推理ゲームのはじまり
●森屋帝一
──半分読み終えれば事足りる。
前髪ぱっつん黒髪ロングの美少女。森屋穂花は細い指で読んでいた推理小説をぱたんと閉じて、まるで探偵かのようにあらすじを語り始めた。
「ここまでは理解したかな?ワトスン君」
そして実の兄である僕、森屋帝一の事をDr.ワトスンと思い込んでいる妄想家。
確かに頭は良いかもしれないがホームズにはなれないぞ、悔い改めなさい。
「作者の気持ちになれば作品の最後はおのずと解る」
これが妹の決め台詞。
第三者が聞いたら『この小娘になにか頭が良くなるお薬をっ!』と言われてしまいそうだがこれでも百発百中の名探偵なのである。
ほとんどはあらすじと登場人物の説明書きを読めば推理できてしまう。
後日しっかりと読むらしいのだが、最後まで犯人が分からずヒヤヒヤしながら読むのが推理小説だろうに楽しみ方を間違っている。
彼女が半分まで読み進めないと解決できない推理小説は全てひとりの作者のもの。
愚昧灰荘。
穂花曰く、
「読者を騙すのが上手い……上手いのは認める。ただ名前が気に入らない、『愚妹敗走』という事なんだろうけど。こやつは妹にどんな怨みがあるのやら。人間性を疑うね、にぃにもそう思うでしょ?」
「ごもっともだな。どんな神経しているのやら」
それにしても可哀想な作者様だ。
寝ずに考えた犯行のトリックも予想不能な犯人像も400ページ中180ページも読まれないまま、どこぞの妹に解き明かされて解決済みの事件ファイルみたく本棚へ収納されてしまうなんて。
「今回は少しひねりを加え過ぎていたと思うね。いくらベストセラーを出し続ける天才推理小説家だろうと、読者を置いて行くなんてもってのほかさ。こんな複雑な事件を理解できるのはホノくらいのものだよ」
「はいはい、穂花は名探偵だからな。それより学校に行く準備は出来てるか?」
「えへへ、にぃにに褒められるとは。準備万端だよ!」
穂花は今日から高校生、そして僕は高校2年。
正直こんな変わった妹に友達が出来るのか心配ではあるのだが、まあ悩んでも無駄か。
「じゃっ!いってきます!」
「こら、弁当忘れてるぞ」
「危ない危ない。愛妻弁当を忘れちゃいけないね」
せっかく早起きして作ったのに置いて行ってみろ、君の家族を全員呪ってやるからな。
赤のナフキンに包まれた弁当を穂花の頭の上にぽすっと置き渡す。
そしたら満面の笑みを向けられた。
「今度こそ行くよ。事件がホノを待っている!」
「高校に君の求めてるスリルは無い。ちゃんと勉強しなさい」
「にぃには一緒に行かないの?」
「それはつまり……僕に女子校へ乗り込めと」
穂花はぷぅとほっぺを膨らませる。
どうやら近くまで一緒に登校したいようだ。
穂花が通うことになっているホムズ高等女学園は日本でもトップクラスの偏差値を誇る。
対して僕が通っているアーティ高等学校は偏差値は高い方だが素行が悪い生徒が多くてホムズ女学園とは違う意味で有名だ。
そしてふたつの高校はまったく逆の方向に位置しているため、一緒に登校なんてしたら妹を送った後にまた家の方へ戻らなければならない。
首を振ると穂花は長い黒髪を揺らして不機嫌そうに出て行ってしまった。
そろそろブラコンは卒業してもらいたいものだ。
●森屋穂花
ホムズ高等女学園。
ホノは入学生代表の挨拶を終えて只今1年A組教室。
休み時間なのだがまったく近づいてもらえない。
半径3メートル生命反応なし。耳を澄ませば、
「あの綺麗な娘、歴代成績トップで入学してきたんでしょ?」
「森屋穂花さん。きっと名家の生まれよね」
「私話しかけてみようかしら」
「やめなさいよ!相手にされないわ」
クラスの全員がホノの話題をしているにも関わらずこれいかに。
自分では『話しかけて欲しいなぁオーラ』を出しているつもりなのだが、上手くいかない。
仕方がないから外を見て時間を潰すとする。幸い窓際の席。
「ねえ、そういえば灰荘様の新刊読んだ?」
「読んだ読んだ!最後まで犯人分からなくてドキドキしちゃったよ!」
「私、灰荘様のファンクラブ入ってるのよ」
まるで気になる男子を教えあっているような黄色い声を上げたクラスメイト。
しかも誰もが小説家に『様』を付けている。
ファンクラブなんてふざけたものまであるようだ。
確かにあの小説家には才能がある。
セオリーをしっかり守っているのにずば抜けたミスリードに読者は騙される。
そして型破りな面もあって常人では考えないような作品をたまに出す。
