドレスを教えなさい。


「穂花のパパです……ゔぅっ、そうか、とうとう穂花にも友達が。良かったなぁ‼︎」


涙目でこちらを見ないでほしい、複雑な気持ちになっちゃうよ。


「とりあえず美玖ちゃんも乗りなさい、お家まで送るから」


「あざっす。お言葉に甘えるっす!」


車に乗るホノたち。

ふたりとも後ろの席。

美玖ちゃんが自分の家の位置を説明して、パパはそこに向かって車を出す。


「あっ!そういえばパパさんに聞きたいことがあったんすよ」


「なんだい?穂花の友達ならなんでも教えちゃうよ!」


パパよ、この美玖ちゃんはパパの仕事をいつも邪魔してくる人達と同業者なんだよ。



「帝一さんって愚昧灰荘なんすか?」



キキィ────ッ。

ブレーキが踏まれて車の中が揺れる。

鼻をぶつけてしまった。いたあい。


「……それはなんの冗談?」


「冗談じゃなくてそんな噂があるんすよ」


「噂か、びっくりした。ないない!帝一は数学にしか興味無いし、もしそうだったら今頃一家全員でハワイにいるよ!」


にぃにも同じような事を言っていた。さすが親子。


しかし美玖ちゃんはめげる事なくカバンからまたあの【推理小説新人賞】の紙をパパに見せる。

もう好きにやっておくれ。


「穂花ちゃんが言ってたんす。この日には風邪になった帝一さんをパパさんが病院に連れて行ったと。でも病院ではなく出版社じゃないっすか?」


「4年前?」


「にぃにが死にそうになった日」


ホノの言葉でパパがその日を思い出す。

家族の間ではこれで通じるのだ。


「いやいや、あの日は本当にやばかったんだよな穂花」


「うん、心配で泣いたもん」


「病院連れていかなかったら死んでたよ帝一は。もう顔真っ青で白目むいてたんだから!仕事あったんだが急いで病院に直行したなー」


「仕事は休んだんすか?」


パパは大声で笑って。


「がはははっ!いやぁ、休める仕事じゃないから病院に帝一を預けてすぐに行ったよ」


「失礼っすけど、お仕事はなにをしてるんすか?」


ふふふっ、聞いておののけジャーナリスト君。

パパの仕事を聞いたら身の振り方を変えるはずさ。


「俺は警察官だ。仕事上嘘は絶対につかないぜ探偵さん」


「パパ、美玖ちゃんは探偵じゃなくてジャーナリストだよ」


「おお、そうか。そいつは俺達の目の上のたんこぶだ!」


大声で笑うパパに対して背筋をぴんっとして「……あははっ」と苦笑いの美玖ちゃん。

ふむ、可哀想だがにぃにを疑っている罰である。


しかしまだ折れていないようで。


「じゃあママさんはどうっすか?」


「美玖ちゃん、それこそないよ」


「ないな。絶対にない」


ホノの言葉に深く頷くパパ。

ママの仕事を考えたら愚昧灰荘という推理小説家が我が家に生息できるわけがないのだ。


「なんでないんすか?」



「だってママは小説批評家だもん」



小説家の最大の敵。

特に推理小説に口うるさい。




森屋(もりや)浩二(こうじ)〔♂〕

 警察官であり一家の大黒柱

 誕生日/5月3日=牡牛座=

 血液型/B型 髪/黒髪オールバック

 身長/179cm 体重/75kg

 性格/脳筋

 年齢/49歳

 好き/特撮ヒーロー

 嫌い/虫全般

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