驚いたのは『透明の殺人鬼』という1冊。
まさかと思ったが作中に犯人が出てこない。
犯行の種明かしすら出てこない。
未解決作品、なんて呼ばれているが。聞き捨てならんね。
結論、あれは作中に犯人がいないだけで灰荘の過去作を掘り起こせば解けるようになっていたのだ。
『浮鬼』の犯人の息子。
動機が説明されている。
短編集『裁かれぬなら』の完全犯罪を成し遂げた青年。
犯罪のトリック。
『透明の殺人鬼』の名前だけ出てくる被害者の友人。
被害者の情報。
全てを繋げたら真相は見える仕組み。
その同一人物こそ犯人だという筋書きだ。
このように愚昧灰荘という推理小説家は読者のことを全く気にしていない暴君。
それでも読み飽きさせないスキルがあり、読者は魅了される。
新作を出せばベストセラー。目の敵にもするさ。
「森屋穂花さんはいますか」
灰荘に腹を立てていると教室の入り口に上級生らしいメガネの女生徒。
髪は三つ編み、肩には【風紀】と書かれた腕章。見るからに曲がったことを嫌いそうでまさに『優等生』という言葉を体現させたような人物である。
「はい。私です」
右手を上げて席を立つ。
上級生らしい女生徒はにこりと優しく微笑み、手招きでホノを呼ぶ。
「来てください」と言われたから彼女の背中についていく。
教室を離れて、無言のまま廊下をひたすら進む。
辿り着いたのは体育館裏。
ドラマとかで見る告白スポット。
女学園だからそんなイベントは起きるはずもないけど……いや、そうとも言い切れないか。
「はじめまして。私は藻蘭千尋と言います。この女学園で風紀委員長をしている3年生です」
「はじめまして藻蘭先輩。ご要件は?」
「こちらを、貴女にへと」
封筒を手渡された。
用紙が入っていてただ一文。
────────────
入学おめでとう。
────────────
「……えっと、はい」
「あのお方は穂花さんの入学をとても喜んでいました」
『あの方』とは?
説明して欲しくて視線を向けるがただ微笑むだけではぐらかされた。
危ない人だ。関わっちゃいけないかもしれない。
「ありがとうございます……ホームルームが始まるので戻っても」
「紙の裏を読んで下さい」
一体なんなんだ。
ホノがなにをしたっていうのさ。
仕方がないので紙を裏返して読む。
───────────────────
名探偵には事件から訪れてくるもの、
ノックを待て。
愚昧灰荘
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二度見、三度見。…………見間違いではない。
差出人の名前がどういうわけだか、大っ嫌いな推理小説家。
文章はタイプライターで書かれていたがサインは万年筆。
とても几帳面な文字だ。
「なんの冗談ですか?」
「冗談ではありません。この女学園に歴代トップの成績で入学した天才少女と勝負をしたいと」
「勝負?」
「はい。頭脳勝負です。ただ小手調べとして弟子達を倒していただいてからとなりますが」
ベストセラー作家の数々を世に出している天才推理小説家がホノと頭脳勝負。
作り話にも程がある。
……まあ、これが本当だとしたらやらない理由はないけども。
「助っ人はありですか?」
「どんな方を」
「にぃ──兄を」
「お兄様、ですか。……ふふ、良いでしょう。助っ人は他にもうひとり許可します」
この人、ホノのにぃにを馬鹿にしているのか。
髪がぼさぼさだし、抜けているように見えるけどにぃには凄いんだぞ。
昔は数学者になるという夢があってホノでも解くのに1週間もかかった難題数独を作るほどの天才でい。
「それで、いつから」
「【ノックを待て】。ですよ」
「……分かりました」
それから藻蘭千尋は殺害計画を練っている犯人のように黒く笑って、
「では始めましょうか名探偵。誰も死なない殺人遊戯を」
森屋穂花〔♀〕
推理小説をこよなく愛する天才妹
誕生日/4月12日=牡羊座=
血液型/AB型 髪/黒髪ロング
身長/162cm 体重/46kg
性格/太陽みたいに明るい
学年/ホムズ女学園1年A組
好き/兄.推理小説
嫌い/愚昧灰荘.カメレオン
森屋帝一〔♂〕
妹にとことん弱い理想のお兄ちゃん
誕生日/4月14日=牡羊座=
血液型/AB型 髪/黒髪寝グセ
身長/171cm 体重/58kg
性格/ややクール
学年/アーティ高等学校2年A組(生徒会長)
好き/数学.爬虫類
嫌い/パクチー料理